真世界へと駆け抜ける風

幸崎 亮

世界最後の決戦

 世界の〝終わり〟は突然に訪れる。

 戦争? 災害? 異世界からの侵略?


 残念ながら、どれも違う。


 言うなれば、神の気まぐれ。

 大いなる力を持つ者の、ほんのさいな思いつき。



 植民世界ミストリアスはごうまんなる神々によって終了を宣告され、世界に住まう人々全員にも知らされた。


 そして、そのしゅうえんの日も、間近へと迫っていた――。




「おい、アクセル! 手を抜いてんじゃねぇぞ!」

「お前もな。グリード」


 二人の青年が大空を舞い、たがいに魔法を撃ち合っている。


 一人は濃い青色の髪を逆立てた男、アクセル・マークスター。

 そして緑色の髪をセンターで分けた男、グリードだ。


 彼らは風の結界をまとい、空を舞台に戦いを繰り広げているさいちゅうだった。



「どうせ、もうすぐ終わる身だ。俺様の最大火力をお見舞いしてやる!」

「ふっ、望むところだ」


 グリードは空中に魔法陣を描き、大魔法のえいしょうに入る。

 対するアクセルは受けて立つとばかりに、彼の真正面で身構えた。


「むっ? あれは……」


 しかしアクセルは何かに気づき、の地上へ向かって視線を落とす。そしてにわに急降下し、グリードとの戦闘から離脱してしまった。



「……おいっ!? どういうつもりだ、アクセル!」


 グリードは大魔法の詠唱を中断し、あわててライバルのあとを追う。

 彼が地上に降り立つと、そこにはねこを抱いたアクセルの姿があった。



「猫だ」

「……見りゃわかる! それがどうした!?」

かれそうになっていてな」


 そう言ってアクセルがあごで示した方向には、すなけむりと共に北へ遠ざかってゆく馬車の姿があった。それも地平線の彼方へ向けて、数台が列をなしている。



「なんだありゃ? たいしょうか?」

「いや、王国軍だな。魔王軍の討伐に向かうのだろう」

「ご苦労なこった! どうせもうすぐ、終わるってのによ!」


 グリードは皮肉を吐きながら、豆粒ほどの大きさとなった馬車を見つめる。

 その彼を横目に、アクセルが猫を街道沿いに下ろすや、小さな獣は静寂しじまを求めて静かな森へと去っていった。



「あの先は北の国境だな。どうする?」

「あぁ? どうするって、まさかお前……」

「暴れたいんだろう? ものに魔王。相手には困らんぞ?」


 彼らは古くからの友人で、互いに盗賊としてしのぎを削っていた仲だ。

 何かとけんばやいグリードがアクセルにみつくことが多く、たびたび命を賭けた真剣勝負に発展することも珍しくない。


「ハッ! 盗賊が魔王退治ってか? おもしれぇじゃねぇか」

「ふっ、決まりだな」


 二人は少年のような笑みを浮かべ、風の魔法で結界を纏う。

 そしてそのまま空中に浮遊し、北へ向かって飛び去っていった――。





「ここが祭りの会場か? 思ったよりもにぎわってねぇな」

「なぁに、準備の方が盛り上がるものさ」


 馬車を追って辿たどいた先――二人が到着した場所は、国境よりもはるか以南に位置する、見晴らしの良い丘の上だった。周囲には桜が咲き誇り、よろい姿すがたの騎士らが野営地の設営を行なっている。



