星の人

もちもち

星の人

 星のサイズが大きくなるほど、そこに住む生命体も巨大になって行くのだろうか。


「ふふ…… 松島のそういう発想好きだな、俺」


 守山は、いつもの柔らかな笑い方で嗤ってきた。

 いや、守山は嗤ったことなんてないだろう。単純に俺が嗤われたと感じたのだ。


「子どもっぽくて悪かったな」

「そんなこと言ってない。

 巨大化する理由や目的は、実はよく分かってないんだ」

「どういうことだ」


 この話題が今初めて俺の口から聞いたわけではなく、まるで前から存在している話題のように松島は返してきた。

 深夜のコンビニ。人気のない店内で、二人、ダラダラと喋り続けている。どのくらいダラダラしているかというと、どう転んだところでどこにも何にも影響がない俺の話題が転げ出て、さらに展開しようとしているくらいだ。


「まあまあ、まず、俺は松島の見解を聞きたいな。

 松島は、『星のサイズ』が大きくなれば、そこに住む生物も大きくなると考えるんだな。

 それはなぜ?」


 いつもなら、守山は一方的に話し続けるのだが、今夜は俺に水を差し向けてきた。

 戸惑いつつも言葉をまとめる俺に、守山は静かに待ってくれるのかと思ったら、レジ横の中華まんのケースを指している。

「あんまん一つ」とマイペースに言ってくるので、俺は一度言葉の整理を止めて本来の業務をこなした。

 酷暑の残滓が長引く中、突如として降ってきた冬の気配に、中華まんが飛ぶように売れる…… と思ってたのに、まだケースにはあんまんとピザまんが残っている。


「…… 確か、大きい星は重力が大きかったはずだ。

 地球と木星だと、木星の方が大きいし重力だって大きかっただろ。

 重力が大きいってことは、それだけ体に負担が掛かるってことで、それに見合った頑丈な身体にならなきゃいけない。

 だから、大きく、頑丈になる」


 釣銭を守山に渡しながら答えると、彼は手の中に小銭を置いたまま、俺を瞠目する。


「なんだよ」

「いや、松島、もしかして、星の勉強でもしたのかい」


 どうやら、俺が星の小さな知識を話し出したことに驚いたようだ。

 彼の驚きを覆してしまいそうだが、俺は手を振った。


「違う違う、お前が以前話してたのを覚えてただけだ」


 守山はすぐに破顔して、なんだ驚いたと言う…… のかと思っていた。

 だが、守山は変わらずに驚いた様子で俺を見ていたのだ。もしかしたら、継ぐ言葉さえ出てこなかったのかもしれない。

 大量の言葉を操るように喋る男が、一つの術も失ったかのように見えて、俺は少し不安になった。


「守山?」


 目の前でひらひらと手を振ってみると、そこでようやく守山は一度口を開き、そして閉じる。

 おもむろに持っていたあんまんを二つに割ると、片方を俺に差し出した。


「いやあ、びっくりしたな。

 まさか俺の話なんて覚えられてるとは思わなかった」

「どういう意味だよ」


 差し出されたあんまんを受け取りながら、鼻で嗤ってツッコミを入れてしまった。

 それは受け身なのか可能の意味なのかで、かなりニュアンスが異なってくるわけだが。

 だが、守山は答えずに笑うだけだった。それがなんだか嬉しげにも見える。少なくとも、悪い意味での言葉ではなかったようだ。


「びっくりしたところで、話を進めようか。

 松島は見かけの大きさと重力が比例すると考えているんだな。

 ええと、俺が前にそんな話をしていたと…… なるほど、では発信者の責任をもって訂正しなければならないな」


 違うんかい。

 自信満々に(というわけではなかったけど)ひけらかした知識が間違ってるとは。事故ったのがこの男発信者の前で良かった。


「例に出された地球と木星を考えると、見かけの大きさが11倍に対して、重力は2.5倍らしいね。

 これは地球が岩石の惑星で、木星がガスの惑星だからなんだ。つまり、重力は大きさよりも質量、密度の方に依存するんだよ。

 ここは訂正させておいてくれ」


 完全な間違いでは無さそうだが、守山本人が訂正と言っているのだから、俺に改めて反論する気もない。

