第5話 適当に死体を放り込んでみよう

「はい、わかってました。はい」


結局。全ての脅迫作戦が失敗した。

今日も今日とて催しで盛り上がる15人を前に、私は遠い瞳を向ける。

なんでこんなデスゲームに向いてない人選なの?バカじゃないの?

視聴者の反応を見ても、「さっさと始めろ」とか、倫理観のないクレームばかりだ。

いつもならとっくに二、三人死んでるのに。

ここまでグダったのは初めての経験だ。


「だが!私は諦めないぞ!

ボーナスと昇進のため、貴様らを絶望のドン底に叩き落としてやる!!

ほんわかアイランドライフも今日で終わりだ、貴様ら!!」


…ぐちゃぐちゃになった脳内を整理するために叫んでみたけど、やっぱ虚しい。

しかし、こんなことでへこたれてはいけない。

必ずや、あいつらに目にもの見せてやる。


この場に緊張感がなかったのは、まだ誰も死を目の当たりにしていないから。

であれば、どうするべきか。

答えは簡単。「死を見せればいい」。

この島には死体保管庫があり、いくつかの死体が眠っている。

どれもこれも、割とえげつない死に方をした参加者たちの成れ果てだ。

さあ、戦け。恐怖しろ。

そんなことを思いつつ、私はこれから起きる惨劇に期待を寄せた。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「おはよ、明日香くん」

「おう、おはようさん」


この島に来て7日目。

もはや当初の緊張感などかけらもなく、軽く挨拶を交わすふわふわゴリラこと榎代 マユリと、頭の弱そうな不良こと薊 明日香。

明日香は色が褪せてきた髪へと目を向け、残念そうにため息を吐いた。


「あー…。そろそろ染め直しの時期だったんだけどなぁ」

「ここ、染髪剤ないもんね」

「食事は用意してくれてんのにな。

毒入りだけど」

「この小屋、嗜好品以外のライフラインは一通り揃ってるよね。プチ旅行って感じがする」

「プチ旅行で殺戮マシンとか襲ってこねーよ」

「そう?旅行って言えば、テロリストとかに襲われるのが定番じゃない」

「お前の旅行先、紛争地か何か?」

「国内よ」


日本ってそんな治安悪いっけ、と口に出しかけたが、現在の状況を思い返してやめた。

仮にもデスゲーム中だ。治安の悪さで言えば、紛争地と同レベル。

人の命は自分が助かるための糧でしかない。

黒幕の言語が日本語である以上、これを見ている人間も日本人なのだろう。

悪趣味な文化もあったものだ、と思いつつ、明日香はマユリに問いかけた。


「んで、今日はどうすんだ?

