未知の病理

最初に異変があったのは、食事の時だった


「これー、なんだか苦くないですー?」

「そう?いつも通りの味だと思うけど」


アリスが珍しく不平を漏らしたことにケイトは不思議だった。


ケイトが用心のためと大量に持ち歩いていた携帯食料のおかげで、食事問題は解決できた。

宇宙服ジャンプスーツは身体の排泄物を濾過し水分の循環さえも可能ではあるが、できることなら頼りたくはない機能ではあるからだ。


「うまい!うまいよ!!」

「そうだな、いつも通りだ」


乾燥した携帯食を貪り食うボビーと、機械的に口に入れるザック。

二人とも特に不満はなさそうだ。


「なんだろ?風邪とかだと厄介ね。チェックしてみようか」

「はいー、宇宙服ジャンプスーツメディカルチェックおねがいー」


音声に反応し、ヘルメット上に診断結果が表示される。

血圧・脈拍・体温全て正常値だ。


「特に風邪の様子も無し、か。いろいろあったから疲れたのかもね。

 栄養補給剤としてサプリメントを摂取して、今日は早めに休みましょうか」

「そうするー」

「男子はそっちね」

「サー!イエッサー!」

「あぁ」


小部屋を左右に分断してそれぞれ横になる。

警戒のため1名は起きておき、順番に交代して休む体制が自然と決められた。


酸素も水も食料も、そして時間もある。

崩落の危険も免れたようだ。

そんな危機感の薄まった空気の中、翌日に自体は急変した。


「うぅ…」

「どうしたの!アリス!しっかりして!」


アリスの容態が悪化していた。

額には汗をかき、けだるさを訴えている。


宇宙服ジャンプスーツ、メディカルチェックを」


チェック結果は、異常値を示していた。

しかし原因が特定できない。


「何?!なにが原因だよ!!?」

「分からないわ…転移した瞬間に身体に悪影響が出たにしてはタイムラグがあるし…」

「まさか!古代のウィルスとか!」

「そういえば、味覚の異常を訴えていたわね。もしかして」


「いや、それはないな」


混乱する二人にザックが断言する。


「ウィルスは本質的に既知の生物に対して効果を及ぼすものだ。

 例えるなら偽鍵だ。

 生物という鍵穴に本来刺さるはずのない偽鍵が差し込まれ、自己増殖を強制する。

 異星生物は生物として鍵の規格そのものが異なるのだから、刺さるハズがない」


「ウィルスが無理としても、寄生虫の可能性は?」

「ヤダー!フェイスをハガッーてされるんだ!!」

宇宙服ジャンプスーツ越しに?どうやって接触するんだ」


言われてみれば確かに、と二人は気を取り直す。


「経口摂取したのは食事とサプリメントの類だけよね」

「そうですねー…」


苦しそうにアリスは返答する。


「他に違和感は無い?もう一度、今度はフルチェックしてみましょう」


アリスが宇宙服ジャンプスーツにフルスキャンを命令し、実行結果が全員に拡散される。


「この結果は…毒物反応よね?」

「毒?!毒なんてどこから侵入するのさ?!」

「判らないわよ、でも確かに警告の表示はそうなってるんだから…さすがに薬学を専攻してないから詳細が読み取れないわ…」

「クソッ!コンピュータの故障かっ!?」


ボビーが地面を踏みつけて苛立ちをあらわにする。


「落ち着いて考え直しましょう。アリスに異変があったとすれば、それは瞬間転送装置の影響としか考えられないわ」

「でも!フルスキャンの結果!身体にはDNAレベルで異常無しだっただよ!?」

宇宙服ジャンプスーツの故障は」

「ないな」

「でも!可能性は!!」

宇宙服ジャンプスーツの自己診断機能は周囲の宇宙服ジャンプスーツとも連動している。1台が故障したのであればそのずれは周囲の僕たちの宇宙服ジャンプスーツによって自動検出されるはずだ。

 つまり4台同時に同様の故障に見舞われない限り、故障個所の見落としはありえない。その確率は天文学的だ。オッカムの剃刀でそぎ落とすべきだ」


「良く分からないけど!わかったよ!!」

「でもそれなら一体何が起きているの?身体に影響はない、食事も私たちと同じものを摂取している」

「サプリメント!あれは?!」

「スキャンしたけど、異常なしよ」


「みんなー…迷惑かけてごめんねー…」


力ない声でアリスが謝罪する。


「アリスは何も悪くないわよ」

「そうだよ!心配しないで!!」


そう声をかけるボビーとケイト。


「ザック、あなたも何か言ってあげなさいよ」

「(ぶつぶつ…)」

「えっ?何?」


宇宙服ジャンプスーツの故障はありえない、工場で加工検査済みの非常食量に毒物の混入は不可能、サプリメントも同様。身体的には健康状態だが摂取すると毒物が検出される条件とは…瞬間転送装置がある以上、既存の科学の範疇で考えてはダメなのか?例えば時間の経過の加速による超高速の腐敗?いやその場合も非常食量やサプリメントが毒に転じるためには菌の混入が不可欠でそれはありえない。劣化したとしてもだ。逆に時間が逆転した?しかし加速反転にしろ彼女本体に支障がないのは不可思議すぎる。さらなる要素を加味するのであれば時間ではななく空間的な跳躍により毒成分がどこかの次元から…いや次元そのものが人体に対して毒素として働く可能性は…そこまで超科学的な影響は宇宙服ジャンプスーツで毒素として検出することさえ不可能なはずだ…」


ザックが超高速で思考を張り巡らし、その内容を独り言ちつづける。


「こんなことになる前にー、皆で集合写真ー取っておきたかったなー…」


アリスはそう言いながら、左のアンテナを触って感度を整えると、両手の指で四角くフレームを形作り、カメラで3人を写し取るような仕草をする。


「カメラ…光点…そうか、分かったっ…!!」


ザックは突如立ち上がるとアリスに頼みがあると話した。


「なにー急にどうしたのー…?」

「いいから早く!」


言われるがまま、アリスはザックのいう通り地面に指を這わせる。


「え?!ナニコレ??どううこと??」

「アリス…?あなたどうしちゃったの一体…?」


ボビーとケイトは訳が分からないという顔で地面を見つめる

ザックが言い含めるようにアリスに語り掛ける。


「アリス、君は今、鏡の国にいるんだよ」


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