< 第二章 > - 氷解 -


 長きにわたり凍結していた桜雲星は、私ではなく、自然の働きによって、その凍結の時代に終止符を打とうとしていた。

 火山活動によって放出される二酸化炭素と、異微たちが有機物を分解することで発生するメタンガスなどの様々な温室効果ガスが、気温を上昇させる要因となったのだ。


 そして、その時はやってきた。

 一億年もの長い凍結の時代は、赤道付近の氷解によって、終止符が打たれた。

 待ちに待った温暖期の到来である。生物たちにとって長く辛い時代がようやく終わり、彼らの時代が戻ってきたのだ。


 大型生物たちは、ほぼすべてが凍結時の過酷な環境に耐えきれず絶滅した。

 エネルギー効率が良かった小型生物たちは、かろうじて生き延びたものの、その数は見るも無惨に激減していた。

 しかし、彼らは逞しく生きていた。寒冷地に対する耐性を身につけたもの、過酷な環境下で生き残るために栄養効率を上げたもの、仲間とともに協力したもの、熱水帯に逃げ込んだもの、深海に逃げ込んだもの、様々な方法でこの全球凍結と言う過酷な環境下で生き延びたのだ。


 こうして生き延びた生物たちは、ようやく訪れた暖かく穏やかな世界で、その数を徐々に増やしていった。


 海洋から始まった氷解は、陸上、高地、極地へと進み、高山や極地の一部が凍結するのみとなり、ようやく全球凍結前の状態に戻った。

 いや、戻った訳ではない。桜雲星の環境は大きく変わってしまっていた。


 まず、大気の成分から見てみると、生物にとって有害な物質が取り除かれた。おそらく大気が凍結することで、大気中に浮遊していた塵埃、塵芥が落下し、有害物質も取り除かれたのだろう。

 大気中にあった塵埃や塵芥は、海洋ができた時に降った大量の雨により、ほぼ洗い流されたが、それでも取り切れなかった微粒子や、その後の火山活動などで再び大気中に放出されたものが浮遊していた。この浮遊物が全球凍結により、取り除かれたのだ。


 そして、大気の成分と言えば、二酸化炭素の濃度が再び増えたことだ。正確な数値は測定機器がないので分からないが、明らかに凍結前よりも増えている。要因は色々考えられるが、火山活動が活発になったことによるところが大きいだろう。

 凍結によって、地殻が冷やされたことで、マントルの対流が活発になり、それに伴って火山活動が活発になったからだと思われる。

 このお陰で、全球凍結が終わったのであり、再び生物が大量に二酸化炭素を利用し、酸素を放出しても、そう簡単に再び全球凍結に逆戻りすることはないだろう、と思う。


 更に、生物たちにとって最も影響が大きかったのは、海洋の塩分濃度低下である。

 海洋が凍結した時に、溶けていた塩分が沈殿して氷結し、その塩分のなくなった氷が再び真水となって解け出したことで、塩分濃度が激減したと思われる。

 これによって、今まで高濃度の塩分に絶えられる生物しか存在しなかったが海洋において、塩分濃度の薄くなった海水にも対応して、外皮の構造を様々な形質に作り替えなければならなくなったことも、大きな環境の変化だったと言える。


 こうした急激な環境変化が、生き残った生物たちに新たな試練をもたらした。

 しかし、過酷な環境を生き抜いてきた彼らにとって、これぐらいの環境変化など、試練に値するものではなかった。

 むしろぬるま湯と言っても良い環境変化だと証明するかのように、彼らは爆発的にその数を増やしていったのだ。


 全球凍結時代を経て、すべてが変わってしまった桜雲星の環境だが、水中の様相も凍結前とは大きく異なっていた。


 水中において、植物性泡細胞生物が多細胞化して誕生した植物性多細胞生物には、「原草類げんそうるい」と「原翠類げんすいるい」の二種類が存在していた。

 どちらも水流に身を任せて浮遊する、プランクトンのような植物であるが、彼らは凍結前から存在していた植物たちである。


 ちなみに、この二つの形質は大きく異なる。

 「原草類」は化学合成をおこなう植物で、無機物を酸化してエネルギーを取り出し、そのエネルギーで有機物を合成する。光を必要としないため、深海や熱水噴出孔、間欠泉などで生息しているが、この形質のお陰で、原草類は全球凍結時代を生き抜く事ができたのである。

