第29話 流れし涙



 化物と化した彼女は、延々と言葉の羅列を繰り返す。


 あの球体から出たばかりなのか、彼女は覚束ない足取りで前進する。スザクさんの下に。




「お姉ちゃんだよ……タスキ……」


『……惆悵ちゅうちょう。この怨嗟は、断ち切れず』




 スザクさんの呼び声も虚しく、タスキさんだったモノは興味を示さずドンドン近づいて行く。


 化物はスザクさんに手を伸ばし、黒い球を掌に生み出す。


 スザクさんは、その差し出された手を伸ばし、触れようとする。俺は何か身の危険を感じ、スザクさんの下に駆け寄る。


 その球体は、鋭利な棘に変化し、部屋中に突き刺さる。


 その攻撃を間一髪、避ける事が出来た。スザクさんにも怪我は無かったが、実の妹から危害を加えられた為か、放心状態だった。


 その様子を見て、化物は突然、高笑う。




『ウハハハハハッ……』




 突然の奇行に、俺達は思わず後退り、身の毛がよだつ。


 化物は攻撃態勢に入り、俺達も自ずと構える。だが、スザクさんはショックが大きいのか、立ち上がろうとしない。




「立ってくださいっ、スザクさん!」


「タスキ……何で……」




 目の焦点が合っておらず、スザクさんは項垂れるばかり。


 この場を切り抜ける算段をしながら、スザクさんを庇いきれるか分からない。ましてや逃げ切れるのか、それさえ分からない。


 すると、自分の後ろからの鳴き声が聞こえる。


 それはキメラの背中に縫合された山羊だ。


 その鳴き声のお陰か、化物の動きが遅くなっている。そして今度は、尻尾の蛇が毒霧を吐き出し、煙幕を張った。




『逃げるよっ!』




 キメラの掛け声に合わせ、俺達はこの場を離れる。


 メニカがスザクさんを担ぎ、追手が来ていないか確認する。




『マスターッ、来テマスッ!』




 その言葉に俺は振り向くと、跳躍しながら追いかけてくる。


 歯を剥き出しにしながら、何が面白いのか笑いながら迫ってくる。化物は再び、黒い球体を掌に出現させ狙いを定めている。


 このままでは全員、串刺しにされると踏んだ俺は、一人で立ち向かう事を選択する。




「俺が足止めする間に、逃げろっ」


『何言ってんだケイアっ、殺されるぞっ! コイツの手の内なんか分んねぇんだぞ!』




 確かにツバキの言う通りだ。


 でも、生き残る確率は数段上がる。まだ救出も出来ていない中で、少しでも時間が稼げれば。


 俺が構えると、化物は走りながら手を突き出す。球体が針のように伸び、俺の顔面まで迫る。


 その速さについて行けず、避ける事が出来ない。


 終わったと思った瞬間、キメラが俺の襟元を口で掴み、引っ張り上げる。紙一重で避けることが出来、俺の衣服だけが貫通する。




『人間が死ねば、食えるものも食えない。死ぬな』




 キメラはそう言いながら、俺を背中に乗せてくれた。


 俺はキメラの背中を見つめ、ふと名前について気になった。




「君の名前は?」


『名前なんか無い。いつ生まれたのか、誰が創ったのか……何で、生まれたのか』




 走る風で靡く鬣を見ながら、俺は自然と首元を撫でる。


 また無意識に撫でてしまい、また怒られるかと思ったがキメラは大人しく走り続ける。俺は背中に揺られながら、呼び名を考える。




「キラ、なんてどうだ? 今後、呼ぶ時に大変だろ?」


『……好きにして』




 顔は見えないが、キラは少し喜んでいるように感じた。


 そんなやり取りをしている間に、化物は黒い球体を背後に数個出し始める。攻撃が迫る中で、俺はキラに逃げながら自分達の目的を話す。




「キラっ。逃げながらでいいんだが、人が収容されている場所を知らないか? 地下牢で最近、沢山の出入りがあったと思うんだが」


『ここ最近で地下牢の出入りなんて無い。それに、それだけの大所帯なら地上にある広間しか無理。城の中を知ってる訳じゃないから、当てずっぽうだけど……』




 キラの言う通り、普通に考えればそうだ。


