第13話 サレ妻、切れて――繋がる。

「もう一つ、レオさんと、それからレナさん、カレンさんに伝えておかなくてはいけないことがあります」


 ルイはレオとレナ、カレンの顔をぐるりと見回してにっこりと微笑んだ。


「前世での花奈さんの死因は過労による転落死、ですよね」


「え? ……えぇ、そうです」


 突然、なんの話だろう。ルイの意図がわからず、内心で首をかしげながらもハナはうなずいた。

 次にルイが顔を向けたのはレナだ。


「玲奈さん、あなたの死因は?」


「交通事故……だった気がするけど、それが何?」


「正しくは交通事故に見せかけた他殺。車を運転していたのは加恋さんです」


 反射的にカレンに顔を向けたレナの表情がみるみるうちに歪んでいく。


「あの車……アンタが!」


「そして!」


 今にもカレンに飛びかかりそうなレナを空気が震えるほどの大声で制し、ルイは続いてカレンに顔を向けた。


「加恋さん、あなたの死因は毒による他殺。毒はあなたが玲奈さんを轢き殺した夜に飲んだワインに入っていました。そのワインを贈ったのは……」


「怜央……まさか!?」


「ち、違う! あのワインは加恋の誕生日に何、プレゼントしようかなって考えてるときにこれなんてどうって玲奈ちゃんが持ってきたもので……!」


「ちょっと……他の女が持ってきたものをさも自分が用意した誕生日プレゼント、みたいな顔でプレゼントしたわけ!? いいえ、それよりも……毒入りワインを怜央を通じて贈るなんて殺す気満々じゃない、あなた!」


「殺す気満々でアタシのことを車で轢いた人が何言ってんの!?」


 互いに詰め寄り胸倉を掴んで金切り声をあげるレナとカレンの姿にハナはポカンと口を開けた。花奈が生きていた頃、花奈に二人仲良く嫌味や文句を言うことはあっても言い争っている姿は見たことがなかった。


「共通の敵がいるから共闘していただけの敵同士だったということですよ」


 ハナにだけ聞こえる声でささやいたあと、ルイはパンパン! と手を叩いた。


「レナさん、カレンさん。話はまだ終わっていません。……怜央さん。怜央さんはどうして自分が死んだか覚えていますか?」


「え、いや、全然……」


「怜央さんの死因は刺殺です。妻は病気で亡くなって今は一人で子供二人を育てている、なんて言って複数の女性とお付き合いしてましたよね。玲奈さんと加恋さんの事件が大々的に報道されたことで彼女たちはあなたに騙されていたことに気が付き、協力してあなたに睡眠薬を飲ませ殺害、死体を遺棄したそうです」


「俺、殺されたの!? 協力してって何それ……女、怖っ!」


 自分の体を両腕で抱きしめてレオがぶるりと震えた。でも、その場にいる大勢が同情もしなければ、〝何をのんきなことを……〟という感想を抱いていた。

 なにせ――。


「私や玲奈さん以外とも不倫してたの?」


「アタシや加恋さん以外にも付き合ってる人がいたの?」


「カ、カレン……レ、レナちゃん……?」


 般若の形相をした女二人がすぐ後ろに迫っているのだ。


「怜央、約束したよね! 花奈さんが死んだから今度こそ私と籍を入れてくれるって!」


「か、加恋……それは……」


「怜央さん、言ってたよね! 本当はいい年したオバサンなんてとっとと捨ててアタシと再婚したいんだって!」


「オバ……!?」


「れ、玲奈ちゃん! それはぁ!」


 三人の醜い言い争いに参列者たちはげんなりとした顔をしている。ぐるりと見まわし、もう十分だろうと判断したルイが三人のあいだに割って入ろうと一歩前に出ようとした、その隣をすり抜け――。


「……ねえ。怜央も玲奈も加恋さんも。三人ともがそんな調子で誰があの子たちを……尚人と恵梨香を見ていたの?」


 ハナはゆっくりと三人のもとに足を進めた。


が死んだあと、誰があの子たちの送り迎えをしてくれたの? 食事は? 洗濯は?」


 ブーケを持つ手も、声も、怒りで震えている。


「先生からのおたよりの確認は!? 学校であった楽しかった話を聞いてくれたのは!? 学校でいやなことがあって泣いてるあの子たちをなぐさめてくれたのは!? ……ねえ! あなたたちの誰がやってたの!!!」


