消えるヘッドライト

榊 薫

第1話

 部品組立工場で、1年前に完璧な新商品として製造したはずの自動車ヘッドライトが突然切れる事故が発生し、事故品を携え、頭を抱えながら担当者がやってきました。

 放電電源のプリント配線板に組み込んだ抵抗体の端子線が破断していました。

 このヘッドライトは親会社が開発した新商品で、完璧を期すため品質管理を徹底していますが、親会社から加工不備を指摘され、原因解明を2か所の分析機関に依頼しました。しかし、どうして断線したのか答がでません。発生率は現在1%程度ですが、増加傾向にあり、交通事故が起こる前に解決したいと思っています。

 端子の銅線は、素材の銅にニッケルめっきした上に銀めっきを施したものを使用しています。断線部は抵抗体端子を90度に曲げ加工した最も角度のきつい箇所で断線し、断面から素材の銅の赤色が現われ、銀めっきは黒く変色しており、一か所目の分析機関ではEPMA(電子線マイクロアナライザー)により、銀めっき表面からイオウと酸素の元素が確認されていました。

 一般的に、自動車内部は高温多湿になることが多く、放電電源のプリント配線板は100℃以上の高温になることから、腐食しやすくなります。そこで、配線板をアルミダイカスト製のケースに収める際、腐食原因となる水分を徹底的に取るためにシリカゲルを充填した後、ウレタンゴムを80℃で20分加熱して溶かし、ウレタンを充填させて、パッキンを使って密閉し、放電電源として提供してきました。

 二か所目の分析機関では加工に使用している材料を詳細に調べ、アルミダイカストのねじ切り加工時に使う切削油からイオウが検出されました。新商品にする前からねじ切り加工は同じ切削油使っていたので、なぜイオウが断線要因になったのか分かりません。そのほかに、断線に至った副要因があるかもしれないので、腐食させる材料があるのか調べてみました。

「使用している、ウレタンゴム、パッキン、粘着テープ、電源トランス、配線板のそれぞれの部品について、アルミダイカスト製のケース、ニッケルと銀めっきを施した端子線を共存させ、密閉して100℃に12時間加熱した後、25℃に冷却することを10日間繰り返し、腐食や変色の有無を調べました。しかし、この実験で腐食や変色は起こらず、原因は見つかりませんでした。」とのことです。

 異世界で悪夢に取りつかれたような現実の暗闇から抜け出したいという技術相談です。

 観察と推論

 相談に来た担当者の言葉を鵜呑みにしていると、こちらも悪夢が乗り移って、うなされかねません。

 そこで、事故品の状況確認から始めました。

 破断箇所は銅線の上にニッケルめっきし、さらに銀めっきされています。

 腐食防止のため、厚くニッケルをめっきし、さらに、耐食性のある銀めっきをしている可能性があります。

 通常、素材とめっき皮膜との膨張係数が異なる場合、めっき皮膜と素材の間に力の歪が生じ、温度差が繰り返されると密着力が低下してきます。

 通常の電気ニッケルめっきは光沢剤の影響で引張応力が働きます。従って、ニッケルが厚いほど曲げた箇所で剥離し、割れが起こり、素地の銅が現れやすくなります。

 抵抗体の破面の形態を顕微鏡観察したところ、振動で疲労破壊したのであれば、繰り返し亀裂が生じる貝殻状の形態が現れるのですが、それがありません。

 事故品の銅、ニッケル表面の色を新品と比較すると明らかに曇った鈍い光沢をしています。

 鈍い光沢は酸化物で、水が原因の一つである可能性を示しています。

 銅は破断ではなく、腐食しています。

 原因究明のため、部品を密封試験した際に、水分を吸着するためのシリカゲルの試験を除いています。担当者によると、シリカゲルを除外した理由は、吸着するものだから影響しないと思ったそうです。

 ところで、シリカゲルは水の沸点近くの高温になると内部の結晶水が脱着し、気体になって飛散します。

 組み立て時にシリカゲル保管に低い温度で吸着していた水が、点灯による高温で蒸気となってアルミダイカストのケース内に拡散し、冷えためっきの剥離箇所で結露したことが想定できます。

 銅と銀のような異種金属の間では電位差が起き、銅が腐食します。イオウは電解質としてその引き金になります。これが点灯、消灯するたびに繰り返されることによって、腐食が進行します。しかも、ケースを開封すると腐食箇所の水分は蒸発して気散し、存在していたことが分からなくなります。

