第5話 容疑者達の証言


 一週間後、刑事はまたまた天田の事務所を訪れていた。主婦殺しの容疑者が絞り込めたのだ。

「まだ話を聴いたばかりで、内容を精査していません。部外者である天田さんにお聞かせできる範囲で、録音データを持って来ましたから、一緒に聞いてください。データのコピーや貸し出しは不可なので、あしからず」

 刑事はレコーダーを取り出し、テーブルに置いた。

「容疑者リストに上がったのは三名。いずれも、渡部愛と同じ高校に通っていた同学年で、親しい間柄です。一人目は江浦阿左美えうらあざみ、大学生。被害者とは小学校から同じで、クラスも一緒になることが多かった。ライバル意識もあったが、進学先のレベルを競うはずが、渡部愛の方が結婚してしまって、江浦に言わせれば拍子抜けしたとのこと。反面、羨ましくも思ったと。明確な殺意は窺えないものの、長年に渡り、何かと競い合っていた二人だし、高校卒業後もたまに会っていたという事実も鑑み、容疑者リストに入れてある次第です」

 人物についてざっと説明すると、刑事は再生ボタンを押した。

『前に言いましたように、渡部さんと最後にあったのは、彼女が亡くなる八日前です。ええ、土曜日。私の通う大学はとうに夏期休暇に入っていましたし、私は就職活動をしていないので、いつでもよかったんですが、渡部さんの都合のよい日がその土曜だったんです。特段、変わったところはなかったように見えました。もちろん、誰かにつけられているとか、変な電話がかかってくるといった話も聞いていません。訪問の理由を詳しく、ですか。旧交を温める、ではいけません? 私は彼女の結婚生活に多少の興味はありましたけど、羨ましいとか嫉妬とかではなく、今後の参考になると考えて、観察している気分でした。旦那さん? 彼女の夫とはあまり顔を合わせる機会はなかったですね。会っても、挨拶程度で、すぐに自室に引っ込まれてしまう。暗い感じはなく、いかにも公務員っていう印象。そう、感情を表に出さないところはある気がする。ああいう夫なら、妻もやりやすいかもしれないけれど、他人の目のあるところとないところとでは違うでしょうし』

 話が脱線しつつある。刑事は少し早送りした。

『渡部さんが殺された日の行動、ですか。アリバイを聞くなんて、随分とストレートなんですね。かまいません。その日は、課題を片付けるために、大学の友達と集まって、資料集めに走り回ってました。前日から集まって、泊まり掛けでやりましたから、証人は大勢います』

 停止ボタンを押した刑事は、「江浦のアリバイは確かです。ただ、厳密を期せば、資料調べのために図書館にいたときは、単独行動を取った時間が多かったそうですから、すぐさま抜け出して、被害者宅に行き、犯行後飛んで帰れば、間に合わなくはない。遺体を使った工作が殺人犯によるものでないなら、可能です。問題は、江浦が車を運転できない事実。タクシーを利用したなら、犯行の間、タクシーを被害者宅のすぐ近くに待たせておく必要が生じます」

「机上の空論に近いようだ。そんな慌ただしい行動を取れば、タクシー運転手の印象にも強く残るだろう」

「捜査本部も同じ見方が大勢を占めています。まあ、江浦は念のためということで。次、二人目は新沼祥子にいぬましょうこ、やはり大学生。彼女は被害者とは最近会っていなかったと言っています。中学が同じで、つるんで悪さをしたことがある、その程度のつながりです。悪さと言っても噂レベルで不明確な点が多いんですが、当時同級生だった女生徒の自殺に絡んでいるという……。ここからは噂をそのまま話しますよ。渡部と新沼の二人で、その女生徒を泥棒に仕立て上げたっていうんです。動機は好きな男子に抜け駆けしたとかなんとか、そういう類で。疑われた女生徒は大人しくてあまり弁の立つタイプじゃなかったからか、否定するばかりできちんとした反論ができずに、追い詰められたようです。そして自宅のあるマンションの最上階から、飛び降り自殺を」

「噂が事実だとして、新沼は渡部を殺す動機になるかなあ? 疑うのなら、その自殺した生徒の親族や知り合いでは」

「女生徒の家族は事件後、北海道に引っ越してまして、今回の事件のアリバイも調べてはみましたが、皆、成立しました。新沼は就職活動中で、過去の悪い噂を蒸し返されると、明らかにマイナスです。その口封じで、渡部を殺したのではないとの理屈ですよ」

 押された再生ボタンの乾いた音が、事務所内に小さく響いた。

『だから、会ってもいないし、愛から脅されてもいないから。スマホとかパソコンとか、全部調べたんでしょ? 全然、連絡を取り合ってないのが分かったはずだけど? 脅されるかもしれないから、そうなる前に殺したんだろう、なんてばかな話は言い出さないでよね。一度目んとき、あんなに丁寧に答えたのに、何でまた疑うかなあ。私、こんなことしてる暇ないんですよ、本当に。え? そりゃあ、中学のときのことは言わなかったけど、あれだって噂だけよ。私も愛も、クラスメートに濡れ衣を着せるなんて真似、やってません。噂を信じたどこかの誰かが、正義感に駆られて愛を殺した、っていうんだったらあるかもしれないわ。そうだとしたら、警察は私を警護すべきよ。次に狙われるのは、私に違いなんだから』

 刑事は「このあと、しばらくはずっとこんな調子です」と言って、早送りした。

『アリバイはないわよ。前も言ったでしょ。あの日は身体を休めるために、一人でマンションに籠もってたって。防犯カメラの映像で、出掛けてないことは証明できないの?』

 ここで刑事が早口で付け足す。

「新沼の部屋があるマンションは、防犯カメラが何台か設置されているが、主目的は、住人や訪問者の出入りの監視ではなく、公共スペースで何かトラブルが起きたときの記録であるため、こっそり抜け出し、また戻ってくることは可能でした」

『そもそも、私が彼女を殺すとして、何でそんな切断なんてすると思う訳? 昔の友人を、切り刻んで、あんな風にするなんて、よほどの恨みがないとやんないわ。しんどいばっかりじゃない。口封じなら殺すだけで充分じゃないの。血が飛び散るだろうから、着替えも持って行かなきゃならないし、体力使って、お腹も空くかもしれない。ああ、食欲は減退するだろうから、問題ないか』

 刑事はレコーダーを停止した。

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