第28話 最愛の妹



 アクセルモードに切り替わったメニカに、次々と飛び乗る。


 いつも大勢を抱えるメニカに申し訳なくなった俺は、背中を叩いて気遣う。




「ごめんな、いつも乗せてもらって……」


『負イ目ヲ感ジル事ハアリマセン、マスター。ソレニ……マスターヲ乗セルノハ、嫌イジャアリマセンノデ』




 メニカは伏し目がちになりながら、最後の方が小さく聞こえる。


 それを余所に、早く飛び立とうとしないメニカに嫌気がさしてツバキが背中で急かす。




『早くしねぇと気付かれるぞ、メニカ』


『分カッテイマス。デハ、シッカリ掴マッテクダサイ』


「ま、待ってください、メニカ殿。どれくらい飛ぶのですか……?」




 スザクさんの言葉を待たずに、メニカは直ぐに高度を上げる。悲鳴を上げるスザクさんを無視し、メニカはどんどんスピードを上げていく。


 メニカの起動音に応じて、ハーピーやデビルがその音を聞きつけて近付いてくる。


 地上に居るモンスターに比べて少ないとはいえ、夥しい数が群れを成して襲う。あれだけの数に対抗できる手段があるのか、メニカに聞く。




「メニカっ、アイツらを撃ち落とせる武器はあるのか?」


『眼球カラノレーザー照射ト多段ミサイルガアリマス。他ニモ色々アリマスガ、今ハアクセルモードニヨリ、発射ハ不可能デス。申シ訳アリマセン、マスター……』


「なら、拙者にお任せくださいっ」




 スザクさんが立ち上がり、刀を抜いて構える。


 腕を捩じるように、をとる。その動きに絆され、複数のハーピーがスザクさんに飛び掛かる。


 だが、ハーピーの攻撃は虚しく、全て刀で切り払われる。


 そして、呼吸を落ち着かせながら目では捉えられない突きを見せる。




「乱れ突きっ!」




 複数のハーピーは、胸を穿たれて下へと落ちていく。


 その光景を見たハーピーは、怯んで攻撃を躊躇している。その間にスピードを上げ、ハーピー達を擦り抜ける。


 逃げると再びハーピーやデビルは追い始め、振り払うのが難しくなってくる。


 逃げれば逃げる程、追手の数が増殖していく。多重攻撃が出来ない今のメニカに代わって、俺達で数を減らそうとするが焼け石に水だ。


 苦戦している最中、メニカがある提案を持ち掛ける。




『マスター。私ガ皆様ヲ上ニ投ゲル間ニ、ナチュラルモードニ機構ヲ変エマス。ソウスレバ、ハーピーモデビルモ撃墜可能デス』


「ま、待ってください、メニカ殿っ……。無防備の状態で、空中に投げるんですか……?」




 メニカの体を揺らしながら、スザクさんは涙目を浮かべている。


 会話の最中も、メニカは敵の攻撃を避けながら断言する。




『コレ以外、方法ガアリマセン。スザクサン、ゴ容赦クダサイ。マスター……如何致シマスカ。ソノ先ノ判断ハ、マスターニ委ネマス』




 考えるまでも無く、メニカの選択を信じる。


 これしかないと思った俺は、迷うことなくメニカに指示する。




「やれるか、メニカ」


『愚問デス。私ノ演算能力ヲ舐メナイデ下サイ』




 メニカはそう返し、笑ったように感じた。


 表情は機械で分からないはずなのに、そう感じたのは自分の幻想かも知れない。だが、そんな今のメニカは一際頼もしく見えた。




『暫ク浮遊ヲお楽シミクダサイ』




 そして、俺達はメニカによって更に高い場所に投げられる。


 その間に、メニカはナチュラルモードに移行する。変形した後、姿を目の当たりにする。


 パイルバンカーの巨大な腕が、形を変えて両腕がバルカン砲に切り替わる。背中に内蔵されていた無数のミサイルが展開され、ハーピーやデビルへと狙いを定めている。





『ミサイル、ターゲットロック……。機関砲、照準誤差修正……執行開始』




 その言葉の合図で、一斉に弾丸と誘導弾が発射される。


 凄まじい轟音と発火に伴う眩い閃光、俺は耳を抑えながら、その光景を見つめていた。


 普通の視覚では捉える事の出来ない弾丸に対処しきれず、死んだかも分からずにハーピーは地上へと落下していく。


 ミサイルによる追尾性に、何処へ逃げてもつけ回す物体に怯えながら、デビルの複数は爆発に巻き込まれる。


 あれだけの大群が、数秒で半分以上を殲滅。


 次第にハーピーやデビルの叫びが小さくなり、辺りは徐々に静まり返る。そしてバルカン砲の回転音が止まると、その音が耳で残響する。


 掃討が完了し、直ぐ様メニカはアクセルモードに切り替わり、自由落下してくる俺達を優しく受け止める。




