第15話 新人残機
「やっと終わった……」
報告書を作成が終わり、僕は腕を回しながら午後休憩の為に休憩室へと向かう。
「おい、聖川」
「あれ? 新江田? どうしたの?」
休憩室のドアノブを掴もうとすると、背後から声がかけられる。聞き覚えのある声に、振り向くと同期の新江田が立っていた。
彼とは入社する前のオリエンテーション時からの知り合いである。入社してからは配属先が異なり、お互い忙しいこともあり顔を合わせることもなかった。久しぶりに見る同期は、何故か顔色が悪く、以前よりも瘦せた様に見える。
「なぁ……俺以外の同期に会ったか?」
「え? いや……会ってないよ。皆、忙しいのか同期と会うのは新江田がはじめてだよ。それよりも、顔色が悪いよ? 大丈夫?」
同期との再開に嬉しさがこみ上げてくるが、彼の顔色が悪いことが心配だ。少し俯く彼の黒い瞳は不安気に揺れ、目の下には黒い隈が出来ている。寝不足な様子だ。何か心配事を抱えているのかもしれない。
新社会人は新しい環境に慣れず、ストレスから不眠になることもあるらしい。彼が同期である僕に声をかけてきたということは、何か相談事の可能性がある。彼が話始めるのをじっと待つ。
「いいか……聖川。此処は、この会社は……」
彼は意を決したように、黒い瞳に僕を映すと重々しく口を開いた。如何やら相談内容は会社についてのようだ。新江田が次の音を発するのを静かに見守る。
「やあ、何か困りごとかな?」
不意に花園課長の声が響き、新江田の後方をみると課長が微笑んでいた。
「……っ!?」
「あ、花園課長。お疲れ様です」
新江田は急な課長の登場に大きく肩を跳ねさせた。急な上司の登場は新人社員にとっては、少し心臓に悪い。加えて今は、新江田が不眠症になる程の相談内容を話していたのだ。顔を合わせ辛いものがある。僕は同期を課長の視線から遮るように、前へと出た。
「二人で何か相談事かな?」
「いや……まあ、そんなところです。久しぶりに会えたので……」
笑顔を湛えたまま、課長は首を傾げた。新江田が抱えている相談事の内容を知らない為、僕は曖昧な返事をする。
「良ければ、私が話を聞こうか? 新江田くんの直属の上司ではないけど、力にはなれると思うよ。聖川くんの、同期でもある新人くんを放っておけない」
「花園課長……。どうする? 新江田?」
課長は不思議なところがあるが、色々と僕のことを気にかけてくれる良い上司である。新江田へと振り向き、小声で課長からの提案を受け入れるか確認をする。
「……っ、誰も居ないところでなら……」
彼は少し視線を迷わせた後に、小さく頷き返事をする。
「では、私の部屋にしよう。先に私が話を聞いて、聖川くんにも後から聞いてもらうという形でいいかな?」
「……はい」
提案の提案にも新江田は頷く。彼の相談事は分からないが、僕よりも課長の方が力になれそうである。一応僕にも相談内容を伝えられるようだ。
「聖川くんも休憩時間だから、五分後に私の部屋に来てくれるかい?」
「分かりました。新江田を宜しくお願いします」
「勿論だよ」
課長が来てくれて良かったと思いながら、二人を見送った。
〇
「花園課長、聖川です」
「どうぞ、入って」
新江田のことが気になり早々に休憩を終えると、課長の部屋をノックする。
「失礼します……あれ? 新江田はどうしました?」
「嗚呼、彼は配属先に不安があってね。それで配属先を変える事を、私から上に話をすると伝えたら喜んでいたよ」
入室すると花園課長が植木鉢を手に立っている。同期の姿が見えないことに首を傾げるが、如何やら悩み事が解決し退室したようだ。色々と話しをしたかったが、手続きがあるだろうから仕方がない。彼が落ち着いた頃に連絡を取ろう。
「そうですか……」
「寂しいかい?」
「いえ、悩み事が解決出来たようで安心しました。お力添えありがとうございました」
「いやいや、私に出来るのはこれぐらいだからね」
相談事は僕ではどうすることも出来ない内容だ。矢張り課長が居合わせてくれて良かった。改めて感謝を伝えると、彼は柔和な笑みを浮かべた。
「課長、新しい花ですか?」
不意に花園課長が手にしている、小さな植木鉢が気になり訊ねる。花をつけていない、緑の葉を数枚生やしている植木鉢だ。課長は草花が好きで、部屋やオフィスには観賞用の植物が飾られている。無機質なオフィスの癒しだ。
「嗚呼、この子は新人でね。九十九番目の子だよ」
慈愛に満ちた瞳で、植木鉢をソファーテーブルの上に置いた。
不思議と同期の人数と同じ数だった。
怪社日誌 星雷はやと @hosirai-hayato
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