「うむ? 君たちは?」


 アクセルたちの存在に気づき、ひときわ立派な鎧を纏った中年の男が、二人の元へと近づいてきた。彼が歩みを進めるたびに、重厚な金属音が鳴り響く。



「お、アンタがお偉いさんか? 俺様は大盗賊のグリードだ!」

「――失礼。騎士団長どのとお見受けします。私はアクセル・マークスター。実は……」


 無作法な相棒を制止し、アクセルが上品なしょで一礼をする。

 続いて目の前でいぶかしげな表情を浮かべている男に、自身らがへ来た目的を説明した。



「おお、そうか! 加勢してくれるとはありがたい!――にも。私はネーデルタールの王国騎士団長・キュリオスだ」


 騎士団長キュリオスは王国式の敬礼をし、現在の戦況を二人に話す。


 彼いわく、北の隣国・ディクサイスが魔王軍の手にち、国境を突破されて以降――このネーデルタール領内にも、徐々に魔王配下の魔物による侵略が広がっているとのことだ。


 現在は国境を守護する〝辺境騎士団〟が侵攻を食い止めているものの、数の差は歴然。いずれはネーデルタール国内が戦場となるのは明白だ。



「今や魔王軍は我が国のみならず、全世界・全方位へ向けて進軍を開始している。はは、奴らも出し惜しみは無しといったところか」

「そんなゆうちょうでいいのか? 団長さんよ。国境は、まだずっと向こうだぜ?」

「問題ない。国境あちらは精鋭ぞろいの辺境騎士団にゆだね、我らは我らにしか出来ぬことをやるのみだ」


 キュリオスは自信に満ちた笑顔を浮かべ、手の空いているじゅうを呼ぶ。そして彼に対し「近隣の町からピザを調達するように」と指示をした。



 命令を受けた従騎士は何の疑いもなく、上官からの注文を了承する。

 そしておごそかにりつれいし、一台の馬車をって足早に出発してしまった。



「はぁ? なんでまたピザなんか……」

「我ら王国騎士どもの好物でな。いわば、最後のばんさんというやつだよ。もちろん、君たちにもふるおう」


 キュリオスからの返答を受け、理解不能とばかりに首をかしげるグリードとは対照的に、アクセルはニヤリと口元を上げてみせる。とは命を賭ける覚悟を決めた時、思いもよらぬ行動を起こすものなのだ。



「それで団長どの。『我らにしか出来ぬこと』とは?」

「ああ、実は心強い協力者がられてな。なんでも……」

「――それについては、わたくしからお話いたしますわ」


 騎士団長の言葉をさえぎり、一台の馬車から降りてきた女性。キュリオスは彼女の姿を確認するや、うやうやしい動作でひざをつく。


 上品な服に、風になびく金髪。一見して、彼女が高貴な人物であると判断できる。なにより この貴婦人は神に近しいとされる〝エルフ族〟らしく、耳の先端が長くとがっていた。



「こちらのかたはレクシィ殿。エルフ族の里・エンブロシアの大学を主席で卒業され、その後は評議会の一員として……」

「キュリオス様?」


 さきほどよりも強い口調で言い、レクシィと呼ばれた女性はキュリオスをにらみつける。すると彼は照れた笑いと共に、申し訳なさそうに頭をいた。


 レクシィは短いためいきの後、りんとした表情をみせながらアクセルたちへと向き直る。



「ヴァルナス――いえ、魔王ヴァルナスとの決戦は、今夜行なわれます。よいの月光が降り注ぐ頃、このおおざくらもとに〝決戦の地〟へのゲートが開かれるのです」

「うむ。あの魔王めは、元はエルフ族でな。かつては人間族の我々の耳にも届くほどの自由騎士だったのだが、死して闇に魅入られてしまったそうだ」


 彼女の話を補足するかのように、またしてもキュリオスが口を挟む。レクシィは再び彼を睨むも――妙なスイッチが入ったのか、騎士団長の舌は回り続けた。



「なんでも魔王ヴァルナスとレクシィ殿は、大学時代からの恋人同士だっとか。なんとうらやま――いや、なげかわしいことだ」

「……コホンッ! キュリオス様!」


 レクシィのいっかつにより、今度こそキュリオスは我に返る。

 どうやら彼は、レクシィに対して好意を抱いているらしい。


 アクセルたちは二人の様子に〝お手上げ〟のジェスチャをしながら、互いの顔を見合わせた。



「ひとつ、よろしいでしょうか? その、レクシィ様は何ゆえに……今夜〝決戦〟が行なわれることを確信しておられるのですか?」


 当然ともいえるアクセルからの疑問に、レクシィは悲しみに満ちた顔をする。

 そしてゆっくりと、年季の入った携帯バッグから何かのアイテムを取り出した。



「うおっ!? そいつは〝時の宝珠オーブ〟じゃねえか!」

「あら? わたくしたちエルフ族の秘宝を、ご存知でしたの?」

「当たりめえよ! 俺様たちゃ大盗賊! 疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンの、グリード様とアクセルだぜぇ?」


