あの日あの場所で

@ranmaru10

第一話 私の場合


1945年8月6日、私はいつものように畑仕事をしていた。最近の日本は米軍からの都市部空襲で生産機能が麻痺し配給生活となっている。その配給ですら、あればいいと思えるような量であまり当てにならない。私の住んでいる街の人々はそういった都合から畑をこっそり作ることにしたのだった。


今日も朝日が眩しい。私は畑仕事の合間を縫って隠し畑がある森の中を散策することを数少ない楽しみとしていた。日本は今大変な状態で私の生活は苦しくなる一方。大本営の発表では連日大戦果を上げているとあるが、東京大空襲や大阪大空襲などが起こった今ではその発表の信憑性は非常に低い。


街では徴兵されて戦地、特に中国戦線に送られていく兵士が連日後をたたない。役人さんは「国のためだから」と語りながら自分たちは戦線に行こうとせず安全圏からただ男だけを徴収している。先月、私と婚約していた幼馴染の良太郎くんも徴兵で引っ張られて行ってしまった。


徴兵される前日に私は彼に会いに行った。一緒に逃げようと説得しようとした。だけど彼は笑って「お国のためじゃない。君のためなのだ。こう言う時ぐらい格好をつけさせてくれ」と言い放った。彼の決意は固かった。私は泣いた。そんな私を彼は微笑みながら優しく抱きしめてくれた。どこか寂しげな目をしながら。私に大丈夫だよと語りかけるかのように、、、


私はその日、意を決して彼と初夜を過ごしたいと告げた。彼は優しく抱いてくれて、全てを受け入れてくれた。私たちは愛を確認するかのように何回も何回も行為に及んだ。それが私には愛されているのだと実感できて、それが嬉しくて、だけどもうこれ以降彼と触れ合うことがないのかもしれないと言う不安もあって、ただそれが悲しくて、嬉し泣きとも悲し泣きともいえない涙をただ流した。彼は今戦地で戦っているのだろうか? 生きているだろうか? 腹を崩してないだろうか?


彼を思いながら空を見上げる。夏の日のじめじめとしたこの空気に合う立派な入道雲を見る。日本の夏の風物詩である立派な入道雲を見ながら私は彼の生存を祈った。


入道雲に願いを乗せて。どうか彼をお守りくださいと、、、


8時過ぎ、私は広島市の配給場へと向かう。配給権を片手に急いで列に並ぶ。



【この日歴史上最も悲惨な大量殺戮が起きることを知らずに】



しばらく列に並んでいると空襲警報が鳴り響く。海軍の呉航空隊が零式戦闘機に乗って迎撃に向かっていくのが見える。大型の四発機が接近しているのを見て、私は急いで列から抜け出し防空壕へと逃げ込む。どこも満員なので人の汗の匂いでむせかえる。


私が防空壕へと入ったと同時に、それは起きた。突如外が眩しく光り輝いたと思えば、辺り一面を燃やし尽くし、溶かし、地獄のような様相へと変貌させた。空にはこの世のものとは思えないほどの巨大なキノコ雲が天高く登っていた。


「うっ」


空襲警報が解除されたので外に出る。酷い刺激臭がまず鼻をついた。最初何の匂いかわからなかったが、徐々に砂埃が収まり、私は絶句した。


指先から爛れた皮膚、天を仰いで死んでいる人、原型をとどめないほど溶かされた人、防火水に群がる子供たち、暑さに耐えれず我先にと川に飛び込む人々、燃えている広島市、、、、、、、


阿鼻叫喚の光景が広がっていた。綺麗だった街並みは一瞬にして地獄へと変貌し、地獄の罪人のように人が彷徨い歩いている。


「ウウウウウ、、、、、、、」


私はその場にしゃがみ込む。ここは地獄だ。人はいつか死ぬ。人の命の数は決まっている。だが、この光景は「命の数は平等でも、お前らの命はこれぐらいの価値でしかないのだ」とでも言われているように感じる。悪魔の前では人の命を奪うなど赤子の手をひねるようなものなのであろう。この光景は、到底人のなせる技ではない。


そんなことを思っている時、ふと覆っていた掌にドロリとした感触がくる。血だ。私は血を流している。怪我もしていないのに。先ほどから頭もくらくらしてきた。目の前に星が舞っている。私はその場に倒れ込んだ。


「おい!! 大丈夫かあんた!!」


誰かが駆け寄ってくるのが見える。貧血と吐き気が猛烈に私を襲う。立ちあがろうとするが自分もなぜが皮膚が爛れていてずるりとこけ、上手いこと立てない。そのうち手はボロボロになった。

走行している間に今度は髪の毛が抜け落ちてくる。あの人が綺麗と言ってくれた私の髪の毛がどんどん抜け落ちる。


「やだ……やだやだやだやだ!!」


必死になって髪の毛を厚めつつこれ以上抜けないように頭を抑える。そんな私の努力を嘲笑うかのように髪の毛はどんどんどんどん落ちていってしまう。


「いやだよ!! 抜けないでよ!! お願いだから!!」


私は必死になって泣き叫ぶ。小さかった時に幼馴染が手入れしてくれた髪が抜けていく。それが私には彼との思い出がなくなっていくように感じた。


ボロボロと涙が溢れてくる。お願いだから抜けないで……彼との数少ない思い出なの……お願い……


人はなぜこのような兵器を作ったのだろう。なぜこのようなことを平気でするのだろう。人はなぜ平気で殺しを行えるのだろう。人はなぜ争うのだろう。


そんなことを思いながら私の意識は永遠に手放されたのであった……



愛する人よ。不平等な命の取り合いの中でどうか私の分も……


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