第27話 僕は君の傍にいて ★

※物語の最後に楽曲が付いています。



『僕は君の傍にいて』


 君がいる それだけで 僕は手を伸ばせるんだ

 鮮やかになる日々を 傍にいて見ていたい


 僕たちは何度でも 悲しみを塗り替えて

 遠くまで行けるだろう 君がいてくれたら


 君がいる それだけで 僕は手を伸ばせるんだ

 鮮やかになる日々を 君とならいきたい


 僕にとって君だけが 信じられる光なんだ

 あの日見た空の青 夢はただ愛おしい



 七月二十九日、日曜日。


 海に行った日の翌日。

 晶矢は、昼過ぎに涼太郎の部屋を訪れていた。


 涼太郎は詩を書いたノートを、胸に抱えたまま、晶矢に手渡せないでいる。

 昨日の夜中に勢いで書き上げた詩を、朝起きて見直したら、余りの内容の恥ずかしさにびっくりした。昨日の自分は、何でこんな事を書いてしまったんだと、涼太郎は後悔していた。しかし、今更書き直せるはずもなく。


「……見せて?」

「い、いやだ」


 手を差し出す晶矢に、涼太郎はふるふると首を振って頑なに拒否する。


「昨日約束したよな?」

「そそそ、そうなんだけど……!」


(自信ない、というかやっぱり恥ずかしすぎる……! こんな告白みたいな、言葉……)


 傍にいたい、という気持ちが、つい詩に溢れてしまった。

 しかもあんな大見得を切っておきながら、見せられないのでは、恥ずかしさこの上ない。涼太郎は耳まで真っ赤にしている。


「ふうん、じゃあ罰ゲームだな?」


 いい加減痺れを切らした晶矢は、じとっとした目で涼太郎を一瞥すると、手をワキワキさせながら涼太郎に迫ってきた。


「約束、守れないんだろ?」

「えっ? 何⁈ ちょ、ちょっと待って⁉︎」

「待ったなし、なんだよな?」


 それを見た涼太郎は驚いて後ずさる。

 まさか、昨日の階段登りの時の意趣返しなのか。罰ゲームのこちょこちょの刑を今やろうとしているのか。


 晶矢にベッドの隅にまで追いやられ、逃げ場のなくなった涼太郎は、涙目になってついに叫んだ。


「わ、分かった! み、見せる! 見せるから……!」


 ようやく観念して、慌てて涼太郎が差し出したノートを、晶矢はひょいと取り上げる。


「ったく、最初から大人しく見せろよな」


 今度やったら罰ゲームだからな、と晶矢は釘を刺して、そのまま涼太郎の隣に座り込むと、ノートのページをめくった。

 涼太郎は恥ずかしさの余り、両手で顔を隠して震えている。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……?」


 晶矢の沈黙がやけに長い。居た堪れなくなり、涼太郎は指の隙間から、隣の晶矢の様子を覗き見た。

 すると、晶矢は真剣な顔をして、ノートを食い入るように見つめたまま固まっている。


「あ、あの……?」


 晶矢がずっと黙ったまま反応がないので、不安になって涼太郎は声をかけた。


「何か……言って……」


 すると、晶矢は持っていたノートで自分の顔を隠した。


「ちょっと待て」

「えっ?」


 ようやくしゃべった晶矢の声が、ノートの下でくぐもって聞こえる。


「今ちょっと脳内で情報整理してるから」

「?」


 そう言ってまた黙って動かなくなった晶矢の様子に、涼太郎は訳が分からず、はらはらと焦ってしまう。


(ど、どうしよう。晶矢くんの様子がおかしい……やっぱり僕、変な事書いちゃったかも……)


 まだ沈黙したままの晶矢に、居た堪れなさがピークに達して、涼太郎はノートを返してもらおうと、晶矢の方に向き直った。


「あ、あの、ごめん! やっぱり書き直すから返して……」

「返さない。書き直さなくていい。あと謝るな」


 晶矢に矢継ぎ早に言い返されたところで、涼太郎は「あれ?」と気づいた。

 顔はノートに隠れて見えないが、晶矢の耳が赤くなっている。


(えっ、晶矢くん、もしかして……照れてる?)


 涼太郎が驚いていると、ノートを少しずらして、晶矢は目元だけ出した。


「涼太郎、ありがとう。めちゃくちゃ嬉しい」

「!」


 晶矢が照れくさそうにそう言うので、涼太郎もつられて照れくさくなってしまい、思わず目線を逸らして俯いた。


(よ、喜んでくれた……)


