第27話 邂逅する、ダーク・プリーステス



 俺はメニカに摑まりながら、第二師団と第三師団と追随して進む。


 上空を飛んでいる為、部隊の数が良く見える。見えるという事は、こちらの兵数は明らかに減少しているのも確認できる。


 デューネ帝国までは、まだ時間が掛かる。




「ケイア殿!」




 飛行している最中、下からフェヒターさんの呼び声が聞こえる。


 それに気付いた俺は、メニカに下降するように促す。並走する形で、フェヒターさんが何か言いたい事があるのか、鋭い視線を送る。




「ケイア殿、デューネ帝国には……デファンスの長城とは比べられない程の敵兵が列を成しています。正面の門を突破するの不可能でしょう」


「なら、どうすればいいんですか?」


「デューネ帝国の城は、円形に壁が築かれています。その周辺の何処かに、地下に通ずる扉があると聞きます。その扉は、奴隷商が頻繁に出入りする事で有名です。あくまで噂ですが……」


「その出入り口が、どうかしたんですか?」




 単純な疑問を投げかけると、フェヒターさんは顔を下ろして唇を噛む。


 少しの間、沈黙が流れて再びフェヒターさんは俺を真正面から見据える。だが、何度も視線が泳ぎ、歯切れが悪い。




「フェヒターさん、どうしたんですか?」


「いや……これ以上、ケイア殿を死地に赴かせるのが適切かどうか……」




 フェヒターさんは馬に揺られながら、項垂れる。


 統率者で冷静沈着のフェヒターさんでも迷う事があるのだと、俺は少し微笑む。恐らく、が尾を引いて俺やツバキ達が犠牲になる事を考えたのだろう。



 俺はフェヒターさんに、優しく問いかける。




「……俺はフェヒターさんのように軍を率いて戦況を読む事は、まだ出来ません。ですが、フェヒターさんが知識と経験を考慮した上で自分が最適であれば……俺にやらせてください。そこに、道が開かれているのならば」


「っ……。子供か大人かは、年齢で推し計るものでは無いですね」




 フェヒターさんは向き直り、いつもの瞳の色に戻る。そして、この戦場を切り抜ける作戦を告げた。




「我々、第二師団と第三師団が囮となり、ケイア殿はその地下の扉を見つけてください。城内はそこからしか入れません。敵に察知される恐れがあるので、人数は限られますが……」


「それであれば、俺とツバキとメニカで見付けます」


「これも賭けになるのですが、住民は奴隷の売買で使われている地下牢に閉じ込められている……と思います。生憎、斥候も城内を調べることが出来ませんでした……すいません」


