7-59 王都の緊張
「第7騎士団の屯所に兵が集まっているようだ。ブレドウ伯爵やシュタイン侯爵も屋敷を閉ざして兵で固めている」
アルベルトを引き連れて部屋に入ってきたエルザが言った。
「今フローラから伝令が来た。北に現れた騎士団は真っ直ぐ王都に向かっているようだ」
既に軍装を整えたモーゼル将軍が答えると、アルベルトが眉を顰める。
第6騎士団の指令室である。
「恐らく向こうは我々の動きを牽制する心算でしょう。乱を起こすには人数が少なすぎる。王都のブレドウ伯爵たちの騎士団とバンベルク将軍の第7騎士団とを合わせても2万足らずですから。兵を揃えて此方を威圧し、ハインツの作戦を援護するのが目的と思えます」
アルベルトの言葉にモーゼル将軍が首を振る。
「いや、西からバーデン伯爵たち西部の領主の騎士団1万も此方に向かっているとアメリーからも連絡が来た。エールマイヤー公爵の騎士団も混じっているらしい」
「くっ。サイアスの小僧は未だ兵力を隠していたのか。あいつは昔から父親以上に腹黒いい奴だったが、いよいよ本性を現して来たか」
エルザが吐き捨てるように言った。
エールマイヤー公爵家を継いだサイアスはエルザより二つ年下だが、一時エルザの婚約者候補に名前が挙がっていた事もあり、多少の因縁があった。
「ハインツの軍と合流する心算かそれとも王都に乗り込んでブレドウ伯爵たちと合流し、一気に王都を制圧してクーデターを起こす気か、今の段階では何とも言えんな……」
「恐らく両方かと。ハインツの策が成功すればそのまま王都を制圧する心算でしょう。やはり奥方様が直接人質交換に出向かれるのはお止めになるべきです……」
アルベルトの言葉にエルザが首を振る。
「エルンストたちの救出には私とアイリスたち、マヌエラの親衛隊だけで向かう。残りの兵は第6騎士団、魔術師団と共に王都を守れ」
「危険です! せめてアレクシスとカイだけでもお連れ下さい」
止む無くエルザが頷くが、慌ただしく指令室のドアが開かれて伝令が飛び込んでくると、モーゼル将軍に敬礼する。
「将軍! 第4師団の屯所に兵が集まっているようです」
「くっ! 日和見のクリューガー将軍が動いたのか?」
眉を顰めるモーゼル将軍に伝令が更に驚くべき報告を告げる。
「それだけではありません。王室近衛第1師団の兵が王城に集結しているようです」
「どういう事だ?!」
「分かりません。現在王城の全ての門が閉じられています」
「ロンメルはどうしている?」
エルザが伝令に問いただす。
「それも分かりません。恐らく王城の中と思われますが、所在は不明です!」
エルザが柳眉を吊り上げると、モーゼル将軍に向かって言った。
「モーゼル将軍はルチアナと王都の守りを固めてくれ。私は王城に向かう。アルベルト。お前は屋敷で私の連絡を待て。いつでも兵を出せるようにしておけ」
「お一人でいかれる心算ですか?! 危険です!」
アルベルトが止めるがエルザは頭を振った。
「王城に兵を連れていく訳にもいくまい。マヌエラだけ連れていく。何が起こっているのか早急に確認する必要がある」
「王室近衛のローレンス・ベッカー将軍が動いたとなると、軍務卿のフェルスター侯が向こうに付いたのかもしれん。王城に行くのは危険だ」
モーゼル将軍の言葉にアルベルトが驚いたように声を上げる。
「軍務卿が教会派に付いたのですか、しかし候は王室派の中立の御立場では?」
ライン=アルト王国の貴族、騎士団は親教皇国派と反教皇国派、中立派に分かれているが、中立派も皆同じではない。
第4騎士団のクリューガー将軍のように何方につくか様子見している者もいれば、両者の争いに一切関知せずと言った者達もいる。
軍務卿ザムエル・フェルスター侯爵と、彼の配下といえる近衛騎士団長ローレンス・ベッカー将軍はライン=アルト王家にのみ忠誠を誓う事を標榜し、両者の争いからは距離を置いていた。
どちらも建国以来の名門貴族であり、他の中立派の騎士団長や貴族たちにも大きな影響力を持っている。
「だが、フェルスター候はロンメルとは仲が悪い。ロンメルが宰相に就いた時、騎士団の予算をごっそり削ったからな」
「確かに御二人は犬猿の仲のようですが、それだけで王都を危険に晒すような事をするでしょうか?」
アルベルトの言葉にエルザが難しい顔で答える。
「そこまで馬鹿だとは思えんが、ただエールマイヤー公爵家が失脚して宰相ロンメルとグランベール公爵家の権勢が増す事は、あの年寄りには愉快ではなかったかもしれないな」
「教皇国に手を貸さないまでも、我々の足を引っ張る位はやるかもな。ちなみに俺もベッカー将軍とフェルスター侯には嫌われている」
モーゼル将軍が顔を顰める。
門閥主義の二人とは当然ながらモーゼル将軍は意見が合わないし、獣人排除令の撤廃に最後まで反対していたのもこの二人だったが、最終的に宰相ロンメルが押し切った。
「いずれにしても王城に行ってみなければ何も分からない。モーゼル将軍、あとは頼む」
エルザが慌ただしく指令室を出て行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
街道を塞ぐ形で陣を張った第2騎士団のアメリー・ワグネル准将の陣に、使者の旗を馬に付けたバーデン伯爵家の騎士が近づいて来る。
ブロンが前に出ると、使者を止めた。