『掃討完了シマシタ、マスター』


「メニカは凄いな、あんな一瞬で――」




 俺が喋りながらメニカを撫でると、体を震わせて拒絶する。




『ヤ、ヤメテ下サイ、マスター……。ソノ……皆サンノ前デ、恥ズカシイデス……』


「ごめん、つい……」




 俺とメニカの間に微妙な空気が漂い、ツバキが頭を叩いてくる。




『終始イチャイチャするな、バカ』


「本当ですよ……。でも、何とか切り抜けることが出来ました。感謝します、メニカ殿」




 スザクさんが謝辞を述べ、メニカは彼女を見つめた後に再び前を向く。


 何も言わないメニカに対して、俺たち三人は笑い合う。


 そして再び、地下扉を探し始める。だが、あれだけ派手にやってしまった為、伏魔十二妖星に気付かれていないかヒヤヒヤしながら飛行を続ける。


 その予感は的中し、後ろから翼がはためく音が聞こえてくる。


 それに全員が気付き、後ろを振り返ると巨大な三体飛んでいる。まさに石像が悪魔を模り、動いているその様は何とも不気味なものだった。


 頭と鼻の部分が異様に発達し、体の線は細く、とても力があるように思えない。


 三体のガーゴイルはそれぞれ、異なる武器を所持している。槍、鎌、斧といった致命傷を与えるには十分の武器を揃え、コウモリの翼を羽ばたかせている。


 徐々に近付いてくるガーゴイルに対し、メニカに加速するよう促す。




「メニカっ、もっとスピードは上げられないのかっ?」


『定員オーバーデス。コレデハ従来ノ飛行は不可能デス。ソレニ……』


「それに……?」


『弾薬は先程、尽キテシマシタ。他ノ兵器デハ、大量ノ電力ガ必要ニナリマス。ソノ攻撃手段ヲトレバ、航行困難トナリマス』




 またしても頭を悩ます事となり、俺達は逃げながら模索する。


 俺とツバキは、踏み込む事で力を拳に与えたり脚を使う事が主である。足場が不安定の為、それが十分発揮することが出来ない。


 スザクさんも同様に、相手を破壊するにも致命傷を与えることが出来ない。


 兎に角、逃げ続けて機会を窺っていると城壁の間裏に扉があるのを発見する。




「メニカっ、あれだっ。あの扉まで飛ばしてくれっ」


『了解デス、コノママ急降下デ加速シマス』




 メニカは地下扉に向けて速度を上げ、ガーゴイルの追跡を振り切る。


 扉が徐々に近付き、頑強な下扉が見え始める。俺はツバキに指示を送り、地下扉を破壊する。




『よっ……オゥラァァッ!』




 ツバキはメニカの背中から飛び降り、勢いのまま蹴りを入れる。


 ツバキのお陰で簡単に破壊する事は出来たが、威力が強すぎて周囲の外壁が崩れ始めた。


 そして後ろからも、ガーゴイルの手が迫ってくる。


 俺はメニカに急かすように体を揺らし、減速せずに穴の中に間一髪逃れることが出来た。


 その瞬間、穴は瓦礫の山に埋もれて道が塞がれてしまう。


 俺は咳き込みながら辺りを見回し、みんなの安全を確認する。




「ゲホッ……みんな大丈夫かっ」


『アタシは大丈夫……』


『私ハ異常アリマセン』


「拙者も……」




 みんな無事で胸を撫で下ろし、メニカはいつものナチュラルモードに戻る。


 ガーゴイルの追っては撒けたらしく、侵入する気配がない。しかし、脱出路が一つ閉ざされた為、他の出口を探す羽目になった。


 何はともあれ、最初の関門をクリア出来た。


 次は地下牢が何処にあるか、その後に住人たちをどう逃がすか考慮しなければならない。


 だが、奴隷売買が行われている場所である為、地下牢も直ぐ近くにあると仮定できる。ここに地下牢が無ければ、この城内を隈なく探す事になるが。


 辺りが少し暗い為、メニカのライトで照らしてもらいながら岩壁の通路を進んで行く。


 進んで行くと、少し開けた場所が広がる。




『……っ。臭いな……』




 ツバキは鼻を抑えながら、そう答える。


 ツバキは嗅覚が鋭いのか、終始、眉を顰めながら歩いている。そして時折、床に乾いた血痕が見え始めた。


 隙間風があるのか、俺の鼻にも嫌な臭いがこびり付いてくる。


 血の臭いだけでなく、腐臭というか嗅いだ事の無いモノが風で流れてくる。


 この開けた場所には、幾つか部屋が点在している。俺は気になって、臭いが一番キツイ扉を開ける。




『ケイアっ、やめ――』




 ツバキが言い終える前に扉を開けると、いつ放置された分からない死体が何体も転がっている。


 


