第9話



 「では、参るかな」

 

 今は日が真上にある。あれからこま侍大将さむらいだいしょうは日が高く上った今まで眠っていた。

村の者達も殆どがそうであったようだ。

 こま侍大将さむらいだいしょうは村人数人と老婆を連れて昨日の場所を見に行くことになった。村人を観音寺へ走らせ手勢を寄越すように指示も出した。他の村の女達は村で保護をしている。

持ち帰った物もすべてだ。

 

「馬とは高いものですのぅ」

 

 老婆はこまの後ろにまたがっていた。子供のようにはしゃいでいる。農民は基本的に馬に乗る機会は無い。


「あまりはしゃぎすぎると落ちますぞ」

 

 侍大将さむらいだいしょうが笑いながら声をかける。

あれから侍大将さむらいだいしょうは血糊を落とすのに大層苦労したらしい。あれだけ暴れればそうだろうとこまは思っていた。

 

「そろそろではないか?」

 

 侍大将さむらいだいしょうが真剣な表情になり雰囲気を変える。村人達は武人の雰囲気に完全に飲まれていた。

 

「あそこに何か倒れています」

 

 村人の一人が道端を指さしている。

 人より少し小さめの何かが転がっていた。こま侍大将さむらいだいしょうは馬を降り、村人へ預けると互いの得物を構えゆっくりと近づいてゆく。そこには石で出来た不動尊ふどうそんが袈裟に斬られ転がっていた。


「あああ、あの不動尊ふどうそん様か・・・・・・」

 

 こま侍大将さむらいだいしょうは唖然とした表情を作る。とりあえず安全を確認したのですぐに村人を呼び寄せた。

 

「ああ、そういえばここには不動尊ふどうそん様が昔からありました。草に覆われ忘れられていたのですな」

 

 老婆がぽそりと呟いた。老婆も忘れていたようだ。

全員に何とも言えない雰囲気が漂う。特にこま侍大将さむらいだいしょうは討伐祈願をした手前ばつが悪い。


「と、とりあえず不動尊ふどうそん様を元に戻そう」

 

 侍大将さむらいだいしょうの言葉にこまと村人数人がかりで不動尊ふどうそんを立てる。しかし袈裟に綺麗に斬られた不動尊ふどうそんを立てるのは容易ではない。村人達はその場に座り不動尊を拝んでいる。

侍大将さむらいだいしょうは袈裟に斬られた不動尊ふどうそんをじっと眺めていた。

 

 「なあ、こま。よくこの不動尊ふどうそん様をこのように斬ったな・・・・・・」

 

 こまは【それ以上言うな】という視線を向けながら斬り口を見る。斬り口はでこぼこしておらず、真っ直ぐ磨かれたような斬り口だった。


「なあ、太刀はどうなっている?」

 

 侍大将さむらいだいしょうの言葉にこまは太刀を抜き黙って渡す。村人達も興味深そうにのぞき込んだ。

 

「刃こぼれも曲がりも無し・・・・・・か」

 

 感心したような声を出す侍大将さむらいだいしょうこまはがっくりと項垂うなだれたままだ。

 

「まさかあやかしと思っていた存在ものが不動尊様だとはなぁ・・・・・・。野伏のぶせりが現れた頃からということは、もしかして夜の動きを止めていただいていたのかもしれぬな」


 こまは【はぁ】と大きく溜息をついた。

 

「ま、まぁ、仕方が無いさ。全員で謝ろう。もう一度ここに不動尊ふどうそん様を立てよう。村人達もここをしっかり管理するようにな」


 侍大将さむらいだいしょうの言葉に老婆を始め全員がこくこくと頷いていた。

 



 それから観音寺の城に帰った二人は事の次第を当主に報告し、なんとか不動尊ふどうそんの建立の費用を工面して貰った。

そして侍大将さむらいだいしょうは石造りの不動尊ふどうそんを斬ったことを誰にでも話し、青江あおえの太刀を見たいという者が多数押し寄せたという。

 その時の話から青江あおえの太刀は『にっかり青江あおえ』と呼ばれるようになった。

 

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 あの後なぁ、私は不動明王ふどうみょうおう様ににこにこ笑われながらやり過ぎだと怒られたよ。まあ私を造った青江貞次あおえさだつぐの腕とこまの腕があったからなのだがなぁ。

 

 それから私は様々な人の手を渡り、讃岐京極家さぬききょうごくけに伝えられ永いときを過ごしたのだ。それからまた売られ、ある骨董商から現在いる丸亀市に買い取られ市立資料館に収められているのだよ。


 まあ、それでもあの頃は良かった。

私たちは美術品とされているがやはり人を殺める為の道具だからな。それが生業なんだ・・・・・・。

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にっかり青江 @fireincgtm

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