そろそろ脱出の目処を立てないと、出席日数が心配になってくるんだが」

「そんな見た目で真面目なのね」

「おう。意外だろ?」


「親の金で行かせてもらってるしな」と付け足し、笑みを浮かべる明日香。

マユリは彼の問いに対し、小さく首を横に振った。


「会った時から真面目な人だとは思ってたわ。

あの謎仮面にいちいち食ってかかってたわりには物に当たらないし、根っこは普通なんだろうなーって」

「心理学者みてー」

「そんな大層なもんじゃないわ。

ある程度、人がどう動くかを見ておおまかな性格を推察してるだけ。

コツさえ掴めば、明日香にもできる」

「読心術かなんかか?」

「その足元にも及ばない処世術よ。

本職が見たら鼻で笑うわ」


彼らがそんな会話を交わしていると。

ふと、マユリが何かに気づいたかのように、視線を明日香から逸らした。


「どした?」

「……変な匂い、しない?」

「変な匂い?」


言われて、明日香はすんすんと鼻を鳴らす。

鼻腔をくすぐる、なんとも言えない不快さがある匂い。

なんの匂いだろうか、と思いつつ、明日香はその発生源であろう箇所へと目を向けた。


「そこの部屋か?」

「…香織ちゃん呼んできて」

「お、おう」


その正体が何かに気づいたのだろう。

マユリが神妙な面持ちで告げ、明日香はその場を後にする。

彼女はそれを見届けると、視線を臭いの発生源…近くにある扉へと向けた。


「まぁ、だいたい予想できるけど」


彼女は心底嫌そうに言うと、ドアノブに手をかける。

きぃ、と蝶番が軋む。

扉を開くと、臭いが更に強まった。

どうせそんなことだろうと思った、と呆れながら、マユリは部屋の中を覗き込んだ。


「うっわ…。殺し方エグっ」


目に飛び込んだのは、死体。

相当に苦しんだのだろう。

こぼれ落ちんばかりに目を開いたそれを前にして、マユリは特に怖気付くことなく部屋へと足を踏み入れた。


「女性で…、年齢は18くらいかしら?」

「だろうね。死後、何日か経過してる。

正確な時間はわからないけど、裂けた傷口は古いものだ」

「うぉっ。びっくりした」


ぬっ、とすぐそばから響いた声に、マユリが小さく声を漏らす。

そこにいたのは、ソフトハットを被った少女…我岡 香織。

彼女は慣れたように部屋へと入り、血に塗れた死体を調べ始めた。


「マユリちゃん、あとは私が調べておくから、部屋で休んだほうがいいよ。

こんなの見て、気分良くないだろうし」

「慣れてるわ」

「慣れてちゃダメでしょ…」

「それを言うなら、香織ちゃんもじゃない?」


探偵は本来、殺人事件を解決に導くような権利などかけらもない。

それなのに死体に慣れているのはどうしてなのか、とマユリが言外に問うと、香織は恍惚とした笑みを見せた。


「だってぇ!他殺死体ってめちゃくちゃエロいんだもぉん!!」


頬を赤く染め、ぼたぼたと涎をこぼす香織。

表情はどう見ても変態のそれである。

マユリはここ数日見なかった彼女の変貌に、呆れた視線を向けた。


「アンタ変態だったの?」

「シークレットフィリア。

死体に興奮してるんじゃなくて、謎に興奮してる」

「どのみち性癖歪んだ変態ってのは変わらないわよ。

…ま、好きに調べたら?あの謎仮面が保管してた死体でしょうけど」

「それはわかりきってるけどさぁー?

やっぱりきちんと確認しときたいじゃない。

私がどう死んだかわからない時点で、それは謎なんだよ!」

「撲殺」

「言うなっ!!」


これから見ようと思っていた映画をネタバレされた時のような、なんとも言えない脱力感と怒りに苛まれる香織。

一方のマユリは特に気にすることもなく、死体の服を捲った。


「全身滅多打ちね。どんだけ殴ったのかしら」

「打撲痕の特徴からして棒状のなにかだね」

「リンチされたとか」

「機械で黙々と処刑とか」

「『こいつ叩き殺せば生かしてあげる』的な展開があったとか」

「あー。あの謎仮面、そういうの平気な顔して言いそうだよね。

それで言うなら、何かしらで参加者全員から反感買って殺されたとかもあり得るよね」

「めっちゃありそう」


死体を前に交わす会話ではない。

2人してきゃいきゃいと変に盛り上がっていると、背後の扉が開く。

そちらへと視線を向けると、ひどく呆れた表情を浮かべた明星 コウと目が合った。


「コウくん、死体」

「見てわかります。

後処理するんで、そう言う会話はあとでしてくださいね」


喫茶店の息子がなんで死体に慣れてるんだ。

謎仮面ことうさぎがそんな絶叫をかましているのだが、彼らの知るところではない。

コウは死体を前にしゃがみ込むと、軽く手を合わせ、目を瞑った。


「後処理って、どうすんの?」

「埋葬か火葬ですね」

「葬式でもすんの?

名前も知らないのに?」

「供養くらいはしてあげようってだけです。

こうなってまであの謎仮面のおもちゃにされるのも嫌でしょ、この人」


こっちも好きでやってねぇんだわ。仕事だからやってんだわ。やらなきゃ殺されるのこっちなんだわ。

うさぎが自己弁護を込めた怒号を放つも、彼らに届くわけもなく。

コウは言うだけ言うと、「ビニールシート取ってきます」と部屋を出て行った。


「…ここにいる全員、死体慣れしてるんじゃないかって思えてきたんだけど」

「そっちの方がいいんじゃない?

変に気まずくなるよりか、『ここでもかー』的なノリで済ませるほうがいいわよ」

「一応は大事件なんだけどね、これ」

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デスゲームの黒幕だけど、参加者が強い上に仲良くてゲーム進まん 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo

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