< 第二章 > - 上陸 -


 全球凍結時代が終わり、穏やかな温暖の時代を迎えたが、生物たちにとっては穏やかな時代ではなかった。

 水中には「鱗甲蟲類りんこうちゅうるい」と「環甲蟲類かんこうちゅうるい」を頂点とする生態ピラミッドが形成され、陸上では扇葉類せんようるいが徐々に生息地を拡大し、巨大化への道を歩んでいて、食うか食われるかの弱肉強食時代が再び到来し、生き残りのための戦略を採る必要が出てきたのである。


 この弱肉強食時代を生き残るために生物が採った戦略は、身体を硬化することであった。

 生物にとって巨大化は生存競争に勝つための唯一無二の手段であった。もちろん他にも生存競争に打ち勝つ方法はいくらでもあるのだが、植物も動物も皆他の方法には目もくれず、こぞって巨大化の道を邁進していた。

 そのために彼らがおこなっていたのが、身体硬化であったのだ。


 植物はセルロースなどを主成分とした細胞壁を形成し、根や茎、枝、そして幹などを作る基礎とした。

 こうして扇葉類は扇樹類せんじゅるいへと進化し、数十メートルの高さにまで伸びて樹木となった。おそらく二酸化炭素濃度の上昇と、温暖期になり湿度が上昇し降雨量が増えたことも、植物たちの巨大化を後押ししたのではないかと思われるが、やはり植物たちが巨大化を渇望した結果であろう。


 一方水中に生息する動物の方も、ケラチン、キチン、カルシウムなどを主成分とした殻や鱗、外骨格、そして内骨格などを形成していった。     

 それまで身体が軟らかかった軟蟲類なんちゅうるいは、鱗蟲類りんちゅうるい環蟲類かんちゅうるい殻蟲類かくちゅうるいへと分かれて進化して、硬い身体をそれぞれが手に入れた。

 この三種類は前回紹介したが、それぞれ硬い身体を手に入れると言うことで方向性は一致していたものの、その手段はそれぞれ異なっていたと言うことだ。

 そして、鱗蟲類から進化した鱗甲蟲類りんこうちゅうるいは硬い鱗を、環蟲類から進化した環甲蟲類かんこうちゅうるいは体節で繋がった硬い鎧を、殻蟲類から進化した殻甲蟲類かくこうちゅうるいは硬い殻をそれぞれ獲得し、それぞれ自分の生態に合った身体を獲得したのだ。

 

 この硬化と言う進化は、彼ら生物たちにとって大きくなるためには必然であり、新天地への大きな足掛かりとなったのである。

 その新天地というのが、言わずもがな「陸上」である。

 

 植物たちは、上陸後にこの硬化という進化を始めたが、動物たちにとっては、陸上は過酷であるため、そのまま上陸することは叶わなかった。

 動物たちがこの過酷な環境に対する耐性を獲得するまでに、植物の上陸から遅れること十数億年以上がかかったのだ。


 動物たちは、先を越された異微や植物たちのように水辺に打ち上げられることももちろんあった。しかし、異微や植物たちがそうであったように、陸上という環境では生き残ることはできず、たとえ生き残れたとしても、異微や植物たちが繁殖していない環境では、餌を獲得することは不可能であった。

 そのため、水辺に打ち上げられても、なんとか身体を動かして、水辺に戻ろうと努力し、水辺に辿り着けなかったものは、死滅するしかなかったのだ。


 しかし、動物たちも新天地へ向けて準備を怠っていた訳ではない。

 もちろん、彼らは上陸するために準備をしていた訳ではなく、天敵から身を守るため、あるいは獲物の獲得を容易にするために進化をしていたに過ぎず、その結果上陸に適した身体を手に入れることができたと言うだけの話なのだが。

