祟られと道連れ

目々

累々

 お前左利きだったっけ? じゃあいいだろ、別に。右手が爛れた上に痺れて指がちゃんと動かないっても、利き手じゃないならまだマシだ。ピアノ弾くとか絵描くとかならまだしも、そういう文化的な趣味ないだろ、お前。音大生でも美大生でもない、ただの文系大学生じゃん。俺も一緒だけどさ。


 病院行ったって、そんなん無駄だよ。それ左右田先輩のせいだから、皮膚科でも神経科でも全部駄目だもの。


 どうしてですかって、お前先週の金曜に左右田先輩と一緒に映画観に行ったって話してくれたろ。だからこうして飲もうぜって誘ったわけでさ……十中八九やべえことになるなって思ったから。そしたら案の定右手に包帯巻いてくるんだもん。


 左右田先輩何やったんですかって、罰当たりなことをしたんだよ。

 あの人さ、今年の夏に心霊スポットで肝試しとか馬鹿なことを思いついてさ、しかも実行しちゃったんだよね。

 バイト先の先輩から近場のスポット教えてもらったとかでさ。またこの近所も意外と曰く付きの場所が多いんだとかですっかりその気になってたんだよね。建物なしでいいなら、それこそ駐車場とかちょっとした空き地みたいな顔してその辺にあるからって、受け売り喋ってご機嫌だった。


 なんでそんな詳しいんですかって俺連れてかれたからだよ。


 どうして俺だったかってのは考えたくもないんだよな。たまたま以上の理由、絶対ないだろうし。直近でメッセージやり取りしたのが俺だったとか、普段から飲みの誘いに付き合ってたからとか、咄嗟に思いついたとかその程度。……それで暇だからって、ちゃんと断んなかった俺も悪いんだよ。

 一応はさ、止めたんだよ良識つうか常識があるから。廃墟でも廃屋でも勝手に誰かの家に入ったりすんのはよくないし、心霊スポットだからって関係ないやつが勝手に入り込んで騒ぐのって本当によくないって思ってる。


 でも左右田先輩、聞かなかったんだよ。

 じゃあ数回んないから、一か所だけで諦めるから、飯奢るからって泣き落とし。大学生最後の夏の思い出作ろうぜとか言うから──絆されたっつうか、面倒くさくなったんだよ、俺も。ちょっと行ってばっと見てワーッと帰れば気が済むだろうってね。


 で、行ったんだよ、右側の家に。

 右側の家、分かる? うちの大学の裏門から住宅街の方にある廃屋で、結構地元の人には有名なんだと。俺も先輩も県外だから知らなかった。

 曰くはベタいやつだった。昔その家に住んでた家族が借金だかなんだかでまとめて首吊って、無人の家だけが残った。それからずっと声が聞こえたり窓越しに人影が見えたり二階の窓が一晩中開いたり閉めたりを繰り返してたりとかの怪奇現象が起きまくるって噂になって、事件現場から心霊スポットに格上げになったんだと。


 何で右側の家かって言ったら、右側だけぼろぼろなんだよ。


 よく町中とかで見かける一般住宅、あれのちょっと大きめで庭とかついてるやつを想像しろ。そういう普通の家なのに、ばっきり線入れたみたいに右半分だけ明らかに荒廃してんだよ。壁は変色して真っ黒、窓ガラスは曇って何にも見えないしヒビも入ってる、庭も荒れてて物置まで錆で真っ赤になってる。右側がそんな有様なのに、左側は不自然なくらいに綺麗なんだよ。塗りたて色落ちなしみたいな壁で、玄関なんかドアノブまでぴかぴかしてる。気持ち悪いだろ。


 けど、あの人基本が馬鹿なんだよな。夜中に行ったんだけど、俺は正直怖くて仕方がなかったのに、先輩はもうテンション上がり切っちゃってさ。敷地内入った途端に護身用って持ってきてたバットで大窓割るし、しかもそこから鍵開けて普通に侵入しちゃうし、俺が慌てて後追ったら先輩仏間の方まで行っててな。あの人本当に怖くないんだなって思ってたら、部屋から何か飛んできたから心臓止まりそうになった。

 で、何が飛んできたかったら、遺影。白黒で知らない婆さんが和服きて正面見てる、誰に見せても十人十人が遺影って言うであろう代物。

 先輩、遺影をフリスビーみたく放ってきたんだよ。何でそんなことしたんだって聞いたら、驚かそうと思ったから、だとさ。馬鹿だろ。

 まあ、そういう具合で帰るまで室内で好き放題してたんだよね、先輩。だから絶対祟られるよなって思ってた。


 その後はまあ、結論だけ言えば、祟られた。

 先輩の飲み友達とか、バイト先の店長とかが事故や病気とかで右足や右肺あたりを諸々駄目にしちゃったんだよな。他にもあの肝試しの夜以降に先輩と一緒に飯行ったやつとか喫煙所でライター貸してもらったやつなんかが右耳ツブれたり口の右端だけ派手に裂けた、みたいな話も出てきてさ。だから、事情知ってるやつはもう先輩と関わんなくなってるんだよ。巻き込まれて、祟られるから。


 先輩の家族はどうだったかって?

 そんなん真っ先に駄目だったよ。当たり前だろ。


 先輩からね、教えてもらった。ご両親も弟さんも先輩以外の全員、右半分が麻痺るし箇所によっては腐ってきてるって有様なんだと。

 でも先輩は体のどこも悪くしてないし、あの夏からずっと派手な怪我も変な病気もしてない。周りの人間だけが知らないうちに巻き込まれて、めちゃくちゃに祟られてる。ここまでくると罰当たりっていうか、バチだよな。先輩自身が。


 な、だからお前も例外じゃないわけよ。ただ映画観ただけって俺に言われても困る。祟ってる連中はそう思わなかったってだけのことだろ。先輩と親しく関わった、だったらこいつにも祟って然るべきだって、そう決まった。災難だった、ぐらいしか言えないな。お前に非はないけど、ただ引きと巡り合わせが悪かったってことだ。何の慰めにもならないだろうけどな。


 俺? 俺はさ、右半分これ──ほら。

 すごいだろ。アザだかシミだか知らないけど、真っ黒。今見せてんのは右手だけど、それ以外もちゃんと黒いぞ。右側の家から帰って来てから、じわじわ右の爪先から黒くなってきてな。膝ぐらいまで黒くなったときに皮膚科行ったんだけど、原因不明の色素沈着みたいなこと言われて軟膏とビタミン剤出された。勿論全然効かないから、今肩口辺りまで黒くなってる。嫌な黒色なんだよな、これが。青黒いっていうか、放っておかれた死体みたいなさ。


 俺さ、先輩と違ってちゃんと玄関から帰ったし、帰るときに謝ったんだよね。それなのにこの様。理不尽だよな、本当。

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