真世界へと駆け抜ける風
幸崎 亮
世界最後の決戦
世界の〝終わり〟は突然に訪れる。
戦争? 災害? 異世界からの侵略?
残念ながら、どれも違う。
言うなれば、神の気まぐれ。
大いなる力を持つ者の、ほんの
植民世界ミストリアスは
そして、その
「おい、アクセル! 手を抜いてんじゃねぇぞ!」
「お前もな。グリード」
二人の青年が大空を舞い、
一人は濃い青色の髪を逆立てた男、アクセル・マークスター。
そして緑色の髪をセンターで分けた男、グリードだ。
彼らは風の結界を
「どうせ、もうすぐ終わる身だ。俺様の最大火力をお見舞いしてやる!」
「ふっ、望むところだ」
グリードは空中に魔法陣を描き、大魔法の
対するアクセルは受けて立つとばかりに、彼の真正面で身構えた。
「むっ? あれは……」
しかしアクセルは何かに気づき、
「……おいっ!? どういうつもりだ、アクセル!」
グリードは大魔法の詠唱を中断し、
彼が地上に降り立つと、そこには
「猫だ」
「……見りゃわかる! それがどうした!?」
「
そう言ってアクセルが
「なんだありゃ?
「いや、王国軍だな。魔王軍の討伐に向かうのだろう」
「ご苦労なこった! どうせもうすぐ、終わるってのによ!」
グリードは皮肉を吐きながら、豆粒ほどの大きさとなった馬車を見つめる。
その彼を横目に、アクセルが猫を街道沿いに下ろすや、小さな獣は
「あの先は北の国境だな。どうする?」
「あぁ? どうするって、まさかお前……」
「暴れたいんだろう?
彼らは古くからの友人で、互いに盗賊として
何かと
「ハッ! 盗賊が魔王退治ってか?
「ふっ、決まりだな」
二人は少年のような笑みを浮かべ、風の魔法で結界を纏う。
そしてそのまま空中に浮遊し、北へ向かって飛び去っていった――。
「ここが祭りの会場か? 思ったよりも
「なぁに、準備の方が盛り上がるものさ」
馬車を追って
「うむ? 君たちは?」
アクセルたちの存在に気づき、ひときわ立派な鎧を纏った中年の男が、二人の元へと近づいてきた。彼が歩みを進めるたびに、重厚な金属音が鳴り響く。
「お、アンタがお偉いさんか? 俺様は大盗賊のグリードだ!」
「――失礼。騎士団長どのとお見受けします。私はアクセル・マークスター。実は……」
無作法な相棒を制止し、アクセルが上品な
続いて目の前で
「おお、そうか! 加勢してくれるとはありがたい!――
騎士団長キュリオスは王国式の敬礼をし、現在の戦況を二人に話す。
彼いわく、北の隣国・ディクサイスが魔王軍の手に
現在は国境を守護する〝辺境騎士団〟が侵攻を食い止めているものの、数の差は歴然。いずれはネーデルタール国内が戦場となるのは明白だ。
「今や魔王軍は我が国のみならず、全世界・全方位へ向けて進軍を開始している。はは、奴らも出し惜しみは無しといったところか」
「そんな
「問題ない。
キュリオスは自信に満ちた笑顔を浮かべ、手の空いている
命令を受けた従騎士は何の疑いもなく、上官からの注文を了承する。
そして
「はぁ? なんでまたピザなんか……」
「我ら王国騎士どもの好物でな。いわば、最後の
キュリオスからの返答を受け、理解不能とばかりに首を
「それで団長どの。『我らにしか出来ぬこと』とは?」
「ああ、実は心強い協力者が
「――それについては、
騎士団長の言葉を
上品な服に、風になびく金髪。一見して、彼女が高貴な人物であると判断できる。なにより この貴婦人は神に近しいとされる〝エルフ族〟らしく、耳の先端が長く
「こちらの
「キュリオス様?」
さきほどよりも強い口調で言い、レクシィと呼ばれた女性はキュリオスを
レクシィは短い
「ヴァルナス――いえ、魔王ヴァルナスとの決戦は、今夜行なわれます。
「うむ。あの魔王めは、元はエルフ族でな。かつては人間族の我々の耳にも届くほどの自由騎士だったのだが、死して闇に魅入られてしまったそうだ」
彼女の話を補足するかのように、またしてもキュリオスが口を挟む。レクシィは再び彼を睨むも――妙なスイッチが入ったのか、騎士団長の舌は回り続けた。
「なんでも魔王ヴァルナスとレクシィ殿は、大学時代からの恋人同士だっとか。なんと
「……コホンッ! キュリオス様!」
レクシィの
どうやら彼は、レクシィに対して好意を抱いているらしい。
アクセルたちは二人の様子に〝お手上げ〟のジェスチャをしながら、互いの顔を見合わせた。
「ひとつ、
当然ともいえるアクセルからの疑問に、レクシィは悲しみに満ちた顔をする。
そしてゆっくりと、年季の入った携帯バッグから何かのアイテムを取り出した。
「うおっ!? そいつは〝時の
「あら?