 進化とは、何度も言うようだが、環境に適応した選ばれしものだけが生き残ることであるのだから。


 まず、動物たちが目指した硬化と言う進化により、鱗蟲類、環蟲類、殻蟲類の三種類が誕生した。鱗蟲類からは鱗甲蟲類、環蟲類からは環甲蟲類、殻蟲類からは殻甲蟲類がそれぞれ誕生し、身体の硬度が増し、体内器官もそれぞれ発達した。


 この三種類の中でも、特により複雑な発達を見せたのが、鱗甲蟲類である。

 鱗甲蟲類は天敵からの防御力が、環甲蟲類や殻甲蟲類には及ばないが、動きやすさは一番であり、天敵から逃げることでその身を守ってきた。また、動きが速いため、獲物を獲得することも容易になった。

 その狩りを補助するために発達したのが、目であり、鼻であり、耳である。もちろん私たち人類のような目や鼻や耳がある訳ではなく、それぞれの器官は光の明暗と形状を認識する器官、物体から放たれる化学物質を感知する器官、水の振動を感知し方向を認識する器官に過ぎない。

 しかし、この器官が彼らの命を守る重要な目、鼻、耳と言う器官であり、生態ピラミッドの上位に行くための武器でもあったのだ。


 変化したのは目、鼻、耳のような体外器官だけではない。体内の器官も同様に大きく変化した。

 まず、言及すべきは「脳」である。目、鼻、耳のような知覚系の体外器官が発達したことにより、その情報を処理する器官が必要となったのだ。それが脳である。

 脳と言っても、米粒にも満たない大きさのもので、処理できる情報量もコンピュータで例えるなら真空管のアナログ処理ほどであったが、この脳ができたことにより、それまで反射的に行動していた動物たちが、「判断」と言う処理を行動の手順に組み込み、より自分が優位で、有利な行動を採るようになった。

 また、脳の出現により、情報伝達のための神経系も発達し、体中の知覚系器官を結んだ。更に運動器官、特に筋肉と連結することで、脳で処理した情報に基づいて行動できるようになったのだ。


 次に言及すべきは、栄養や酸素を身体の隅々まで運ぶための器官である、「血管」を体中に張り巡らした。軟蟲類にはすでに血管が存在し、彼らの大型化を後押ししたが、彼らの血管は体中を巡っていた訳ではなく、管が身体の主要部分を繋いでいたに過ぎない。

 その後、血管が体中に巡らされると同時に、「心臓」を発達させて大型化に耐える身体を作り上げていった。

 ちなみに心臓を獲得したのは鱗蟲類に進化した頃であるが、その時はまだ単なる血液循環の補助的器官であったが、鱗甲蟲類になるとその心臓は血流を調節したり、送り出す血液量も増加した。


 次に目立った進化は、消化器官の発達である。単なる管だった消化器官に、食物を溜めて消化するための器官である「胃」のようなものができたり、腸内に「ひだ」ができて、栄養物の吸収が効率良くなったりした。

 また排泄器官としての肛門に、血液の不要物を漉す「腎臓」のような器官と、その不要物を排出するための器官である「膀胱」のようなものができ、肛門と繋がった。


 他にも筋肉、生殖器などの発達も目立った進化で、アメーバのような軟蟲類だった生物が、今や動物としての基本的な部位を持ち合わせた生物に進化したのだ。

 

 鱗甲蟲類から進化して、内骨格を持つようになった脊索蟲類せきさくちゅうるいは、鱗甲蟲類が持っていた上記のような体外器官と体内器官を概ね備え、更にそれを発達させた身体となっていった。

 脊索蟲類とは、いわゆる「骨」のようなものができた動物で、この後に出現する脊椎を持った動物たちが出現するまでの過渡期の動物である。

 この骨のようなものにより、体内器官が水圧などから守られ、様々な体内器官を発達させることができ、後陣の進化に寄与した。


 この脊索蟲類を経て誕生したのが脊椎を持つ「鰓肺類さいはいるい」である。

 鰓肺類とは鰓と肺を持った動物で、骨で内臓を水圧から保護することで、内臓の発達を促し、肺などの複雑な体内構造を獲得した。

 肺は、元々取り込んだ酸素などを体内に保存し「浮き」代わりにしたり、酸欠時に酸素ボンベのように緊急で酸素を供給できる機構として、消化器官から分離して発達した「のう」が進化してできた呼吸器官であり、この肺の発達により、より多くの酸素を取り込むことが可能となった。


