第8話

 こま達は洞窟にあった銭と使えそうな武器、鎧などを馬に積み込んだ。野伏のぶせり達の馬だけでは積めず、狛達が乗ってきた馬にも積み込み回収した。

 

「さて暗いが帰るとするかな」

 

 こまが女達に呼びかける。

 女達は三人で一頭の馬を引き、前を侍大将さむらいだいしょう、後ろをこまが警戒しながら森を出た。

 森を出るまでは何の問題も無く進み、森を出た時点でこま侍大将さむらいだいしょうが入れ替わる。これは森の中での警戒が侍大将さむらいだいしょうの方が達者たっしゃで、森から出たら殿しんがりを勤めるのは侍大将さむらいだいしょうが都合が良かったからだ。

 大所帯となったこま達一行は何気の無い会話をしながら村へと続く路を進んでいた。暫く進むと馬達が落ち着かなくなる。丁度森と村の間辺りだ。女達は必死に馬を落ち着かせようとし、侍大将さむらいだいしょうもそれに加勢をする。こまも加勢しようとしたとき、道端に白い塊があるのが見えた。高さは五尺ばかり。白い小袖の様な物を着ており、長い髪が妙に印象的だ。

 どうやら人のようだ。


「誰かいるのか!」

 

 こまがその者に問いかける。女達がそちらをみて悲鳴を上げた。

 

「ひっ、ひぃぃぃぃ」

 

 がたがたと震え出す女。それは救出の依頼を受けた村の女達だった。

 

「あ、あやかし―――――!」

 

 女達は混乱し、馬も中々制御出来ない。侍大将さむらいだいしょうが女達の側に寄り、馬と女達を落ち着けようとする。

こまは複雑な顔をして白い小袖の人物の方へ歩き出した。


「やあ、人だよな、それともあやかしかい?」

 

 ゆっくりと歩くこまの右手は青江あおえの太刀のつかに掛かっている。白い小袖の人物はゆっくりと振り返った。

白い小袖を着たその女は漆黒の髪に妙に白い顔。黒い・・双眸そうぼう。そして真っ赤な唇が顎の端から端まで。


「あ・・・・・・ぅ」

 

 思わず唸るこま。そして女達は数人が気を遣ってしまう。さすがの侍大将さむらいだいしょうひたいに汗を浮かべ、長刀なぎなたを構えていた。


『にっかり』

 

 血のように真っ赤な唇が顔全体でにっかりと笑い、黒い双眸そうぼうが垂れ下がる。その場にいた全員の血の気が一瞬にして引くほどの悪寒が走った。

 

「かぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 寒気を受けたこまは反射的に大声を上げ、青江あおえの太刀で女を斬り捨てる。刀身が女の身体を通り抜け血飛沫が上がるかと思われたが、血は出ない。

女は笑い続けていた。

 さすがのこまもこれ以上は動けない。

 何処を視ているか分からない黒い双眸そうぼうこまの顔を向き、その後青江あおえの太刀を向く。口元は笑ったままだ。

 こまの全身から冷や汗が噴き出し、着ている着物をびっしょりと濡す。

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 突然、女の身体がゆらゆらと揺れだし身体にこまの振った太刀筋たちすじが浮かび上がる。

女はそれでも笑ったままだ。

徐々に薄れてゆく女の身体。

 どれ位刻が経ったのか、いつの間にか女の姿は掻き消えていた。

 

「・・・・・・はぁぁぁぁぁっ」

 

 侍大将さむらいだいしょうが大きな息を吐く。それと同時に馬達も大人しくなった。こまの側に侍大将さむらいだいしょうがやってくる。

 

こま、あれは・・・・・・なんだったんだ?」

 

 侍大将さむらいだいしょうが近づくまでこまはその場から動かなかった。声をかけられたこまはゆっくりと姿勢を戻し、侍大将さむらいだいしょうに向き直る。額には汗が浮かび、顔色も真っ青だ。


 「いや、分からぬ。ただ、普通の存在ものではなかったな。あれが村人が言っていたあやかしか・・・・・・?」

 

 こま青江あおえの太刀の刀身に目を走らせる。血糊ちのりも付いてないし曇りも無い。刃も全く問題は無かった。

 二人はもう一度女の立って場所を見つめるがそこには何も無く草がただ揺れているだけだ。


「まあ、消えたから良しとしよう。それより女達の介抱だ」

 