「いえ、明確に目標があるだけでも動きやすいです。その大博打、やってやりましょう!」




 俺が強く返答すると、フェヒターさんは強く頷く。


 俺は作戦をツバキに告げようと近付こうとした時、後ろからスザクさんが馬を走らせてやってくる。




「隊長、拙者にもケイア殿と共に参ります」


「お前は前線の指揮を担当するはずだっ……ドラゴーネ殿が居ない今、スザクとデモンが戦力の要になる。それは許可できない」


「拙者はケイア殿に命を救われた身。彼の仲間であったホテプさんのように、犠牲を増やすのは……拙者の本意ではありません」


「お前はケイア殿の恩義に囚われ、前が見えていない。スザク……お前のそれは、母が子を想うではなく、だ。自分を保とうと、ケイア殿に縋るのはやめろっ……」


「……っ」




 スザクさんはフェヒターさんに叱責され、強く落ち込む。


 そんな彼女を見て、フェヒターさんは溜息を吐きながら続ける。




「だが、ケイア殿と使い魔だけでは心許ない。今回は不問とし、ケイア殿の同行を許す」


「隊長っ――」


「但しっ……必ず全員無事に帰る。これが最優先事項だ。住民の救出が困難、若しくは戦闘続行不可能と判断すれば即撤退しろ……いいな?」


「承知」




 スザクさんは笑顔を取り戻し、俺と共に地下扉を探す事になった。


 ツバキにも作戦を伝え、前を向くとデューネ帝国が見えてきた。


 遠目から既視感のある光景が飛び込んでくる。以前、オリバー皇国が結界を張られていた時を思い出す。黒紫のバリアが、デューネ帝国を覆っている。


 そして、その城の周りには群を為した召喚獣、狂戦士化したゴブリンとオークが列している。


 フェヒターさんは隊列に止まるよう指示し、敵方を見据える。俺はメニカから降り、敵の大軍を頭を振りながら見渡す。


 その遥か後方に、良く見えないが城門の城壁に伏魔十二妖星の面々が横に並んでいる。だが、そこに一人いない為、奇襲を仕掛けてくる可能性が孕んでいる。


 それに注意しながら、潜入する必要がある。


 「今度こそ、失敗は出来ない」、そう呟きながら進もうとすると上空を何かが飛んでいる。


 だ。


 赤黒いドラゴンが、大翼を羽ばたかせながら空に向かって咆哮している。


 そのドラゴンを凝視して、村が焼かれた事を思い出すと同時に、聞き覚えがあった。母さんやイアを殺した、あの時のドラゴンと


 俺はあの時の感情が蘇り、手に爪が食い込む程握り締めていた。




『ケイア……』




 自分がドラゴンに向ける視線が怖かったのか、横に居るツバキが心配の声を上げる。


 俺はその言葉で我に返り、頭を横に振る。


 再度、正面を見ると伏魔十二妖星の後ろから黒い修道服を着た女性が歩いてくる。何処かパラディ―スに似通る部分はあるが、恐らく違う。


 彼女が現れた瞬間、伏魔十二妖星は片膝をつきながら跪いている。


 そして、途轍もない彼女の声が砂上を駆け巡る。




『ジレンマをほじくる囚人たちよ、余はダーク・プリーステス。過去の業すら清める事も忘れてしまった罪人達、この余が臣下たちと共に神の鉄槌を下す。余の雷の免罪符をもって、魂の昇華を誘う』




 魔法か何かを使って拡声させ、コイツが転生神降てんしょうかみおろしで召喚された神だと分かった。


 その横から、気味の悪い台座がゴブリンによって運び込まれる。骸骨を模った椅子、人が一人座れる形をしている。


 また横から、ゴブリンが現れて小さい女の子を引き摺る。


 遠目でも分かる程、女の子が泣いているのが分かる。そして、ダーク・プリーステスが女の子の手を取り、優しく頭を撫でて骸骨の椅子に座らせる。


 女の子が座ったと同時に、骸骨の尖った肋骨が開く。




『此度の聖戦、この場を清める為に血の禊を行う。無垢な純潔を解き放ち、血の涙を流す』


「いやっ……」




 ダーク・プリーステスが両手を広げながら、戦場の余興として女の子を犠牲にしようとしている。


 罪の無い女の子も、怯えながら必死にもがく。


 暴れ出した女の子を制するように、骸骨椅子の肋骨が彼女の体を締め付ける。身体がどんどん締め上げられ、女の子の声がか細くなっていく。




「お父さん……お母さん…………」




 女の子の言葉から、親と兄妹を呼ぶ声が聞こえる。


 その言葉に俺は、妹のイアを重ねてしまう。


 そして思わず、自然に叫んでいた。




「やめろぉぉぉぉ!!」




 絶叫した瞬間、ドラゴンが一瞬、首を動かしたように見えた。


 俺の声に反応したドラゴンは、飛ぶのをやめて伏魔十二妖星の近くに下降する。そして、ダーク・プリーステスが俺を名指しして叫ぶ。




『不義を行いし人間。弾劾すべき標的、暗き道に引き摺り込まんとする悪魔。余に命を代償として贖い、臣下たちの心に至福の息吹を齎すのだ。其奴を殺せば、光の扉が押し開かれ、新たなる世界に移行する。余を信じる者すべてよ……あの者を断罪せよ』




