第4話 ずっと一緒に
増産のために更に株分けしてほしいと言われたので、先日業者がエステラの家に来て、庭に咲いている半分くらいを持っていった。
百貨店側は大金を出してくれて、しばらくは働かなくても暮らしていけそうではあったが、エステラは刺繍とレース編みを続けた。
今日も町へ卸に行ってきた。
だが帰ってきたら、庭が荒らされ、白い花は根こそぎなくなっていた。
泥棒かと思ったが、家の中は荒らされていなかった。
噂を聞きつけた何者かが高く売れる花を持っていってしまったのだ。
呆然と立ち尽くすエステラのところに、村の消防団のホアンが駆けつけてきた。
「大変だよ、エステラ。町で魔物が出たんだって」
騎士隊では歯が立たず、首都から魔術師、近隣から冒険者を募っているという。
町の人が避難してくるから協力するようにとのことだった。
村の集会所に避難してきた町の人々が集まり、エステラも炊き出しなどを手伝った。
町がどんな様子かはわからなかったが、日が暮れる前に騎士隊が沈静化したことを知らせにきた。
首都の魔術師が転移魔法で駆けつけて、一気に片をつけたとのことだった。
被害があったのは主に郊外の男爵の家だったので、町の人々はその日のうちに家に戻ることになった。
数日後、男爵は騒乱の罪で逮捕された。
魔物が出たのは男爵の屋敷だった。
事情聴取したところ、エステラの家から盗んだ白い花を屋敷内に植え替えた途端、花が枯れて魔物が現れたとのことだった。
男爵は窃盗について、そして禁止されている魔獣を違法に売買していたことも、合わせて詮議されるとのことになった。
さすがにエステラもそれからしばらくはショックが大きく、家を出るのが怖くなって引き篭もってしまった。
だが今日は、以前に鉢に移し替えて家に飾っていた白い花がまだあったのでそれを庭に植えた。
「エステラ」
声がした方を見ると、藍色のローブを纏った一目で魔術師とわかる背の高い男性が近づいてくる。
「マヌエル」
もう一人の幼馴染の名を呟く。
彼とかつての婚約者のルイスとエステラは歳も近く、幼い頃に手を繋いでよく遊んでいた。
幼少の頃から魔力の量が多かったマヌエルは、首都の学校へ進学しそのまま王立の魔術師団に入ったと聞いていた。
この領地一の出世頭だ。
今回の魔物騒動で彼が出動したのは先日聞いた。
「久しぶりね。挨拶に行こうと思っていたんだけど……」
マヌエルはエステラの背中に腕を回し、胸元に引き寄せた。
「色々聞いたよ。一人でよく頑張ったな」
彼が尋ねなくても、今までのことは噂好きの誰が話して聞かせたのだろう。
「あいつが手放したのなら、俺はもう諦めない」
ずっとエステラの側にいる。
そう言って更に抱き寄せた。
マヌエルは進学してからほとんど帰省しなかった理由を、エステラの隣にルイスがいるのを見るのが辛かったからだと、前からエステラのことが好きだったと話した。
傷ついて空いた、いくつもの心の穴に温かく甘い風が通り過ぎる。
あの白い花の香りのように、優しく心を解きほぐしてくれる。
エステラは溢れる涙で詰まりそうになり、何度もマヌエルが背中を撫でる。
植え替えたばかりの白い花が風に揺れ、そんな二人を包んで励ますように甘い香りを漂わせた。
☆
白い花は新種だと学会で発表された。
名前をつけるにあたり、エステラが名づけることを許された。
『マルテス・ブランカ』
花言葉は『ずっと一緒に』
季節は変わり、冬になっても白い花は絶えることなく咲き続け、エステラの庭は一年中甘い香りに包まれた。
おしまい
白花 大甘桂箜 @moccakrapfen
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