7―57  休日


「公爵夫人様の話は何だったんだい?」


 夕食を終えたアセロラがお茶を啜りながらジオに尋ねた。


「次のクエストの話さ。北の遺跡のダンジョンに潜る事になった」


 ジオが顔を顰めながら答えた。


「何か嫌そうだね。危ないところなのかい?」


「前に調査に行ったパーティーが三つ全滅したの。ラミアクイーンがいるんだって」


 パメラも憂鬱そうに答える。


「ラミアクイーンか、大物だね。いかないといけないのかい?」


「ああ。少し訳ありで『ローメンの銀狐』というAランクパーティーと一緒にアイリスの指揮で潜る事になる」


 クエストの内容は話せないので言葉を濁しながら答えるジオに、アセロラが気の毒そうに言う。


「せっかくロランドを生き残れたのに冒険者も因果な稼業だね。それでなくても寿命の短い人族が何でそんなに死に急ぐのかね?」


「そりゃ食うために決まっているだろう。俺だって医術師のギフトを持っていれば、人に感謝されながら平和な街で暮らしているよ」


「そうよね。バルトとクリスタは今回のクエストには参加しないらしいわ。今は診療所の立て直しの方に人手が必要だって」


「あたしが付いて行こうか?」


 軽く言うアセロラにジオが苦笑して首を振った。


「アセロラを連れて行ける訳無いだろう。宰相様直々にギルドの立て直しを任されているんだから」


「医術師がいないと困るでしょう。危険なダンジョンならなおさらよ」


「ああ、今回はアースバルト製の上級ポーションを一人2本ずつ持たせてくれるらしい。噂じゃもっとすごい万能薬も備えてあるらしいぜ」


 フリッツがコップに厨房からくすねてきた葡萄酒を注ぎながら言った。


「もっとすごい万能薬って何よ? まさかエリクサーとか?」


 パメラが葡萄酒の瓶に手を伸ばしながら尋ねる。


「さあな。良く分からないが王家に直納する品を少し廻して貰える事になったってアイリスが言ってたぜ。それに俺達にもアーティファクトをくれるって話しだ」


「それ本当? 今王都で評判のアーティファクトを私たちも貰えるなら、悪くない話ね」


 アセロラのコップにも葡萄酒を注ぎながら明るい声を上げるパメラにジオも頷く。


「確かに。噂通りの物なら生きて帰れる確率がグンっと上がるかもな」


 そう答えながらジオは昨日の軍議の話を思い出していた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「マリウスからの連絡で、クライン男爵と『ローメンの銀狐』達は明後日の夜には王都に帰還する予定だ」


「予定より一日早いわね」


「特別な馬車と護衛を用意してくれたようだ。これでハインツたちの裏をかけるかもしれない」


 エルザの言葉にアイリスが腕を組んで考え込みながら言った。


「どうする心算だい? アースバルトの兵は当てにしないんだったね」


「ああ、今回はマリウスたちを巻き込む気は無い。戦力は充分だ」


「第6騎士団に戻ったミハイル・アダモフが率いる5百名とアメリー・ワグネルの新生第2騎士団5百が少数に別れて西北の王領の街ノルドに集結中だ、そのまま北上してハインツたちの退路を断つ」


「遺跡の周辺はモーゼル将軍の第6騎士団が囲む予定だ、現地には公爵騎士団の親衛隊と魔術師団で乗り込む」


 エルザとルチアナが答えた。


「地の利は向こうにあるが、兵力は此方が圧倒的に上か。ハインツの奴にどんな策があるというのか?」


 首を捻るアイリスにルチアナが答える。


「エルンスト君を助け出して、しかもエルザと捕虜を守らないといけないとなると有利とは言い難いね。あちらは好き勝手に暴れて、あとは逃げれば良いだけだからね」


 隅に座っていたジオが恐る恐る手を挙げる。


「あの、遺跡っていうのはもしかして北の遺跡の事なのかな? 例のダンジョンの

有る……」


「ああ、未だお前たちにクエストの内容を話していなかったな。『オルトスの躯』は私と一緒にラミアダンジョンに潜って貰う。目的は二人の人質の救出だ。『ローメンの銀狐』の四人も一緒だ」


「あそこは封印されたんじゃなかったのか? 人質って……」


「私の息子、エルンスト・グランベールと家臣のバルバラ・アーレンスの二人だ」


 エルザが『オルトスの躯』の四人を見ながら答えた。


 診療所の奥の部屋である。


「公爵家の嫡男がさらわれたのか? 一体誰に……?」


 驚くジオにアイリスが答える。


「さらったのは旧エールマイヤー公爵騎士団のハインツ・マウアー。ハインツは千の兵士で北の遺跡に陣取って、人質二人と捕虜にした教皇国の聖騎士と帝国の将軍との交換を要求している」


「千の兵士って、それもう戦争じゃない! 私たちの出る幕じゃないんじゃないの」


 驚くパメラにアイリスが表情を変えずに答える。


「多分人数は関係ない。恐らく人質が捕えられているのはダンジョンの中だ。ハインツの目的は捕虜たちとエルザをダンジョン内で始末する事で、邪魔が入らないように兵を揃えただけだろう」


