風華(かざはな)

入江 涼子

第1話

 ある村に、風花ふうかと言う女性がいた。


 風花は村長の二人いる内の上の娘だ。彼女には幼き頃から決められた婚約者がいる。名前を隼人はやとといった。

 隣村の同じく、村長の息子で長男だ。風花が十九歳なら、隼人は二歳上の二十一歳だった。

 風花は長く真っすぐな濃い茶色の髪に榛色の瞳が印象に残る美しい娘だが。この倭国では、あり得ない色だと言われいた。風花が生まれた時、母は不貞を疑われた程だ。

 けど、両親は風花を慈しみながら育ててくれた。妹の穂香ほのかも彼女を慕ってくれている。家族仲は悪くない。婚約者の隼人もぶっきらぼうながらに、優しく気遣ってくれていた。そんな彼に風花は次第に、淡い想いを抱くようになる。いつかは隼人に嫁ぐのだと思うと気恥ずかしくはあったが。楽しみでもあった。


姉様あねさま、もう今日で十一月も下旬ですね」


「本当にねえ」


「……姉様、来年には嫁ぐ身なんですよ。そんなにのんびりしていて良いのですか?」


「分かってはいるわよ、穂香。けど、実感が湧かなくてね」


「はあ」


 穂香が理解できないとでも、言いたげにこちらを見る。風花はほうと息をつく。


「穂香、心配する気持ちは分かるわ。けど、焦っていたっていつかは私は嫁ぐの。あなたもね」


「それはそうですけど」


「まあ、あれこれ言っていても仕方ないわね。私は父様ととさま母様かかさまにお話があるから」


「分かりました」


「ではね」


 穂香が渋々、頷いた。風花は苦笑いしながらも立ち上がる。両親の元へ急いだのだった。


 風花が両親のいる母屋おもやに行くと、女中が待っていた。


「風花様、旦那様と奥様が待っておられます」


「分かったわ」


 風花が頷くと、女中は障子を開けてくれる。中へと入った。


 風花が母屋の居間に入ると、両親が並んで待ち構えていた。二人共に白い物が混じり始めているが。


「来たか、風花」


「はい、今来ました」


「それで、風花。あちらから早めにお前に嫁いでほしいと文が届いてな」


 風花は驚きのために榛色の瞳を開いた。父は大きくため息をつく。


「たく、伝吉め!うちの娘を何だと思っているんだ!」


「まあまあ、あなた。落ち着いてください」


「……志野しの、そうは言うがな。まあ、仕方ないか。風花、聞き入れてくるな?」


「分かりました」


「話はそれだけだ、すまんな」


「いえ、あちら様にも何か事情があるのでしょうし」


 風花が言うと、父も母も苦笑いする。風花はそのまま、母屋を後にした。


 あれから、早いもので一月が過ぎた。風花が嫁ぐ日がとうとう来たのだ。朝早くから、身支度をする。体を念入りに湯浴みで清めた。花嫁衣装を母が手づから着付けてくれた。


「やはり、お前が一所懸命に縫っただけはあるわ。とても丁寧ね」


「母様、私……」


「今は泣かないようにね、せっかく綺麗にお化粧するんだから」


 風花は泣きそうなのを堪えながら、頷いた。母は丁寧に白粉おしろいはたき、眉を描いたりしてくれる。目尻に、紅を差してから。最後に唇にも紅を塗った。


「さ、できたわ」


「ありがとう、母様」


 お礼を言うと、母は寂しげに笑う。二人して別れを言うのだった。


 身支度が終わると、外は雪が散らついていた。今は十二月の下旬、年末だ。

 両親はこんな慌ただしい時にと、愚痴っていたが。かえって、良かったかもしれないと風花は思う。


「……志野、風花の身支度は済んだか?」


「ええ、たった今に済みました」


 父が問うと、母は頷いた。少ししてから、風花は名前の通りの光景の中で外に出る。ゆっくりと花嫁行列は出立した。


 夕方になり、雪は吹雪となりかけていた。肩や頭などに雪を積もらせながら、やっと行列は花婿宅に着く。屋敷の中から、隣村の村長夫妻や花婿の隼人が出迎えに来た。


