第26話 蒼き龍鱗



 壁になった召喚獣たちに、ドラゴーネさんが槍を大きく振り払う。




『じゃぁぁああまだぁぁぁっ!!』




 その一振りで、多くのモンスターが吹き飛ばされ、再び長城の門が見える。


 ドラゴーネさんは助走を付けて、先程と同じよう槍を門に突き立てる。




『氷槍撃ィィィッ!!』




 最初の一撃は穂先に氷が覆っていたが、今度は槍すべてが氷漬けに変わった。それが防御魔法に接触し、大きな凹みが生まれる。


 その時、俺は結界が「破れる」と思った。


 だが、徐々に押し返され、ドラゴーネさんは俺の下に跳ね飛ばされた。




「だ、大丈夫ですか?! ドラゴーネさんっ……」


『何とかねっ……。それにしても、ちっとも破れやしない。どうしたもんかね……』




 俺が起こそうと手を貸す。




「冷たっ……」




 彼女の手に触れると異常に冷たい。


 よく見ると、で掌が黒く変色している。先程の無理が祟ったのか、自身へのダメージが大きい。


 あの技は、かなりのリスクを背負って何度も出せるものではないらしい。


 俺がそう思っていると、ドラゴーネさんの凍傷がみるみる良くなっていく。




『驚かせたね。アタイは少し特異体質でね、が可能なのさ』




 彼女の手は傷一つ残らず、綺麗な肌に戻っていった。


 そして後ろから、ドラゴーネさんの側近なのか、人間の男性が近づいてくる。


 彼の名は、。ドラゴーネさんを最も慕う人物らしい。頻りに彼は、ドラゴーネさんの心配をして今にも泣きそうな表情を浮かべる。




「姐さんっ……大丈夫ですか!?」


『大袈裟だね……吹き飛ばされたくらいで、仔犬みたいに泣くんじゃないよ」


「ですが――」


『アンタはゴブリンとオークの世話でもしてきな。アタイの周りをウロチョロされたら、踏み潰しちまうよ』




 その言葉を聞いたアンブルさんは、踵を返して自分の持ち場に戻って行った。


 そんな彼の哀しそうな後ろ姿を見ながら、ドラゴーネさんの方に顔を向ける。彼女もまた、彼を見つめてどこか辛そうな顔を浮かべて、再び敵の方に目を向ける。




『すまなかったね、坊や。見っとも無いバカ兵士で』


「いえ……」


『さて、ここからどうするか』




 ドラゴーネさんは槍を自分の肩に当てながら考えていると、俺はある事を思いつく。




「ドラゴーネさん。俺に良い考えがあります」


『何だい?』




 俺は彼女の耳に近付き、門の打開策を伝える。それを、スザクさんとデモンさんは不思議そうな目線を送る。


 ドラゴーネさんはニヤリと笑い、面白いと言った表情で俺の方を向く。門に辿り着くには先ず、邪魔な召喚獣を殲滅する必要がある。


 それを、スザクさんとデモンさんに協力してもらいながら前進し、ドラゴーネさんと協同で防御魔法と門を破壊する。


 それぞれ散開し、一発デモンさんは数が集中している場所に打ち込む。




『霹靂神流……渦雷ッ!』




 上段から大きく振り下げると、地面を這うように雷が伸びていく。


 それがモンスターに直撃した瞬間、竜巻が発生して突風が巻き起こった。渦に呑まれたモンスターは、砂と雷により体の原形が無くなり、バラバラになっていく。


 デモンさんの後ろからスザクさんが走り抜け、刀を抜いて構える。




狂独楽くるいごまッ!」




 召喚獣の一体を斬り捨てた後、スザクさんは大群に向かって体を回転させ、無差別に切り刻んで行く。


 そのお陰で、長城までの門の道が開いた。


 俺とドラゴーネさんは門を目指して疾走する。その門まで近付き、先ずはドラゴーネさんが氷槍を門に突き立てる。


 そして、そこに俺が槍の持ち手の先端部分を掌で火背拳を放つ。




「火背ッ!!」

『氷槍撃ィィィッ!!』




 二人の技が合わさり、強烈な水蒸気が辺りに広がる。


 それが圧力となり、爆発的な速度のまま防御魔法に接触する。




「壊れろぉぉぉぉっ!」

『壊れろぉぉぉぉっ!』




 防御魔法は大きく形を変え、凹み始める。


 そして遂に、防御魔法がガラスの洋右に罅が割れて瓦解する。


 鉄壁を誇った防御魔法は崩壊し、門も破壊に成功して兵士は皆、雄叫びを上げる。




「『おおおおおっ!!』」





 喜ぶのも束の間、後方で戦闘していたフェヒターさんが号令をかける。




「陣太鼓を鳴らせっ!!」




 無数の戦太鼓の軍楽隊が一斉に整列し、一定のリズムを刻み始める。