 フェヒターさんの話を鵜呑みにし過ぎたせいで、地下牢に居るとばかり思っていた。流石にこの場が、住民を収容できる程の規模ではない事くらい明らかだ。


 俺達は地下牢の出口を探し、逃げながら追手を躱す。


 出口を探そうと模索するが、振り切りながら戦うのは骨が折れる。入り組んだ通路を進み続け、広い場所に辿り着いたが、そこは行き止まりだった。


 俺達はここで戦うしかないと覚悟を決め、化物に向き直る。




「くっ……」




 正直、迷いもある。


 スザクさんの妹さん、タスキさんを安易に傷付けていいのか。何か方法があれば、正気を取り戻す可能性はあるはず。


 だが、そんな余裕は無い。俺達は肌で感じる程、自分の第六感が警鐘を鳴らしている。化物は黒い球体を、一つに纏めて大きくしていく。


 球体は奇妙な動きを見せ、いつでも討てる体勢に入る。


 その時。




「待ていっ!」




 通路から強い光と共に、声が響き渡る。


 何故か声の方から逆光でシルエットしか見えないが、その形に見覚えがある。


 俺がで見た姿と、同じものに見えたからだ。そして、男は突然、何かを語り始める。




「同じ血を分けし姉妹に生まれ、苦楽を共にする唯一の繫がり。そしてそれを母代わりの担い手となり、己が掌でその繫がりを守り通す。人、それを……という」


「――っ」




 それを聞いていたスザクさんが今まで俯いていたのが、男の言葉に目を腫らしながら顔を上げる。


 その謎の言葉に俺は疑問しか浮かばなかったが、スザクさんには何か思い当たる節があるのだろう。


 そして男は、自身の刃を化物に向ける。




「自我を持たぬ獣よ、我が大義に反し行い、目に余る。我が刃にて、成敗してくれるっ。とあっ!」




 口上が長い銀騎士は化物に斬りかかり、剣技で圧倒する。


 正直、何が起こっているのか分からない。この銀騎士は、奴らの仲間じゃないのか。転生神降で、コイツが召喚されたはずだ。


 なのに何故、俺達を助ける。




「チェェェンジッ!」




 無駄に声がデカい銀騎士は、両刃の剣を頭上高く上げる。


 その剣は光に包まれ、形を変えて緑に輝く双剣となった。銀騎士は速度を上げ、相手に隙入る間を与えずに切り裂いていく。


 その足運びに見惚れ、俺は銀騎士を目で追ってしまう。緑の光が残像となって、綺麗に弧を描いている。


 避け切れない化物は、魔法で防御を張りながら後退して行くばかり。


 そんな化物は大きく後ろに後退し、先程まで浮いていた黒い球体を自分の体に取り込む。化物に付いている黒い部分が広がり、液体のように小刻みに揺れる。


 そして再び、銀騎士に正面から向かい、化物は自分の腕で双剣の刃を受け止める。次の瞬間、化物の体から棘が無数に伸びる。


 さっき俺達が受けていた、球体の動きに似ている。


 銀騎士はその攻撃を切り刻んで避けるが、その棘が俺達にも向かってくる。俺達が回避行動を取る前に、銀騎士が双剣を組み合わせてブーメランのように投げる。


 助ける必要も無い俺達を、何故助けた。




「逃げろっ」




 疑念が晴れぬまま、銀騎士は俺達にそう告げる。


 俺達は銀騎士と化物を迂回し、出口に向かう。その時、銀騎士の横を通り過ぎる瞬間、小さい声で彼が呟く。




「その先は、自分で切り開け……」




 どういう意味で言ったのか分からず、俺は銀騎士を横目で見ながら部屋を出る。


 鍔迫り合う音を背中に感じながら、俺達は再び住民達を探しに向かう。迷路のような地下牢を進むと、ツバキが眉間に皺を寄せ、考え込む。




『アイツ、誰かに似てないか……?』


「誰かって?」




 俺は誰かを聞き返すが、ツバキはまた黙り込み、走りに専念する。


 すると、上に上がる階段を見付け、俺達は急いで駆け上がる。長い階段を上り、徐々に辺りが明るくなり始める。


 そして地上への扉を見付け、城内に上り詰める。


 城の中に敵はおらず、静まり返っている。妙な静けさに、俺は少し嫌な予感を感じつつ、全員で探索する。


