【オマケディスク2】お約束のバレンタイン②

「……も、盲点だった……」

 そう、頭を抱えて座卓に突っ伏したのは、商人息子ナーシルだった。

「そうギョリュな」

「でも改めて考えると、まぁ当たり前な気もするヌミョな」

 座卓を挟んで商人息子ナーシルと反対側に座った白茄子エグプ金茄子ゴエプが、腕組みをして苦笑している。

「ボクはまさかって感じ」

 珍しく困った顔をしているエルフショタスヴェン

「俺は断れなかった」

 何故か一人、得意げな顔をする王弟殿下イグナート

「? 盲点でもないだろう? いつも通りだ」

 一人、金髪王子ハルトがキョトンという顔をしていた。


 その様子を、今しがた帰宅したよし子が、冷めた目で見下ろしていた。

 その両隣には、狛犬よろしくお座りして従う元猫騎士ガブリエル元犬司祭ラファエル。よし子の肩には桃茄子ピエプが留まっていた。


 バレンタイン当日。

 よし子の「当日は無理。次の土日に順延な」という言葉を受けて、佐藤家のバレンタインデーは、その週の土日へと後ろ倒されたが──


 居間の座卓の上には。

 それぞれが貰ったプレゼントやチョコが、山積みされていた。


「俺たちへのよし子の態度に慣れ過ぎてて、自分が乙女ゲームのキャラだって忘れてたわ……」

 前髪を掻き上げつつ、ゲッソリという顔をする商人息子ナーシル

「どういう事ピュシャ? バレンタインデーに、よし子以外からもらう事を想定してなかったピュシャ?」

 よし子の肩に留まった桃茄子ピエプが、首を九十度曲げて問いかける。

 その言葉を受けて、商人息子ナーシルが小さく頷いた。

「まさか、お客さんとかバイト仲間とかから貰う事になるとは思わなかった……」

 商人息子ナーシルのその言葉の通り、座卓に積まれた小箱の一部は、商人息子ナーシルがもらってきたものだった。


「なんでだ? ゲーム中はアホみたいに沢山貰ってたんだろ?」

 よし子の足元にお座りした元猫騎士ガブリエルが、顔を洗いながら疑問顔。

「まあ、我々のゲームでは、女性から男性へ贈り物をするイベントではありましたが、体質的にチョコは食べられないので、クッキーでしたけどね」

 自分の耳をカイカイと後ろ足で掻いた元犬司祭ラファエルが続けてそう解説した。

「……あれ? お前らってケット・シーとクー・シーって妖精じゃなかった? 普通の犬猫と同じでチョコNG体質なん?」

 二匹の言葉に、引っ掛かりを覚えて、腕組みして二匹に問いかけるよし子。

「プロデューサーのこだわりピュシャ」

「お前達のゲームの開発会社とかプロデューサーって、こだわるトコ間違ってね?」

「間違ってないピュシャ」

「いや、本物の犬猫じゃないのにキャラが体質的チョコNGとか、ナビキャラが音速で飛べるとか、なのに世界観と魔法設定がザルとか、変だって」

「変じゃないピュシャ! それがあの会社のアイデンティティだピュシャ!」

「アイデンティティの出す場所が違ェんだって」

 羽をバタつかせて反論する桃茄子ピエプに、よし子はゲンナリとした顔をした。


「ゲームで山ほど貰ってたハズなのに、なんで今日貰う事想定してなかったんだよ?」

 ギャーギャー言い合うよし子と桃茄子ピエプをよそに、元猫騎士ガブリエル商人息子ナーシルに問いかけた。

「なんでだろーなァ。よし子以外眼中になかった、から、かなァ……」

 困ったように、ガリガリと頭を掻く商人息子ナーシル

「それは事実だな」

 座卓の前に腕組みして座る王弟殿下イグナートがウンウン頷いた。

「乙女ゲームのキャラって事は、ハイスペなんだよね、ボクたち。特に、外見と、声。

 それさ、うっかりすっかり忘れてたんだよね。かくいうボクも、なんだけどさ」

 珍しく困惑したエルフショタスヴェンが、ポリポリと頬を掻く。

 特にエルフショタスヴェンは、男のカフェという店コンセプト的に、自分が客にあげる事しか想定していなかった為、客の女の子や一部男性から貰えるとは思っていなかった。


「俺と金茄子ゴエプも、ご近所さんからもらったギョリュ」

「岡田さんと……篠原さんと……あとは、誰だヌミョ? あんまり話した事がなかった人からも貰ったヌミョ」

 白茄子エグプ金茄子ゴエプが、お互いに顔を見合わせながらそうこぼす。

「俺は、会社同僚の奥様方や娘さんたちからだそうだ。あとは、現場近所に住む女性か。断ったが……どうしても、と言われて。俺にはよし子という心に誓ったヒトがいると言ったんだがな」