「当たり
そう名乗りながら胸を張るグリードとは裏腹に、アクセルは気恥ずかしそうに頭を抱える。
時の
「……
信じ
「
そう言いかけた彼女の手の中で、時の
「ハッ、そういうことかい。実際に
「あら、何かしら?」
「エルフの里にも、大学なんて立派なモンが
グリードは言い終えるなり、どこか馬鹿にした調子で爆笑しはじめる。
そんな彼に腹が立ったのか、レクシィはグリードの顔面に思いきり拳を叩き込んだ!
「ぶおっ!?
「当たり前ですっ! 大学に評議会に裁判所!
「わかった、悪かった! くっそ、野蛮なのはどっちだっての」
彼の態度にしばらくレクシィは口を曲げていたものの、やがて小さく微笑むのだった。
その後、
キュリオスの
「これは、いったい……?」
「はい団長。町で事情を説明したところ、この者たちが直接ピザを振る舞いたいと」
従騎士に促される形で、料理人姿の
「いやぁ、なんでも最後の決戦に挑まれるということで。ワシらも家で震えるくらいなら、いっそ皆様の応援をさせていただきたいと思いましてね!」
男性の背後では続々と、馬車から野菜の
「ふっ。これは勝利するしかないな?」
「だなっ! まっ、大盗賊が二人も加わりゃ楽勝よ!」
「そうだな……。わかった、諸君らの心遣いに感謝する!」
キュリオスは街の者らに対し、深々と頭を下げる。
そうしている間にも作業は進み、土魔法によって創られた即席の
やがて野営地が夕暮れに包まれる頃になると、辺りには食欲をそそるピザの香りが漂いはじめていた。
「おお、素晴らしい! これはお
焼きあがった小さなピザを手に、キュリオスは満面の笑みで
見た目は不規則、食材はシンプルで熟成も不十分ではあるが、その味は〝最後の晩餐〟と呼ぶには充分すぎるほどだ。
「ハッ! 俺様は勝つ! そんで、世界が終わる日を見届けてやるぜ!」
「ええ、そうね。だって、こんな展開は一度も……。これほど美味しい料理も、無礼な盗賊も出てまいりませんでしたもの」
「けっ、一言余計だぜ! せっかくイイオンナなのによ」
グリードはたっぷりとソースの載ったピザを口に放り込み、おどけた動作と共に口元をつり上げてみせる。
彼の様子を見てレクシィは口元を押さえながら、
「む、
切り分けられたピザを片手に、空を見上げていたアクセルが
「おっ、そろそろ祭りか? あらよっ、いただきだぜ!」
彼の元へ近づいてきたグリードが、アクセルの手からピザを奪い取る。
そしてそれを迷いなく、自らの口へと押し込んだ。
「ふっ。
「ぶはぁ。――おうよ! 何せ盗みにかけては、俺様の方が上だからな!」
トマトの香る息を払い除け、アクセルはグリードの肩を軽く
「ああ、わかっている。期待しているぞ、相棒」
「ハッ、今さら認めやがって! 任せとけ、相棒!」
野営地の中央ではキュリオスが皆を招集し、最後の号令を掛けている。
アクセルとグリードも姿勢を正し、彼らの中へと加わった。
「諸君! 我らはこれより、決戦の地へと
「皆様。
キュリオスとレクシィの言葉に
それと時を同じくして、大桜の根元から幹に沿って空間が裂け、虹色に輝くゲートが出現した。
「ついにきたな。おい、団長さんよ。こん中に飛び込んで、好きなだけ暴れりゃいいのか?」
「ああ、そうだ。どうかレクシィ殿を
「ここへ入れば、もう引き返すことは不可能です。本当によろしいのですか?」
「ふっ、今さら迷いなど無いさ。――さっ、いくか」
アクセルは肩を慣らしながら、その言葉通りに迷いなくゲートの中へと入ってゆく。続いて相棒の背中を追い、グリードも勢いよく光の中へと飛び込んだ。
「よし! 彼らに
騎士団長キュリオスを先頭に、騎士らも決戦の地へとなだれ込む。
勇ましい仲間たちの姿を見送ったあと、レクシィは静かに、
大学を卒業後、名誉ある評議会の一員となれたものの――恋人であるヴァルナスの
レクシィもそんな〝ダークエルフ族〟と
その後、二人は世界から隠れるかのように各地を転々とし、レクシィは教師として、ヴァルナスは持ち前の魔力の高さで自由騎士として名を
しかし、強すぎる魔族の血はヴァルナスを
「ヴァル……。今度こそ、
レクシィは強く覚悟を誓い、虹色に輝くゲートを
そして世界最後の決戦の――彼女にとっての〝最後の最終決戦〟の幕が上がった。
ゲートの先。決戦の地は、光り輝く
だが、そんな美しい風景とは裏腹に、夜空には邪悪な魔物の群れが
そしてすでに地上では、早くもアクセルたちが激戦を繰り広げていた。
「さすがに数が多いな!