 体を突き抜ける程の音が駆け巡り、第二師団と第三師団が突撃体制に入った。そして、フェヒターさんは馬上から腕を大きく掲げて長城の門に向かって振るう。




「デファンスの長城はドラゴーネとケイアによって崩壊したっ! これから我々はデューネ帝国に向かい、囚われの民を救い出す! 全軍、鋒矢の陣にて突撃するっ!」




 俺は馬を捨ててしまった為、メニカの肩に捕まって後に続く。


 門を潜り抜け、デューネ帝国を目指して走り出す。その横でドラゴーネさんは立ち止まり、体を敵方に向ける。


 それで俺は、思わず叫んだ。




「ドラゴーネさんっ……」


『しっかりおやり、坊や。ちゃんと連れ帰って、アタイの下に戻ってきな。それまで……ここは守ってあげるよ。勝手に死んだら……お尻引っ叩くからね」


「ドラゴーネさんもっ……死なないで下さいっ」




 ドラゴーネさんは槍を砂に突き立てたまま、後ろ向きで手を振る。


 それが途轍もなく、カッコよくもあり、頼もしかった。


 同時に、俺の心には寂しさが残り、何度も心の中で「死なないで」と念じ続ける。



























『大した坊やだよ、アンタは。始めて見せた技を使って、協同で門を破壊するとは……ウチの部隊に入れたいくらいだよ』




 アタイは小さく呟き、向かってくる召喚獣やモンスターを見据えて殿部隊に伝える。




『お前達っ! ここからが踏ん張りどころだっ! アタイらが壊滅すれば、部隊は挟み撃ちに遭っちまう。死力を尽くして護り抜き、アイツらの帰りを迎えようじゃないかっ!』


「『おおおおおおっ!』」




 一斉に槍を敵方に向け、モンスターを迎え撃つ。


 敵の要を失った今、敵方の陣形は崩れている。少数であっても、持ち堪えることが出来ればアタイらの勝ちだ。


 アタイは積極的に召喚獣を狙い、他はゴブリンメイジやオークを任せた。


 敵は凶暴化しているとはいえ、圧倒的に練度が足らない。圧倒的な強敵も居なければ、奇策もある訳でもない。


 この中にはが見当たらない。


 そんな違和感を覚えながら、悠々と召喚獣を倒していく。


 次々と敵の数を減らす中、デファンスの長城の壁に沿って砂煙を上げた何かが迫ってくる。




『何だい……ありゃ』




 それが徐々に近付き、姿が見えるようになってきた。


 くすんだ金のフルプレート、質素で巨大なランス、ゴツゴツとした大盾。下半身は馬の見た目の為、ケンタウロスだと判断できた。


 そいつは敵味方関係なく、ランスと盾を構えて突進してくる。


 アタイが身構えていると、その敵は自分の前で停止する。




『誰だい……アンタ』


『小生……射手の加護を受けし者、ルクバ』




 こいつが伏魔十二妖星の一人。


 只ならぬ気配を、兜越しからでも分かった。ランスも長く、アタイの下まで届きそうな勢いがある。


 ただ、アタイは引っ掛かっている。


 何故、今更になって駆け付けたのか。防御魔法が破壊される前に来た方が、時間も労力も掛からない。




『何でアンタ、今更来たんだい? お腹でも壊して、トイレにでも行ってたのかい?』


『先ずは敵の動きを探るが先決。小生が前に出れば、自分の手の内を晒す事となる。そして、数は少ない方が有利』


『ハッ……姑息だね。だからフルプレートで、自分を固めてるってことかい? 指揮する奴がいないから、妙だとは思ったけど……とんだ拍子抜けだね』


『煽動はいい。貴様を倒してしまえば、先行した部隊も時間の問題で死んでいく』


『アイツらはそんな軟じゃない。そして……アタイも死に際が一番しぶといからねッ!』




 即座に駆け出し、相手の懐に入る。


 槍を短く持ち、鎧が覆われていない関節部分を狙う。だが、それは未然に防がれ、大盾でカウンターをくらう。


 瞬時に腕でガードした為、そこまでダメージは大きくはない。鱗は少し削れたが、それも自分の自己再生で修復できる。少し後退し、腕に息を吹きかけながら気遣う。




『ふぅ……当たり前だけど、邪魔な盾だね』


『ドラゴニュートの魔人なだけあって、鱗は頑丈なようだな。貴様、名前は?』


『そっちが名乗ったなら、こっちも教えないとね。アタイは、蒼き氷槍のドラゴーネ。槍の使い方なら、右に出るのはいないよ』


『そうか……。ではドラゴーネ、小生がただの脳筋ではない事を証明しよう』


『何だい、急に――』




 そう言うとルクバは、ランスと大盾を背中に仕舞い、腕を大きく広げる。そして、叫んだ。




『空中分解……クレイモア』




 後ろで戦っていた兵士たちの頭上付近が光り出し、爆発を起こした。