 

 それに対して「原翠類」は光合成によって有機物を生成する植物で、海洋の表層や湖川こせん(湖沼や河川)など、光が届く水域ならほぼどこにでも生息している。

 この原翠類には二種類あり、硫化水素と二酸化炭素を光合成するものを「硫原翠りゅうげんすい」、水と二酸化炭素を光合成するものを「水原翠すいげんすい」とそれぞれ呼んでいる。

 また、全球凍結時代には原翠類の多くが、環境の変化に耐えられずに死滅したが、中には極寒に対する耐性を身につけ、少ない光でも光合成できるものが現れ、生き延びた物も多く存在したのである。

 この「原草類」と「原翠類」が植物の生存者リストの筆頭であり、彼らは氷解した水中で再びその数を増やしていったのである。


 もちろん水中にいた植物は、原草類、原翠類だけではない。原蘚類げんせんるい蔚蘚類いせんるいも生き残っていた。原蘚類や蔚蘚類の多くは死滅を免れなかったが、それでも極寒の環境に対する耐性を獲得し、生き延びたものは一定数いたのだ。彼らもまた、氷解とともに数を増やしていった。


 一方、動物たちも大きく変化した。

 凍結時代に入る前には、動物性泡細胞生物が多細胞化して誕生した、動物性多細胞生物である「原蟲類げんちゅうるい」が存在していた。

 原蟲類とは原始的な動物で、動物の祖先とも呼べる存在である。骨格がなく内臓器官、捕食器官、運動器官など、すべての器官が原始的で単純な構造であり、身体が柔らかいため、形態の自由度が非常に高い動物である。


 原蟲類の代表的なしゅは「始原蟲しげんちゅう」である。

 この始原蟲は、骨格や消化器官などの体内組織はなく、身体をくねらせたり、繊毛や鞭毛などを使って移動する。また、獲物は全身でくるんで捕獲するか、もしくは開口部から捕食する。大きさは数㎝ほどで、さほど大きくはないが、今まで数㎛から数㎜程度の大きさだった生物たちから比べたら、格段に巨大化している。

 原蟲類にはこの始原蟲の他にも、触覚のような捕獲器官を発達させた「触獲蟲しょくかくちゅう」や、身体の一部を平らにして動かすことで推力を増した「動躍蟲どうやくちゅう」、開口部が異常に大きな「呑噀蟲どんそんちゅう」、細長い器官を獲物に刺して体液を吸引する「口啄蟲こうたくちゅう」など、色んな形態の動物が存在する。

 ちなみに名前はいつも通り私の独断と偏見で付けた。

 

 この原蟲類から始まった動物たちの進化は、体内器官、運動器官、感覚器官の進化を中心におこなわれた。そして、一番大きな変化は、文字通り大きくなったことだ。数㎝だった動物たちが数mにまで巨大化したものが出てきたのだ。

 

 進化した彼らを原蟲類から区別して、軟蟲類なんちゅうるいと呼ぶ。

 軟蟲類は、消化器官が発達し、体内に腸のような消化器官を持ち、開口部から獲物を取り込み、胃のような消化器官内で消化して、反対の開口部から不要物を排泄する。

 また、巨大化したため器官同士、細胞同士の情報伝達や栄養物の輸送を効率良くおこなうため、神経系や血管網が発達し始めた。

 もう一つ大きな進化は生殖器官である。原蟲類はすでに有性生殖をおこなっていたが、彼らは配偶子を水中に放出して終わり、受精するかどうかは運次第であった。しかし、軟蟲類は雌雄で配偶子の放出タイミングを合わせ、同時に放出することで、受精の確立を上げていた。まさかまだまだ原始的な彼らが、この段階で互いに意思の疎通をおこない、生殖行為に至るとは思いもよらなかった。それだけ、生殖と言うのは生物にとって重要な生存行為の一つなのだろう。