 そう名乗りながら胸を張るグリードとは裏腹に、アクセルは気恥ずかしそうに頭を抱える。


 時の宝珠オーブとは、時間をさかのぼることを可能とする特殊なアイテムだ。当然ながらその性能ちからは凄まじく、普段はエルフ族の大長老によって厳重に管理されている。



「……貴方あなたたちの素性はさておき、ご存知ならば話は早いですわね。わたくしを使い、数日後の未来からに参りましたの」


 信じがたい話ではあるが、彼女は実際にを可能とする秘宝を所持している。しかし宝珠オーブの色はくすみ、大きなヒビが入っていた。


わたくしは……もう何度も何度も、魔王ヴァルナスとの決戦をやり直しました。そしておそらくは、今回が最後――」


 そう言いかけた彼女の手の中で、時の宝珠オーブざんにも砕け散ってしまった。レクシィは一瞬のどうようをみせたものの、くちびるを強くみしめて、弱き感情を押さえ込んだ。



「ハッ、そういうことかい。実際にを見せられたんじゃ、信じないわけにゃいかんよなぁ?――まぁ、それ以上に信じられねぇことがあるんだが……」

「あら、何かしら?」

「エルフの里にも、大学なんて立派なモンがるんだな――ってな!」


 グリードは言い終えるなり、どこか馬鹿にした調子で爆笑しはじめる。

 そんな彼に腹が立ったのか、レクシィはグリードの顔面に思いきり拳を叩き込んだ!



