私はマーガレット
蘇芳
私はマーガレット
柔らかな日差しが降り注いでいる。
そよ風を感じながら、私は路上に出していた商品の鉢植えに漏斗で水をあげた。
私は花屋。普通の花屋とは違って、私は鉢植えの形で花を売っている。切り花として売れば色とりどりの花を組み合わせて花束にできるが、私は土と一体になって花が生きていることを感じてほしいので鉢植えとして売っていた。
今日も路上で鉢植えを売っていると、通行人の1人が足を止め、私の正面に立った。
「鉢植えを、1つください」
毎日決まった時間にやって来るそのお客様は、毎回1つだけ鉢植えを買っていく。
そのお客様は全身に黒い布を纏い、顔も布で覆い隠していた。私はお客様の素顔が気になったが、きっと何か訳があって隠しているのだろう。
顔を見せて、とは言えなかった。
来る日も来る日もそのお客様は1つだけ鉢植えを買っていく。
そのお客様が買う花の鉢植えが決まって、マーガレットだった。
ある日、私は気になったので、初めてそのお客様に尋ねてみた。
「どうして来てくださるんですか?」
他にも花屋がたくさんある。私の店より安く、華やかな花を繕ってくれる店も近くにある。それにもかかわらず、毎日私の店から鉢植えの花を買っていくそのお客様が不思議で、不思議でならなかった。
そのお客様は透き通る声で答える。
「生きた花を大事にしているところが、私は好きなのだよ」
私は顔が赤くなるのを感じた。しかし、すぐにこれは私への告白ではないこと気づく。ただの社交辞令だ、と。
私は話題を別のものに変える。
「この鉢植え、買った後どうしているんですか?」
そのお客様は少し考えこんだ後、答えた。
「植え替えるのさ」
翌日も、そのお客様はいらっしゃった。
いつも通り、そのお客様は鉢植えを1つ買う。いつもならすぐに帰っていくところ、今回だけはその場に留まっていた。
「どうかされましたか?」
そのお客様はマーガレットの鉢植えを左手に持ち直す。
「君から買った花がどうなったか、気になるか?」
「……ええ」
それだけではない。気になることはたくさんある。
なぜ、毎日鉢植えを買っていくのか。
なぜ、マーガレットなのか。
なぜ、顔を隠しているのか。
「それはね……」
そのお客様は空いた手で器用に顔を覆う布を取った。
「こうなっているのさ」
初めて見るそのお客様の顔に、私が目を見開いた。
これまでに私から買ったマーガレットが、その頭や顔を覆うようにびっしりと植えかえられていたのだ。そのお客様――私の店の常連は、異形頭だった。
「私は、鉢植えの形で花を売る君の、花に対する深い愛情を感じた。それが心地よくて、ずっと通っていた……」
そのお客様は私と目線が合うように、膝を地面につく。
「毎日通っているうちに、私はどうやら、君のことを好きになってしまったみたいだ。だが、私は
そのお客様は私の右手をとり、そっと手の甲にキスをする。
不思議と、嫌な感じはしなかった。
「私はマーガレット。私は君を忘れたくない。だから、ここに君のマーガレットを植える……」
私はマーガレット 蘇芳 @suou1133
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