 アイリスの言葉にジオたちが顔を見合わせて考え込む。


「問題はダンジョンの何階層に捕えられているかだな。俺たちは10階層までしか知らないぜ。そこから先に行ったのは『ローメンの銀狐』の連中だけだ」


「だがお前たちと私は10階層のセーフティーゾーンまで飛べるワープスフィアに登録されている。勿論『ローメンの銀狐』の四人もだ。ハインツがどんな形で人質交換をする心算か分からないが、スフィアが使えれば私たちが切り札になるかもしれない」


「もしくは囮になるかもな。要は行ってみないとどうなるか分からないという事だな」


 ジオが顔を顰めてそう言うと、パメラ、フリッツ, ベティーナの三人が溜息をついた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 食卓につくと、リナ達に混ざってマーヤが朝食の皿を並べてくれた。


 “ウォッシュ”で綺麗に洗ったメイド服はアリーシアの工房で修復済みで、新品のように見えた。


「良いよ。マーヤ。マーヤも皆と一緒に食べようよ」


「あ、いえ私は後でリナさんたちと……」


 遠慮するマーヤをエリーゼが無理やり椅子に座らせると、リナが直ぐにマーヤの前にも皿を並べる。


「それじゃあ始めようか」


 マリウスの言葉が終らないうちにアデリナがソーセージの皿に手を伸ばす。


 ノルンもソーセージを皿に乗せるのを見て、マリウスが驚いて言った。


「ノルン、お肉が食べられるようになったの?」


「はい、食べてみると思ったより平気でした」


「美味しいでしょう。もっと美味しそうな顔で食べなさいよ」


 不味そうな顔でソーセージを口に入れるノルンに、エリーゼが文句を言う。


「エリーも人参を凄く不味そうに食べてるじゃないか。人の事は言えないだろう」


「あれは本当に不味いのだから仕方ないじゃない。マリウス様ももっと牛乳を飲んだ方が良いですよ。背が伸びないですよ」


 二人は何故か、食べ物の好き嫌いを止める事にしたらしい。


 こちらにも飛び火してきそうなのでマリウスが話題を変えようとマーヤに話を振る。


「随分朝早くから起きていたみたいだね。マーヤ」


「あ、はい。ユリアさんに料理を教えて貰っていました。昨日のパーティ―の料理がとても美味しかったので、帰ったらエレン様にも食べさせてあげたいと思いまして」


 そう言えば昨日の夜もマーヤは厨房のユリアのところにいた。


 マーヤは料理人のギフト持ちなので、ユリアと猫獣人の料理人チームとすっかり仲良しになった様だった。


「じゃ、帰りにチーズをお土産に持って帰ると良いよ」


「はい、ありがとうございますマリウス様。エレン様もきっと気に入ると思います」


「アイスクリームも持って帰れると良いけど、溶けちゃうかな」


「ユリアさんにレシピを教わりましたから大丈夫です」


 マーヤが笑顔で答える。


「マルコさんが広場を二倍に広げてくれている筈なので、今日は一度に二試合ずつできますよ」


「学校の子供チームと騎士団チーム、薬師チームに魔道具師チームとブロックさんとミリの工房チームが参加するみたいですよ」


 エリーゼとノルンが朝食を食べながら、今日の野球大会の報告をしてくれる。


「僕らも出ようよ。皆出られるだろう?」


「すみません。僕は今日はビアンカさんとカンパニーの打ち合わせでエールハウゼンまで行く予定です」


「なーに、ノルンは日曜も仕事なの? 私は大丈夫ですよ、マリウス様」


「あ、私は薬師チームから出る予定です」


 アデリナがソーセージを頬張りながら言うと、エリスも手を挙げる。


「私とジョシュアも魔道具師チームから出るのでご一緒できません」


「えー。困ったな。そうだリナが出てよ。ユリア達も誘ってみよう」


 マリウスが後ろに立つリナに言った。


「えっ。私も出て良いんですか?」


 リナが満更でもなさそうに答える。


「勿論だよ。皆で楽しむために野球を始めたんだから。マーヤも出てくれるね」


「あ、はい。私で良ければ」


「決まりね。ブロックさんが試合の抽選会をするって言ってたから、私行ってきます」


 エリーゼがそう言って立ち上がると、バタバタと出て行った。


「エリーは随分張り切っているね」


「昨日ミリに打たれたのがよっぽど悔しかったんじゃないですか」


 そう言いながら参加できないノルンの方が悔しそうである。


 カンパニーの設立の為、ホルスとビアンカ、ノルンで商業ギルドのギルマスのエラルドを訪ねるらしい。


 未だ商業ギルドが出資に賛同するかどうか返事が来ないが、どちらにしてもエールハウゼンのギルドとは友好関係を結ぶ必要がある。


 ビアンカがカンパニーの専属になってくれた御蔭で、漠然としていた事業計画が一気に進み始めていた。


  マリウスはビアンカにもカンパニー用の指輪をすぐに渡した。


 二日後には王都の獣人移住者が、月が明ければ帝国からの移民と王都から薬師達がやって来る。


 エルンストの件もあるし、また忙しくなりそうだが、今日の休日は目一杯野球を楽しもうとマリウスは思った。




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