「ぶおっ!? ってぇ!」

「当たり前ですっ! 大学に評議会に裁判所! 貴方あなたたちばんな人間とは、文明の程度が違うのですよ! いっそ、裁判所に招待してさしあげましょうか!?」

「わかった、悪かった! くっそ、野蛮なのはどっちだっての」


 ぜんとする一同を尻目に、グリードは再びゲラゲラと笑う。

 彼の態度にしばらくレクシィは口を曲げていたものの、やがて小さく微笑むのだった。





 その後、たいようが西へと傾きかけた頃――。


 キュリオスのめいで出発した従騎士が、数台の見慣れない馬車を引き連れて戻ってきた。それらの馬車からは続々と、町の住民と思われる人々が降りてくる。



「これは、いったい……?」

「はい団長。町で事情を説明したところ、この者たちが直接ピザを振る舞いたいと」


 従騎士に促される形で、料理人姿のかっぷくのいい壮年男性が進み出る。そこで彼は一礼し、団長らに対して笑顔をみせた。



「いやぁ、なんでも最後の決戦に挑まれるということで。ワシらも家で震えるくらいなら、いっそ皆様の応援をさせていただきたいと思いましてね!」


 男性の背後では続々と、馬車から野菜のかごや粉の入ったたるなどが降ろされている。それらの作業を行なう者の中には、女性や子供らの姿もあった。



「ふっ。これは勝利するしかないな?」

「だなっ! まっ、大盗賊が二人も加わりゃ楽勝よ!」

「そうだな……。わかった、諸君らの心遣いに感謝する!」


 キュリオスは街の者らに対し、深々と頭を下げる。


 そうしている間にも作業は進み、土魔法によって創られた即席のかまに、炎魔法によって生み出された火が入れられていた。





 やがて野営地が夕暮れに包まれる頃になると、辺りには食欲をそそるピザの香りが漂いはじめていた。


「おお、素晴らしい! これはおじょうちゃんが作ってくれたのか? ありがとうな」


 焼きあがった小さなピザを手に、キュリオスは満面の笑みでほおる。


 見た目は不規則、食材はシンプルで熟成も不十分ではあるが、その味は〝最後の晩餐〟と呼ぶには充分すぎるほどだ。



「ハッ! 俺様は勝つ! そんで、世界が終わる日を見届けてやるぜ!」

「ええ、そうね。だって、こんな展開は一度も……。これほど美味しい料理も、無礼な盗賊も出てまいりませんでしたもの」

「けっ、一言余計だぜ! せっかくイイオンナなのによ」


 グリードはたっぷりとソースの載ったピザを口に放り込み、おどけた動作と共に口元をつり上げてみせる。


 彼の様子を見てレクシィは口元を押さえながら、しそうに声をらした。




「む、つきが」


 切り分けられたピザを片手に、空を見上げていたアクセルがつきを指さす。銀色だった月はあかく輝き、それに呼応するかのように周囲の桜もあやしい光を放っている。



「おっ、そろそろ祭りか? あらよっ、いただきだぜ!」


 彼の元へ近づいてきたグリードが、アクセルの手からピザを奪い取る。

 そしてそれを迷いなく、自らの口へと押し込んだ。


「ふっ。くせの悪い男だ」

「ぶはぁ。――おうよ! 何せ盗みにかけては、俺様の方が上だからな!」


 トマトの香る息を払い除け、アクセルはグリードの肩を軽くく。


「ああ、わかっている。期待しているぞ、相棒」

「ハッ、今さら認めやがって! 任せとけ、相棒!」



 野営地の中央ではキュリオスが皆を招集し、最後の号令を掛けている。

 アクセルとグリードも姿勢を正し、彼らの中へと加わった。



「諸君! 我らはこれより、決戦の地へとおもむく! 我らは必ずや魔王に勝利し、諸君らに世界終焉までの――残りわずかな安息をもたらすことを約束しよう!」

「皆様。わたくしは今度こそ、魔王ヴァルナスを阻止します。人間とエルフの――いえ、人類の力を合わせ、世界の終わりを平穏と共に迎えましょう!」


 キュリオスとレクシィの言葉にされ、集まった人々はいっせいかちどきをあげる。


 それと時を同じくして、大桜の根元から幹に沿って空間が裂け、虹色に輝くゲートが出現した。



「ついにきたな。おい、団長さんよ。こん中に飛び込んで、好きなだけ暴れりゃいいのか?」

「ああ、そうだ。どうかレクシィ殿をの元へ」

「ここへ入れば、もう引き返すことは不可能です。本当によろしいのですか?」

「ふっ、今さら迷いなど無いさ。――さっ、いくか」


 アクセルは肩を慣らしながら、その言葉通りに迷いなくゲートの中へと入ってゆく。続いて相棒の背中を追い、グリードも勢いよく光の中へと飛び込んだ。



「よし! 彼らにおくれをとるな! ネーデルタール王国騎士団、全軍出撃!」


 騎士団長キュリオスを先頭に、騎士らも決戦の地へとなだれ込む。



 勇ましい仲間たちの姿を見送ったあと、レクシィは静かに、あかつきを見上げた。