 人間だけでなく、様々な種族が無造作に押し込まれている。


 俺は凄惨な光景と咽返る臭いで、扉からすぐに離れて吐いてしまった。スザクさんは俺の背中を優しく擦り、落ち着くまで横で声を掛ける。


 ツバキとメニカは扉の前に立ち、中の惨状を確認する。




『何でこんなに……。売買目的で閉じ込めてたんじゃないのか……?』


『恐ラク、奴隷トシテノ希少価値ガ無ケレバ……コノヨウニ死体ヲ積ミ上ゲテイタノデショウ。識別デキル範囲デハ、男性ノ割合ガ多イデス』




 メニカの解説のせいで余計に気分が悪くなり、立ち上がるまで時間が掛かった。


 何とか持ち直すことが出来、他の部屋も調べることにした。先程の事もあり、ツバキはその都度、気遣いながら彼女が確認することになった。


 だが、どの部屋も何も置かれていない。閉じ込めるような細工も無い物置部屋の造りばかり。


 全ての部屋を調べ終わり、更に奥に進んで行く。


 すると、物音が聞こえ始めてる。


 明かりを照らすと、そこには檻に閉じ込められたモンスターが辺りに広がっている。小さいのから大きいものまで、種類も多岐にわたる。


 恐らく、お金持ちや愛好家たちの間でペットとして買う為のものだろう。


 俺達が檻の横を通るたびに、威嚇しているのか鉄格子を強く叩いたり噛みついてくる。理性が効いていないのか、モンスターの言葉が曖昧で分からなかった。


 可哀そうだと思いながら、横を通り過ぎると聞いた事のある声が頭に響く。




『お腹空いた……』




 その声を頼りに探していると、見た事のあるモンスターが居た。


 それは、メタルヴェルクのオートマトンが警備していた研究施設で出会っただ。




「君……あの時のキメラ……?」


『あの時の人間……。――ッ、オートマトンッ!』




 俺の存在に気付いたキメラは、その横に居たメニカに反応する。


 キメラの誤解を解き、メニカは仲間だと教えると何とか落ち着いてくれた。それでも疑念が晴れないのか、キメラは常にメニカから目を放さない。


 それより今、俺が気になっているのは何故ここに捕まっているのか。個体としては負けないはずのキメラが、囚われた理由を聞いた。




「何でこんな所に……」


『お前から貰った時から、ずっと何も食べてない。それで近付いてきた人間に、食べ物で釣られて捕まった……』




 お腹が空いて元気が無いのか、蹲って動こうとしない。


 捕らえられてからも、何一つ食料を与えてもらっていないのだろう。


 俺はバッグから、以前キメラに与えたパンを口元に近づける。すると、キメラは匂いに釣られて夢中で頬張る。


 他にも、戦闘食を持っていた為、全てキメラに与える事にした。


 満足したのか、キメラはゲップをしながら満足気に尻尾を振る。




『お陰で何とか死なずに済んだ。ありがと……』




 言い慣れていないのか、キメラは恥ずかしそうに御礼を返す。


 俺はキメラが少し元気が出て安心していると、目を泳がせながら何か考え込んでいる。


 キメラはこちらに振り向き、喋り出す。




『お前と一緒に居れば……食い物には困らないか?』




 俺はその言葉に、一瞬戸惑う。


 真剣な面持ちに反して、返ってきた言葉が食事に関する事だったからだ。オリバー皇国で保護してもらえば、食料に困る事は無いし何より安全だ。




「なら、一緒にここから抜け出そう」




 俺がそう言うと、キメラはう嬉しいのか前掻きをして早く外に出して欲しそうに催促する。