 

 そう言えば、大学時代に付き合っていた彼が、

「本来、セックスなんて行為は、生殖以外の目的でするものじゃないよね。時折襲ってくるこの本能の衝動さえなければ、君との時間をこんなことに使わずに、もっとお互いが向上するための、創造的で、建設的で、切磋琢磨できる時間にすれば、もっと有意義で、素敵な時間を過ごすことができるのに。君にこんな酷いことをして、本当にごめんね。」

行為が終わるたびにこんなことを言っていた。

「良いのよ。私もあなたとこうしていたかったのだから。お互い様じゃない。あなたとなら、こう言う時間も有意義で、素敵だわ。」

そんな風に返していたけど、彼はいつも苦悶の表情だった。

 最初は真面目な彼の照れ隠しかなとか思ってもみたけど、行為を重ねるたびに、同じ事を繰り返すので、私との行為がつまらないから言い訳してるのかなとか、ホントに色々悩んだけど、結局、彼にとっては罪悪であり、苦痛でしかなかったようなのだ。


「男なんて頭の中はセックスのことばかりよ。」

なんてことを言う女子がいたけど、彼女にはセックスを苦痛に感じる男性の存在なんて、微塵も想像できないんじゃないかなと、今でも思う。私もそんな男性がいるなんて、中高校生の頃は想像もしなかったから。


 彼と付き合っていた三年あまりで、片手で数えるほどしかしなかったセックスだが、彼にとってはそんな苦痛の時間なんかよりも、私との知的な会話を楽しむ方が、至福の時間だったのかも知れない。

 良く二人で、古代生物のこと、地質学のこと、進化論のことを中心に、色んなことを朝まで語り明かした。その時の彼の表情はホントに楽しそうで、キラキラしていた。彼が苦痛の表情を浮かべるセックスよりも、そんな彼の表情が大好きだった。


 ただ、そんな彼との時間は私も楽しくて、幸せだったけど、やはり女として求められなかったのはどこか寂しかった。もしかしたら、女の方が頭の中はセックスのことばかりなんじゃないかな、なんて思い悩んだりしたこともあった。


 結局彼とは大学卒業とともに疎遠になって別れてしまった。

 しかし、もっと彼とのセックスを大切な時間にして、彼の苦痛を和らげてあげられたら、お互いにもう少し違った人生を歩めたのかも知れない。

 でも、当時の私はまだ子どもだったのだから、そんなことができるはずもないし、何にも分からない小娘の私が、もし偉そうに彼の悩みを解決してあげようなんてしていたら、きっと彼の精神は崩壊していたかもしれないし、彼の人生は最悪の結末を迎えたかも知れない。

 あの後彼がどんな人生を送ったかは知る由もないが、私よりも素敵な女性と出会い、幸せな人生を送ってくれていたら良いとは思う。


 彼との思い出は、淡い苦みのあるものとなってしまったが、思いもよらないことに、軟蟲類の生殖行為を観察しながら、彼との思い出が蘇り、セックスが生物にとって異なる意味を持つことに気づくことなど、私にはまったく予測できなかった。


 苦い思い出は、ひとまずしまっておいて、軟蟲類について話を戻そう。

 この軟蟲類は、生殖方法以外に感覚器官も発達していた。

 光を感知する受光器官によって好光動物は光のある方へ、嫌光動物は光のない方へと移動する。また皮膚にある触覚器官によって、水流の微妙な違いによって、天敵の接近を察知し、逃げることができるようになっていた。


