アンシンメトリカル・ラビット
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ザック君が、急に私の名前を書いてと言ってきた。
地面に指先で文字を書く。
ALICE
我ながら子供っぽい字だ。少し恥ずかしい。
舌足らずなしゃべり方に幼い容姿もあり、いつでも年下に間違われる。
そんな自分をこの3人は普通に扱ってくれる。
それがとても心地よかった。
「アリス、君は今、鏡の国にいるんだよ」
ザック君は時々唐突な事を言う。
思考が早すぎて、周りの人が置いてけぼりになってしまうのに気づいていないんだろうな。
「最初に違和感に気付いたのは君のアンテナだ」
自分のヘルメットについたアンテナパーツに手を伸ばす。
落下の時に傷ついたので、伸ばしてやらないとノイズが載ってしまう。
「まるでボタンを掛け違えたような違和感…その正体にやっと気づいたんだ」
彼は、丁寧に、私の思考が追い付くのを待ってくれているかのように、静かに説明を続ける。
「あの転送装置は、対象物を転移させる際に対象物をそのまま移すんじゃないんだ」
「どういう事?そのままじゃないって?」
「ピンホールカメラ…といって分かるかな」
「俺知ってる!壁に穴が開いててそこに光を通すやつだろ!!
穴を通った光は!反対側の壁に映し出されるんだ!
アナログなカメラの原理だよな!!」
「それだ」
ザック君が満足そうにうなづく
「あの転移装置はまさにピンホールカメラなんだ」
「どういうこと?」
「ピンホールカメラを通した画像がどうなるかと言えば…」
「あっ!」「そうか!」
わからない。また私だけが追い付けない。頭が痛い。
ザック君はそんな私に分かるようにか、地面に文字を書いてくれた。
「アリス、君の書いた字は、僕たちからはこう見えるんだ」
ƎϽI⅃A
まるで鏡越しのような字を、ザック君はスラスラと書く。
ƎϽI⅃A
ALICE
私の文字と、彼の文字。
同じだけど真逆な、左右あべこべな2つのALICE
「そうかー、ピンポールカメラはー、左右が反転するんだねー」
ようやくわかった
「そうだ、アリス。君は今、全身が光学異性体となっているんだ」
君は今、鏡の国にいるんだよ。
ザック君の言葉が今理解できた。
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その説明を聞いていたケイトが食って掛かる。
「ちょっと待って、じゃあなんで
「
「じゃ、じゃあ、なんで
「電波の通信というのは極論すれば0と1の二値の送信だ。そこに左右の差は存在しない。だからアリスの
既に分かりきった回答を吐き出すかのよに、淀みなく回答する。
「じゃあ!毒物は!?あれはなんだったんだよ!!」
「生物を構成する物質であるアミノ酸にはD型とL型、左右の異なる光学異性体が存在するんだ。このうち地球生命はL型だけで構成されている。同様に化学物質にも左右が異なる光学異性体が存在する。そして有益な化学物質であっても光学的に逆の型は時として人体に有害となる」
「今のアリスには!薬が毒になるってことか?!」
「そうだ」
俺たちは良かれと思ってアリスを殺すところだったのか…
そうつぶやきその場に尻もちをつくボビー
「じゃあ、携帯食料の味が変だってアリスが言い出したのも?」
「味覚の受容体は同じ物質でもD型とL型で感じ方が異なるんだ」
なるほど…と深々と頷くケイト。
「でも、なんで古代異星生物はそんな危険な転移装置を使ってたのかしら?」
「おそらく彼らの身体はD型とL型が混在する構成だったんだよ。つまり危険性はなかったんだ。もしかしたら左右の反転の認識を補正できるような能力を持っていたのかもしれない。だから彼らの身体が左右反対になったとしても何も不便を感じることが無かったんだ」
全ての謎は説明しきった、とばかりにザックは全員を見渡す。
「じゃあ…光学異性体として問題のない成分だけを抽出できれば…」
「そうだ。アリスは救助が来るまで生存できる」
「それならさ!もう一度装置に通せば!?元にもどるんじゃ!!」
「それは危険だ。検証してからが良いだろう」
3人は喧々諤々の論争を繰り返す。
アリスは、自分の傷んだ右耳を眺めながらフフッと笑う。
彼らから見ればこれは左耳なのだと。
「わたしは今ー、
朗らかな笑顔を見て、ザックは重荷が下りた顔で大きく息を吐いた。
数日後、彼らは救助され、その大発見が全宇宙を震撼させる事となるだろう。
しかしそれは今の彼には些細な出来事に過ぎなかった。
アンシンメトリカル・ラビット たいたい竹流 @torgtaitai
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