 俺はツバキに頼んで、鉄格子の破壊をお願いする。ツバキは檻の前に立ち、鉄格子を握る。




『火傷するから下がってろ』




 ツバキが促すと、キメラは二歩後ろに下がる。


 ツバキは少し力を籠めると、鉄格子がドンドン赤くなる。一瞬で柵は熔けて無くなり、キメラは檻から抜け出すことが出来た。


 俺は無意識に嬉しくなり、キメラの鼻面を撫でる。


 キメラは嫌なのか、頭を大きく左右に振って拒絶する。




『くすぐったいから、あまり撫でるな……』


「あぁ……ごめん」




 俺は軽く笑い、キメラを連れて住民の救出を再開する。


 歩きながら進むと、スザクさんは隈なく部屋がある場所を確認する。




「タスキ……どこ……タスキ……」




 念仏を唱えるように、小声でスザクさんは妹さんの名前を呼ぶ。


 もちろん無事でいて欲しいのは本心だが、ここに幽閉されているのかは分からない。ましてや、これだけの劣悪な環境で生きているのかも


 俺は心の中で、そう覚悟しながら進んで行く。


 すると、先に重厚な扉がある。扉の左右には松明が飾られ、重要な場所である事は間違いない。


 俺はその扉に手を掛けると、ツバキとメニカに止められて二人が開ける事となった。


 扉の重い音が反響し、恐怖が際立つ。


 開けると、広い空間が広がり、何か音が聞こえる。


 


 音の方に目をやると、奥に切り株の上に座った巨大な四本の腕を有した気味の悪い骸骨が丸いモノを大事に抱えている。


 しかも、音の発生源はあの球体だ。


 全員が嫌悪の眼差しで、球体を凝視する。




『何だよ……これ……』




 ツバキの言葉通り、その言葉しか出てこない。


 それに付け加えるように、キメラが奇妙な事を言い始める。




『自分が閉じ込められてる時、この部屋に連れ込まれる奴隷が多く居た。最初は叫びながら抵抗してたけど、暫く時間が経つと何も無かったように静かになる。まるで、……』




 キメラが言い終わると同時に、球体の鼓動が強くなり始める。


 次第に光は強くなり、何か嫌な予感に駆られる。


 そして、音が無くなり、ゆっくり中からが出てくる。


 それは、悪魔のような見た目で髪や地肌、瞳が白い。人間であれば白目の部分が黒く、頭からは歪な角が生えている。


 体には黒い水がへばり付いているように見え、腕や肩には頭の角のように無造作に生えている。


 人間とかけ離れた存在に、俺は思わず後退る。


 俺が身構えている横で、スザクさんが前に歩き出す。




「スザクさんっ、下がってくださいっ」




 俺の声が届いていないのか、スザクさんは化物に近付いて行く。


 そして、スザクさんは涙を流しながら化物に語り掛ける。




「タスキっ……」




 これが、スザクさんの妹さん。


 見比べれば似ていなくもない。だが、他人の空似の可能性もある。俺はスザクさんに、刀を構えるよう声を張り上げる。




「スザクさんっ! そいつは明らかに人じゃありませんっ! 刀を構えて下さいっ……」


「タスキは化物なんかじゃありませんっ……今もこうして、立っています。それに、拙者がタスキの顔を間違えるはずがありませんっ……」




 明らかにスザクさんは取り乱している。


 早く正気を取り戻そうと、スザクさんの下に駆け寄ろうとした時、その化物が口を開いた。




『愛、絶望、温もり、痛み、永遠、渇望、幸福、破壊、嫌悪、永久、跼蹐きょくせき






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