「体力勝負というわけだな。降りるか? グリード」
「ハッ! 馬鹿を言え! 俺様の根性をみせてやる! ヴィスト――ォ!」
二人は軽口を叩き合いながら、迫りくる魔物に対して風の魔法・ヴィストを放ち続ける。
「なぁ、レクシィよ! こんな時に
「ええ。原初の地、ダム・ア・ブイですわ」
「やっぱりか! ハハッ。最後に、ずっと追い求めてた場所に辿り着けるとはな!」
原初の地、ダム・ア・ブイ。それは世界が生まれ、大いなる闇へと繋がるとされる場所。そこには
「ふっ。だが宝探しの前に、大掃除が必要なようだ」
「だな! おっと
「まっ、勝負は魔王を見つけたあとだな。――さっきからザコしか見えん」
アクセルの言う通り、襲いくる魔物は低級のものばかり。魔物そのものの攻撃よりも、噴き出す
騎士らも剣や魔法で善戦してはいるが、なかには口を押さえながら、水晶の大地に膝をついている者もいる。
「ぐ……! 負けるな騎士たちよ!――レクシィ殿、魔王めは
「
レクシィは負傷者に治癒魔法を施しながら、上空の〝闇〟を指さす。
それは暗黒の竜巻の
「ハッ、場所が
「正気か!? あの大群の中へ、たった二人で飛び込むというのか!?」
「はい。どうかその間、地上の魔物の掃討と――可能ならば、援護を願います」
周囲の
「……わかった! 全員、守りを固めろ! 飛べる者は彼らの援護を!」
「感謝します。キュリオス殿」
「いや、感謝するのは我々だ。どうか、よろしく頼む……!」
アクセルはグリードと呼吸を合わせ、周囲の魔物を魔法で
そして生まれた一瞬の間に、
「先に行くぞ。フレイト――!」
「レクシィ!
「はい……。どうか気をつけて、グリード……」
グリードは得意げに親指を立て、
闇が支配する上空では、アクセルが相棒を待っていた。
「早かったな。――気に入ったんだろう? 残っても構わんぞ」
「ハッ、抜かせ! ありゃ、俺様でも盗めねぇよ。――おら、行くぜ!」
「ふっ……。熱くなりすぎるなよ?」
二人は魔法の出力を上げ、暗黒へ向かって高速で
「邪魔だ! 魔物ども!
「そういうことだ。……だが、その名前はどうにかならんのか?」
「ならねぇな! お気に入りなんだよっ!」
目標への針路を妨害する魔物を
「さあ、いよいよ俺様の大魔法をブチかます時だ! 準備は良いか?」
「ああ。だが余力は残せよ? 迎えに行くんだろう?」
「残せたら、な!」
グリードは両手で
アクセルは押し寄せる魔物の排除を続け、相棒が集中するための時間をつくる。
やがてグリードの周囲に、緑色に輝く複数の魔法陣が浮かび上がった!
