第95話 明日へ
*****
リシュールが父と再会した日から、丸三年の月日が流れた。
穏やかな暖かさが春を感じさせるその日に、リシュールの
「こんにちは」
「シルヴィスさん、いらっしゃい」
リシュールは家のドアを開けると、シルヴィスを招き入れる。
昼時ということもあって、暖炉の火もいらないくらい空気が暖かい。
「こっちに来るのは久しぶりだな」
シルヴィスはそう言って中に入りながら、春らしい色をした
「最近、お仕事が忙しそうでしたもんね」
するとシルヴィスは肩を
「貴族のご子息とご令嬢が、集まって騒いでいたからね。そういうリシュは、アルトランにある部屋と、こっちの家の行き来は慣れたか?」
尋ねられて、リシュールは少し悩む。
リシュールとクモイは、三年前から、こことアルトランの家を行ったり来たりしていた。リシュールの父・リヒテルの看病をするためでもあるが、リヒテルが亡くなってから、この家はリシュールに相続されたのである。
だが、リシュールはアルトランで仕事をしているため、まだ引っ越しは考えられない。そのため、現在二拠点での生活をしているのだった。
「まだ慣れないですね。春から秋口までは
シルヴィスは「そうだよな」と言うと、リシュールに紙袋に入れた
「あ、店のお菓子とお茶を持ってきたぞ。もちろんお茶は、ルヴァリシュルだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
リシュールはそれを受け取ると、玄関から入って右側にある調理場のほうへ持って行く。そこではすでに
リシュールが居間のほうへ戻ると、シルヴィスは長椅子に座りながら、あの「絵本」の話をしてくれた。
「今日、喫茶店側のほうを
「本当ですか? 嬉しいな」
「『表紙の空がきれい』って言っていたよ」
表紙は、一番最後の挿絵と同じものが使われている。
その絵は、城を遠くの山の上からウーファイアが見ている後ろ姿が描かれた構図なのだが、挿絵ではウーファイアに寄せているのを、表紙では引きで見ているようにして、空を大きく見せているのだ。
リシュールの得意な空の絵ということもあって、気に入ってもらえたのは素直に嬉しかった。
「あと、案外『ウーファイア』の顔がいいみたいでね。
リシュールは「そうですか」と言って苦笑する。
「マリのことを良く描けなくて笑っていない顔になっている」というのは、シルヴィスしか知らない。そのため彼は、母親たちがどういう風に捉えているかをリシュールに、そっと教えてくれているのだ。
「でも、これからですよね」
絵本の役割は始まったばかりである。
これから、人々に「魔法具」のことが周知され、興味を持たれたとしても、下手に手にしてはいけないことが、
「そうだな。でも、待つのは得意だから、気長に待つさ。それに今のところは順調に本も売れているみたいだし。お陰で魔法具を探すための資金も得られて、助かっているよ」
「それならよかったです」
リシュールは笑うと、シルヴィスの隣に座って、今度は父のことについて話した。
「そういえば、父の絵なのですが、アルトラン美術館で特別展が開かれることになったんですよ」
「本当に?」
シルヴィスは嬉しそうに笑う。
「はい。私が父からもらった絵と、パトロンになっている貴族の方が持っている絵から、これからの時期にふさわしい、春から夏に作品を選んでもらって、展示される予定です」
「よかったじゃないか」
「父が亡くなってどうなるかと思ったんですけど、『リヒテル・ターナー』の絵を待ち望んでいる方がいらっしゃったお陰です。私もクモイも行くつもりなので、シルヴィスさんも一緒に行きませんか?」
「それはいいね。俺が、社交界で唯一まともに話せる芸術の内容になりそうだ」
「またご冗談を」
「冗談じゃないさ。——ところで、クモイは? ひと月前から、大陸の西側に魔法具を探しに行っているだろう?」
「予定だと今日中に帰ってくるはずですよ」
リシュールがそう言って、後ろにある窓を見ると、ちょうど砂色をした春用のコートを羽織った人が、こちらに向かってくるのが見えた。
「あ」
リシュールが声を
「帰ってきたみたいだな」
「はい!」
返事をすると、リシュールはすぐに長椅子から立ち上がって玄関に向かう。すると、ドアが開いた。
「ただいま帰りました」
クモイはリシュールを見つけると、灰色の瞳を細めて
「おかえり、クモイ!」
リシュールはクモイを家の中に入れると、これからのことを、いつものように三人で話し合うのだった。
(完)
リシュールと魔法使いの秘密 彩霞 @Pleiades_Yuri
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