 大学を卒業後、名誉ある評議会の一員となれたものの――恋人であるヴァルナスのからだに、まわしき魔族の血が流れていることが発覚。


 レクシィもそんな〝ダークエルフ族〟とまじわった者として〝里〟を追われることとなってしまった。



 その後、二人は世界から隠れるかのように各地を転々とし、レクシィは教師として、ヴァルナスは持ち前の魔力の高さで自由騎士として名をせていった。



 しかし、強すぎる魔族の血はヴァルナスをむしばみ、彼は深い憎悪を抱きつつ闇の中にて命を落とす。


 が滅び去ったことでレクシィは再び〝里〟に迎えられ、悲願の評議会に返り咲くも――彼女の心が満たされることは、最後までなかった。



「ヴァル……。今度こそ、貴方あなたと共に……」


 レクシィは強く覚悟を誓い、虹色に輝くゲートをくぐる。

 そして世界最後の決戦の――彼女にとっての〝最後の最終決戦〟の幕が上がった。





 ゲートの先。決戦の地は、光り輝く魔水晶クリスタルに覆われた幻想的な島だった。


 だが、そんな美しい風景とは裏腹に、夜空には邪悪な魔物の群れがひしめき、周囲には鼻をつくしょうにおいが漂っている。


 そしてすでに地上では、早くもアクセルたちが激戦を繰り広げていた。



「さすがに数が多いな! 魔水晶クリスタルのおかげで魔力素マナには余裕があるが」

「体力勝負というわけだな。降りるか? グリード」

「ハッ! 馬鹿を言え! 俺様の根性をみせてやる! ヴィスト――ォ!」


 二人は軽口を叩き合いながら、迫りくる魔物に対して風の魔法・ヴィストを放ち続ける。ふうじんによって倒れた魔物からはしょうあふれ、生ある者たちの生命力を徐々に削りとってゆく。



「なぁ、レクシィよ! こんな時にくのもなんだが、まさかは伝説の……」

「ええ。原初の地、ダム・ア・ブイですわ」

「やっぱりか! ハハッ。最後に、ずっと追い求めてた場所に辿り着けるとはな!」


 原初の地、ダム・ア・ブイ。それは世界が生まれ、大いなる闇へと繋がるとされる場所。そこにはかつすることのないほどの資源が溢れ、伝説の秘宝も眠っているという。アクセルとグリードは盗賊として、この地を探し求めていた。



「ふっ。だが宝探しの前に、大掃除が必要なようだ」

「だな! おっとわりぃが、宝は俺様が先に見つけ出すぜ?」

「まっ、勝負は魔王を見つけたあとだな。――さっきからザコしか見えん」


 アクセルの言う通り、襲いくる魔物は低級のものばかり。魔物そのものの攻撃よりも、噴き出すしょうの方がきょうとなっている。


 騎士らも剣や魔法で善戦してはいるが、なかには口を押さえながら、水晶の大地に膝をついている者もいる。



「ぐ……! 負けるな騎士たちよ!――レクシィ殿、魔王めは何処いずこに?」

は……。おそらく、あの中心に……」


 レクシィは負傷者に治癒魔法を施しながら、上空の〝闇〟を指さす。

 それは暗黒の竜巻のごとうずを巻き、際限なく新たな魔物を生み出し続けている。



「ハッ、場所がわかってんなら話は早い。俺様とアクセルが、あのしんくせぇ竜巻を吹き飛ばしてやる!」

「正気か!? あの大群の中へ、たった二人で飛び込むというのか!?」

「はい。どうかその間、地上の魔物の掃討と――可能ならば、援護を願います」


 周囲の魔水晶クリスタルの影響で魔法は無制限に放つことができるが、このままではしょうによって生命力が先に尽きてしまう。ジリひんに追い込まれる前に、先に手を打たねばならない。



「……わかった! 全員、守りを固めろ! 飛べる者は彼らの援護を!」

「感謝します。キュリオス殿」

「いや、感謝するのは我々だ。どうか、よろしく頼む……!」


 アクセルはグリードと呼吸を合わせ、周囲の魔物を魔法ではらう。

 そして生まれた一瞬の間に、飛行魔法フレイトの呪文を唱えた。



「先に行くぞ。フレイト――!」

「レクシィ! あれを吹っ飛ばしたら、俺様があそこに連れてってやる!」

「はい……。どうか気をつけて、グリード……」


 グリードは得意げに親指を立て、飛行魔法フレイトでアクセルに続く。

 闇が支配する上空では、アクセルが相棒を待っていた。




「早かったな。――気に入ったんだろう? 残っても構わんぞ」

「ハッ、抜かせ! ありゃ、俺様でも盗めねぇよ。――おら、行くぜ!」

「ふっ……。熱くなりすぎるなよ?」


 二人は魔法の出力を上げ、暗黒へ向かって高速でぶ。何名かの騎士たちが空で応戦してくれているが、やはり空中戦にかけてはアクセルたちの右に出る者はいない。



「邪魔だ! 魔物ども! 疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデンを止められると思うなよ!」

