第65話 砂の女王の独り言(2)
王宮は、砂漠の街の中心にある。
女王の居室は離れに追いやられており、王宮は、ほとんど商会の支部のように扱われている。私が王宮内に出歩くと、商会の関係者たちにジロジロと好奇の視線が向けられてしまうぐらいに。女王であるのに、肩身は狭かった。だから、一日の大半は居室の中に引きこもって生活している。
私が、ドアの外に出るためには勇気が必要だ。
逆に、ドアの内に入って来る者には遠慮も何もない。
「はーい。今日も、かわいい代行ちゃんが来てあげたよー」
ノック無しで、ドアがバンッと開かれた。
まるで日課みたいに、私はビクッと反射的に背筋を伸ばす。
「あーあー、空気がきたなーい。辛気くさーい。窓は開けてあるのに、この部屋はいつも暗くて、最悪じゃないかなぁ。代行ちゃんが来てあげないと、やっぱりダメじゃないかなぁ」
「お、おはようございます。代行ちゃん」
「女王ちゃん、今日も元気ぃ? ほら、笑えよ。ボクの前だぞ」
サドっ気がグルグルと渦を巻く瞳。
童女のようなツインテール、ミニスカート。
本人が自称するように、可愛いという第一印象を抱く者だって多いかも知れない。ただ、それはどちらかと云えば、子どもの無邪気さに対するものだ。低い背、高い声。十代の頃から変わらない見た目には、エルフの血でも混じっているのではないかと疑いたくなる。この私と、実は、同い年なんて、たぶん誰にもわからないだろう。
商会の代表代行。
実質的に、現在の商会ナンバーワン。
商会の現代表は、何を隠そう、彼女の祖父である。何十年も世界経済を表から裏から操ってきた怪物だが、さすがに高齢となり、近年は体調が思わしくないそうだ。そのため、数年前から、後継者として認められた孫が実務の大半を引き継ぐようになった。
こんなメスガキに商会のトップが務まるのか……?
政財界の関係者は、そんな風に不安を感じたかも知れない。
それも、もはや一昔前の話である。
代行ちゃんは、実力で全員を黙らせた。
「あー、ねー、女王ちゃん、お水が零れちゃったよ」
代行ちゃんは、まるで掃除が行き届いているかをチェックするように室内をウロウロ歩き回った後、水差しを手に取ると、それをケラケラ笑いながらソファーにぶちまけた。
「ねぇ、どうするの? どうすんのさぁ? ボクはどこに座ればいいの?」
「えっ……。あ、その、そ、そうですね……」
私は右往左往する。
代行ちゃんの表情が、ニヤニヤからイライラに変わらない内に、答えを出さなければいけない。
代行ちゃんの手から水差しを引き取り、ひとまず片付けながら、ソファーを急いで拭いている場合では無いだろうと考え込む。それは、間違い。モタモタと無様な姿を見せるのは、その一瞬は代行ちゃんを喜ばせて上げられる。でも、代行ちゃんは短気である。ソファーを一生懸命に拭いているだけの姿は、単調で、退屈で、きっとすぐに怒られてしまう。
結局、私は代行ちゃんの前でひざまずいた。
「わ、私が、椅子になりますので……」
四つん這いになり、「さ、さあ。お座り、ください」と、蚊の鳴くような声で告げた。
「えー。座り心地、わるそー。でも、ねぇ、ボクは優しいから合格にしてあげようじゃん」
代行ちゃんは当然、一切の遠慮なく、私の腰元に飛び乗った。
「あ、ありがとう、ございます……」
「えー。椅子なのに、しゃべんのぉ? 黙れよ」
「す、すみま……っ!」
反射的に謝ろうとした瞬間である。
代行ちゃんは、私のお尻を思いっきり叩いた。
「黙れよ、椅子のクセにさぁ」
代行ちゃんは、さらに何度もお尻を叩いてきた。
「ねえ、返事は? 返事はぁー? 女王ちゃんは、椅子なの? ちゃんと、椅子なのかなぁ?」
楽しそうにケラケラ笑いながら、最後の方は、椅子をガタガタ揺らす行儀の悪い子どもみたいに、四つん這いの私に何度も体重を掛けてきた。腕が震えてくる。もちろん、体勢を崩すことはできない。もしも、私が崩れ落ちて、そのせいで代行ちゃんが転げ落ちるようなことになれば……私にとって、それは想像するのも恐ろしいことだった。
「ねー、女王ちゃん」
実のところ、私はちょっと気が緩んでいた。
なぜならば。
今日の代行ちゃんは、機嫌が良い。
……え、これで?
