7―60  御前会議


「ハインツ・マウアーの暴挙はいわば先のエールマイヤー公爵の乱の遺恨から始まった事。これはエールマイヤー公爵家と宰相殿、グランベール侯爵殿との私闘と言える。これ以上私闘で王都の治安を乱す事はこの国の軍を預かるものとして看過致しかねまする」


 傲然と言い放つ軍務卿フェルスター侯爵にロンメルが眉を顰めると、玉座に座る国王をちらりと見ながら言った。


「エールマイヤー公爵家の騒動は王国に対する反乱行為でした。公爵家の名誉を重んじて世間に公表はしませんでしたが、当然の処罰でした」


 ロンメルが落ち着いて答えるが、フェルスター候が冷ややかにロンメルを見る。


「だが、エールマイヤー公爵家の領地の大半を王家に返上するという名目で、宰相殿が総てをご自分の管理下に置き、薬師ギルドを解体してグランベール公爵家傘下の小領主に渡したのも当然の処罰と申されるのかな?」


「それはまた別の話でございますし、勿論国王陛下よりの御許可を頂いての処置で御座います」


 ロンメルの反論にフェルスター侯爵が一座を見回しながら言った。


「突然兵を王都に入れたグランベール公爵の手回しの良さと、その後の宰相殿の手際、明らかにそれらの行動は事前に計画されていたとしか思えませんな。それに加えてグランベール侯爵家が単独で帝国兵8万を僅か1日で撃破し、バシリエフ要塞まで陥落させるなど俄かには信じがたい。何やら陰謀めいたものを感じるのは某だけかな?」


「それが地方の領主たちの騎士団を王都に呼び寄せた理由でございますか? 軍務卿殿」


 ロンメルの問いに、フェルスター侯が無表情に頷く。


「いかにも。一部の王都の騎士団も私闘に加わっている様なので、某の一存で王家に忠誠を誓う領主に招集の命を発しました」


 フェルスター候の言葉にシュタイン候爵とブレドウ伯爵が大きく頷く。


「しかし王都に集まろうとしている者達には、いささか人選に偏りがあるのではありませんか。何故エールマイヤー公爵まで? それに王都の治安維持は某の役目。軍務卿のなされようは明らかに横紙破りと言わざるをえない」


 刑部卿、ランベルト・フェザー伯爵がフェルスター侯爵に反論するが、候はフェザー伯爵を睨んで言った。


「良い機会なのでエールマイヤー公サイアスにも弁明の機会を与えてやらねばな。宰相殿とグランベール公爵が当事者である以上、彼らに与する者を呼ぶわけには参らん。そう言えば貴公も最近、宰相殿と頻繁に会っているようだな」


「これは随分な仰せですね。まるで我らに企みでもあるようなおっしゃりようだが、一体何を根拠にそのような妄言を吐かれる」


 フェザー伯爵が怒気を発してフェルスター侯爵を睨み返す。


 王城内の一室で、国王の前に閣僚たちが並び緊急の御前会議が開かれていた。


 会議を招集した軍務卿フェルスター侯爵に元老院議長シュタイン侯爵、宰相ロンメルと刑部卿フェザー伯爵に親教皇国派の大蔵卿ブレドウ伯爵、王領の戸籍と税を管理する民部卿フーバー伯爵、王室顧問官のアンゲラー伯爵、王国の政策を承認する貴族院議会、議長バルリング伯爵の8名が、一段高い玉座に座るライン=アルト王国国王カール・ルートヴィヒ・フォン・ライン=アルトの前に居並ぶ。


 国元に帰国して欠席している外務卿、エルヴィン・グランベールを含めた9人がライン=アルト王国の国政を預かる閣僚たちであった。


「妄言とは無礼な。宰相とグランベール公爵が国益に関わる重大な事実を秘匿して、利益を己たちで独占している事は既に明らかである」


「ザムエルよ。其方は一体何の話をしておるのだ?」


 国王が訝しむようにフェルスター侯爵を見る。


「アースバルト子爵家嫡男、マリウス・アースバルトの事でございます。国王陛下」


「マリウスとな。マリウス・アールバルトは我が姪、エレンの婿になる男だが、一体マリウスがどうしたというのだ?」


「マリウス・アースバルトが優れた付与魔術師である事は既に我らの調査で判明いたしております。そして宰相とグランベール公爵家がマリウスの創り出すアーティファクトを独占し、王国の秩序を乱しております」


 居並ぶ諸侯を見回しながら訴えるフェルスター侯爵にロンメルが眉を顰めて行った。


「我らが王国の秩序を乱すとは一体何の事でございますかな、フェルスター侯?」


「宰相殿はマリウスの生み出す『奇跡の水』の権利を独占し、おのれの陣営に附く者達にのみ『奇跡の水』を与える事で権勢をほしいままに致しておる。そしてグランベール公爵家はアースバルト家の寄り親の立場を利用し、マリウスの創り出す武具のアーティファクトの供与をうけ、強大な兵力を作り上げております」


 フェルスター候の告発に一座が騒めく中、候が更に話を続ける。


「更に宰相と公爵家はマリウスのアーティファクトを餌に、辺境伯家を仲間に引き込み、マリウスに薬師ギルドと魔道具師ギルドを与える事で東部に強大な勢力を築き上げようとしております。このまま宰相とグランベール公爵の専横を許せば王国の秩序は崩壊し、やがては反乱へと繋がるでしょう」