 キラが先程、言っていた事が正しければ城内で一番広い場所。


 客を招き入れる謁見の間、もしくは城内に入る入り口付近に囚われているか。場所が分からない為、手当たり次第に探していくしかない。


 固まって探そうと提案しようとした時。




「ケイア殿……拙者、タスキの下に戻ります」


「えっ……今もどって、妹さんを助けるのは――」




 俺が話す途中、スザクさんはまた元の道を戻って行く。




「スザクさ――」


『放って置きな、ケイア。唯一の身内なんだ……これ以上言っても、聞きやしないよ。それに、あの可笑しな騎士も居るんだ。無事に帰ってくるよ』




 ツバキに諭され、俺達は目的を果たす為に、先ずは謁見の間らしき場所を目指した。


 ゆっくり城内を散策し、周りを警戒しながら進んで行く。やはり宝石の国なだけあって、中は綺麗な装飾品、研磨された石や鉱石が沢山飾られている。


 様々な宝石を眺めながら進むと、一際大きな扉を見つける。


 その中で話し声が聞こえ、この扉だと思い、俺は直ぐに部屋に向かう。


 だが、ツバキに小さな声で呼び止められる。




『シッ……中から誰か出てくる』




 俺達はそれぞれ大きな柱の陰に身を潜め、様子を窺う。


 中から出て来たのは、僧侶のような恰好をした人物が空中に浮かんで部屋から出てくる。腕に抱えているのは、大きな壺なのか、何なのか分からないが大事に持っている。



 そいつが部屋から離れて行くのを待ち、居なくなるを確認して中へと入る。




「えっ……これだけ?」




 俺は部屋に捕らえられている住人の数に驚く。


 ざっと見ても、しか居ないように見える。いくらなんでも少なすぎる。


 俺達が中に入ると、住人は怯えた様子で小さい悲鳴を上げる。一先ず落ち着かせる為に、俺達は助けに来た事を伝える。




「俺はアナタたちを助ける為に派遣された、オリバー皇国の者です。だから、落ち着いて――」


「ダメだ……どうせ殺される……」




 一人の男性がそう答え、何かに絶望した表情を浮かべている。


 ここに来る間に、この人たちに一体何があったのか。俺は探る前に、手枷をツバキやメニカに手伝ってもらいながら外していく。


 幸い、住人の数が少なかった為、そこまで時間を取られる事は無かった。住民達は安堵した表情や、まだ何か疑念が晴れていないのか、落ち着きがない人もいる。


 先ずは脱出と考えたが、助ける事ばかり気を取られていた為、脱出路をどうするか決めていなかった。




『で、どうすんだ?』




 外は敵軍で横行している。


 敵に発見されれば、この人数を庇いながら逃がすのは不可能だ。脱出路として使えそうだった、地下牢の扉はガーゴイルの襲撃で破壊され、使用できない。


 かと言って、入口から堂々と帰してくれるはずもない。


 思案し続け、俺はある事を思い付いた。




「敵がいない壁を破壊して、そこからコッソリ脱出……できない?」


『先ずは、この城内から安全に出れるか問題だろ』


「そっか……」


『ただ、今はそれしかないな』




 ツバキは俺の作戦に賛同し、メニカもキラも頭を縦に振る。


 それを住民に説明し、脱出路までの道を確保する為に、先ずはこの部屋から出る事にした。




『あれ~? サダルに内緒で殺しにこようと思ったら、こんな所に居たんだ~』

『暇潰しも、たまには役に立つね』




 そこには双子が武器を弄りながら立っている。


 嘘だ、そんな事ありえない。あの時、死んだはずだ。




『そんな……』




 俺の横に居るツバキも、夢でも見ているのかと思う程、瞳孔が開いているのが分かった。


 俺は涙を流しながら、その二人に向かって名前を呼ぶ。




……」




 



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モンスターテイマー 泰然 @ayahi0426

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