< 第三章 > - 共振 -


 私がこの世界に転星してからずっと、宇宙からの波動を受けており、その後も試行錯誤を続けてこの波動の情報についても分析してきたことは、以前も話したと思う。

 

 私が受けているこの波動は、目に見えない波で、ちょうど池に小石を投げ入れた時に生じる波紋のようなものと同じであると考えている。

 目で光を、耳で音を、鼻でにおいを感じ取るように、私の意識がこの波動を感じ取ることで、どんな波動なのかを知覚することができ、そこに含まれる情報を認識することができるのである。

 この能力のお陰で、私はこの天照系の出来事や、桜雲星での出来事をつぶさに観察することができるのだ。

 

 この能力を使って知り得た情報によると、この天照系がある銀河は天の川銀河ではないし、私の知っているアンドロメダ銀河やマゼラン星雲と言った場所でもない。

 とは言っても、図鑑でしか見たことない銀河や星雲なんて、詳細を知っている訳ではないから、もしここがアンドロメダ銀河だったとしても、特定する手がかりはないし、確実に違うかと言われても、それも確定はできない。

 それだけ、私が知っていた宇宙のことなんて、太陽系以外ほとんど何も知らなかったと言うことだ。もちろん太陽系のことすらも良く分かっていないことが多いのだから。

 

 何も知らないと言うことに関して言えば、今もそれは変わらない。天照系の周囲までは認識できても、この天照系が所属する銀河については、天の川銀河に似た円盤状であると言うことぐらいしか分からないし、そこにどんな星があるかは分かっても、天照系内の天体をつぶさに観察するのと同じように、この銀河の詳細を調べることはできていない。


 ひるがえって、この天照系内の天体については、つぶさに観察できているので、その詳細は一応把握している。ただ、できないこともまだまだある。

 その一つが天体の軌道計算だ。太陽系の図鑑を見ると太陽の周りにぐるっと円が描いてあって、その円の上に各惑星が描かれている。当たり前だが実際そんな円はない。

 自分や他の惑星との相対的な位置関係を見て、公転軌道を予測し、おかしな動きをしているなとか、いつもどおりだとか、判断するしかないのだ。

 起点に目印を付けている訳でもないので、一周どれぐらいかかっているかも、正確には把握できていない。公転半径が分かれば、おおよその計算ができるが、正確な計測機器がある訳ではないので、まさに目分量、目測でおおよそこれぐらいとしか分からないのだ。

 

 天照の公転面すら認識するのに時間がかかったし、この星系最大の紅輝星すら、最初はもっと近くにあるものだと思っていた。それぞれの天体が惑星なのか衛星なのか連星なのか、判断するのもやはり相対的な位置関係を把握できて初めて判別できたのだ。


 幸い昔の天文学者がおこなっていたような、天空上の位置を地道にプロットして、そこから計算して軌道を割り出すみたいなことをする必要はなく、その惑星や衛星に意識を飛ばして、暫く俯瞰で観察すればその位置関係ぐらいは容易に判別できる。

 直接見に行けるというのは、波動を認識できるお陰だと思うと、ありがたいことではある。


 結構便利に使えるこの波動だけど、唯一の難点は四六時中押し寄せる波動を遮断することができないと言うことだ。

 眠る必要がないので、それこそ一分一秒たりとも休むことなく波動を受け続けている。もう数億年いや三、四十億年は受け続けていることになるか。

 

 そう言えば、私が転星してからどれぐらいの年月が経ったのだろうか。

 それこそ目測ではあるが、天照の大きさや、桜雲星の大きさ、距離から推測すると、桜雲星の公転周期は地球の二.五倍強ぐらいとなり、すなわちここでの一年は地球での一千日ほどになると思う。

 ただし、自転周期が当然地球と同じではないので、一千回自転して公転一周ではない。地球より回転は速く、七、八百回転で一周している感じである。


 地球に陸上生物が登場したのが、シルル紀と呼ばれる地球誕生からおよそ四十一億年ほど経った時である。そのスパンで換算すると、桜雲星が誕生してたら地球時間で四十一億年、一年が二.五倍とするなら、桜雲星の公転周期で十六.四億年と言える。

 こんな計算が何の役に立つかと言われたら、まぁ何の役にも立たない。地球と桜雲星の進化速度は違うはずだし、目安には成っても、正確ではないからね。

 

 まぁ、それでもそれぐらいの時間が少なくとも経過したと言うことだ。人間でいた頃には考えもつかなかった膨大な時間である。地球科学科なんてところにいると、しょっちゅう何億年と言う数字は目にするが、実感のないただの数字でしかなかった。それが、今や実感のある数字に変わってしまった。

 なにか不思議な感じである。


 この悠久とも言える時間、ずっと生き物の観察ばかりしていた訳ではない。波動の解明も併せて進めていたのだ。

 当初から私はこの波動を「八系統の感覚の波動」「エネルギーの波動」、「宇宙の波動」、「自然の波動」、「生命体の波動」と言った五種類の波動に分類していた。

 しかしこれらの分類は、情報整理のための形骸的なものであり、波動は結局波動でしかない。


 その形骸的な分類ではあるが、最近生命体の波動から受け取る情報に、変化が現れた。

 今までは、生命の存在やその健康状態などが認識できるにすぎなかった。ところがそこに、「意識」が加わったのだ。

 おそらく脳を獲得した生物が誕生したことによるものだと思うが、「敵」とか「餌」とかそう言う簡単な意識だけだが、言葉として認識できるようになった。おそらく彼らは、対象を逃げるべきか、捕食するべきかとして、意識しているだけにすぎないとは思うが、それを波動として「敵」、「餌」と私が意味づけして認識しているにすぎない。彼らが言葉を編み出した訳ではないのだ。


 彼らの意識を認識できるようになったことで、彼らが何を考えているか理解できるようにはなった。とは言っても、ほぼ反射反応で動いている彼らの意識なんて単純なものなので、意識に上るのは天敵と獲物に遭遇した時ぐらいである。

 彼らの脳が発達したら、更に高度な意思が認識できるようになると思うが、それまではまだまだ時間はかかりそうだ。


 もう一つ波動に関する発見があった。それは波動の「共振」が起こっていたのだ。

 波動とは、以前から言うように波である。波は振動を持っている。その振動数が物質の固有振動数と同じであれば、必ず共振をする。

 波動を物理的に捉えれば、その共振とは振動が伝わっていくことになるのだが、波動を情報と捉えれば、その共振とは情報の「伝達」であり、「共有する」と言うことになる。

 すなわち、宇宙に飛び交うこの波動を、今までは情報を受け取るだけのものとして認識していたが、波動を使って情報を発信することができれば、双方向の情報通信が可能になる。それも宇宙規模でだ。


 しかし、今のところ私がこの波動を発信する方法がまったく分からないため、双方向通信は夢のまた夢である。しかし、いずれ宇宙人と対話できる日が来るかもしれない。いや、その前に高度生命体がこの星に誕生すれば、彼らと話ができるかも知れないのだ。人類の観察はあまり興味が湧かなかったが、彼らと会話できるとなると、それはそれで楽しみである。何十億年も人と会話してないからね。


 この波動については、まだまだ分からないことが多い。様々な可能性を秘めていることは分かるが、それを解明するのは相当な時間がかかりそうである。

 時間は有り余るほどあるので、じっくりと解明に勤しむだけだけど。

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転星 ~アラフィフOLの転星譚~ 劉白雨 @liubaiyu

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