 俺を指しながら召喚獣やモンスターに呼び掛けると、呼応するように雄叫びを上げる。


 その勢いのまま、召喚獣たちは俺達に向かって急駛きゅうししてきた。一直線に雪崩れ込むモンスターに対して、フェヒターさんは陣形を即座に組む。




「太鼓を鳴らせっ!」




 そのリズムは、鋒矢の陣で使われた物ではなく、また違う曲調が軍楽隊によって刻まれる。


 隊列は参列の正方形へと変わり、一列目は片膝をついて盾を構え、二列目は長槍を構え、三列目に魔法狙撃部隊を配置する。


 方陣をいくつも連隊で組み、どの角度からでも攻撃に備えられるよう配置していく。


 陣形が完成し、フェヒターさんの合図を待つ。




「引き付けろ……撃てぇぇぇぇっ!」




 様々な魔法が入り乱れ、召喚獣たちは攻撃の的に晒される。


 それを擦り抜けるモンスターには、一列目の大盾で攻撃を防ぎ、二列目の長槍で突き刺し、息の根を止めていく。


 後方ではフェヒターさんが指揮を執り、前線ではデモンさんが敵が集中している箇所に向かい、自由に奮闘している。




『斬り込み隊長、デモン・リッベントロップ。手柄が欲しくば、ウチの首……獲りに来いっ』




 居合いの構えから、次々と召喚獣を撫で斬りにしていく。


 霹靂神流を駆使し、圧倒的な力量を見せつける。


 そして、隣に居たフェヒターさんが俺に声を掛ける。




「ケイア殿っ、行ってくださいっ。ここで我々が食い止めます、その間に住民の救出を……お願いします」


「……はいっ」




 俺はその言葉に強く頷き、スザクさん、ツバキ、メニカと共にデューネ帝国の地下扉を探しに向かう。


 先ずは敵の目を掻い潜る必要がある。正面突破で敵の数を減らしながら、活路を開くか。敵の警備が薄い場所を狙って、地道に地下扉探し出すか。


 考えを巡らすが、どちらも得策ではない。


 多勢に向かうのも、こちらの数が不利。そして、敵勢力に薄い部分などは無く、十万の兵力が砂上を埋め尽くしている。


 良い案は無いかと、額を叩きながら模索する。


 すると、メニカが何か思いついたのか、空に指をさす。




『マスター。地上ガダメデアレバ、空ヲ飛ブノハドウデショウ。上空デアレバ、敵モソコマデ多クアリマセン』


「空……?」




 確かに、上空であれば扉の確認も容易く、数で潰されることはない。


 そうと決まれば、俺達はメニカの背中にギュウギュウになりながら飛び乗る。






























『やっと辿り着きましたね、ケイアさん』




 私は城壁で仲間達と共に、ケイアさんを迎える準備を整える。


 私が鉤爪をカチカチ鳴らしながらほくそ笑んでいると、ダーク・プリーステスが声を掛ける。




『アルゲ、後の事はお前に任せる。あの小僧が、この世を脅かす存在には到底は思えん。お前の読み違いではないか?』


『あの少年を見誤るのは早計です、プリーステス様。放って置けば、いずれ貴方様の脅威と成り得ます』




 ダーク・プリーステスは言葉を返さず、鼻で笑って去ろうとする。


 それを引き止め、殺し損ねた少女の処分はどうするか聞いた。




『プリーステス様、この少女はどうなさいますか?』


『小僧に阻害され、興が醒めた。返報として、小僧の目の前で少女は殺す。そいつはそのまま、椅子に繋いでおけ。小僧は近付き次第、余に伝えろ。余が直々に始末してやる、両人共々な』




 顔は隠れて見えないが、フードの下で笑っているのだけは分かる。


 ダーク・プリーステスは、ゆっくり城の中へと戻って行く。


 私は戦況を見て、仲間の割り振りを決めていく。




『では、アクベとアンタとアルレは敵の体勢を崩してきてください。ついでに、数を減らせれば――』


『嫌よ。何でわたくしたちがそんなこと』




 疑問を投げかけてきたのは、アンタだった。加えてこの三人は、指示をしても全く動こうとしない。


 こいつらは本当に動こうとしない。


 私は笑顔を引き攣りながら無駄だと判断した為、他の仲間に指示を促す。




『そ、それでは……ハマルとレグルとズベンで、戦況を撹乱してきてください』




 三人は小さく頷き、早速向かって行く。


 その横で、小さく飛んでいるカストが瞳をキラキラさせながらこちらに視線を送る。




『サダルとカストは城内の見回りをお願いします』


『分かり申した』


『えぇ……それじゃ詰まんない』

『殺せなーい』




 サダルは快く請けてくれたが、カストは不服なようで、侵入者は皆殺しでと言うと何とか承諾してくれた。


 そして、私とアルデとスピカはケイアさんを迎えようと、彼の下に赴く。




「少しいいか」




 私たち三人は、後ろを振り返ると転生神降で飛ばされて来たムラクモが呼び止める。


 また意味の分からない事を言い出すのかと思ったが、鋭い口調で言い放つ。




「あの少年の始末は、私に任せてもらおう」




 何を言うかと思えば、こんな大役を新参者の鎧男に任せる事など出来ない。


 私は語調を強く放ち、反論する。




『誰がアナタにケイアさんを殺す命令が下せますか。私達だけで十分です。アナタは精々、砂塗れになりながら戦場に――』


「一度、敗れた身でまた挑むのか?」




 その言葉を聞いて、私たち三人はムラクモを睨み付ける。


 あの時は負けた訳では無い。あの紅いオーガの進化で不意を突かれただけ。数で押せば、ケイアさんは我が掌中に納まっていた。




『あ、あの時は、ただ不意を突かれただけですっ。今度は、我が手にケイアさんを――』


「話にならない。私が始末する、お前達は奴らと砂遊びでもしていろ」




 そう言いながらムラクモは、三人の横を通り過ぎて行く。


 私は煮えくり返りそうな怒りを、空に向かって言い放つ。




『バカにしやがってぇぇぇ!』




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