 鰓肺類の肺が呼吸器官よりも「浮き」の役割を強くした「ひょう」となり、体内で発生したガスや油分の量をこの「鰾」で調節することで、浮沈を調整できるようになったのが「鰓鰾類(さいひょうるい)」であり、この鰓鰾類が進化してひれを持つことで泳ぐことに特化したのが「鰓鰭蟲類さいきちゅうるい」である。


 一方鰓肺類でも、特に浅瀬にいたものは、泳ぐことに特化するよりも水中を必要最低限移動できれば良いため、鰭を発達させず、その代わり水底を這いやすいように、鰭をてあしに変化させていった。これが「鰓肢蟲類さいしちゅうるい」である。

 

 この鰓肢蟲類が、潮汐や雨季乾季などによる水位の変化のため、水中から出てしまうこともあり、大気中でも生存できるように環境耐性を獲得する必要があったことで、その結果誕生したのが「転態類てんたいるい」である。


 鰓肢蟲類も既に陸上での生活に適した四肢と肺呼吸を備えており、また鰓も持っていたため、陸上においても水中においても生息することは一応可能だった。

 しかし鰓肢蟲類と転態類の大きな違いは、その生活史である。

 鰓肢蟲類は卵生で卵から孵ると、そのまま成長し大きくなる。幼生の頃からすでに鰓、肺、四肢を持っており、変態することはない。

 一方転態類の大きな特徴は、変態することにある。幼生の頃は泳ぐことに特化した形態で卵から孵り、水中で生活する。やがて四肢が伸びると肺呼吸に切り替えて、成体となって陸上への生活に移行する。

 こうして転態類は陸上での生活へと進出していったのだが、実は、最初に陸に上がった動物は彼ら転態類ではない。


 一番最初に上陸した動物は、「昆蠕類こんぜんるい」である。

 彼らの祖先は環蟲類であるが、環蟲類が皮膚を硬くして身を守るようになったのが環甲蟲類、彼らは体節ごとに分かれた薄い板状の硬い皮膚を纏っていた。

 そして、その環甲蟲類から誕生したのが「鎧索蟲類がいさくちゅうるい」で、「鎧」は甲冑、「索」は縄の意味を持つが、鎧のような皮膚を纏い、その鎧が一本の縄のような「背行血管」で繋がっているため、このように名付けた。


 この鎧索蟲類と袂を分かったのが、この「昆蠕類」である。

 「昆」とは「群れる」、「蠕」とは「うごめく」と言う意味で、群れで蠢く様子からこう名付けた。そう彼らは群れを作り集団で行動する動物である。

 昆蠕類は、鎧索蟲類が鎧のような皮膚を獲得したのとは違い、皮膚の硬化を進めず、体節を頭部、胸部、腹部の三部に纏め、動くことに特化した身体を獲得した。

 呼吸方法は、小さい身体でも陸上での活動に支障ないように、肺ではなく「気管」と言う独特の方法を獲得した。

 

 地球の昆虫と同じような形態をしている昆蠕類だが、翅は持っていないため飛翔することはできず、地面を這い回ることしかできない。

 また幼生時に水中で過ごし、成体になってから陸上で活動する種が多く、転態類のように変態する種がほとんどである。時代を経ると幼生時は地中で過ごし、成体になると地上に出て活動すると言う種も現れる。

 

 この昆蠕類が上陸し、活動の拠点を陸上に移したことにより、地上の生態環境は大きく変わっていった。水中で繰り広げられていた食物連鎖の網は、いよいよ陸上にも広がったのである。


 こうして陸上には、異微特殊部隊を始め、植物、動物が勢揃いし、いよいよ彼らの活躍する舞台が陸上へと移ることになるのである。 

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