 それが何個も連鎖し、光の刃が中心から飛び出す。それを至近距離でくらえば、避ける事は先ず不可能。


 兵士たちは次々と光の刃により、串刺しになっていく。




『お前達っ、待ってろっ――』




 それを助け出そうと動こうとした時、自分の目の前にも光の玉が浮かび始めた。


 アタイは瞬間的に後方に下がったが、円形状に広がる刃を避ける事が出来ない。顔だけでも守ろうと、両腕で覆う。


 偶然にも顔には飛んでこなかったが、体に数か所、貫かれる。




『ぐっ……トラップ魔法かっ……。動いて作動するタイプだね……』


『その通り』




 ルクバは何を思ったのか、自分で兜を取り始めた。


 そしてその下には、気色悪い程の笑みを浮かべている。




『ドラゴーネ、気付いてるか? 小生が駆けた場所でしか発動していない事を』




 言われてみればそうだ。


 最初に特攻してきたルートからしか発動していない。それを会話と戦闘をしながら、後ろで密集したタイミングを狙って発動させている。


 またルクバは不敵な笑みを浮かべ、ベラベラと喋る。




『それにだ。あれだけ砂煙を出しながら陽動すれば、注意が向く。特攻しながら詠唱すれば、手の内など分かるはずもない』


『随分とお喋りだね。そんなに明かして、優越感にでも浸ってるつもりかい……』


『貴様らのように頭の足らん奴に教えているだけだ、バカ共がっ』




 その言葉を吐き捨てるよに言われ、アタイは奥歯を噛み締める。


 すると、奥で自分の部隊の兵士がまだ息があった。目と体中を光の刃で貫かれても、必死に手を伸ばしてくる。




「姐御っ……。姐御だけでもっ……逃げて――」




 彼が言い終わる直前、ルクバはうるさいと言った表情でランスで薙ぎ払った。


 それが致命傷となり、彼の体は一つも動かなくなった。


 それを目の当たりにしたアタイは、血が煮えたぎる程、頭に血が上る。ルクバはその兵士を尻目に、ゴミを眺めるように言った。




『これだから人間はっ……。御主が毛嫌いするのも分かります、ピィピィと啼いて耳が痛い』




 我慢の限界だった。


 槍を持つ手を握り締め、体が小刻みに震える。


 一緒に飯も、訓練も、酒も飲み交わした仲間をという一括りで侮辱したコイツが許せない。




『お前ぇぇぇぇぇっ!!』


『ふんっ……』




 アタイは槍を滅茶苦茶に振り、ルクバの大盾に叩きつけた。


 気持ちを落ち着かせないと、頭の中では分かっていた。だが、仲間を辱められて冷静になどいられない。


 ただ……ただ奴を、殺す。




『ぁぁあああっ!!』


『槍は叩き付ける物ではないぞ』


『お前が……決めるなぁぁぁぁっ!!』




 攻撃は全て防がれ、無意味に振るったせいで自分の体力が消耗していく。息切れを起こしながら、槍を大きく振りかぶるが同じように盾でカウンターをくらう。




『がっはっ……ハァハァ……クソッ……』


『これで終わりか? もう、こちらの隠し玉を出す必要も――』


「姐さんっ! 頭を冷やしてくださいっ!」




 横に顔を向けると、そこにはアンブルが居た。


 召喚獣や他のモンスターと戦いながら、声を大きく張る。




「姐さんならっ……そいつを絶対倒せますっ。俺はっ……信じてますからっ、姐さんがどんだけ強いかっ。どんだけ俺がっ……姐さんの側で見てきたかっ。どれだけ俺がっ……姐さんのことっ、大好きかっ!」


『アン……』




 どさくさに紛れて、コイツは何を言ってるのか。


 ただ、アンのお陰で頭はスッキリした。


 こんな姿じゃ、仲間が素直にあの世に旅立てない。


 踏ん張れドラゴーネ。ここが正念場だよ。




『ふんっ!』




 アタイは自分に刺さった光の刃を気合いで抜き捨て、ルクバに向き直る。


 奴の気味の悪い笑みが少し歪み、眉間に皺が寄る。アタイは逆に、歯をむき出しながら満面の笑みで返す。




『悪かったね、見っとも無いとこ見せて。ここからが本番さ、蒼き氷槍の異名……とくと見せてやるよっ!』


『錯乱させ、止めを誘おうとしたが……その男に救われたな』


『ふんっ、そいつだけじゃない。アタイには、最高の仲間が今も戦ってる。ここに居る全員、身内でも知り合いでもない民間人を助けようとする……鹿。悪いけど、アンタの命は今日で終わりだよっ!』




 体を低く保ち、槍を足下に向ける。



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