仮入部員と倫理の無い依頼【#3】

 用意されたものは、東堂とうどう先輩の髪の毛、爪、先崎さきざき先輩の髪の毛、赤い毛糸、ベージュの毛糸、ベージュのフェルト、生米、塩、桶、その他諸々の細々とした何か。こんな物たちをこうして机の上に並べられると、いかにもオカ研らしく見える。

 「よ〜し、さっそく始めちゃうよ!えいえい、お〜!」

 「おーー!」

 「…………。」

 「妖野あやしのくん妖野あやしのくん、お〜!!」

 「おー………。」

 「ホープ君、もっと元気良く!」

 「おー……!!」

 「うんうん、やる気ばっちりだね。」

 「なわけないでしょう。どこ見て言ってるんですか。」

 やる気ある奴が二回も声出しさせられるわけないだろ。というか声出しさせた張本人がそんなこと言うな。

 なんとなく喉をさすり、声が在る安心感を堪能する。事もあろうに、いやむしろ案の定、幽ヶ屋かすがや先輩は俺の声のことを忘れていたので、ついさっきジェスチャー混じりの催促で返してもらったのだ。

 「で、何するの?ゆうちゃん。」

 「人形を作るよ。おまじない用のやつ。」

 「人形……?これで……?」

 机の上にあるものでそれらしい材料と言えば、フェルトと毛糸くらいしか無いが。

 「そうだよ。これは結構由緒正しき方法なんだからね。」

 幽ヶ屋先輩は制服のポケットに手を突っ込むと、そこから大型の裁ちバサミを取り出した。制服のどこにそんなものが入るスペースがあったのか疑問だが、面倒なので聞かないでおく。

 「まずはフェルトを切って〜。」

 意外にも器用な手つきで、フェルトを裁断していく。ものの数秒で、三頭身ほどの人型に切り取られた。二枚重ねで切っていたらしく、まったく同じ形の人型のフェルトが二枚出来た。

 「ふたつを縫い縫い〜。」

 それらを重ね合わせて、端に添ってベージュの毛糸で縫い合わせていく。かがり縫い、だったか。布の縁を糸で巻いていくように縫い進めていく。そうして、人型フェルトの全辺が縫い合わされた。

 「それで〜、よっ、と。」

 今度は制服からカッターを取り出し、その人型フェルトのちょうど腹部あたりに突き立てる。またしても器用に、重ね合わされたフェルトのうち表側の一枚だけを切り裂いた。人型フェルトの腹に、縦一本の切れ目が入る。

 「そこに〜、詰め詰め〜。」

 その切れ目から、生米、そして東堂先輩の髪と爪を入れた。結構パンパンに詰め込み、人型フェルトが膨らみを持つ。

 「よりより、っと。」

 人型フェルトを一旦置き、先崎先輩の髪と赤い毛糸を手に取る。それらをり合わせ、糸通しを使い針に通す。

 「これでここを、縫い縫い〜。」

 その茶と赤の螺旋糸(先崎先輩の髪は茶髪である。)で、人型フェルトの腹部を縫う。先ほどとは違い、今度は切れ目を閉じるようにジグザグに縫っていく。閉じきったところで、玉留めをして糸を切った。

 「うん、よし。」

 「游ちゃん、これで完成?」

 「人形ひとがたはね〜。まだまだやることはあるよ。」

 そう言って幽ヶ屋先輩は立ち上がり、桶を持って部室を出た。すぐ近くの手洗い場で桶に水を湛え、部室に戻ってくる。それを机の上に置いた後、ひとつかみ分の塩を入れて溶かした。なお、幽ヶ屋先輩がこれをやっている間先崎先輩はずっとそのあとを付いて行っていたので、さながら金魚のフン状態だった。

 「それで〜、こう。」

 人型フェルト、いや、幽ヶ屋先輩曰く人形ひとがたと呼ばれるそれを乱暴に掴み、桶にぶち込んだ。中身が生米のそれはまったく浮くことなく、塩水の中に沈んだ。

 「さ、ここからが仕上げだよ、紗妃さきちゃん。」

 人形ひとがた入り塩水を、先崎先輩に差し出す。

 「仕上げ?私がするの?」

 「そうだよ。これは紗妃ちゃんしか出来ないから。」

 「ふーん、そうなんだ。わかった、何すればいいの?」

 「まず、ここに顔をつけて、目を開けて中の人形ひとがたを見る。」

 「え!?しみそう……。」

 「うん、しみると思うよ。でも我慢して。」

 「えー……、わかった。」

 「よしよし。で、人形ひとがたを見ながら橙くんさんの名前を三回呼んでほしいの。」

 「橙くんの名前を?」

 「そう、なるべくいつも呼んでる呼び方でね。そしてなるべく中の人形ひとがたに語り掛けるように。……わかった?」

 「……うん、わかった!」

 「よ〜し!じゃあ早速実践しよう!」

 幽ヶ屋先輩が壁のスイッチに指を這わせ、それを押す。部室の電灯が消えた。時刻はちょうど日が沈んだ直後。まだ西の空はほんのり明るいけれども、光源には心許ない。部室は仄暗い闇に包まれた。