「吹き飛べ! ティルトヴィスト――ォ!」
風の大魔法・ティルトヴィストが発動し、それぞれの魔法陣から高圧の旋風が巻き起こる。風は闇の渦を
そしてさらに魔法陣の数は増え、闇の領域は目に見えて縮小する。
どうやらグリードの隣で彼に続き、アクセルも同じ大魔法を発動したようだ。
「ハッ! 相変わらず良いタイミングだな!」
「まぁな。――あとはオレだけで充分だろう。彼女を迎えに急げ」
「おうよ! 任せたぜ!」
アクセルのおかげもあり、グリードは
地上ではキュリオスらが空を見上げ、早くも大歓声をあげていた。
闇が小さくなったことで、魔物の数も減少したようだ。
「おお、やったのか!?」
「いや、これからが本番だ!」
興奮気味のキュリオスに答え、グリードは急いでレクシィを抱き上げる。
「――どうにか相棒が抑えてる間に、急ぐぜお姫様!」
「きゃっ!? は……はいっ、お願いしますっ!」
グリードは再び空へ向かうべく、運搬用の飛行魔法を唱える。
これは他人を運べる分 速度に劣り、戦場での飛行には適さない。
「これで最後だ! 団長さんよ、援護を頼むぜ!」
「了解した! よし、全軍気合いを入れろ! 彼らに道を切り拓け!」
「アクセル、待たせたな! ってことは、コイツが」
「ああ。おそらくは、な」
「ヴァルナス! やっと……やっと逢えたっ……!」
グリードの腕に抱かれたまま、レクシィは闇色に染まった男に向かって目一杯に両腕を伸ばす。彼女の声に反応し、男――魔王ヴァルナスは、真紅に輝く瞳を見開いた。
「グ……オオ……! レクシィ……ナノカ?」
「そう! そうよ! ああ、ヴァルナス!」
愛する者の名を叫び、レクシィは大粒の涙を流す。
すでに魔王にも敵意はないと判断し、グリードは彼の腕へと彼女を預けた。
「レクシィ……。アイタ、カッタ」
「
「アア……。スマナ、カッタ」
魔王の眼から闇が
すると彼女の
「ありがとう、グリード。アクセル様。――
「ああ! どうか幸せにな!」
「ふっ。再び奇跡が起こらないとも限らんさ。――またお会いしましょう」
手を振る二人の男の目の前で、レクシィとヴァルナスの姿は
運命に
「ハッ、上手くいったぜ。これでゆっくりと宝探しが出来らぁ」
「ああ、そうだな」
そう言って笑みを浮かべるや、グリードは水晶の大地に
「だが、ちぃとばかし疲れちまった。
「ふっ、奇遇だな」
アクセルもニヤリと口元を上げ、
「なんだ? お前も限界だったのかよ」
「まぁな」
「ハッ。抜け駆けされなくて済むってもんだ」
言い終えたグリードは、力尽きたかのように両目を閉じる――。
やがて
それと同時に、遠くからは騎士や街の人々らの、二人を呼ぶ声が響いてくる。
「……どうやら、まだ休ませてくれねぇらしいな」
「ふっ、戻ったら〝英雄グリード〟になるかもな?」
「ハッ、ごめんだね。俺様は、たとえ生まれ変わっても盗賊よぉ」
「ああ。それがいい」
かくして、二人の思いとは裏腹に。アクセルとグリードは英雄として迎えられ、終了間際の世界には、束の間の恒久平和が訪れた。
ほんの数日間ではあるが、人々には笑顔と活気が
そして、ついに〝終わり〟の
闇よりも
深淵よりも深き
ミストリアスの空を、大地を、人々を。
世界のすべてを覆い尽くしていった。
植民世界・ミストリアスは、創造主たる〝偉大なる古き神々〟の手によって、大いなる闇の中へと消滅した――。
――しかし、それでも世界が終わることはなかった。
それは奇跡と呼ぶには程遠い、途方もない努力の
一人の名も無き旅人の、大いなる闇との孤独な戦い。
後に
そして闇の
かつては〝原初の地、ダム・ア・ブイ〟と呼ばれていた島。
その地に
すると周囲を警戒するように、濃い青色の髪を逆立てた少年が姿をみせた。
「
「ジェイド、声が大きい。――ようやく
ニセルは小さく呪文を唱え、ジェイドの隣へ静かに降り立つ。どうやら風の結界を纏うことで、落下の衝撃を打ち消したようだ。
「まったく! 金持ちのニセル・マークスター君が、なんで盗賊なんかやりたがるんだか」
「さあね。初めての友人が盗賊だったから――じゃないか?」
皮肉混じりの台詞とは裏腹に、ジェイドはどこか嬉しげな笑みを浮かべている。
ニセルもそんな彼に対し、ニヤリと口元を上げてみせた。
「ハッ、上等だ! よし、
「ああ。……その名前は、なんとかならないのか?」
「よくわからねぇが、一番しっくり来るんだよ! ほら、行くぜ!」
彼らは親友として、ライバルとして、互いに
天上の
真世界へと駆け抜ける風 幸崎 亮 @ZakiTheLucky
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