 前世では一度も聞いたことのなかったハナの怒鳴り声にレオもレナもカレンもビクリと肩を震わせた。

 でも――。


「え、偉そうに説教しないでよ、お姉ちゃん!」


「そもそも花奈さんが階段から足を踏み外すなんて間抜けな死に方をしたのが発端でしょう!?」


 レナとカレンがすかさず言い返した。


「そ、そうだ、そうだ! 大体、聖獣の言葉を復唱? 過去視? そこの巨大黒犬はワンワン吠えてただけじゃないか!」


 レナとカレンの矛先がハナに向かうのを見るなり、ここぞとばかりにレオが叫んだ。


「過去視で見たなんて言ってるけどどうせこの男の口から出まかせだって! この男はハナの不倫相手で二人で口裏を合わせてるだけ! 加恋も玲奈ちゃんも、父上も陛下も騙されないでください!」


「……!」


 前世の大切な家族をないがしろにされた上、今世の大切な家族をも愚弄した。その事実にハナはカッとなってブーケを振りかぶった。

 でも――。


「ぎゃっ!」


「ラーミ様!」


 ハナがブーケを振り下ろすよりも早く、白い毛に覆われた獣の前足がハナとレオのあいだに割って入った。鋭い爪が突き刺さり教会の床にヒビが入る。


「……」


 見上げるとラーミは金色の目でレオやレナ、カレンをにらみつけ、歯を剥き出し、声もなく威嚇していた。


「ラーミ様は〝茶番は十分だ。これ以上、私の家族を愚弄することは許さん。即位式に移れ〟、と」


 ルイは国王の目配せにラーミの言葉を復唱したあと、ハナへと微笑みかけた。


「尚人くんと恵梨香ちゃんなら大丈夫ですよ。ちゃんと愛された記憶がある人は強い。二人には花奈さんに愛された記憶がありました。だから、強かった。それにノエルもいましたしね」


「……ルイさん」


 ルイの言葉にハナは振り上げた手をゆっくりと下ろした。

 さみしい思いも大変な思いもしたかもしれない。でも、二人の一生は不幸なまま終わったわけではないはずだ。ノエルと同じように。

 ラーミの前足にぎゅっとしがみつき、ハナはレオへと視線を向けた。


 レオが口にした苦し紛れの言い逃れは完全に悪手だ。幼い頃から散々、家庭教師や親から叩き込まれたドルシア国の常識をレオは失念している。


「創国の功労者たる聖獣と、聖獣の代弁者たる〝聖獣の側室〟の言葉を疑うとは……」


 ここまで苦笑いではあっても笑って聞いていた国王の表情はとっくに険しいものに変わっていた。それに気が付いたレオは救いを求めるように父であるトンプソン男爵を見た。しかし、トンプソン男爵は額を押さえてゆるゆると首を横に振るだけだ。


「トンプソン男爵、この一件をトンプソン男爵家全体の問題とするつもりはない。しかし、適切な対応を期待する」


「陛下の寛大な処置に感謝いたします。愚息の処分については追ってご連絡させていだきます。……が、愚息が我がトンプソン家と男爵位を継ぐことは決してないということだけはこの場で宣言いたします」


「ち、父上!?」


「ハナ嬢、そしてバデル公爵家の皆様にも大変なご無礼とご迷惑をおかけしました。お詫びのしようもございませんが……後日、改めて」


 たった十数分の間に起こった出来事にトンプソン男爵の表情はすっかり憔悴していた。レオを許す気にはならないがトンプソン男爵家に非があるわけではない。ハナは膝を軽く曲げて一礼し、謝罪を受け入れる意思を示した。

 これでトンプソン男爵家自体のへのこれ以上の追及はないはずだ。


「それでは〝聖獣の側室〟の即位式に移ろう」


 場の雰囲気を和ますように国王はホッホと笑って階段をあがり、祭壇の前に立った。後にリアム王子が続き、ひらりと尻尾をなびかせてラーミとコカも壇上にあがる。国王とリアム王子を中心に二頭は左右に分かれておすわりした。

 ルイはと言えば優しい微笑みを浮かべ、ハナに向かって手を差し伸べた。戸惑いながらもルイの手を取り、ハナは再び階段をあがって祭壇の前に立った。


「ハナ・バデル。聖獣ラーミ、コカに代わりドルシア国現国王たる余が問う。〝私たちの家族となり、病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓うか〟」


 結婚式の誓いの言葉に似た問いかけにハナはぐるりと壇上を見まわした。

 コカはバッサバッサと音がするほどに黒い尻尾を振っている。ラーミは金色の目で静かにハナを見守っている。ルイはニコニコと優しい笑顔でハナの返事を待っている。

 新しい家族たちの温かなまなざしに、しかし、ハナはうつむき、唇を噛み――勢い良く顔をあげると振り返ってバージンロードに立ち尽くしているレオとレナ、カレンをにらみつけた。

 そして――。

 

「自分たちのことばかりで少しも家族を大切にしないあなたたちのためなんかに二度と、都合の良いお飾り妻になんてなったりしない! 私の人生を犠牲にしたりなんてしない!」


 三人に向かって叫ぶとハナは国王へと向き直った。


「ラーミ様、コカ様、それからルイさんの家族となり、病めるときも健やかなるときも、愛をもって互いに支えあうことを誓います!」


 ハナの凛とした声に国王は満足げにうなずいた。

 かと思うと――。


「それでは、誓いのキスを」


 ニコニコ顔のまま、結婚式でもないのにそう言った。


「……ち、誓いのキス?」


「……」


「ワフッ」


 動揺するハナを笑うように金色の目を細めてラーミとコカが顔を近づける。何をするのだろうかとおろおろするハナの頬に――。


「……あ」


 二頭の黒い鼻が押し当てられた。ひんやりとした感触はすぐに離れて再び二頭はハナの顔をのぞき込んだ。


『私の声が聞こえるか、ハナ』


『アタシの声も聞こえてる?』


 頭の中に響いた優しい声にハナは目を丸くした。表情を見て聞こえているとわかったのだろう。


『アタシたちの家族になってくれてありがとう、ハナ!』


『これでお前も私とコカ、それにルイの家族だ』


 コカだけでなくラーミまでもがバッサバッサと音がするほどに尻尾を振っている。

 と、――。


「俺も家族の一員で同僚なんだからハナさんに誓いのキスをしなきゃですよね」


「……!?」


 どこに!? と慌てて尋ねるよりも早く、ルイはハナの前に膝をつくとその手を取った。


「ハナさんの願いは俺の願いでもあります。二度とあんな男に……いいえ、他の誰にもあなたの大切なものを奪わせはしません。だから、安心して俺の……俺たち家族のそばで笑っていてください」


 手の甲にキスを一つ。


「病めるときも健やかなるときも、愛をもってあなたを支えることを誓います」


 同僚と言うにはあまりにも熱っぽい目で見つめるルイにハナは顔を真っ赤にしたのだった。


 ***


 それから――。

 レオは他国にある、男子のみが通う寄宿学校に入ることになった。実質的な国外追放だ。

 レナとカレンはアデレードとモーリンがこっそり参列者の中に紛れ込ませていた〝社交界のスピーカー〟と〝侍女界のスピーカー〟によってハナに前世でしたことと今世でやろうとしていたことを暴露され、社交界を追われた。嫁ぎ先を求めて他国に渡ったという噂もあるが定かではない。


 そして――。


『ノエルを預けた〝若先生〟が自分だって、ルイは言わなくていいのかな』


『いいんじゃないか』


『前世の片想いの相手が花奈だって話も?』


『しなくていいんじゃないか』


『ハナが育てた血の繋がらない二人の子供を我が子同然に可愛がってたって話も?』


『しなくていいんじゃないか』


 ひざまずいたルイがハナの手を取る様子を見守りながら、コカとラーミは人間には聞き取れない小さな声でひそひそと話をしていた。

 ゆらり、ゆらりと白い尻尾を揺らすラーミ、嬉しそうに笑っているルイと顔を真っ赤にしているハナを見てコカは納得したようにうなずく。


『そうだよね。過去の話……前世の話だものね』


『いいや、未来の話だ』


 ラーミから返ってきた言葉にコカは目を丸くする。そんなコカを見返してラーミはニヤリと牙をむき出して笑った。


『あと数年もするとあの屋敷もにぎやかになるぞ。なにせ、さらに二人と一頭が加わるんだからな』


『ワフーッ!』


 並んで座る二頭の聖獣はバッサバッサと音がするほどに尻尾を振りながら、ルイがハナの手の甲にキスをする様子を見守ったのだった。

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聖獣の側室 ~不倫夫も不倫女(×2)も転生しているようだけど今世は関わり合わない人生を送りたい……と思っていたらモフモフ(×2)と同僚に溺愛される人生でした~ 夕藤さわな @sawana

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