7―56 三緑
「先月レジスタンスのリーダーの一人で『緑の聖女』、アナスタシア・レーンがベルツブルグに来ていた」
「へえ。アナスタシアは元気なのかい? 未だあんな国に残って、戦っているんだね」
アセロラが苦笑してエルザに答えた。
「『三緑』っていうのは、エルドニア帝国の初代皇帝に仕えていた三人のユニークのエルフの事だよ。『緑の聖女』、『緑の賢者』、『緑の国手』。三人ともレジェンド並みの力を持っていたって伝説だよ」
アイリスがジオたちに説明している。
「アセロラがその『三緑』の一人なのか? なんでそんな凄い奴がロランドなんかにいたんだ? 帝国じゃ貴族じゃないのか?」
「もう、あの国はイワノフが創った国とは別物よ。エルフも獣人も居場所はないわ。もっとも私はあの国がそうなる前に飛び出したんだけど」
肩を竦めるアセロラにジオが訪ねた。
「それでもう一人の『緑の賢者』っていう人はどうしたんだ?」
「さあ、私は知らないわ。もう死んじゃったんじゃない、私より4百は年上だったから」
「『緑の賢者』レナート・ラーンは100年前帝国で亜人差別が始まった時ライン=アルト王国に逃れて王室付の魔術師に成ったが、10年前、大戦の直後行方不明になっているそうだ。帝国にさらわれたという噂もあるがその後の消息は不明だ」
「てっきりあんたが知っているのかと思っていたんだけどね」
エルザの言葉を引き取ってアイリスがアセロラを見る。
「知らないね。レナートとはもう250年会ってないわ」
「10年前あなたはどこにいたの?」
ルチアナの質問にアセロラが眉を顰める。
「なーに、取調べ? 私はその頃前の亭主の故郷のエールハウゼンで子持ちの未亡人になってたわよ。亭主が大戦で死んじゃって」
「旦那はアースバルト家の騎士だったのか?」
驚いて尋ねるエルザにアセロラが首を振る。
「下っ端の兵士よ。でも子爵様が十分な手当てをくれたので何とか娘が成人するまで育てる事が出来たわ。家宰様が親切に世話してくれたわね」
「何でアースバルト領を出たの?」
「理由なんてないわよ。娘が成人したからね。また世界を見たくなったの。私たちエルフは時間だけはたっぷりあるから。じゃあ患者が待ってるから」
アセロラはそう言うと立ち上がってさっさと部屋を出て行った。
アレクシスとカイが警護の為、アセロラの後に続いて部屋を出るとドアの外に立つ。
アイリスがエルザを見ると、エルザが頷いてアイリスとルチアナ、ジオたちを見回して言った。
「それでは軍議を始めるか」
皆が頷くと椅子に座った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ねえ、若様の婚約者の御姫様ってどんな人?」
湯船の中でミリがマーヤに尋ねた。
「エレン様はとてもお優しい方ですよ」
肩まで湯船に浸かりながらマーヤが答えた。
治癒魔法と村の『奇跡の水』ですっかり元気になったマーヤは、エリーゼに連れられて公衆浴場に来ていた。
試合を終えたミリ達も風呂に汗を流しに来ていた。
「若様とは仲が良いの?」
ナターリアが疑わし気な瞳でマーヤを見る。
「はい、とても仲が良さそうに見えました」
「若様は誰にでも優しいからね」
リリーがそう言って笑うと湯船に浮かんだ尻尾がゆらゆら揺れる。
「それで、奥方様がエレン様の指輪を取り上げちゃったの?」
「はい、奥方様は絶対にマリウス様には知らせるなと仰せられて……」
「ふーん。それでエレン様に泣きつかれたマーヤが、ベルツブルグからここまで歩いて知らせに来たの」
エリーゼが感心したようにマーヤを見る。
リーベン経由でも2百数十キロ以上ある道のりを、マーヤは四日で歩き通したらしい。
「何処に泊まったの?」
「ずっと野宿でした」
「御飯は?」
「ベルツブルグでパンを沢山買って、それをずっと食べてました」
「お腹すいたでしょう。女の子が無茶するわね。夕食まで未だ時間があるから屋台で何かご馳走するわ」
そう言って笑うエリーゼにマーヤが顔を曇らせる。
「あの、マリウス様はエレン様のお兄様を助けてくださるでしょうか?」
「大丈夫よ。マリウス様に任せておけば全部解決してくれるわよ」
エリーゼがマーヤの肩をポンと叩くと、勢いよく湯船を出た。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マーヤの話では、王都でクライン男爵たちが襲撃された時に公爵邸も襲われて、大勢の怪我人が出てエルンストが賊にさらわれたらしい。
賊はこの前捕まえた聖騎士達と帝国の将軍と、エルンストの交換をエルザに要求しているらしい。
状況は分からないが、取り敢えずクルトの部隊にニナ達を追ってもらう事にした。
クルト、エフレム、ダニエル、セルゲイ、ナタリーとカタリナに、結局何故か屋敷に戻っていたキャロラインとマリリンも同行する事になった。
「任せておいてよ若様。私たちがいないと公爵家と連絡がつかないでしょ」
そう言って胸を張るマリリンに若干の不安を覚えつつマリウスが言った。
「それがエルザ様は、今回はアースバルト家は頼らずに公爵家と王都の騎士団だけでエルンストさんを取り戻す心算らしいんだ。だからこちらは内緒で動いてもらおうと思っている。取り敢えずクルト達はニナ達と合流して王都の様子を知らせてほしい。それからどうするか考えるよ」
