第12話 サレ妻、明かす。

 参列者たちがルイを見て驚いた理由の一つは国王の息子として――王族の一人として紹介されたことだ。現在唯一の〝聖獣の側室〟が現国王の息子だと知る者は、ハナを含めてこの場には誰もいなかったようだ。みんな、顔を見合わせて動揺している。


「王位継承第一位は第二王子リアムだが、そこに立つ第一王子ルイ・ミューア・ドルシアも間違いなく我が息子だ」


「弟の僕に王位を押し付けてのんきに小説を書いている不詳の兄です」


「……リ、リアム。それについては本当に……申し訳なく……」


 声も体も小さくなるルイにリアムは年相応の、少年らしい笑い声をあげた。二人の息子のやりとりに耳を傾けながら国王は穏やかな微笑みを浮かべている。


 ――暴露小説は家族に厄介ごとを押し付けてしまったせめてもの罪滅ぼしというかなんというか……。


 以前、そんなことを言っていたけれどルイと家族との関係は良好なようだ。


「さて、そろそろ本題に入りなさい、ルイ」


 父である国王にうながされてルイはこくりとうなずくと参列者たちに向き直った。


「本日、私がここに来たのはこちらにいらっしゃるハナ・バデル嬢を聖獣ラーミ様とコカ様の側室として迎えるためです」


「聖獣の……側室!?」


 驚いたのはレオやトンプソン男爵だけではない。ハナの父であるバデル公爵や家族たちもだった。

 バデル公爵家の面々は根が素直な性格をしている。前もって打ち明けておくと結婚式当日にレオやトンプソン男爵に会ったときに動揺し、最悪、計画がバレてしまうかもしれない。そうモーリンに強く言われて秘密にしていたのだ。


「〝聖獣の側室〟の試験を受けに行くのは自らの意思で、です。いつから試験を受けに行っていたのですか、バデル公爵令嬢」


「そう言えば最近、行き先も告げずに遅くまで出かけていることがあったよね、ハナ。てっきり結婚式の準備をしているんだと思っていたんだけど……もしかして、〝聖獣の側室〟の試験を受けに行っていたのかい?」


「申し訳ありません、お父様、トンプソン男爵」


 目をつりあげるトンプソン男爵とおろおろする父にハナは深々と頭を下げた。


「両家の顔合わせがあったその日のうちに試験を受けたい旨の手紙をラーミ様とコカ様に送り、三週間ほど前から試験を受けておりました」


「つまりレオとの婚約が決まっていながら試験を受けに行っていたということですね」


「顔合わせしたその日に〝聖獣の側室〟の試験を受けることを決めたということは、ろくに婚約者である僕のことを知ろうともしないうちに婚約破棄を決めたということですよ! ハナ嬢に他に想い人でもいたのか、僕の見た目が気に入らなかったのか……どちらにしろひどい話ですよ……!」


 ここぞとばかりに悲劇の婚約者を演じるつもりなのだろう。わざとらしいくらいに大きな声で言って目頭を押さえてみせるレオにハナは内心でため息をついた。でも、ここで黙っていてはレオの思うツボだ。


「ハナ・バデル嬢、あなたが〝聖獣の側室〟の試験を受けに来た理由を話してください」


「前世の記憶を思い出したからです」


 ルイが出してくれた助け舟にすぐさま乗っかり、ハナは澄まし顔で答える。再びざわめきが広がった。


「前世の記憶を思い出したからといってどうして〝聖獣の側室〟の試験を受けに行こう、婚約破棄しようという考えになるんです」


「ち、父上! 女性の過去を詮索するのは失礼では……!」


「お気遣いなく。わたくしはの前世について皆様の前で、すべてを明らかにするつもりでこの場に立っておりますから」


「は、花奈!」


「何か事情を知っているようだな、レオ。……いいや、お前から聞くよりもまずはハナ嬢から話を聞こう」


「……っ」


 父であるトンプソン男爵ににらまれ、ハナを止めようとしていたレオは口をつぐんだ。父親のことが相当に怖いのだろう。落ち着きなく爪を噛むレオの顔は青ざめている。

 しかし、同情する気も話を止める気もない。国王を含めた参列者たちに向き直り胸を張ってハナは話し始めた。


「わたくしの前世での名は望月 花奈。結婚した後は小比類巻こひるいまき 花奈と名乗っておりました。そして前世での夫が彼、レオ・トンプソン。前世での名は小比類巻 怜央です。それから――」