 人のために詩を書いたのは初めてだが、その詩を晶矢に喜んでもらえたことが嬉しくて、涼太郎は心底ホッとする。


「お前が俺のために、心を込めて書いてくれたんだろ。大事にする」


 そう言って晶矢は、ひとつ大きく深呼吸をして、ノートを持っていた手を下ろした。

 まだ少し頬が赤いが、真剣な表情をした晶矢は、ベッドから降りると、ギターを手に取った。涼太郎の部屋に置いていたギターではなく、今日晶矢が持ってきた別のギターだ。

 エレキギターだった。


「アコギだと、部屋で鳴らすとやっぱうるさいから、今日はこれで」


 晶矢はそう言って、涼太郎にヘッドホンを差し出した。


「?」

「これつけて」


 涼太郎は言われた通りにヘッドホンをつけてみる。ヘッドホンは、ギターのジャックに刺してある、小さな手のひらサイズの箱型の機器に繋がっていた。

 晶矢が弦を弾くと、ヘッドホンからギターのはっきりとした音色が響いて、涼太郎はびっくりした。


「えっ! すごい……」

「今ギターに刺してる小さいやつは、練習用のヘッドホンアンプ。普通のアンプもあるけど、大きくて持ち運ぶの大変だし、音出すとうるさいからな。エレキはそのまま弾いても、アンプとかに繋がなきゃ大した音じゃないから」


 試しにヘッドホンをしないで、そのままの生の音を聞くと、確かにそこまでの響きも音量もない。


 晶矢はギターを抱えてベッドに腰掛けると、涼太郎の書いた詩のノートと、譜面ノートをテーブルに広げた。


「この詩をそのまんまサビの歌詞にしよう。だからまずはサビから作ろうぜ。詩の内容的に切ない感じだから、マイナーキーで行くか」


 晶矢はそう言うと、まずEmコードを鳴らした。

 涼太郎は、その音色を聴いて、背中がぞくりとして、思わず目を閉じた。ひとつの音色も取りこぼさないようにと、身体がつい反応してしまう。


「俺がこうやって色々適当にコード繋げて弾いてくから、涼太郎はヘッドホンで聴いてて。その中で浮かんだメロディやら、歌詞があったら教えて」


 涼太郎は目を閉じたまま、こくりと頷いた。

 これから晶矢のギターが聴けると思って、心が喜びに満ち溢れるのが、自分でも分かった。

 涼太郎は今はっきりと自覚した。

 晶矢のギターの音色が、心の底から好きなのだと。


(ああ、僕どれだけ晶矢くんのギターが好きなんだろう……)


 おそらく、彼の音色に出会ったあの瞬間から、好きになっていた。

 少し音を聴くだけで、こんなにも胸が締め付けられる。早く聴きたくて耳が震える。歌いたくてしょうがない衝動が湧き上がってくる。


 やがて晶矢がギターを爪弾くと、涼太郎は晶矢の音色に乗せて、溢れてくる感情のままに、様々にメロディと言葉を口ずさんだ。

 何小節か繰り返し弾く。その都度生まれた二人の音色を、晶矢がスマホで録音する。そして録り溜めた音を聴き返して、二人で良いと思ったフレーズを、譜面へと書き留める。


(すごい。僕と晶矢くんの音が、どんどん繋がっていく……)


 晶矢が音を奏でて、涼太郎が歌で返す。それを繰り返すうちに、だんだん曲の形を成していく。美しい糸を重ねて布を織るようだった。

 涼太郎は、まるで心の中、いやもっと深い部分の奥底で、晶矢と対話しているような心地がした。


(これが、音楽を作るっていうことなんだ……)


『誰かに聴いてもらいたい、という想いが、必ずそこにあるからこそ、音楽は紡がれる』


 先日ファミレスで春人が言った言葉が、唐突に蘇る。

 晶矢と共に音楽を作りながら、涼太郎はその言葉の意味を初めて理解した。


(そうか。これが、春人先輩が言ってた『想い』……)


 どうしてこんなにも、晶矢の隣で歌いたくなるのか。

 涼太郎は分かってしまった。自分がこれから、どうしたいのかも。


(僕たちは音楽に、こんなにも夢と願いを込めている。だから……)


–––誰かに届いてほしいと、思うんだね。

 




 晶矢もまた、ギターを弾きながら、涼太郎と対話しているような心地だった。


(お前の歌は海みたいだな……)


 何パターンものフレーズ、コードを弾くたびに、涼太郎の歌声が返ってくる。返してくれる。時に優しく、時に強く、打ち寄せる波のように。

 今まさに作りあげようとしているのは、涼太郎が、晶矢のために書いてくれた詩の曲だ。

 涼太郎が詩の中で、晶矢に向けた想い。

 それは、あの海で涼太郎が口にした切望そのものだった。


『僕は、晶矢くんの、傍にいたい』

『ずっと隣で歌っていたいよ』


(隣にいたいのは、俺も同じだ)


 涼太郎が同じ気持ちでいると分かって、本当に嬉しかった。だから晶矢は、その言葉に応えたいと心から思う。


 自分がこれからどうしたいのか、晶矢はもう分かっていた。

 多分、涼太郎も同じ想いでいる、ということも。



(俺は、涼太郎の隣に立つと決めたんだ)


–––俺たちの夢と願いを叶えるために。



 やがて陽が傾いて、夕焼けチャイムが鳴り始めた頃。

 その曲は完成した。



≪第三章につづく≫




※完成した楽曲「僕は君の傍にいて」(第二章主題歌)はこちらから試聴できます。

https://youtu.be/ueE3M3TYo7M



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そして僕らは。【オリジナル楽曲付小説】 さかなぎ諒 @ryo-sa

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