 近づいてみると実際半分が倒れており、半分は呆けている。正気を保っている者は二人だけだがそれでも粗相そそうは免れなかったようだ。

ただ一人だけ様子が違う。顔には生気が無く、目は見開かれていた。女は死んでいたのだ。


「何故一人だけ死んだのだ?」

 

 こま侍大将さむらいだいしょうは顔を見合わせる。女達に聞いても今は混乱しまともな話は出来ない。


こま、儂が馬で村人を呼んでくるからここを頼んでも良いか?」

 

 侍大将さむらいだいしょうは自分の愛馬から銭の入った壺を降ろすと全力で馬を村の方へ走らせていった。こま侍大将さむらいだいしょうを見送った後、気を遣った女達の介抱に忙しくなるのだった。


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 こまは女達を気づかせ、落ち着かせてすぐに村の方へ移動を始めた。死んだ女はその場に残すことにした。そしてあやかしと出会った場所から少し離れたところまで移動するとそこで移動を止める。


「お侍さま、どうして移動を止めるのですか?」

 

 不安そうな表情の女が話しかけてきた。全員がこまの方を向く。こまはにこりと笑って口を開いた。

 

「皆、疲れただろう。正直わたしも疲れた。あれがなぁ・・・・・・」

 

 こまは顔は笑っていたが手は微妙に震えていた。女達全員もその言葉に身を寄せ合う。

 

「あれはやはりあやかしだったのでしょうか?」

 

 女の問いに狛は【分からぬ】とだけ答える。こまもそれだけしか言えなかったからだ。

 

 「今宵は村に帰り、明日、あの場所に行ってみるさ。何か手がかりがあるやもしれぬ」

 

 それから全員が無言になり、全員で身を寄せ合って侍大将が帰ってくるのを待つのであった。

 

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 暫くして、村の方から明かりが多く近づいてきた。こまは立ち上がり太刀のつかに手をかける。女達は馬の周りに集まっていた。

 先頭を走る馬に侍大将さむらいだいしょうがまたがっているのを確認するとこまは大声で呼びかけた。

 

「お~い、ここだここだ!」

 

 こまの大声が闇の中に響き渡る。その声が届いたのか馬の足音が加速し、後ろに続く火の動きも速くなった。

どうやら村人達の持つ松明のようだ。


「すまん、遅くなった」

 

 侍大将さむらいだいしょうこまの前で馬を止める。すぐに村人達が十名程寄ってきた。村の女達三人が村人と抱き合っている。


「一応女全員を村に泊めることに納得して貰った。そういえば死んだ女はどうした?」

 

 こまは事情を説明する。侍大将と二人の村人が死んだ女の遺骸を運びに行くことになった。 


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 村に帰ると夜中にもかかわらず煌々と明かりが灯っていた。村には水が用意され、女達はそれぞれ身を清めに行く。

 こまは水で汗を拭うと昼間、あやかしのことを教えてくれた老婆を呼んでもらい、来る間に太刀の手入れをする。


「ああ、来ていただいて申し訳ない」

 

 老婆がやってきたらすぐに太刀を鞘に収めた。それから出会ったあやかしの話をしてそれを斬ったことを伝える。当然その場で死んだ女がいたこともだ。


 「その女子おなごは気の毒な事じゃった。しかしあやかしを斬るとはまた凄まじいものですなぁ」


 老婆が感心したようにこまを見る。それから他愛ない会話をしていると侍大将さむらいだいしょう達が帰ってきた。あまり良い顔をしていない。こまは何かあったのかと侍大将に駆け寄っていく。


 「どうした? 何かあったか? またあやつが出たか?」

 

 狛の問いに侍大将は渋い顔をして【まあ待て】と声をかけた。女の遺骸は村人が背負っている。その女の遺骸を地に寝かせると村人はむしろを取りにいった。


 「これを見ろ」

 

 侍大将さむらいだいしょうが女の遺骸の腕を捲る。そこには見覚えのある紋が刻まれていた。

 

 「三つ盛亀甲に花菱みつもりきっこうにはなびし?」

 

 黙って頷く侍大将さむらいだいしょう

 こまは戻ってくる道中で気を確かに持っている女に死んだ女の子とを聞いていた。女の話では死んだ者が女では最古参だということだった。


 「つまりはそういうことだ。問題はなぜあやかしと出会った後、この女だけが死んだかだがな」

 

 結局、色々と考えを巡らせてみたが答えは見つからず、夜が明けてからもう一度見に行ってみるということで話は終わった。


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