愛され王妃様
いきなり襲撃された寝室で、ベアトリスに即シーツを被せたジンが悠々と笑った。
「遅れてしまったね。妻があまりに可愛くて起き難くて」
「早くしろ!このド変態魔王が!」
「サイラスにだけは言われたくないよ」
「魔王様、王妃様!はよしてやー!みんな待ってるでー!」
珍しくドレスを着たニッコニコのエリアーナが、ベアトリスを連れて部屋から出ていこうとする。
「え、あの魔王様?!今日は何か予定がありましたか?」
「パーティだよ、ベアトリス」
「パーティ?」
「君を泣かせるためのね」
首を傾げたベアトリスは、裸体にシーツ巻きでエリアーナに手を取られた。あれよあれよと連れられて寝室を後にし、膝丈ドレスで可愛く着飾られた。
煌びやか愛らしく変身したベアトリスが、エリアーナに手を引かれてやってきたのは、
アイニャの墓の前だった。
魔王城からやや離れた森の中。麗らかな日の下で、小さな墓の周りには有象無象の魔国民たちが大集合している。あまりの魔国民の多さにベアトリスは驚いた。
「まるで結婚式のような賑わいですわね」
「ドクロコックたちがガーデンキッチンで美味しいもん、山ほど用意してるで!いっぱい食べよな!」
「これは何の騒ぎですの?」
「葬送パーティや、王妃様!」
ベアトリスと同じく膝丈ドレス姿のエリアーナがニッと歯を見せて笑う。葬送パーティの単語にベアトリスの記憶が蘇る。
『美味しいもんいっぱい食べて死んだ奴の周りで踊り狂う儀式や』
(前にエリアーナ様が言っていましたわね)
「ベアトリス、綺麗だよ。短い丈のドレスは刺激的だね」
いつも通り忽然とベアトリスの背後に現れた魔王様に、腰を抱かれた。ベアトリスがまだ状況を掴めないでいると、アイニャの墓の横に立ったサイラスが仕切り始める。
「ド変態夫婦のおかげで!遅れたが、始めるぞ」
サイラスの嫌味な挨拶に魔国民たちはクスクス笑った。
「我らが王妃の、良き友であったアイニャの死を送る儀式を行う」
サイラスがジンに目配せすると、魔王が片手を上げて引き継いだ。
「親愛なるアイニャのために、魔族一同、丁寧に踊り狂おうじゃないか。なあ、みんな?」
「「「うおぉおお!葬送パーティだぁあ!」」」
魔王様の掛け声で、葬送パーティは華やかに始まった。サイラスが指を鳴らすと軽快な音楽が流れ始め、魔族たちは踊り始める。
「アイニャの葬送パーティ?」
ベアトリスが隣に立つジンの顔を見上げると、横入りしたエリアーナが張り切って答えた。
「魔王様がやろうって言うてな。うち大賛成したんや!葬送パーティで送られた命は向こうでメッチャ幸せになるって決まってんねん!」
老若男女問わず、有象無象の姿かたちを問わず、魔国民たちが手と手を取り合い楽し気に踊りだす。
形にハマらない体を揺らすだけの楽しい踊りを各人が披露しては、アイニャの墓をポンと撫でて、また踊る。
「皆さん、アイニャの墓に敬意を払ってくださるのですね……」
「せやで!」
魔族は使い魔の死を悼む気持ちはわからない。だが、友の死を悼む気持ちには共感できた。
「王妃様!うちと踊ろッ!」
「はい、喜んで!エリアーナ様!」
ニカッと笑うエリアーナと両手を繋ぎあって、社交ダンスだなんて言えない手を繋いできゃっきゃ揺れるだけの踊りを始める。
「王妃様、上手やん!へいへい!盛り上がっていくでぇ!」
「エリアーナ様ったら!ふふっ、私こんな楽しい踊りは初めてですわ!」
ふわふわ軽やかな膝丈ドレスが舞って、お尻をふりふり。ちらちら可愛い膝を覗かせて可憐に笑みを交わす二人が、可愛いをまき散らす。
「あーー最高じゃないか、可愛いの嵐」
「お前と意見が合って不愉快だが、それだな」
「「妻が可愛い」」
魔族ツートップの魔王と賢者は、我が嫁たちの愛らしさに青い天を仰いで顔を覆った。ジンが天を仰ぎながら指を鳴らすと、空から赤い花びらが無数に散り始める。
「花や!うおー!魔王様、気がきくやーん!」
「アイニャに花を贈ってくれたのですね!?」
ジンは可愛い妻が踊る光景をますます彩りたいがために花を散らしただけだ。だが、ベアトリスはそうは受け取らなかった。結果オーライ!