代行ちゃんを知らない人には、そう思われてしまうかも知れない。
でも、これで代行ちゃんは機嫌が良い方なのだ。
この程度で済んでいることに、私は見事に油断していた。
「ボク、ムカついてるんだよねぇ」
声のトーンが変わる。
私は四つん這いで、顔を伏せたままである。
代行ちゃんの表情は見えないけれど、心底、ゾッとした。
機嫌が良いかと思ったけれど……。
これは、逆だ。
機嫌が悪すぎて、笑顔が多くなっていたパターン。
「ずっと、ずっと、ずっと……探しているんだよ」
代行ちゃんは、私という椅子から立ち上がる。
四つん這いの私をジックリ見下ろしてから、立て、と。
無言のまま、命令された。私は素早く立ち上がる。
「どこにいるのかなぁ……どこにいるのかなぁ……」
迷子の幼子みたいに、頭を抱えながら繰り返している代行ちゃん。
禁断症状みたい、なんて。
私は、思ってしまう。
もしかすると、表情に出ていただろうか……? そんなヘマを今さらするつもりは無かったけれど。でも、代行ちゃんはいきなり激昂した。力いっぱいに突き飛ばされたので、私はそのままベッドに倒れ込む。天蓋付きの広々としたベッドである。代行ちゃんは、ふらふらと糸の切れた人形みたいにベッドに上がって来る。
仰向けの私に、ゆっくり覆いかぶさる。
殴られるかと思った。
ビクッと、身体を強張らせたけれど。
そうではなくて、むしろ優しく、服を脱がされ始めた。
ああ。
今日は、こっちか。
「帝王さま」
代行ちゃんが、恋焦がれる人を想うように鳴く。
「触手さま、帝王さま、触手さま……ねえ、どこにいるんだよぉ?」
三愚姫。
風の噂として広まっている内容は、籠の中の鳥である私にも、少しだけ聞こえていた。
代行ちゃんの愚痴や不満を日々ぶつけられる身なので、三愚姫の一人が代行ちゃんであることは、察するまでも無かった。数か月前に欲望の街から突如として行方不明になったという、代行ちゃんの世界で一番大切な人。商会の代表代行として、世界一の財力を武器とする彼女は、なりふり構わない手段で行方を追っている。
この様子では、成果は上がっていないようだけど。
……。
……。
……ふふ。
私は、気づかれないぐらいに少しだけ、笑った。
「絶対に、見つけてやるんだ」
代行ちゃんは叫びながら、裸になった私を抱きしめる。
子どもみたいな頭を、そっと撫でてあげる。
私は、虚ろな瞳になっていたかも知れない。
空虚な心で、ぼんやり目の前を眺めていた。
代行ちゃんの手で装束を剥ぎ取られた私は、どうしても、見たくもないものを見てしまう。代行ちゃんの頭を何度も撫でている、私の右腕――。偽りの女王である私には、それでも、王家の血が流れている証拠としてのタトゥーが刻まれている。砂の王の一族であれば、子どもの頃に血族の証として刻まれるのが習わしだった。
みんな、死んでしまった。
他人の腕に、このタトゥーを見ることは二度とない。
そんな事実が、今さら、いつまでも悲しかった。
◆ ◆ ◆
【24.06.09】
作者のペンギンです。いつもありがとうございます。
4月下旬にしばらく更新途絶えたままの本作を再開してから、それなりの勢いで続きを書いてきました。本当は自分なりのペースで、無理のない範囲でがんばろうと思っていたのですが、PVやランキングがグングン上昇し出したのは、完全にうれしい予想外でした。おかげさまで、モチベーションをずっと維持して来られました。
色々と落ち着きはじめたり、モチベを削られる意見をはじめて頂戴したり、そろそろ充電期間が必要と感じてしまったため、1週間か、2週間ぐらい……あまり長くならないように気をつけますが、ちょっとだけ休憩を入れさせて頂ければと思います。
更新すると、すぐに読んでくださり、♡を入れて頂いたり、コメントを書いて頂いたり……個別に返事はできていないものの、そうした方々に力強く助けられております。この場で改めてお礼申し上げます。いつも大変ありがとうございます。
普段は足跡を残されないような方々も、よろしければ、このようなタイミングで何かコメントなど残していただければ嬉しいです。それをまた新たなモチベーションに繋げることができれば、本当に最高だなと思います。
もしかすると、休憩期間中に気晴らしの短編など書くかも知れません。
余力と時間があるならばこっちの続きを書けよ、と思われてしまいそうですが、なんというか別腹のデザートみたいものなんです。どうかお許しください。
それでは、近いうちにまた。
引き続き、よろしくお願いいたします。
ハズレスキル『エロ触手』で人生終了……からの、勇者を快楽堕ちさせてしまいゴメンなさい。ドン底からフツーにマジメに成り上がります。 クロノペンギン @Black_Penguin
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