7―58 決戦の日曜日
「ワグネル准将。第2騎士団5百名、全員集結した」
旧『野獣騎士団』団長、現王都第6騎士団副団長のミハイル・アダモフが第2騎士団長アメリー・ワグネルに敬礼する。
「准将は止めてくれ。アメリーで良いよミハイル。本来ならあんたが私の上官だった」
アメリーが本気で嫌そうな顔で、ミハイルに言った。
王都騎士団の獣人排除令を撤廃する布告が出て、旧『野獣騎士団』300名は晴れて第6騎士団に戻り、ミハイルは副団長に復帰していた。
「ふふふ。王都騎士団長を呼び捨てにするわけにはいくまい。俺もモーゼル将軍閣下の元に戻れて満足している。宜しく頼むぜワグネル准将閣下」
「騎士団長と言っても急造で、未だ千人程しか集まっていない大隊程度だよ。使えそうなのは第6から連れて来た連中位だ。今回はミハイルたちが頼りだよ」
ぼやくアメリーの後ろで、新しく第2騎士団の副団長に任命されたブロンがニヤニヤしながら頷く。
王都に戻ったアメリーは准将に昇進し、慌ただしく第2騎士団の騎士団長に任命され、モーゼル将軍からブロン隊長と第6騎士団の精兵200を譲り受けて、新生第2騎士団の編成をする事になった。
獣人排除令の撤廃で、騎士団への再雇用に応じた獣人兵士5百名と、一旦解雇された元第2騎士団の兵士8千人の中から、厳しい取り調べで教会派と関係が無い事が証明されて新に雇用された5百名で、新生第2騎士団を立ち上げたが、僅か十日ほどで早くも出陣命令が下り、アメリーは第6出身の兵士を中止に5百名を連れて出陣した。
ここは王領の西北の外れになる人口3万程の城塞都市ノルドである。
西部の領主たちを監視する位置になるこの都市に、アメリーとミハイルたちの軍勢千が集結していた。
王都北の遺跡に陣取ったハインツの兵が、恐らく北部の山岳地帯を抜けて西のバーデン伯爵領に逃げ込む事が想定されるので、退路を断つべくこの地に密かに集結していた。
「明日の夜ここを出て北上し、北の林道を封鎖する。ハインツたちを袋のネズミにしてやる」
獰猛な笑みを浮べるアメリーに、ミハイルが笑って言った。
「ハインツもその位は読んでいるんじゃないか。ターニャたちを偵察に出したから、報告を待ってから動いた方が良い」
ミハイルも旧『野獣騎士団』の兵士を中心に5百名の第6騎士団の兵士を率いて参陣していた。
「おや、ターニャたちが帰ってきたみたいだぜ」
兵舎の窓から外を見ていたブロンが声を上げる。
「おかしいな、ターニャと3人しかいない。ヴィクトルたちはどうした?」
ミハイルが城門を潜るターニャたちの騎馬を見ながら呟く。
程なくターニャが部屋に飛び込んでくると、ミハイルとアメリーに敬礼して言った。
「大変です! ここから西15キロの地点に此方に向かう軍勢を発見しました。数はおよそ1万!」
「1万だと?! 一体どこの軍勢だ」
ミハイルが驚いて問い返す。
アメリーとブロンも緊張で表情が強張った。
「バーデン伯爵の騎士団に、アッカーマン伯爵、デューラー子爵の旗印も見えます。それに……」
「何だ?!」
言い淀むターニャにミハイルが怒鳴る。
「エールマイヤー公爵騎士団の旗印も確認しました」
ミハイルとアメリーが思わず顔を見合わせる。
いずれも西部の親教皇国派の領主たちの騎士団が、一体何のためにこの地を進軍しているのか。
エールマイヤー公爵騎士団は後を継いだサイアスが王家に恭順した後解散し、ハインツたち一部の反乱分子が教皇国に亡命し、今現在グランベール公爵家の嫡男エルンストをさらって王都北の遺跡に立て籠もっている筈であるが、他にも兵力を隠していたのであろうか。
「まさか1万程度で反乱か? それで奴らはどこに向かっている。ヴィクトルたちはどうした?」
「ヴィクトルは軍勢と距離を保ちながら見張っています。真っ直ぐ此方に向かってきますが、この街を目指しているのかそれとも通過して王都を目指すのかは、分かりません」
アメリーがミハイルを振り返って言った。
「或いはハインツたちと合流する心算かもしれない。我々もすぐに兵をまとめて出陣しよう。王都のモーゼル将軍にも伝令を送る」
「分かった。だがどうする? 我々だけで一戦交える心算か? 相手は10倍だぜ」
「相手次第だな。このまま黙って通過させるわけにはいかない」
アメリーがそう呟くと唇を噛みしめた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ホームベースに頭からスライディングで突っ込んだナターリアを、返球を受け取ったキャッチャーのヨゼフのミットがブロックする。
「アウト! ゲームセット!」
クリスチャンが右手を上げて叫んだ。
「おい! 何処を見ている。今のはセーフだ! ヨゼフがボールを落したのを見てないのか!」
フランクが怒鳴りながらホームベースに駆けていく。
「いーや! 今のは間違いなくアウトだ! 言いがかりはやめろ、フランク!」
クレメンスも怒鳴りながらホームに駆け寄る。
二人の後ろには工房の職人と人夫たち、騎士団の兵士が続き、ホームを挟んで両者が睨み合っている。
「何処を見てるのよ! 今のはセーフよ!」
「そうよ! 騎士団にビビってるんじゃないの? 村長!」
ブロックの後ろでリリーとミリが金切り声を上げる。
オリビアが三塁ベースの方から駆けて来ると、クレメンスとブロックの間に入って言った。
「私見てました。ヨゼフさんは一度ボールを落しましたが、ナターリアさんの手がホームベースにつく前にボールを拾ってタッチしました」
今日の審判や大会の実行委員は村役場の者と、学校の先生のオリビアに担当してもらっていた。
マルコのミットにブロックされたナターリアの短い手は、確かにホームベースに届いていなかった。
隣のグランドで、あわやゴート村初の乱闘騒動が無事納まったのを横目で見ながら、マリウスがバッターボックスに入った。
昨日のうちにマルコ達が広場を倍に広げて、周囲を杭で囲んでいた。
2試合が同時に行われている周囲にはもうベンチが並べられているが、村中の人々が集まって来たようでベンチが足りなくて皆彼方此方から椅子を運んでいた。
早くも『狐商会』のサーシャたちや村の主婦たちがグランドの周囲に屋台を立てて、レモネードやアイスクリームを売っている。
マウンドの上でジェーンがマリウスを睨み据える。
何故薬師チームにジェーンが混ざっているのだろう?
