第81話一旦の区切り
「もし領主が来たら、か……」
領主の態度次第だけど、何か起こるのは間違いない。友好的ならいい。けど、敵対的、あるいは強制的に母さんを連れ戻そうとしたりするようなら、その時は……
「その時は、私が対応するわ」
「母さん!? な、なんで起きてるのさ!」
最悪の場合を考えいていると、薬で眠っていたはずの母さんが起きて来た。
まあそろそろいい時間が経っているし起きてもおかしくないんだけど、今の話を聞かれるなんて……嫌なタイミングの良さだ。
「大丈夫よ、そんなに心配しなくても。最近は体調がいいの。これも、引っ越しをさせてくれたあなたのおかげかしらね」
「良くなってるならいいんだけど……でも」
僕が施しているオドの治療はいい具合に効いているようだけど、まだ完全に戻ったわけじゃない。
多少動けるようになったとしても、心労から再び体を壊すってことも十分あり得る。心と体っているのはそれだけ密接に繋がっているものなんだから。
「大丈夫。大丈夫よ。だから、そんなに心配しないで。私は、別に兄と仲違いしたと言うわけではないの。だから、会ったとしても喧嘩になったりはしないわ」
そう、なの? ……ならまあ、いいかな。
もちろんこれが僕のことを安心させるための方便だっていう可能性もあり得る。
でも母さんがそう言った以上、今はその言葉を信じるしかない。
これで実際に会うことになったとして、もし何かあったら、僕が……剣王が出ていけば全部解決だ。その時は、それはそれで面倒なことになるかもしれないけど、少なくとも母さんが責められるような状況はなくなるはず。
「それよりも……そうね。いつまでもわがままを言ってる場合じゃないかもしれないわね」
わがままっていうのは、いったい……? 母さんは今までわがままなんて言ったことないと思うんだけど……
「ミューちゃん。お願いがあるのだけれど、いいかしら?」
首を傾げている僕をよそに、母さんは真剣な表情でミューへと顔を向けた。
「はい。何なりと」
「後で手紙を書くから、持っていって欲しいの」
「手紙、ですか? ……承知いたしました」
「お願いね」
手紙を書くのはおかしいことではない。けど、失礼な話だけどそもそも母さんに手紙を書くような相手がいたの? この街の知り合いだったらわざわざ手紙なんて書く必要ないし、家とは縁を切ってるんだから書くことはないはず……って、まさかっ!
「待った。その手紙って、もしかして……領主に届けるの?」
この状況で、今の話の流れで手紙を書く相手と言ったら、それ以外に思いつかない。
でも、母さんは僕の言葉を聞いて仕方なさそうに
「やっぱり、あなたは分かっちゃうわよね。……ええ。戻ったところで今更誰かと結婚なんてさせられないでしょうし、仮にさせられたとしても、私はもう十分わがままをしてきたもの。これ以上私のわがままで迷惑をかけたくはないわ」
「でも……」
「それに、わざわざ引っ越してくれてありがたかったけど、あなただってここよりもお城に行ったほうがたくさん成長できるでしょう?」
「いや、僕はここでも十分に成長できるけど。それに、ほら。ミュー達と商売だって始めたばっかりだし……」
確かに暮らすことができるなら城の方が生活に困らずに暮らすことができるだろう。
でも、僕としてはこの場所でも悪くはないし、無理して引っ越す必要はないと思う。この場所に引っ越して来てからまだ半年と経っていないし、今のところ不足していることもない。
それに、修行は今の状態でも十分だっていうのは嘘じゃない。
だから無理してまで城に行くことを選ばなくてもいいんだって説得しようとしたけど、母さんは首を横に振った。
「そっちはそっちでやればいいと思うわ。なんだったら、領主に直接話を通して今までよりもスムーズにやってもいいかもしれないわね」
「でも……」
「私がそうしたいからするの。だめかしら?」
母さんは妄想するのだと決めた目でまっすぐ僕のことを見つめてくるけど……そんな目をされたらもうどうしようもない。
「……それ、僕がダメって言ったところで変わらないじゃん」
「そうね。ごめんなさい」
「……いいよ。別に怒ってるわけじゃないし。でも、無理はしないでね」
もし何かあるようだったら、その時は本当に剣王が暴れることになるだろうね。
——◆◇◆◇——
「それじゃあ、二人ともありがとう。面倒は終わったし、これで契約も終わりだ。後は諸々の精算が終わったら好きにするといいよ。ああでも、教えたことは他人に漏らさないようにね?」
ダグラッド達魔族の問題は解決したんだし、もうルクリオスとミリアムを雇っている必要がない。そのため、襲撃があってから数日経った今日、二人への依頼を達成とすることにした。
依頼を達成した以上は好きに生きてくれればいいと思うけど、僕が教えたオドの使い方とかを教えるのはやめてほしい。
あ、ルクリオスに教えた落花剣に関しては他の人に教えてもいいけど。教えちゃダメなのはあくまでもオドの使い方だから。
「そんなことしないよ。あんたを敵に回したら、あたしなんてすぐに死んじまうからね」
「そうかな? 火傷を負わせるくらいはできるんじゃない?」
ミリアムも最初よりもだいぶ強くなったみたいだし、僕が油断していれば、やけどぐらいは負うと思う。流石に死にはしないけどね。
「はっ! あたしが全力で抵抗して火傷程度しか残せないって時点でおかしいってんだよ。そもそも、それじゃあ負けることは決まってるんじゃないかい」
「まあ、そりゃあね。こんなんでも一応君たちの師匠だよ?」
「そうかい。最初は教えはするけど弟子ではないとか言ってなかったかねえ」
