【オマケディスク3】お約束のバレンタイン③

 さぁ出かけようと、金髪王子ハルト王弟殿下イグナート、そして元犬司祭ラファエルが玄関から出ようとした時だった。

「あれ? 出かけるの?」

 台所から、よし子がひょいっと顔を出してから声をかけた。

「待ちきれないから、ちょっと散歩行ってくる!」

「少しエネルギーを発散しないと爆発しそうだ」

 何故か顔を上気させた金髪王子ハルトと、小さく微笑む王弟殿下イグナートがそうよし子に返事をすると

「あー。待たせてゴメン。もうできるよ」

 よし子は携帯コンロとガス缶を持って居間へと出てきて、座卓の真ん中に置いた。

「ナーシル、スヴェンはまだだけど、二人の分は残してあるから、お腹空いただろうし先にやるよ」

 台所に戻りながら、よし子はポケットからスマホを取り出し、まだ仕事から帰ってきてない二人へとメッセージを送る。

 よし子は、送ったメッセージアプリに「既読」のマークがついた事を確認すると、そのままポケットへとスマホを──

「「間に合ったァーーーーー!!!」」

 スパンと開かれた玄関戸の所からあがったそんな叫びに驚いて、よし子はスマホを取り落とした。


 声をあげたのは、スマホを握り締めて玄関先に仁王立ちして肩で息をした、エルフショタスヴェン商人息子ナーシルだった。

「二人一緒に帰ってきたのか!?」

 驚いた金髪王子ハルトのその言葉に、エルフショタスヴェンがコクンと頷いた。

「同じ電車だったみたいなんだよね! 改札出たトコで一緒になったっ!」

 寒さに晒されたからか、頬っぺたを真っ赤にしたエルフショタスヴェン

「自転車めっちゃ漕がされたわ……膝ガクガク。車より先に、原付の免許とろうかなぁ……」

 靴を脱いであがってきた商人息子ナーシルは、ハァと溜息をつきながら、疲れた様子で居間の畳の上へとドッカリ座った。


「間に合ったみたいだね。じゃあ全員分並べるよ」

 スマホを拾ったよし子は、ソレを尻ポケットへと戻すと、台所へと引っ込む。

「手伝うギョリュ」

「俺もヌミョ」

 そう言って腰を浮かそうとした白茄子エグプ金茄子ゴエプ

「今日はいいから。座ってな」

 台所から大きな土鍋を持って現れたよし子が、そうヤンワリと拒否した。


 よし子は手にした土鍋を座卓の上に置かれた携帯コンロの上に置く。

 戻ってきた金髪王子ハルト王弟殿下イグナートは、その土鍋の中を覗き込んだ。

「……これは」

 目をパチクリとさせた二人に、切ったバケットが大量に積まれた大皿と、果物やお菓子等が大量に乗った大皿を両手に持ったよし子が笑いかける。

「チョコフォンデュだよ。リクエストだろ?」

 そう言って、よし子は手に持った大皿を座卓の上へと置いた。


 土鍋の中にはお湯がなみなみ入れられており、お湯の中に並べられていたのは、鍋の具材ではなく耐熱の器が三つ。

 その三つの耐熱の器の中には、茶色い液体と白い液体が入っていた。

「こっちが普通のチョコ、こっちがビター。白いのがホワイトチョコだから」

 土鍋の中を指さしながら、よし子はその場にいるメンバーにそれぞれ説明をする。

「フォンデュだと専用の器具が必要だけど、このためだけにそんなモン買ってられないから、これが代用ね」

 そう言って、今度はよし子はその場に竹串や小皿など、必要そうな道具を並べていった。

「……とうとう来てしまったのか、この日が」

「大人への階段だな、ハルト」

「俺も昇るよ、イグナート」

「良かったな、ハルト」

「アホな事言い合ってんなよハルト、イグナート」

 台所から出てきたよし子は、ピシャリと二人へとツッコミ。持っていたお盆に乗っていた器を、それぞれの前へと置いていった。

「……カレー?」

 それを見たエルフショタスヴェンが小さく首をかしげる。