 「これでいつでもいいよ!やっちゃって〜!」

 「わかった〜!」

 暗闇の中で、幽ヶ屋先輩が俺の頭を掴む。強引に、頭をひねられ顔を背けられる。

 「いって!」

 「しーっ!妖野くん。わたしたちは見ちゃだめだし、喋っちゃだめだよ。」

 「口で言ってくれればわかるんで、掴まないでほしかったですね……。」

 俺の文句は馬耳東風の如く聞き流され、幽ヶ屋先輩は静かに目を瞑った。これ以上反発しても無駄な気がするので、俺もそれに倣って目を瞑る。

 「よーし、いくぞー!」

 後ろから、パチン!と小気味良い音。おそらく、先崎先輩が気付けに頬を叩いた音だろう。間もなくして、水音も聞こえた。

 「ゴボガボ!ゴボガボ!ゴボガボ!」

 律儀にきっかり、三回。さすがに息苦しいのだろう、後半になるにつれ尻すぼみに細くなっていった。

 「ぷはぁ!うわぁぁぁ!しみるぅぅ!」

 先崎先輩がのたうち回るような声を出したのと同時に、瞼の外側が明るくなった。目を開けると、いつの間にか幽ヶ屋先輩が部室の電灯を点けていた。

 「おつかれ紗妃ちゃん!成功だよ!たぶん!」

 「本当!?良かったー!」

 幽ヶ屋先輩は塩水の桶まで駆け寄り、中から人形ひとがたを引き揚げた。塩水が滴り、桶へと落ちて跳ねる。どこからともなくタオルを取り出し、それをくるんで水気を吸わせた。どうでもいいが、塩水が目にしみて真っ赤に腫らしている先崎先輩へのフォローはあってもいいんじゃないだろうか。先崎先輩制服の裾で目を拭ってるんだもの。そのタオルは先に先崎先輩に渡すべきだったろ。

 「あとは紗妃ちゃんがこの子を持ち帰ってあげて。中のお米は食べてもいいけど、その時は必ずお腹の赤い糸を切って取り出してね。横のベージュの糸は切っちゃだめだよ。」

 「わかった!ありがとう游ちゃん!」

 タオルをめくり、幾分かマシにはなったもののまだ湿り気のある人形ひとがたを先崎先輩に差し出す。

 「本当にありがとう游ちゃん!また何かあったらお願いねー!」

 「お安い御用だよ紗妃ちゃん!またね〜!」

 先崎先輩は手に人形ひとがたを持って、スキップで部室を出ていき、幽ヶ屋先輩はそれを手を振って見送った。……ついぞ、先崎先輩の目は赤くなったままだった。

 「……幽ヶ屋先輩。」

 「ん?どしたの妖野くん。」

 「一応気にはなるんで聞きたいんですけど、あれってどんな効果があるんです?」

 「あ〜、あれはね、降霊術の一種だよ。『魂ごめ』って言うの。」

 「『魂ごめ』……。」

 「『魂のお米』、『魂を込める』、そういう意味で『魂ごめ』。お米は呪術において肉であり細胞だからね。人の形に切った布にお米を詰めることで、人形ひとがたを作るの。」

 「綿とかじゃなくて、米なのにも理由あったんですね……。」

 「綿だと、器としてちょっと精度が低いからね。そこに塩水と水面、そして言霊による呼びかけで生霊を喚び出して、その人形ひとがたに入れるの。」

 「生霊……、入れる……。」

 「そうやって出来上がった人形ひとがたは第二のその人になるんだよ。だから、紗妃ちゃんがあの橙くんさんの人形ひとがたを持ってる限り、二人の縁は絶対に切れないことになるね。」

 「え……、それ、つまり人質みたいなもんじゃ……。」

 「違うよ!おまじない!」

 「ああ……、はい、わかりました、わかりましたから……。」

 「まったく、妖野くんは鈍感だな〜。」

 「じゃあもうそれでいいですけど。ついでにもう一つ聞いてもいいですか?」

 「うん。なに?」

 「もし先崎先輩があの中の米を食べてしまった場合、どうなるんです?」

 「そりゃあもう、魂を二分してるに等しいから、二人は文字通りの一心同体になるだろうね。」

 「……そんなことを『食べてもいいよ』みたいなノリで勧めたんですか?」

 「うん、そうだよ?」

 「はあ………、マジで………!」

 相容れない。心の底からそう思った。何が何でもこのオカ研を脱出してやる。こんなところになんて絶対に居られない。東堂先輩は残念だった、もう助からない。俺の力では救いようが無い。俺はあの東堂先輩をこのオカ研から逃れられなかった未来の自分として見て、ああならないよう努力すべきだ。

 日が沈みきった部室の中で、俺はひとり決意した。

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幽ヶ屋先輩とふたりきりのオカ研 二見青珈 @Hutami-Aoka

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