 王弟殿下イグナートはそう言って、ちょっと嬉しそうな顔をして顎をさすった。

「俺も、朝のジョギングの時や、夕方の元犬司祭ラファエルの散歩の時に、見知らぬ女性から貰った。まぁ、ゲーム中にいる時に比べると、少ないけれど」

 唯一、金髪王子ハルトだけは、特に困った様子もなく、むしろ周りのメンツの反応に疑問顔をしていた。


「……アタシは予想してたけどな」

 呆れた顔をしたのはよし子。

「顔面偏差値と声帯偏差値が天元突破してっから、まぁそういう事になるだろうなァって」

 ため息とともに、そんな言葉を漏らした。

「え?! よし子は俺たちの顔が好きなのかっ?!」

 彼女の言葉に食いついたのは金髪王子ハルト。腰を浮かせてよし子に食い気味に問いかける。

「別に好きとは言ってねェよ」

「顔が整ってると思ってるんだろう?!」

「思ってるよ」

「なら──」

「好みじゃないけどな」

「女性であれば、誰しもがイケメン好きではないのか?!」

「顔が整ってる事は分かるよ。バランスの問題だから。でもそれが好みとは限らんて」

「じゃあ、よし子の好みは?!」

「塩顔。純和風」

「ッ……無念っ……」

 よし子の返答を聞いて、金髪王子ハルトは畳へとズシャリと崩れ落ちた。


「あ。忘れないウチに、はいコレ。

 アタシが後輩と部下の女の子たち、あと料理男子の後輩の子からもらったヤツな」

 座卓の上に、手にした紙袋をドンと置くよし子。

「……結構な数を貰うんだピュシャな」

 予想以上に紙袋の中の箱の数が多い事に、桃茄子ピエプは驚いた。

「だから言ったろ、お返し考えるの面倒臭いって」

 毎年の事なので、特に困った様子もないよし子。むしろ、自分たちが貰う事を想定していなかった、他メンバーの態度に呆れた顔をしていた。


「バレンタインは、乙女ゲーム必須のイベントじゃなかったんかい」

 いつか言われた金髪王子ハルトの言葉を繰り返すよし子。

「そう、なんどけどさ……」

 困った顔をしてエルフショタスヴェンがよし子を見上げた。

「メインは主人公とのイベントだから、モブの女の子達から貰うって……まぁ言うなれば、ゲーム中の演出?」

「そうそう。お返しとかも、イベントの延長としてお決まりって感じだったから、特に考えた事とかなかったし……」

 商人息子ナーシルエルフショタスヴェンが、交互に説明をした。


 立ったまま腕組みして少し考えるそぶりを見せたよし子は、フムと一つ呟くと、台所の方へと言って自分用のお茶の準備をし始める。

「以前、アタシの貰った分のお返しについて、アンタ達に考えてもらうってしたけど、アレ、やっぱナシな」

 そう居間にいるメンバーに声をかけながら、電気ケトルに水を充填じゅうてんし、紅茶のティーバッグを複数の箱から選んでいた。

「アタシが貰ったんだから、アタシが考える。やっぱくれた相手に失礼だし」

 お湯が沸くのを待ちつつ、よし子は居間で難しい顔をしているメンバーの顔をそれぞれ見ていった。

「だから、アンタ達も自分がもらった分について、ちゃんと考えな。お返しは一か月先だし、時間的余裕もあるしさ。

 人生で初めて、貰った人の事とかもらった物の事を思いながら、お返しについて考える。うん、いい機会じゃん。人生はそれの繰り返しよ」

 そう言ったよし子は、ウィンクを一つ、居間のメンバーに飛ばした。