 フェルスター候の長い告発に、シュタイン侯とブレドウ伯爵が頷いて国王を見る。


 国王は腕を組んで目を閉じフェルスター候の話を聴いていたが、話が終ると目を開いてロンメルを見た。


 ロンメルは国王に頷くと改めてフェルスター侯爵の方に顔を向けた。


 フェルスター侯爵の告発は概ね間違ってはいない。アウトラインだけを語れば全くその通りである。


 ただ結論は大きくずれている。ロンメルの目的は、既に教皇国の干渉で乱された王国の秩序を取り戻し、ライン=アルト王国の富国強兵の為にマリウスの力を利用している。


 エルンストの救出作戦を控えたこのタイミングで、王権派であるフェルスター侯爵の突然の反旗はまさに最悪の状況であり、明らかに彼はそれを知った上で仕掛けてきていた。


 問題はフェルスター侯爵の目的であった。

 

 単に自分、或いは自分の傘下の騎士団にもマリウスのアーティファクトをよこせという事か、それとも本気で親教皇国派と結んで自分とグランベール侯爵を失脚させ、クーデターを起こそうとしているのか全く謎であった。


 見た処シュタイン候やブレドウ伯爵が彼に賛同しているようだし、親教皇国派の貴族の騎士団を集めている事から、教会勢力と何らかの取引がある可能性は充分考えられた。


 軍務卿であるフェルスター侯爵が動けば、少なくとも彼の子飼いの幾つかの王都騎士団は彼に呼応するだろう。


 ロンメルはフェルスター侯爵の腹を探るべく、柔和の表情を浮かべると静かに語り始めた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 閉ざされた王城の門の前で馬車を停めると、エルザとマヌエラが馬車を降りた。


「奥方様!」


 振り返ると馬から飛び降りたアレクシスとカイがエルザに駆け寄って、片膝を着いて頭を垂れた。


「奥方様。どうか我らもお連れ下さい!」


 エルザが二人を睨むがすぐにニヤリと笑うと言った。


「良かろう。荒事になりそうな雰囲気だ。同行を許す」


 門の前に居並ぶ、30人程の銀のフルプレートメイルを着込んだ王室近衛第1騎士団の兵士たちがエルザを見て緊張する。


「如何致します? 押し通りますか」


 アレクシスとカイが剣に手を掛けて前に出ようとするが、マヌエラが声を上げた。


「馬鹿者! いきなり城門で剣に手を掛ける奴があるか! まずは私が話をするから控えておれ!」


 マヌエラが二人の前に出ると、門の前でエルザたちを睨み据える第1騎士団の兵士たちに言った。


「グランベール公爵夫人様が宰相様に御面会の為登城致す。速やかに門を開けられよ!」


「軍務卿フェルスター侯爵様の命で、グランベール公爵夫人をお通しする事は出来ません。お引き取り下さい」


 傲然と言い放つ兵士に、マヌエラの額に青筋が浮かぶ。


「無礼者! 外務卿グランベール公爵様の奥方にして、国王陛下の実の妹君であらせられるエルザ様が王城に罷り越すのに、フェルスター侯爵如きの許可を請う必要は無い。門を開けよ!」


 マヌエラが怒声を発すると、腰の剣をすらりと抜いた。


「えーっ、あんなこと言ってたのに、自分が抜いちゃったよ!」


「ていうか、親衛隊長。すぎ切れちゃうからな」


 マヌエラの後ろでアレクシスとカイが呆れた様にぼやいた。


「ごちゃごちゃ煩いぞお前ら! 黙って私に続け!」


「はーい」


 二人が顔を見合わせて肩を竦めると、アレクシスが背中の大剣を抜き、カイは腰の二本の短剣を両手に握る。


 二人の周囲を全開の闘気のオーラが包んだ。


 三人が、蒼白な顔で剣を抜いて構える第1騎士団の兵士に向かって一歩踏み出しかけると、彼等の後ろで城門の分厚い鉄扉がゆっくりと音を立てて開き始めた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何事ですかな、グランベール公爵夫人! いかにあなた様でも王城でこの様な騒ぎを起こされては只では済みませんぞ!」


 開かれた城門の扉の向こうで、白銀のフルプレートメイルに身を包んだ王室近衛第1騎士団長ローレンス・ベッカー将軍が仁王立ちし、マヌエラ、アレクシス、カイの後ろに立つドレス姿のエルザを睨み据える。


 恐らく身長2メートル位は有りそうなベッカー将軍の隣には、魔導士のローブを羽織った銀色の髪の小柄なエルフの少女が立っていた。


 第1騎士団副団長、ユニークの火魔術師ジーナ・スイーツ准将である。


 二人の後ろには4人の隊長らしい印をつけた騎士と、百名近い兵士が控えている。


 第1騎士団はユニークの騎士であるベッカー将軍の下に、ユニークの副団長と四人のレアの隊長に兵1万人と、王都騎士団の中でも最大の戦力が与えられていた。


「ほう、タダで済まないならどうするというのだ? お飾りの王室近衛が、公爵家騎士団と一戦交えるとでも?」


「無礼な! 公爵家騎士団がどれ程の物か! 我らは国王陛下をお守りする王都最強の騎士だ!」


 エルザの挑発にベッカー将軍の貌が見る見る怒気で赤くなると、刃渡りが1メートル以上ありそうな幅広のミスリルの大剣を片手で抜いた。


「どうやら彼方の大将は親衛隊長並に短気のようだな」


「あのデカブツは俺にやらせろ、カイ!」


 アレクシスが剣を正眼に構えると、剣が理力をおびて光始めた。



 

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僕とアイツの辺境開拓 山羽輪 @yamahawa

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