 見ようとすると消えている神出鬼没の魔性に取りつかれたような出来事です。

 腐食が起こりやすいのは、高温、水分、電解質としてのイオウ、電位差(ここでは銅と銀)の条件で、これに当てはまっています。

 検証

 銅線断面は貝殻状の形態がないので焼鈍不足で振動による疲労破壊ではありません。

 曲げ加工が繰り返されてはいません。

 装置会社では腐食には水分を少なくすることが重要であることは分かっていました。

 シリカゲルは食品除湿など多用されていることから、それがあれば水分は除去できると思っていました。

 しかし、シリカゲルの水分は温度が高くなると離脱して蒸気になるとは思っていませんでした。

 モレキュラーシーブでないとこの温度で吸着水を保持できないことを知りませんでした。

 設計時に移動現象の電流、温度、濃度現象で水分吸着については分かっていましたが、脱着現象があるとは思っていませんでした。

 AI(人工知能)への教育

 反応機構を見つめる場面として、なぜその材料が使われているのか、設計の段階から、見つめ直し、疑う必要があります。

 科学の視点から腐食の広がり方を眺めると、水蒸気の拡散分布を示しており、移動現象として速度に関連する電流による温度の上昇のほか、

 シリカゲルが吸着していた水分の温度による放出現象、異種金属によって生じる電位勾配、酸化反応といった知識が重要です。

 技術の視点では、発生率はさらに増大する可能性があります。使用時の温度上昇でシリカゲルが吸着していた水分の放出現象を想定し、設計段階でモレキュラーシーブを利用すべきでした。

 事故が発生した状況に気付いたのは、使用時です。

 回路の抵抗端子表面で腐食発生が原因しています。

 腐食の広がり方は、周辺まで拡散しています。

 発生率3%以上になると予測されます。

 計測レベルの機器分析利用料金の発生要求がありました。

 気付くことが難しいものの中で、

 初期段階は、ニッケルめっきの割れ目で結露したことによる、すき間腐食です。

 物質・環境分類は液体・結露です。

 腐食分野の移動現象要因は、温度・湿度の要因が比較的大きく影響しています。

 AIの企業診断

 改善すべきプロセス、作業の関わり、組織の日常対応力について

 表面で周辺まで3%以上発生して「使用時」に起こっています。

 発生3%以上になるものは、そもそも「材料設計」に問題あります。

 温度・湿度は目に見えないですが、繰り返し起こることに「放置対策なし」

 気体に関しては「注意力なし」

 温度・湿度で起こることは過去の解析が無策のためで、「管理力なし」です。


 参考:乾燥剤の種類

 シリカゲルは固まりがちな砂糖や塩などの調味料容器に一緒に入れたり、長時間履いた靴の湿気を取るために入れたり、衣類をカビや虫から守ったりすることができます。

 シリカゲルは二酸化けい素を主成分としています。せんべいなど菓子袋などに一緒に入っている袋入りの中身を取り出し、80-100℃で加熱し、青い粒がすべて赤くなって吸着した水分を追い出せば、再び使用できます。 ご家庭では、いらなくなった鍋やフライパンなどを使い、弱火で加熱することで再生が可能です。


 焼き海苔などの除湿に使われている石灰乾燥剤は生石灰(酸化カルシウム)という成分からできています。強いアルカリ性で、吸湿力はシリカゲルより強力です。

 しかし、石灰乾燥剤は一旦吸湿すると、再び吸湿機能を取り戻し再利用はできません。

 また、石灰乾燥剤は水に濡れると発熱するという特性も持っているため、使い方を誤ると火傷の恐れもあるため、取り扱いには注意が必要です。


 塩化カルシウムは、住宅の湿気対策だけでなく、道路の凍結防止にも使われています。 吸湿力はシリカゲルより弱いです。また、使い終わりの除湿剤の容器にたまった液体は水のように見えますが、アルカリ性の塩化カルシウム水溶液です。 使用後の再利用はできません。


 モレキュラーシーブは結晶性ゼオライトで、アルミノけい酸塩質の結晶材料です。結晶中に微細な細孔を持ち、化学組成によって結晶構造、吸着特性が変化します。この機能を生かして、触媒、乾燥剤、吸着剤、イオン交換体として、工業プロセス等の用途で用いられています。モレキュラーシーブは100℃の高温でも吸湿力があり、さらに高温で再生して繰り返し使用できます。 使用したモレキュラーシーブを多量の水、またはエタノールで洗浄した後、水で数回洗浄して付着した溶媒を除去します。 次に200~250℃で乾燥します。 この場合3~5%の水が残りますが、温度が上がらないところでの使用に差し支えありません。


 事故担当者によれば、ちょうど一年前、親会社から天下ってきた役員の提案で耐食性を高めるためニッケル、銀めっきの抵抗体端子線やシリカゲルを組み込むことにした結果だそうです。

 生兵法は大けがのもとです。AIを教育するための項目を一つずつ観察、推論、検証したことで、神出鬼没な水分の挙動を明らかにでき、悪夢にうなされることなく対応できました。

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消えるヘッドライト 榊 薫 @kawagutiMTT

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