 俺が一つ頷くのを見て、守山は話を続けた。


「では本題の重力に対しての生物の大きさだけど。

 松島、現在の地球で一番大きい生物を知ってるかい」


 今日はよく質問を投げてくる。

 俺は少し考えて…… 某SNSの動画で見た、人を縦に二倍したくらいのデカさの動物を思い出した。


「なんだっけ…… ムース?」


 美味そうな名前だなと思ったのも思い出した。

 守山はうんうん、と頷く。


「あー。俺、ヘラジカも好きなんだ。

 でも違う、鯨だよ」


 ああ、と俺は納得した。そういえば最近ふらっと出かけた水族館か動物園で、そんな説明書きを見た記憶がある。


「鯨が大きくなったのは、水中で重力から解放されたからとも言われてる」

「はーー」


 思わず唸りながら、自分でその声がなんだか恥ずかしくて、あんまんを口に放り込んで黙らせる。

 などと、俺の心境に気づくはずもない守山の手には、まだ口を付けてないあんまんがある。冷めそうだな。


「ところで、かつて地球の陸上には、恐竜がいたわけだけど。

 じゃあ太古の地球は重力が小さかったのか…… という話でもない」

「ない」

「ないんだ。確かに太古の地球は今よりも自転が速くて、その分重力が軽かった説があるけど、実は重力に影響するほどの速さの違いではないらしい。

 しかし、恐竜は巨大な骨を残している。

 一説には大気濃度が関係しているという話もある」

「この話まとまるか」


 星のサイズと重力の話がそもそも勘違いをしていて、重力と生き物のサイズも関連がない上に新たな要素まで出てきてしまった。

 心配になってきた俺に、守山はにこりと笑った。


「なんと、まとまらない」

「なんと」

「つまり、よく分かってないんだよ。

 生物が大きくなっていった理由が、目的が」


 なるほど。そういえば、最初に守山自身がそう言ってたな。

 だが、分からないなりに腑に落ちるものがあった。


「目的、か」


 大きくなる目的が、鯨や恐竜たちにはあったのか。

 しみじみと頷いている俺の前で、守山はもそもそとあんまんを食んでいる。温めようかと声を掛けるタイミングを逃した。

 先ほど俺が考えている最中に業務を要求した意趣返しではないが、咀嚼中の守山に尋ねた。


「もし、守山が六本木ヒルズくらいデカくなるとしたら、その目的は何になる」

「240メートル弱は、さすがにでかすぎないか」


 あんまんも途中に、守山はびっくりした顔で俺を見た。

 だが、俺はその意見を受け付けない。お前は今、240メートルの男だ。

 俺の無言の待機に、守山は「そうだなあ」と考える素振りをした。だが、この男はあっさりと答えたのだ。


「星を見るためかな。

 そうなると、少なくともエベレストくらいは高さが欲しい」

「ぜんぜん足りてねえじゃん」


 さすがにと引いておいて、さらに三十倍以上を求めてくる。

 しかし、なんてこの男らしい目的だろうと思って、自然と笑ってしまった。エベレストくらい高さがあれば、彼の好きな銀河もよく見えるだろう。


「松島は」


 と、守山が言うので、巨大化の目的を問われるのかと思い、答えを巡らそうとした。


「エベレストくらいの大きさだったら、時給いくらくらい欲しい」


 どんな質問だ、守山。

 まさか時給を聞かれるとは思わないんだわ。守山のセンスは、たまに俺の認知の遥か上を行く。

 悪意も揶揄もないにこにこした笑顔の守山へ、俺は答えた。


「三倍以上は貰っていいだろ」

「松島は遠慮深いなあ」


 そう言って、三十倍以上を求めた男が笑うのだから、確かに自分は慎みある数値を提示したのだろう。どちからというと、身動きが取りにくそうなので、今のサイズでいい。

 あまりに背が高いと、守山の声も聞こえ無さそうだ。

 少なくとも、時給のために巨大化になる可能性は、俺には無いだろう。

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