1万の軍勢が今は馬を止めて第2騎士団と対峙していた。
ミハイルたち第6騎士団の兵5百は、街道の両側の森の中からいつでも攻撃できる体制を整えていた。
「我らは王領を警備する王都第2騎士団の者。いったいこの軍勢は何事ですかな? 一体何処に向かわれる?」
フルプレートメールの騎士は面を上げると、値踏みするようにブロンを見た。
「某はバーデン伯爵騎士団長ザック・アンガーマン。我らは軍務卿フェルスター侯爵様より、政情不安な王都の警護の為に招集された者でござる。速やかに道を開けて頂きたい」
ザックが軍務卿の花押の押された命令書をブロンに差し出す。
ブロンが命令書を受け取って一瞥すると、ザックに返した。
「しばし待たれよ」
内心の驚きを隠しながら無表情に答えると、ブロンが陣へと戻って行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ワグネル准将! 何故奴らを通過させる
?」
アメリーの陣に戻って来たミハイルが怒声を発するが、アメリーが肩を竦めた。
「奴らは軍務卿の命令で王都に向かう。我々に止める権限はない」
「軍務卿の命令だと。そんな話は聞いていないぞ!」
「私もだ。だが命令書は本物だ」
「どうする? このまま行かせて良いのか?」
ミハイルが目の前を通過していく1万の軍勢を見ながら、苛立たし気に言った。
「ミハイル達は予定通り北の街道に向かってくれ。私は奴らの後を追って監視する」
「いや、その役は俺たちに任せてくれ。西の奴らにはいろいろと借りがある。あいつらが少しでもおかしな動きをしたら、ただではおかん!」
険しい顔で言うミハイルにマヌエラが頷いて言った。
「分かった。だが決して軽率に動くな。下手をしたら内乱の引き金を引く事になる。モーゼル将軍と連絡を取りながら慎重に行動してくれ」
「ああ、心得ている。アメリーこそ注意しろ。人数が減った処で逆に奇襲位はあの狐なら考えているかもしれん」
いつの間にか呼び捨てに戻っているミハイルに、アメリーがにやりと笑って言った。
「分かっている。私は北の村の猟師の生まれだ。キツネ狩りは慣れている」
アメリーがそう言って笑うと、陣を出て自軍の方に向かって行った。
第2騎士団が北に向かうのを見届けるとミハイルが自軍を振り返って言った。
「全軍出撃だ! 奴らの後を追うぞ。ヴィクトルは先頭に立て! サーシャたちは脇道を先回りして奴らの行き先を監視してくれ!」
「はっ!」
ミハイルの号令で、サーシャが数騎を連れて陣を飛び出していく。
ベルツブルグでマリウスに、防具に付与を付けて貰った『野獣騎士団』の精鋭で構成されたヴィクトルの部隊を先頭に、第6騎士団の精鋭5百が東に向かって進軍を開始した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ユリアと猫獣人の三人娘、マーヤは皆足が速くて運動能力が高く、高い守備力と足で稼ぐ野球でマリウスのチームは7対0の圧勝で薬師チームを降した。
無論主砲ハティの長打力と完ぺきな守備が決め手になったのは言うまでもない。
グランド2面で一日に8試合は出来そうだが、子供チーム二つとマリウスチーム、薬師チームと魔道具師チーム、工房の職人チームと騎士団チームの7チーム参加なので、マリウスたちは午前中は1試合で終わりである。
試合が終わるとユリアたちとマーヤが持ち込んだ魔道具コンロで昼食の支度を始めた。
オリビアに連れられた子供たちも集まって来る。ちゃっかりとミリやナターリアたち他のチームの者も混じっているが、大量に仕込みをしてあるので大丈夫そうだった。
子供たちが網の上で焼いたソーセージを挟んだパンとシチューの皿を受け取ると、地面に敷いた筵の上に座って車座になって食事を始めた。
少し離れた処でブロックとフランクにベン、クレメンスとマルコたちが早くも持ち込んだ酒を飲み始めている。
乱闘騒ぎも忘れたように、試合の話をしながら笑って酒を酌み交わしている。
マリウスもユリアからシチューの皿を貰うと、子供たちの輪の中に入って行った。
ハティはソーセージを焼くマーヤの横で、時々マーヤが焼けたソーセージをポイッと投げるのを空中でキャッチしては飲み込んでいく。
「若様。次は私たちと試合ですよ」
「俺がピッチャーだよ。若様でも俺の剛速球は絶対打てないからな」
ネコ獣人の少女デイジーと、人族の男の子アーベルが間に座ってホットドッグに噛り付くマリウスに言った。
二人は二か月前に福音を受けたばかりでマリウスと同い年の子供たちだった。
「うん、見ていたよ。朝の試合は勝ったんだね」
「私2本もヒットを打ったんですよ」
「俺は八つ三振を取ったぜ」
楽しそうに話す二人にマリウスが笑いながら答えた。
「今、ノート村にも学校を作っているところだから来月は学校同士の対抗試合をしよう」
「凄い、私ノート村に行ったことないの。牛が一杯いるんでしょう」
ゴート村生まれのデイジーとアーベルは村の外に出た事が無いらしい。
野球も良いが、学校で遠足とかもアリかなどと考えながら、王都の緊急事態を知らないマリウスは長閑な休日を過ごしていた。
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