 その飛ばされたウィンクを、掴みにいった金髪王子ハルト。しかし、素早く腕を伸ばした王弟殿下イグナートが横から奪い、速攻で口の中に放り込んだ。

「まだまだ甘いな、ハルト」

「くっ……次こそはっ……」

 悠然と、物理的には存在しない空虚な「ウィンク」という概念を笑顔で飲み込む王弟殿下イグナートと、それを悔しがる金髪王子ハルト

 もう、金輪際ウィンクとかしない、と心に誓うよし子だった。


 ***


「……」

「……」

「……」

 とっぷり暮れた土曜日の夜の居間にて、座卓の前には白茄子エグプ金茄子ゴエプ、そして王弟殿下イグナート胡坐あぐらをかいて座っていた。

 金髪王子ハルトは座卓前に正座していたものの、ソワソワと時々腰を浮かしている。

「なんかァ、この浮ついた空気がだな」

 居間の端っこに置かれた猫用ベッドの上に丸まった元猫騎士ガブリエルが、敏感に空気を感じ取ってイライラした顔をした。


「……じっとしてられん!」

 元猫騎士ガブリエルの声に、金髪王子ハルトはガバリと立ち上がる。

「ラファエル! もう一度散歩へ出よう!!」

 そう言って、ストーブの前に伸びていた元犬司祭ラファエルに声をかける金髪王子ハルト

「えー……さっきも一時間たっぷり走ったではないですか」

 首をゆっくり持ち上げ、元犬司祭ラファエル若干嫌そうな顔を金髪王子ハルトへと向けた。

「足りない! 足りない!! 体からエネルギーが溢れそうだ! 走って解消したい!!」

 それでも食い下がる金髪王子ハルト

「フッ。若いな」

 そんな金髪王子ハルトの様子を、王弟殿下イグナートは鼻で笑う。

「そう言う殿下も、さっきから貧乏ゆすりが止まってないヌミョ」

 ツッコミは金茄子ゴエプが入れた。

「地震かと思うからヤメて欲しいギョリュな」

 その貧乏ゆすりの揺れが、微妙に座卓をカタカタ揺らしており、白茄子エグプも苦言を吐く。

「イグナートも一緒に走るか!?」

 金髪王子ハルトにそう誘われるが、少し口を歪ませた王弟殿下イグナート

「……大丈夫だ。俺は大人だからな」

 そう、余裕の笑みで断った。

「余裕なそぶりは顔だけヌミョな。貧乏ゆすりが酷くなったヌミョ」

「エネルギー有り余ってるようだギョリュから、イグナートも走って来るといいギョリュよ」

 金茄子ゴエプ白茄子エグプにそう言い募られ、仕方ない、といった顔で王弟殿下イグナートも腰を浮かせた。


 ハァ、と分かりやすい溜息を一つついた元犬司祭ラファエルは、いかにも億劫おっくうだと言わんばかりに立ち上がると、グーッと伸びをする。

「何度も何度も連れ出されてはかなわないので、全力疾走しますよ。お二人とも、ついてこれますか?」

 仕方なさそうな顔をしつつ、元犬司祭ラファエルは壁にかかった自分のリードとハーネスを体を伸ばして取る。

 そしてそれを金髪王子ハルトの方へと持って行った。

「大丈夫だ! まかせろ!」

造作ぞうさもない」

 ハーネスとリードを受け取った金髪王子ハルトは、いそいそと元犬司祭ラファエルにそれを装着する。王弟殿下イグナートも緩く膝を回して屈伸していた。

「どっちが犬か分からないピュシャな」

 棚の上にある鳥かごの中から、桃茄子ピエプが呆れた声でさえずった。


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