 動物たちの進化は、更に進んだ。

 原蟲類、軟蟲類と進化を経て、次に現れたのが「鱗蟲類りんちゅうるい」と「環蟲類かんちゅうるい」、そして「殻蟲類かくちゅうるい」である。

 「鱗蟲類」は、身体にうろこのような形状をした、薄くて硬い膜をいくつも纏って身体を保護している蛇のような形状をした動物である。

 また「環蟲類」は、節ごとに分かれた環節内の体液に圧力をかけて移動する、ミミズのような形状をした動物である。

 そして「殻蟲類」は身体の外に殻のようなものを纏った動物で、初期のころはこの殻が鱗のようだったため、ぱっと見には鱗蟲類と見分けが付きにくかったが、鱗蟲類は鱗のような薄い膜を纏っていて、殻蟲類は鱗のような硬い殻を纏っていたし、鱗蟲類は蛇のような形状で、殻蟲類は海鼠のような形状をしていたので、よく見れば違いははっきりとしていた。


 この鱗蟲類、環蟲類、殻蟲類が出現した後に、全球凍結時代が始まった。そして、軟蟲類、鱗蟲類、環蟲類など、大型化していた動物たちは、そのほとんどが死滅した。

 大型化が死滅の直接的な原因ではないが、大きいことで餌を十分に確保できず、耐寒性の欠如も合わさって、極寒の環境に耐えられず死滅していったのだ。

 しかし、殻蟲類や、鱗蟲類から進化した「鱗甲蟲類りんこうちゅうるい」と、環蟲類から進化した「環甲蟲類かんこうちゅうるい」の中には、大型化しなかった種が存在し、この過酷な時代を生き抜いた。彼らは少ない餌でも十分で、耐寒性にも優れ、生息地も柔軟に対応できたため、生き残ることができたようだ。氷解すると彼らはその数を再び増やし、繁栄していったのだ。

 もちろん元々大型化をしなかった殻蟲類から進化した「殻甲蟲類かくこうちゅうるい」も同様に生き延び、再び数を増やしていった。


 氷解後の水中は、こうして再び生命溢れる世界へと戻っていったが、もう一つ忘れてはいけないのが、陸上である。


 異微特殊部隊に端を発した上陸部隊には、「蔚蘚類いせんるい」の「岸蘚がんせん」が続いて参戦した。岸蘚のせいで全球凍結時代に突入したと言っても過言ではないが、彼らを極悪人と断罪するか、救世主と崇めるかは、生物たちそれぞれの立場によって異なるだろう。

 酸素に耐性がなかったり、全球凍結によって死滅していった生物たちにとっては極悪人であろうし、酸素を大量に消費する生物たちにとっては救世主のような存在であろう。


 この新たな世界を造り出した立役者の岸蘚であるが、氷解後の世界において、彼らに与えられた次のミッションは、動物たちが上陸するためのお膳立てである。

 岸蘚が生息するのは、水場だけであり、岩礁や湖川の岩場に付着しているだけの葉状体植物である。異微特殊部隊を養い、酸素を生み出すことはできても、大型の動物が上陸してきたら、とてもではないが、彼らにすべて食い尽くされてしまう。

 その対策のためには、まず一つは大型化、もう一つは生息地の拡大をし、大量繁殖をする必要があった。

 もちろん彼らがそんなことを予測していた訳ではなく、繁殖するためにはおのずとそのような方向に進化していったと言うだけなのだが。


 その進化のために彼らが克服するべき問題の一つが、重力であった。

 水中では何の問題もなかった重力だが、陸上では身体を支えることができなければ、重力によって押し潰され、いつまでも平べったく地面を這うように伸びることしかできないし、当然大型化に支障が出てしまう。


 そのために蔚蘚類は岸蘚だけでなく、様々なしゅを生み出した。岩場に吸着しやすくするために葉の裏側に髭のような器官を伸ばした「髭蘚しせん」や、岩場だけでなく土などの土壌でも生息できる「土蘚どせん」など、生息地や形質を変えながら、陸上での生息域を広げ、大型化の準備を調えていた。