ブレアが魔道具師チームに混ざっているのも不明である。
二人とも役所に所属しているので、大会実行委員の筈だが、部下達に仕事を押し付けて自分は楽しむ心算らしい。
改めて見ると慎重175センチと、女性にしてはかなり背の高いジェーンが、何処で調達したのか野球帽を目深にかぶり直すと、振りかぶって投げ下ろすように速球を放った。
マリウスの懐を抉る様に内角低めに決まったストレートに、マリウスのバットが空を切る。
「ストライク!」
レオンの声が響き、マウンドでジェーンがにやりと嗤う。
子供相手に本気とは、相変わらず大人気ない。マリウスはバットを握り拳一つ分短く持つと改めて構え直した。
外角に甘く入ったストレートを真正面に向けて思いっ切り打ち返す。
ジェーンの足元でバウンドした打球はセカンドのギルベルトの脇を抜けて、センターのメラニーの元まで転がって行く。
1累ベースを回ったマリウスは、ボールが2累に返球されるのを見て1累に戻った。
マウンド上で悔し気にするジェーンにマリウスがにやりと笑い返すと、4番のハティがゆっくりとバッターボックスに入って行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「フローラ隊長大変です! 北から軍勢が此方に向かって進軍してきます」
「北からだと? ハインツの軍か?!」
陣のテントに飛び込んで来た伝令に、第6騎士団隊長フローラ・ルーデンドルフが怒鳴った。
「いえ。ブレドウ伯爵とシュタイン候の騎士団のようです。ヒンメル子爵の旗も見えます。およそ1万の軍勢です」
「ブレドウ伯爵とシュタイン侯爵の騎士団だと? 自領の兵を呼び寄せたのか。しかし何の為に……? まさかハインツに加勢する気か……?」
フローラは2百の先遣隊を率いて、街道の北の遺跡に続く側道の峠の近くに陣を張って周囲に偵察隊を放ち、ハインツの軍を監視していた。
「分かりませんが真っ直ぐ街道を此方に向かっています。恐らくもう10キロ程の処まで来ている筈です!」
フローラは眉間に皺を寄せて数秒考え込んだがすぐに副官に命じた。
「陣を払って後退する! 偵察を放って奴らがハインツに合流するのか、王都を目指すのか見極める。すぐに王都のモーゼル将軍に伝令を送れ!」
「はっ!」
副官が慌ただしくテントを出て行く。
フローラも腰に剣を佩くと外に飛び出して、自分の愛馬の元に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ハティが尻尾をブンと振ると打球が高く上がり、センターのメラニーの頭上を越えて行く。
メラニーとアデリナがボールを追いかけている間に、マリウスが悠々とホームを踏むとすぐ後ろまで追い付いていたハティが続けてホームを踏んだ。
特別ルールでハティは尻尾で打って良い事になっている。
「何か狡い!」
ジェーンがグローブをマウンドに叩きつけながらマリウスに怒鳴った。
ハティの大きな尻尾はほぼストライクゾーンを全てカバーしている。
「狡くないよ。ハティはバットを持てないんだから仕方ないじゃないか」
マリウスがジェーンに怒鳴り返すとマリウス側のベンチから、猫獣人の料理人軍団とメイド軍団が親指を下にして拳を突き出し、ジェーンに向かって一斉にブーイングを飛ばした。
ハティがジェーンを嘲笑うかのように尻尾を振りながら悠々とベンチに引き上げていった。
野球を始めて二日目で、既に村中が野球に夢中のようで、皆がやけにエキサイトしているようだった。
『狐商会』の売り子たちや、見物する村人たちが集まって、次は自分たちもチームを作って参加しようなどと話をしていた。
5番を任された足の速いマーヤが、マリウスが教えたセーフティーバンドで見事出塁するのを見ながら、メアリーにグローブを大量に発注しておこうとマリウスは思った。
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