「そうだっけ? なら、ルクリオスのせいかな。なんか、いつも僕のことを師匠扱いしてくるし」
言われてみれば最初はそんな感じだったかも。でも、もう立派に成長したし、それなりに長い間教えたんだから、まあ弟子って言ってもいいと思う。
「教えを乞うのであれば、それがどのような人物であれ師匠たり得ます。敬うのが当然と言うものでしょう」
「その敬う対象から師匠として呼ぶなって言われてたのに呼ぶのは、敬ってることになるの?」
「敬うとはみかけの態度ではなく心の在り方ですので。たとえ師の命令に反していても、私は敬意を感じていますから問題ありません」
「ああ、そう」
悪意がない行為って一番厄介だよね。師匠だ弟子だって呼び合ったところで何か害があるわけじゃないからいいんだけどさ。
「なんにしても、短い間だったけどお疲れ様。ありがとね」
依頼としては長い期間だったけど、師弟としてみれば短い期間でしかない。
「どうせまた会うことになるんだ。そんな大層な別れなんて必要ないだろうに」
「そうかな? 世界は広く、人生は短いんだ。このまま一生会わないってこともあり得ると思うけど?」
ミリアムもルクリオスも、当初の予定を変更して剣王の遺産なんてものを探さないで自分の道を極めることにしたらしいし、それに伴ってこの街から離れていくらしい。ミリアムは魔物が跋扈している秘境なんかを目指し、ルクリオスは本来の門派である落花剣の拠点に一旦戻るんだとか。
そうやってこの街を離れる以上は、もう二度と会えない可能性は十分にありえる。
「随分と達観したこというじゃないか。けど、それは普通の奴らの話だろう? あたしらもだけど、どうせあんたらも戦王杯に出るんだろう? だったら最低でもその時には会うことになるもんだろ」
「あ、そっか」
言われてみればそうか。二人とも戦王杯に出るんだったら再開する機会はあるのか。
「それまでには今よりも強くなって再開できるよう、より一層精進してまいります」
「まあ、ほどほどにね。無理しすぎて戦王杯の前に死んじゃったら意味ないしさ」
ルクリオスもミリアムも真面目だし、人間を守るって意思もある。それに加えて、今は力もある。そうなると、思いが先行して調子に乗って危険な状況でも踏み込みすぎるかもしれない。
けど、それさえ気をつけていれば二人なら心配ないかな。
そうして言葉を交わし、そろそろお別れということで、二人が離れていった。
……と思ったら、ミリアムが少し歩いたところでこっちに振り返って手招きしてきた。どうしたんだろう?
「なに? どうしたのさ」
「せっかくだし、こっちばっかり教えてもらっておいて悪いから、一つだけあんたにアドバイスしてやるよ」
「アドバイス?」
「あんた、もっと自分を出したほうがいいよ」
? 自分をってどういうこと? 好き勝手やれってこと? だったら僕、結構好きに生きてるんだけどな。少なくとも、剣王よりは好きに生きてると思う。
「正直言って、今のあんたはクソつまらない人間だ。真面目で誠実で誇りを持っていて、ガキのくせに老獪さや思慮深さもある。何より、強いさがある。性能だけ見れば素晴らしい人間ってやつだろうね。でも、つまらない」
「……」
「人ってのはクズに惹かれるんだよ。何せ、人は不完全な生き物だからねえ。安定や平穏を求めながらも戦いを求めるように、幸せの中に刺激を求めるのさ。矛盾していても、平坦なだけ、真っ直ぐなだけの道じゃなく、曲がりくねって波打ってる道を歩いて、文句を言いながら笑うんだよ。口では平穏がいい、疲れることはしたくない、なんて言うくせにね。だから、そんな荒れた道へ誘ってくれるクズを求める。無茶をやらかす、見ていて危なっかしい刺激のある奴を求めるんだ。日常の会話で、当たり前の景色の話なんてしないだろう? するんだったら珍しい出来事や派手な噂の話をするはずで、それと同じさ」
……ミリアムの言わんとしていることは、理解できる。人間は歪んだ生き物だ。それは剣王として王様をやっていた時から理解していることだ。非合理的な考えをし、矛盾した行動をとるのが人間だ。
「あんたは自分だけで何でもできる完璧なやつだけど、それは〝そういよう〟って隠し事ばっかりしてるからだろう? 隠し事が悪いとは言わないけど、もっと我を出していきな。そのまま隠し事をして、自分の本心を押さえつけたままでいたら、そのうち」
心臓に指を当てながら……
「壊れちまうよ」
その言葉は、僕に刺さる言葉だった。だって、僕はその言葉の意味をよく知ってるんだから。
「……そうだね。うん。きっとそうなんだろうね。だから僕は失敗した」
「あん?」
「いい助言ありがとう。〝今回は〟もう少しだけ好きに生きてみることにするよ」
これでも好きに生きてたと思っていたけど、それでもまだ足りなかったってことなんだろう。
「……はん。まああんたの人生だ、好きにしなよ」
そう言って、今度こそミリアムは去っていった。
「人はクズに惹かれる、か……。クズとまではいかなくても、もう少し……うん。ローナを見習ってみようかな?」
なんて呟きながら、ローナへと顔を向ける。
「にゃっはっはー、にょっほっほーん、うにょにょにょにょ〜ん! ヘイッ!」
ミューのほっぺを無駄に何度も連続で突いたり、脇の下に手を入れて持ち上げたり上下に動かしたり、そのままクルクル回って体を逸らせてポーズを取ったりしているアホの姿があった。……あ、ミューに殴られた。
……やっぱり、あれを見習うのはもうちょっと考えようかな。
剣王転生〜剣を捨てた最強の剣王は、生まれ変わって剣を取る〜 農民ヤズー @noumin_00
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