ますます盛り上がって世界の可愛いの中心で踊るベアトリスとエリアーナの周りに、アホ可愛い魔族が引き寄せられる。
「王妃様ー!僕も一緒に踊るー!」
「エリアーナ!王妃様を独り占めは」
「いけませんわ」
「わ!」
「うちと王妃様はズッ友なんやで!ふふん!ええやろぉー?!」
「皆さんで踊りましょう!」
羊のツノを生やした少年やイノシシ嬢がやってきて、アイニャの墓の周りで手と手を取り合う輪が広がっていく。
しばらく輪の外で眺めていたジンが輪の中に入ってきた。
「私と踊ってくれないか、我が君」
「もちろんですわ!」
ベアトリスの前で跪き手を差し出す魔王様にベアトリスが迷いなくその手を取り、踊り始める。
「「「ヒューヒュー!ド変態夫婦はお熱いねぇー!!」」」
魔国民から冷やかしが飛ぶ。魔国民たちの輪の中で軽やかに踊りながら、ベアトリスがジンに華々しく笑った。
「葬送パーティは魔王様からの贈り物ですわね?」
「妻になって一年の記念は何がいいかと考えていたんだ。ベアトリスが一番喜ぶものをと思ってね」
魔王様が用意したサプライズプレゼントの輝かしさに、ベアトリスは鼻の奥がツンと痛んだ。ベアトリスがアイニャを愛した思いを大切にしてくれる魔王様に愛が溢れる。
「嬉し過ぎて……泣いてしまいますわ」
きっとこの愛に満ちた儀式を、おじい様も、アイニャも見てくれているはずだ。ベアトリスの踊る足が自然と止まり、目から熱い涙があふれた。
「私に愛されるほど嬉しくて泣く君を、何度でも見たいんだ」
ジンがベアトリスの頬を撫でる。嬉しくて泣く王妃の姿に魔国民たちが衝撃を受けた。王妃の複雑な感情をアホ魔族たちは理解できない。
「王妃様が泣いてる……!」
「ま、まさか魔王様とケンカ?!」
「やっぱりド変態だから嫌に……」
「王妃様、人間国に帰っちゃうんじゃ?!」
「「「え?!」」」
それが正しいかどうか考える間もなく、誰か一人の発言が一気に伝播してしまう。知能の低い魔族の特徴だ。
『【悲報】王妃様、人間国に帰る』の不安に煽られた魔国民たちが、エリアーナ筆頭にベアトリスに駆け寄った。
「お、お、王妃様、帰ったらあかんで!生贄姫は泣いたら帰るけどな?!」
「「「王妃様は泣いても帰らないで!」」」
勝手に勘違いして目を潤ませてきゅるんと懇願する魔国民たちに、ベアトリスと魔王様は顔を見合わせてプッと笑った。
「魔王様、魔国民は本当に可愛らしいですわ」
「君には負ける」
ジンはベアトリスをひょいと抱き上げ、魔国民たちに王妃の顔が見えるようにした。
「さあ私の王妃、その可愛さで、国民たちを安心させてやってくれ」
頷いたベアトリスが、ジンに抱かれたまま溌剌と声を上げる。
「皆様、私は実家には帰りませんわ!私は幸せの泣き虫になってしまっただけです!」
ベアトリスは皆に向かって宣言した。
「私は魔国民の皆様に愛され、魔王様に愛されております。これから私が泣くときは、
愛され過ぎて幸せな時と決まってますわ!」
胸に愛が満ちるベアトリスは、国民が聞き慣れた言葉を贈ることにした。何度も重ねたその言葉を聞けば、皆は王妃がここにいると安心するはずだ。
ジンがパチンと指を鳴らすと、また青空から無数の花びらが降り注いだ。
王妃を祝福する花が舞う。
「皆様!愛され王妃で!可愛くてごめんあそばせ!」
花が舞い、音楽が流れ、国民に笑顔に包まれ、愛する魔王様の腕の中。
ベアトリスは、また泣いた。
【完】
──────────
あとがき
ハーッピーエンドー!!!!
最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!
最後まで読んだよ!の印に
【↓↓下の方にある★】を押してもらえるとめっちゃくちゃ嬉しいです!!
ありがとうございました!
\(^o^)/
〈完〉【離婚前提】の嫌われ生贄姫は、魔国で愛され王妃に君臨いたしましたわ!〜 ミラ @miraimikiki
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