「そういうことだ。……だが、その名前はどうにかならんのか?」

「ならねぇな! お気に入りなんだよっ!」


 目標への針路を妨害する魔物を風の魔法ヴィストで吹き散らし、二人はさらに飛行の速度を上げる。そしてついに、闇の竜巻を魔法の射程内に収めた。



「さあ、いよいよ俺様の大魔法をブチかます時だ! 準備は良いか?」

「ああ。だが余力は残せよ? 迎えに行くんだろう?」

「残せたら、な!」


 グリードは両手でいんを刻みながら、大魔法の詠唱に入る。

 アクセルは押し寄せる魔物の排除を続け、相棒が集中するための時間をつくる。


 やがてグリードの周囲に、緑色に輝く複数の魔法陣が浮かび上がった!



「吹き飛べ! ティルトヴィスト――ォ!」


 風の大魔法・ティルトヴィストが発動し、それぞれの魔法陣から高圧の旋風が巻き起こる。風は闇の渦を穿うがち、輝く夜空へと吹き散らしてゆく。


 そしてさらに魔法陣の数は増え、闇の領域は目に見えて縮小する。

 どうやらグリードの隣で彼に続き、アクセルも同じ大魔法を発動したようだ。



「ハッ! 相変わらず良いタイミングだな!」

「まぁな。――あとはオレだけで充分だろう。彼女を迎えに急げ」

「おうよ! 任せたぜ!」


 アクセルのおかげもあり、グリードは魔力素マナに余力を残すことができた。彼は急ぎ、地上のレクシィの元へとんでゆく。




 地上ではキュリオスらが空を見上げ、早くも大歓声をあげていた。

 闇が小さくなったことで、魔物の数も減少したようだ。



「おお、やったのか!?」

「いや、これからが本番だ!」


 興奮気味のキュリオスに答え、グリードは急いでレクシィを抱き上げる。


「――どうにか相棒が抑えてる間に、急ぐぜお姫様!」

「きゃっ!? は……はいっ、お願いしますっ!」


 グリードは再び空へ向かうべく、運搬用の飛行魔法を唱える。

 これは他人を運べる分 速度に劣り、戦場での飛行には適さない。



「これで最後だ! 団長さんよ、援護を頼むぜ!」

「了解した! よし、全軍気合いを入れろ! 彼らに道を切り拓け!」




 ときこえに見送られ、グリードは最大出力でアクセルの元へと急ぐ。そこにはすでに闇の竜巻は無く、二人の男が空中に浮遊しているのみだった。



「アクセル、待たせたな! ってことは、コイツが」

「ああ。おそらくは、な」

「ヴァルナス! やっと……やっと逢えたっ……!」


 グリードの腕に抱かれたまま、レクシィは闇色に染まった男に向かって目一杯に両腕を伸ばす。彼女の声に反応し、男――魔王ヴァルナスは、真紅に輝く瞳を見開いた。



「グ……オオ……! レクシィ……ナノカ?」

「そう! そうよ! ああ、ヴァルナス!」


 愛する者の名を叫び、レクシィは大粒の涙を流す。

 いくたびもの過去を見捨て、幾度もの人々を見捨て、幾度もの世界を見捨て――ようやく辿り着いた、望んだ未来。


 すでに魔王にも敵意はないと判断し、グリードは彼の腕へと彼女を預けた。



「レクシィ……。アイタ、カッタ」

わたくしもよ、ヴァル……。さあ、もう休んで……。一緒に、大いなる闇へかえりましょう……」

「アア……。スマナ、カッタ」


 魔王の眼から闇がこぼれ、腕の中のレクシィに降りかかる。


 すると彼女のからだも闇色に染まり、全身からしょうを噴き出しはじめた。



「ありがとう、グリード。アクセル様。――わたくしたちは、一足先にきます」

「ああ! どうか幸せにな!」

「ふっ。再び奇跡が起こらないとも限らんさ。――またお会いしましょう」


 手を振る二人の男の目の前で、レクシィとヴァルナスの姿はくうへと溶け消えてゆく。



 運命にほんろうされた二人を見送った後、アクセルとグリードの二人も、地上へ向けて静かに降下した。