「チョコフォンデュだけじゃ夕飯にならないでしょ? カレー作った。バケットはどっちに使ってもいいよ。ここにある以外にもまだあるから」

 台所に戻りながら、よし子はそう笑った。


「いーなー! お前たちだけズルいぞっ!」

 そう叫んで立ち上がったのは、猫用ベッドで寝ていた元猫騎士ガブリエルだった。

「そうですよ! なんで貴方たちばっかりそんな羨ましい! 普段からよし子様を癒しているのは我々なのに!」

 同じく不満そうな声をあげたのは、ハーネスを外してもらって体を震わせた元犬司祭ラファエル

「完全同意だピュシャ! 動物差別だピュシャ!」

 鳥かごの中から出てきた桃茄子ピエプが、ブーブー文句を言いながらよし子の肩へと留まった。

「だってお前ら、チョコ無理じゃん」

 台所からサラダを乗せたお盆を持って出てきたよし子は、お盆を置いて配膳しながら首を小さく横に振る。

「そりゃ食べられないピュシャ! しかし気持ちの問題ピュシャ! ミーたちも何か欲しいピュシャ!」

 羽をバタつかせて抗議する桃茄子ピエプ。その胸元をよし子は指で撫でつつ

「誰がお前たちにはナイって言った?」

 そう、少しイタズラっぽく笑った。


「えっ!?」

「あるんですか!?」

 よし子の言葉を聞いて、元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルが目を輝かせる。

「コレはアンタたち用だよ」

 そう言って、よし子は冷蔵庫の中から大皿と小皿を出して来た。

 そこに乗っていたのはローストビーフ。

「コレは下味付けずに作ったから、そのままであればアンタたちも食べられるよ。人間は薬味付けて食べてね」

 よし子は、大皿の方をテーブルの上へと置き、小皿の方は畳の上へと置いた。

 すかさず皿に駆け寄った二匹に

「シット!!!」

 よし子から鋭い声が飛ぶ。

 声にビクリと体を硬直させ、元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルがビシリとお座りする。

「いただきます、の声かけまで待ちな」

 そう言われ、二匹はローストビーフが乗った皿の前で大人しく伏せをして『待て』の姿勢になった。


「ミーの分はないピュシャ!?」

「あるって。落ち着けって」

 自分の耳元で桃茄子ピエプがピーピー文句を言う為、少し顔を歪めたよし子は、戸棚の中から小袋を取り出して中身を小皿へと出した。

「!! これはっ!?」

 信じられない、といった風に体を震わせ皿のフチへと留まる桃茄子ピエプ

「小鳥用のミックスナッツ。食べ過ぎるなよ?」

「よし子愛してるピュシャ!」

「ハイハイ、アタシもだよ」

 そう言って、よし子は桃茄子ピエプごと、ナッツの入った皿を座卓の上に置いた。


 最後に、全員分のコップと飲み物を持ってきたよし子は、全てをセッティングしてから、やっと自分の座椅子へと座る。

 それ以外の全員も、座卓の自分の席へとついた。


「ハイ、お待たせ。夕食兼バレンタインデーのプレゼントです。どうぞ、ご賞味ください」

 そう言って、よし子は自分用のお茶が入ったコップを掲げる。

「「「「「「「「「いただきまーす」」」」」」」」」

 その場にいた全員も、自分の飲み物が入ったコップを掲げて声を揃えた。


「お菓子は、まぁなんでもアリかな、と思って色々準備した。ポテチとかマシュマロとか、変わり種で煎餅とか柿の種とか。まぁ、色々。合う合わないは好みかな、と思って適当に。

 果物はイチゴ、キウイ、オレンジ、バナナ、ブドウ。人間用のナッツもあるよ。あ、桃茄子ピエプはこっちのナッツはダメだからね。

 チョコも具材もまだ沢山あるから、足りなくなったら言って?