 大型化のためには、蔚蘚類は身体を硬くする必要があった。身体が硬くなれば、上へ伸びることは可能である。

 しかし、身体が硬くなればそれで上へ伸びることができるかというと、そんなことはない。なぜなら、土台もなく高くなればすぐに倒れてしまうからだ。

 もし、地中に杭打ちをしないでビルを建てたら、そのビルは地震や台風で、積木のようにすぐに倒壊してしまうだろう。それと同様に、岩場に付着しているだけの蔚蘚類が、何の対策もなく上に伸びたら、すぐに倒れてしまう。

 

 そのため、地中に杭打ちをする必要があった。そこでできたのが「根」である。

 蔚蘚類にも先程紹介した「髭」のようなものはあった。しかしこの「髭」は岩場に付着して離れないためのものであり、身体を支えるためのものではない。

 この「髭」を身体を支えるための「杭」のように地中深く差し込む必要があった。ただ、岩場ではそんなことは不可能である。

 しかし、蔚蘚類の中には、既に「土」の上に進出していたものがいた。「土蘚」である。彼らが進出した、異微特殊部隊たちがせっせと造っていた土壌の「土」であれば、地中深く根を張ることができる。ようやく蔚蘚類は地中に根を張り、上へと伸びる足がかりを得たのである。


 こうして時が経ち、やがて誕生したのが「維蘇類いそるい」である。

 根を伸ばせばそれで良い訳ではなく、身体を伸ばすと言うことは、獲得した栄養やエネルギーを全身に廻さなければならない。そのために必要なのが「輸送管」であり、動物で言えば血管に相当するものである。

 生物学ではこれを「維管束いかんそく」と呼ぶが、私は「維蘇いそ」と呼ぶことにした。いつもの通り、紛らわしくないようにね。

 ちなみに「維」は繋ぐとか支えると言う意味があり、綱という意味も持つ。「蘇」はよみがえるや目覚めると言う意味があるので、命を繋ぐ綱状の器官と言う意味でこの名を付けた。

 

 この維蘇を持つ維蘇類は、基本的に根、茎、葉の三部位を持ってはいるが、最初は管が一本通った、根のようなものを地中に刺すだけだった。それが、徐々にこの根のようなものが何本にも分かれて、地中にしっかりと張り巡らされるようになると、今度は茎のように上へと伸び始めた。

 上へと伸びるためには、内部構造も丈夫になる必要がある。最初は茎自体が細くて、高く伸びることができなかったが、徐々に太く、硬く、丈夫になり、高さを確保できるようになった。

 高さを確保できるようになると、今度は枝葉の形状が変わった。より効率良く天照光を受けるために、葉の向き、葉の位置、葉の枚数などが枝の発達とともに変わっていった。

 こうして、上へと伸びた維蘇類は、やがて扇葉類せんようるいへと進化した。


 扇葉類とは葉が扇のように広がり、天照光に向けてすべての葉が開く植物で、背丈が十数㎝ほどもある。地べたを這い回っていた蔚蘚類からしたら雲泥の差である高さだ。

 この扇葉類はまだ胞筴で繁殖しているが、葉の裏にびっしりと「胞筴嚢ほうきょうのう」と呼ぶ胞筴が大量に入った袋を沢山付けていて、条件が揃うと大量に胞筴を放出する。これにより、扇葉類は一挙にその数を増やしていった。

 また、乾燥に対する耐性もかなり向上し、水辺から多少離れた場所においても、一定の雨量があり、土壌に湿り気さえあれば、生育することができるようになった。


 全球凍結時代終了後に再び訪れた温暖の時代、水中においても、陸上においても、こうして生物たちは再び繁殖し、進化し、一面氷の世界から蘇ったこの桜雲星を、緑の星へと変えていってくれた。

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