「ハッ、上手くいったぜ。これでゆっくりと宝探しが出来らぁ」

「ああ、そうだな」


 そう言って笑みを浮かべるや、グリードは水晶の大地にあおけに倒れてしまった。アクセルはそんな相棒の姿を、明け始めた空をバックに見つめている。



「だが、ちぃとばかし疲れちまった。わりぃが先に、休ませてもらうぜ」

「ふっ、奇遇だな」


 アクセルもニヤリと口元を上げ、おもむろに後ろへ倒れ込んだ。


「なんだ? お前も限界だったのかよ」

「まぁな」

「ハッ。抜け駆けされなくて済むってもんだ」


 言い終えたグリードは、力尽きたかのように両目を閉じる――。



 やがてたいようが昇り、周囲の魔水晶クリスタルまばゆい光を放ちはじめた。


 それと同時に、遠くからは騎士や街の人々らの、二人を呼ぶ声が響いてくる。


「……どうやら、まだ休ませてくれねぇらしいな」

「ふっ、戻ったら〝英雄グリード〟になるかもな?」

「ハッ、ごめんだね。俺様は、たとえ生まれ変わっても盗賊よぉ」

「ああ。それがいい」




 かくして、二人の思いとは裏腹に。アクセルとグリードは英雄として迎えられ、終了間際の世界には、束の間の恒久平和が訪れた。


 ほんの数日間ではあるが、人々には笑顔と活気がよみがえり――レクシィが宣言したとおり、世界最後の日を平穏と共に迎えることが叶うのだった。




 そして、ついに〝終わり〟のときが訪れた。


 闇よりもくらしんえんが。

 深淵よりも深ききょが。


 ミストリアスの空を、大地を、人々を。

 世界のすべてを覆い尽くしていった。



 そうせい 三〇二九年。

 植民世界・ミストリアスは、創造主たる〝偉大なる古き神々〟の手によって、大いなる闇の中へと消滅した――。





 ――しかし、それでも世界が終わることはなかった。


 それは奇跡と呼ぶには程遠い、途方もない努力のたまもの

 一人の名も無き旅人の、大いなる闇との孤独な戦い。



 後にさいせいしんと呼ばれることになる――この〝最後の侵入者〟の数千年にも及ぶ努力によって、ミストリアスは揺るぎなき〝真世界〟としての復活を果たした。




 そして闇のかごまもられること、さらに二千年。

 さいせい 一九九八年。


 かつては〝原初の地、ダム・ア・ブイ〟と呼ばれていた島。

 その地におこされた国家・ノインディアにて――。




 太陽ソル陽光ひかりが降り注ぐなか、緑色の髪をセンターで分けた少年が、立派な石造りのへいを見上げている。


 すると周囲を警戒するように、濃い青色の髪を逆立てた少年が姿をみせた。


おせぇぞニセル! 今日の宝が逃げちまうぜ?」

「ジェイド、声が大きい。――ようやく使用人メイドいたところだぞ?」


 ニセルは小さく呪文を唱え、ジェイドの隣へ静かに降り立つ。どうやら風の結界を纏うことで、落下の衝撃を打ち消したようだ。



「まったく! 金持ちのニセル・マークスター君が、なんで盗賊なんかやりたがるんだか」

「さあね。初めての友人が盗賊だったから――じゃないか?」


 皮肉混じりの台詞とは裏腹に、ジェイドはどこか嬉しげな笑みを浮かべている。

 ニセルもそんな彼に対し、ニヤリと口元を上げてみせた。



「ハッ、上等だ! よし、疾風の盗賊団シュトルメンドリッパーデン! 張り切って出発だ!」

「ああ。……その名前は、なんとかならないのか?」

「よくわからねぇが、一番しっくり来るんだよ! ほら、行くぜ!」


 さいせいされた大地を、二人の少年が駆け抜けてゆく。


 彼らは親友として、ライバルとして、互いにせったくを重ねながら、いつの日か〝ある若者〟の元へと導かれることとなる。


 天上の太陽ソルはそんな二人を、今は静かに見守っていた。

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