 今日はアタシが動くから、みんなは動かなくていいよ。

 それも込みの、プレゼントだから」

 よし子はお茶を座卓に置いて、指さしながら説明する。

 言われてそれぞれが腰を浮かし、好みの具材を持って土鍋の周りへと集まった。


「よし子! コレうまい!!」

「おいしゅうございます!」

 皿の中に顔を突っ込んだ元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエルが、小さく切られたローストビーフをモグモグしながら歓喜の声をあげた。

「このナッツ旨いピュシャ! 普段からもっと食べたいピュシャ!」

 桃茄子も、ナッツをついばみながらホクホクと嬉しそうにさえずる。

「適度にオヤツとしてな」

 喜ぶ桃茄子ピエプの様子を嬉しそうに見ながら、よし子はそう微笑んだ。


「あつっ!!」

 チョコにひたしたイチゴを頬張った金髪王子ハルトがそう叫ぶ。

「火にかけてるんだから熱いよ。気を付けて食べな」

 まるで子供を見るかのような優しい目で、よし子はそう笑った。

「……イグナート。これではよし子の足に垂らせないぞ。よし子がヤケドしてしまう」

「そうだな。別途チョコソースでも買ってこよう」

「いらんわ。やめろ」

 そんな金髪王子ハルト王弟殿下イグナートのやり取りを見て、よし子は途端にスンとした表情になって冷静にツッコミを入れていた。

「……ポテチ、意外といけるな」

 チョコがかかったポテチを一口食べた商人息子ナーシルが、その甘しょっぱさに目を輝かせる。

「ボクはやっぱり王道のマシュマロだなー」

 チョコから取り出したマシュマロをフーフーしたエルフショタスヴェンが、そうニコニコした。


「よし子のカレー、美味しいギョリュ」

白茄子エグプが作った時と、また味が違うヌミョな」

 カレーにバケットをつけながら、頬を崩す白茄子エグプ金茄子ゴエプ

「あー、アタシのカレー、チョコとコーヒーとバターが隠し味で入れてあるんだよね。コレは佐藤家母のレシピ。あと、今日はご飯じゃなくてバケットだから、キーマ寄りに作ってあるし」

 よし子はサラダをつつきながら、そう笑った。


「……よし子は料理ができるんだな」

 そう、意外そうな顔をしたのは、チョコをオレンジにつけた王弟殿下イグナート

「そうか! イグナートはよし子が料理をしてるのを、ほとんど見た事がないのか!」

 そう言って、金髪王子ハルトは何故かちょっと嬉しそうな顔をした。

「この世界に来たばかりの頃は、俺は料理があまり出来なかったギョリュよ。

 俺に料理を教えてくれたのは、よし子とオレンジ◯ージだギョリュ」

 白茄子エグプ王弟殿下イグナートにそう解説してから、バケットを口に放り込んだ。


「いや、白茄子エグプだけじゃないよ。最初は全員に教えたよ。その中で筋が良かったのが白茄子エグプ商人息子ナーシルで、更に覚えが早かったのが白茄子エグプだったってだけ。

 適材適所で役割を決めたんだよ」

 そう付け足したよし子の脳裏には、最初の頃の記憶が蘇る。

 金髪王子ハルトは味噌汁を爆発させ、エルフショタスヴェンは電子レンジで卵を爆発させた。

 特に金髪王子ハルトは更に、電子ポットをガスコンロにかけようとしたり、肉の周りを消し炭にしつつ中身生焼けという妙技を繰り出したので、速攻でやめさせた。

 エルフショタスヴェンは禁忌事項を教えたら、すぐソレはしなくなったものの、素材そのままの味が好きらしく殆ど味付けをしない為、適性ナシと判断した。

 人付き合いが上手く口調も普通である商人息子ナーシルが外に働きに出て、白茄子エグプに家事を任せる事となった。


「……みんなが来てから、もう一年か……」

 お茶を一口飲んでから、よし子がシミジミとそう呟く。

 アチアチいいながら、楽しそうにフォンデュを楽しむ金髪王子ハルトエルフショタスヴェン、それを笑いながら見ている商人息子ナーシル

 桃茄子ピエプにちょっかい出しながら、ナッツを摘む王弟殿下イグナート

 カレーに舌鼓を打ちながら、美味しい美味しいと笑う白茄子エグプ金茄子ゴエプ

 元猫騎士ガブリエルは、満足げに身体中隅々まで毛繕いし、元犬司祭ラファエルは皿がピカピカに輝くまで舐め回していた。


「あ。そうそう。忘れないウチに」

 そう言って、よし子はヨッコイショと腰を上げる。

「どうしたギョリュ?」

「何か手伝うヌミョ?」

 そう尋ねる白茄子エグプ金茄子ゴエプに、よし子は手で『大丈夫』と示して、居間を出て行った。

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