「よく来てくださった、風花さん」


「今日からよろしくお願い致します、お義父様、お義母様」


「ささ、このままいても寒かろうて。皆さん、中へどうぞ」


 村長に促されて、花嫁一行は屋敷へと入った。風花は冷えた両手に息を吹きかけた。


 屋敷に入り、村長夫妻は披露宴を大広間にて行う。最初は緊張していたが。次第に、皆がお酒が入ったからかどんちゃん騒ぎになり出した。隼人は気を効かせた義母に言われて、風花を寝間に案内する。


「……風花、こちらだ」


「はい」


 頷いて、彼の後に続く。隼人はゆっくりと歩いてくれた。裾の長い花嫁衣装はなかなかに動きづらい。彼の細やかな気遣いに風花は嬉しくなった。

 

 しばらくして、寝間に着いた。隼人は女中を呼んでくると言って、一旦出ていく。風花は逸る胸を押さえながら、敷かれた布団の近くに座る。ひんやりとした冷気が足元から這い上がってきた。ぶるりと震えあがる。そうしていたら、隼人が女中を連れて戻ってきた。


「風花、女中を連れてきたぞ。着替えると良いよ」


「ありがとうございます、隼人さん」


「じゃあ、俺は大広間に戻る。また後でな」


 隼人はそう言って、寝間を去った。風花はほうと息をついた。


 花嫁衣装を脱ぎ、楽な寝間着に女中に手伝われながら着替えた。やっと、眠れる。ほっと胸を撫で下ろす。女中が退出するとたちまち、手持ち無沙汰になる。けど、今夜は冷えるだろうから。風花は布団に入る事にした。しばらくは目を開けて天井を眺めていたが。

 次第に眠気がやって来る。やはり、朝早くから起きていたから、疲れがでたのだろう。うとうとし始めたのだった。


 どれくらいの時が経ったのか。からりと障子が開く音で目が覚めた。


「……起こしてしまったようだな」


「あ、いえ。ごめんなさい、隼人さん」


「いいよ、お前も疲れたろう」


 隼人は優しく笑いながら、言った。風花は起き上がろうとする。


「そのままでいい、俺も寝るから」


「はあ」


 風花がなんとはなしに言ったら。隼人は本当に、布団の中に入ってくる。どきまぎしながらも場所を空けた。


「……あの、隼人さん」


「どうした?」


「私、あなたに言いたい事があって」


 意を決して、風花は隼人の方に寝返りを打つ。彼を見つめて口を開いた。


「隼人さん、私はあなたを昔からお慕いしていました。あなたに嫁げて、私は嬉しいんです」


「え、風花?」


「あ、あの。ご迷惑でなければ、お返事を聞かせてください」


 風花が勢いこんで告げる。すると、隼人は参ったなと言いながらこちらを向く。


「……そうか、俺を昔から慕ってくれていたのか」


「はい」


「いや、すまん。俺は色恋には昔から疎くてな、気づかなかった」


 風花は固まった。まさか、自分の気持ちに彼が気づいていなかったとは。ちょっと、泣きそうになる。


「……風花、その。本当に俺でいいのか?」


「はい、隼人さんがいいです」


「ありがとう、これからは。大事にするよ」


 隼人はそう言って、顔をうっすらと赤らめた。照れているらしい。風花も顔に熱が集まるのが分かる。


「これからもよろしくお願い致します、隼人さん」


「ああ、こちらこそ。よろしく頼むよ」


 風花がにっこりと笑いながら、答える。隼人も照れ笑いをしながら言った。二人して、布団の中で寄り添い合ったのだった。


 ――終わり――

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風華(かざはな) 入江 涼子 @irie05

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