 でも――。


「おっと。ここからは私が引き継ぎます」


「……っ」


 唇に押し当てられた人差し指によって止められてしまった。

 ルイはウィンクを一つ。両腕を広げて教会の左右にあるドアを手で指し示した。顔を見合わせ、ドアをタイミングよく開けたのはモーリンを含めたバデル公爵家の侍女たちだ。

 そして――。


「言われたとおりに参列しに来てあげましたよ、レオ、ハナさん」


「レオさーん、お姉ちゃーん! 言われたとおりにお祝いしに来てあげたよー」


 左右のドアからそれぞれ現れたのは二人の女性。


「こちらのお二人が怜央さんの前世での不倫相手、望月 玲奈さんと花崎 加恋さんです」


 王宮医師フランシス侯爵と側室の娘――レナ・フランシス嬢。

 豪商グリフィス家の跡取りと目される一人娘――カレン・グリフィス嬢。


 前世では花奈の実妹で怜央と不倫していた望月 玲奈と、大家の奥さんの姪で怜央と不倫していた花崎 加恋であった。

 ルイが声高に口にした紹介に二人はすぐさま目をつりあげた。


「不倫だなんて失礼ですね。花奈さんが藤川の伯母様に擦り寄って手に入れたお金を取り戻すために怜央には書類上、結婚してもらっただけです」


「不倫だなんて失礼なこと言わないでよ。アタシよりも先にお姉ちゃんと出会って、プロポーズしちゃったから結婚しただけでしょ」


「政略結婚で正室は花奈さんになっちゃったけど、今世でも一番愛しているのは加恋だよと言ってくれました」


「政略結婚で正室はお姉ちゃんになっちゃったけど、今世でも一番愛しているのは玲奈ちゃんだよって言ってくれたもの」


 艶然と微笑むカレンとフフン! と胸を張るレナが声を揃えて言い放った言葉に参列者たちは黙り込み、トンプソン男爵は額を手で押さえ、バデル公爵は目をつりあげ、当のレオは――。


「ちょ、ちょっと……!」


 青ざめた。

 父であるトンプソン男爵に怒られるのが怖いというのもあるだろう。でも、青ざめた理由はもう一つ。


「怜央、どういうこと? 花奈さんの件は聞いていたけれど、玲奈さんまで転生しているなんて聞いてないんだけど。まさか、私だけじゃなく玲奈さんまで側室にするつもりだったの? 今世でも?」


「怜央さん、どういうこと? お姉ちゃんの件は聞いてたけど、加恋さんまで転生してるなんて聞いてないんだけど。まさか、アタシだけじゃなくて加恋さんまで側室にするつもりだったってこと? 今世でまで?」


「ちょ、ちょっと……カレンもレナちゃんも、お、落ち着いて……! 今、説明を……!」


 カレンにはレナの存在を、レナにはカレンの存在を秘密にしていたからだ。二人が鉢合わせるなんて最悪の状況だろう。

 青ざめるレオにレナとカレンがにじり寄る様子を一瞥。


「顔合わせの日にレオに言われたんです。二人を側室として迎えようと思っている、と。結婚前から堂々と不倫をされるのも、前世と同じように都合の良いお飾り妻になるのも遠慮させていただきたかったので、〝聖獣の側室〟の試験を受けさせていただきました」


 トンプソン男爵に向かって言いながらハナの表情は曇った。トンプソン男爵は眉間にしわを寄せて黙り込んでいる。息子ルイはこんなんだがトンプソン男爵は生真面目な堅物として有名な人なのだ。

 と――。


「父上も……それに陛下も騙されないでください! こんなの、この女の出まかせで……!」


「トンプソン男爵、コカ様には過去視の能力があるのをご存知ですか?」


 レオの言葉をルイがすぐさまさえぎる。ニコリと微笑んでいるけれどルイの青い目は少しも笑っていない。


「コカ様が過去視の能力で見た、レオさんが顔合わせの日にハナさんに言ったことを復唱させていただきます」


「ちょっと、やめ……!」


「ワフ、ワフッ!」


「〝結婚式の準備はそっちに任せるよ。それでさ、この二人を側室として迎えようと思ってるから。上手いことよろしく、正妻さん〟」


「あー!」


「ワフ、ワフッ! ワワフッ!」


「〝前世もって……なんだ、花奈も前世の記憶があるのか! 花奈も転生してるなんて……しかも、また俺の奥さん。もう、これは運命でしょ。今度は階段から転げ落ちるなんて間抜けな死に方して早死にしないでよー!〟」


「あーー!!」


「ワフ、ワーフッ!」


「〝花奈が死んでから大変だったんだぞ。加恋と玲奈ちゃんは自分が俺と再婚するんだって言って揉め出すし。でも、まぁ、過去の話は水に流して未来の話をしないとね〟」


「あーーー!!!」


「ワフ、ワフ、ワフッ!」


「〝実はさ、加恋と玲奈ちゃんも前世の記憶があるんだよ。でも、前世でそんな感じで揉めてたからさ。加恋にも玲奈ちゃんにもお互いの存在、気付かれるわけにはいかないってわけ〟」


「あーーーー!!!!」


「ワーフッ!」


「〝二股なんて人聞きの悪いー。それに花奈のこともちゃんと大切に思ってるよ〟……以上。予想以上にクズでしたね」


「ワフーン」


 最後の一言を吐き捨てるように言うルイに同意してコカが鼻を鳴らす。でも、膝から崩れ落ちたレオは一人と一頭の冷ややかな反応なんて気にしている余裕はない。

 それに――。


「レオ、あなた……!」


「レオさん、ひっど!」


 怒り心頭でレオに掴みかかろうとしているレナとカレンもだ。


「もう一つ!」


 ピシャリと大きな声で制し、ルイは三人の顔をぐるりと見回してにっこりと微笑んだ。


「レオさんと、それからレナさん、カレンさんに伝えておかなくてはいけないことがあります」

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