急げば恐らく王都に入る前にニナ達と合流できる筈である。
マリウスも、ハティなら王都まで3時間程度で飛べる筈なので、クルトたちに王都の状況を知らせて貰ってから動けば良いだろう。
エルザが此方に頼る気が無い以上、大っぴらに動くことは出来ないが、エレンの頼みだし出来る限りの事はしたい。
クルトたちが出発するのを見送りながら、マリウスは“念話”でニナとクラウスに連絡を取る事にした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「これとっても美味しいパンですね。初めて食べる味です」
「これはねパンじゃなくてドーナッツって言うお菓子なの、油で揚げて作るのよ」
砂糖をたっぷりまぶしたドーナッツに噛り付きながらエリーゼがマーヤに説明する。
ユリアと『狐商会』のサーシャの屋台に押され気味の村の主婦の有志の屋台にも、何か目玉商品のレシピが欲しいとリザに強請られて、マリウスが公開したのがドーナッツのレシピである。
リザはリナとリタの母親で、村長クリスチャンの奥さんであるが村の主婦会の代表でも会った。
砂糖を提供する事と、小豆が収穫出来たら餡のレシピと一緒に渡す事を約束し、安価で屋台で提供してもらっているが、たちまち屋台村の人気商品になった。
「砂糖を使ったお菓子が食べられるなんて夢見たいです。こっちのチーズコロッケもとっても美味しいです」
「チーズもヨウルトも、カトフェ芋もドーナッツもアイスクリームも、全部若様が広げた料理だよ。昔はこんな美味しい物を食べられなかったよ。あとお風呂もね」
ミリがフライドカトフェ芋を頬張りながらマーヤに笑いかける。
「私はこれが一番好き」
ナターリアがアイスクリームを匙で掬いながら言った。
「マリウス様が広げたのですか? マリウス様は料理の事も詳しいのですか?」
「うーん。マリウス様は何かちょっと変わったギフトを持っているみたいなの。隠している心算だから皆聴かないけど、バレバレなのよ」
エリーゼが困ったように言うと、ミリたちもウンウンと頷く。
「何がバレバレなの?」
後ろから声を掛けられてエリーゼとマーヤが振り返ると、ハティを連れたマリウスが立っていた。
「あ、マリウス様! えっと、何でもないです。それよりも王都の事はどうなりました?」
焦って言うエリーゼにマリウスが首を傾げながら答えた。
「うん、父上と話したけど、父上もエルザ様がアースバルト家に頼る気が無いなら大っぴらには動けないけど、放っておくことは出来ないのでクルトにフェリックスの部隊も付けて王都に送る事になったよ」
ニナ隊の25名にクルトとフェリックスの部隊30名の55名で王都に乗り込む事になる。
「母上に紹介の手紙を書いて貰って、母上のお兄さんだから僕の叔父さんの、ライナー・ブロスト伯爵を訪ねて、取り敢えず王都の様子を知らせてもらう事にしたよ」
伯父のライナーは王都警邏隊の長官なので、ライナーのところに行けば大体の王都の情報は手に入る筈である。
公爵騎士団と王都騎士団が動いているのでマリウスたちの出番はないかもしれないが、エルンストが無事に救出されるのなら、別に構わない。
何かあった時の為に備える事は重要であるし、マリウスも一度王都に行ってみたいと思っていた。
「マーヤは今夜は僕の館に泊まって行けば良いよ。明日の夜エレンの処まで送って行くよ」
「もう帰っちゃうの? 暫くこの村に居ても良いいじゃない」
エリーゼがマーヤの手を取って言った。
「いえ、エレン様が心配しているので早く帰らないと……」
首を振るマーヤにマリウスが笑顔で言った。
「一晩位大丈夫だよ。今夜は館でマーヤの歓迎パーティをしよう。ミリ達もおいでよ。ユリアが料理を準備してくれているから」
「私のサヨナラホームランのお祝いね!」
「いやホームランじゃないし!」
ドヤ顔のミリにエリーゼがツッコむ。
「そうだ、明日は日曜だから子供たちも集めて野球大会にしようか。マーヤも一緒にやろうよ」
「ヤキュウですか?」
「うん。滅茶苦茶面白いよ」
戸惑うマーヤにミリが笑顔で言った。
『野球』という初めての遊びに、子供も大人も皆一日で夢中になってくれたようだ。
今も広場で騎士団の連中と人夫たちが、交代で試合をしているようだった。
いつの間にか薬師や魔道具師、ブロックやエイトリ達も広場に集まって野球を見物していた。
広場をもっとスタジアムっぽくするためにボールやバットの追加と共に、ミラにベンチを発注しておこう。
アイツからは他にも『サッカー』とか、『バスケットボール』とかいろいろな遊びを教えて貰っているので、徐々に広げていきたいと思う。
人族も獣人もエルフもドワーフも、ハティまで一緒に遊べる事が、マリウスにはとても大切な事だと思えた。
ドーナッツを咥えたまま、身振り手振りを交えてマーヤにサヨナラ満塁犠牲フライの話を自慢するミリを見ながら、野球を始めた事は正解だったとマリウスは満足した。
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