第6話 名探偵も与り知らぬ
「こんな具合で、怪しいには怪しいが、殺人犯とするにはあっけらかんとしているというか、突き放した物の見方ができているというか」
「ふむ……まあ、最後の容疑者の分を聞いてみようじゃないか」
刑事は促され、思わずボタンを押しそうになった。が、その前に、人物の説明がある。
「最後は
「動機は弱いようだが、念のため、聞いておこうという訳か」
「その通りで」
再生スタート。これまでの二人に比べると、子供っぽい声が流れてきた。
『仰る通り、あたしは渡部愛さんからお金を借りようとしました。けれども、彼女は乗り気じゃなく、丁重にお断りになって、それでおしまい。お金のめどはつかなくて、結局時間切れ。次の機会を待つことになったのよ。渡部愛さんがなくなったときは、もう手遅れだったの。だから、あたしがあの人を殺して、お金を奪っても、何の意味もないの。分かるでしょう、ねえ、刑事さん。それにさあ、最初に聞き込みに来られた刑事さんから聞いたけれども、バラバラ殺人だったんでしょう? もしもあたしがお金のことで渡部愛さんを恨んだとしても、ばらばらにするなんて、絶対にない。無理、できないんだもの。自分が怪我をして大量出血したのを見て、悲鳴を上げて倒れそうになったことがあるくらい。ばらばらな物なんて、パッチワークの端切れだけで充分よ。そうそう、パッチワークで思い出したわ。渡部愛さんの応接間というのか、リビングかしらないけれど、壁際の棚にあった作りさしのパッチワークが、見当たらなくなってた気がする。ひょっとしたら、犯人が盗んだのかも』
刑事が、「パッチワークが欲しくて殺人というのは、ありそうにない」と苦笑交じりにこぼした。
『事件のあった日曜日は、あたし、お店に出ていた。って、前にも言ったのに。九時からだけど。九時より前は、一人だったし、知っている人とは出会わなかったわ。一時間あれば、距離的には間に合うっていうのも、前に聞かされた。繰り返してどうしようっていうの? あたしはやっていない。自分の家から店に向かっていた、そうとしか言えない』
刑事は再生を停めると、機械をとりあえず手元に引き寄せた。
「鶴川はアリバイがないが、動機は弱いし、殺人をやってのけるには精神的に幼い。犯人像に重ならないのではないかというのが、捜査本部の主流です。要するに、我々の本命は新沼なんですが、決定打を欠くし、どこか違和感がある。天田さんはどう思いますか」
「答える前に、もう一度、聞きたい箇所がある。貸してくれないか」
「いいですよ」
レコーダーを渡す刑事。受け取った天田は、慣れた手つきで聞きたい箇所を探し出した。
「――よし、ここだ。新沼祥子の発言に、こうある。『昔の友人を、切り刻んで、あんな風にするなんて』――これ、少しおかしいと思わないか? 遺体のパーツが机にされていたって話、警察の外には漏れていないんだろ。なのに新沼のこの発言は、殺されてばらばらにされたばかりか、それ以上のことをされたと解釈できる。違う? ばらばらに切断されたとしか知らないのであれば、きっとこうなるはず。『昔の友人を、あんな風に切り刻むなんて』と」
「言われてみると……」
刑事は急いで手帳を開き、今の天田の話を書き取った。
「天田さん、またです。またもや雲行きが怪しい」
刑事が入ってくるなり、その苦虫を噛み潰したような表情が確認できた。
「まただと? またとはどういう意味だ」
「だから、あなたの推理はまたも外れていたみたいだってこと。遺体をばらばらに切断後、机に仕立てたのは旦那の太一だったが、それ以外は大外れ」
天田のみならず、刑事も苛立ちが募っているのか、言葉のやり取りにとげと粗暴さが色濃い。
「どこが違うのか、教えてもらおうじゃないか)
「単純も単純。あの一文で犯人と決め付けるには、弱い。新沼祥子に、『そんな意味で言ったんじゃないわ』と否定されては、そこから先、攻め手を欠く。それにね、天田さん。こんな意見が捜査員から出たんでさ。鶴川の発言『ばらばらな物なんて、パッチワークの端切れだけで充分』ていうのは、死体がばらばらなことだけでなく、そのパーツを使って別の物を作ることを示唆してるんじゃないかと。パッチワークは、ばらばらの物を再構築してできあがるんだから」
「牽強付会だっ」
「それを言うなら、天田さんの推理も、似たり寄ったりのそしりは免れない」
刑事と探偵は、しばらく言い合いを続けた。無論、事件の捜査は全く進展しなかった。
* *
それからさらに一ヶ月後。事件は急転直下、解決を見た。
犯人として逮捕されたのは、有村吉男だった。
そう、南北砕郎を殺したのは彼で、事件当夜の行動は、天田らが推測したものと、大きな違いはなかった。
そしてもう一人、有村吉男は渡部愛をも殺害していた。
何故か?
警察の調べにより、有村吉男の妻と、渡部愛とは面識があったと分かっている。親しい仲で、有村の妻は不要になった服を渡部にそっくりそのままあげるほどだった。
有村自身は渡部とは一面識もなかったのだが、妻がある服を渡部愛に譲ったと知って、大いに慌てた。南北砕郎を殺害したときに着ていた、お気に入りの赤シャツだ。そのシャツは目立たぬ程度に、南北の返り血を浴びていた。洗濯したぐらいでは落ちないと思った有村は、シャツを処分するつもりで、ごみの袋に放り込んだ。ところがそれを見付けた妻は、もったいないと考え、渡部愛に譲ることにしたのだ。
その話を事後、妻から聞いた有村は内心、慌てたに違いない。何かの拍子に赤シャツが警察の目にとまったら、危ない。たとえそうならなくても、渡部が気付く可能性はかなり高そうだ。どうすればいい――緊急事態に、ない知恵を絞った結果、有村吉男が選んだのは、二度目の殺人だったのである。
――終わり
チグハグなツギハギ 小石原淳 @koIshiara-Jun
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