第2話 またとない厄日

 

 「え?嘘だろ...」


 水面に映ったのは自身の顔が半分狼になっていた姿だった。

 気づくと手や腕にも狼特有の毛が生えてきた。瞬間、爪が鋭く伸び、鼻先と口が前に突出し始めたのが分かった。尻尾も生えてきた。

 異形時の肉体の急激な変化は痛みを引き起こすが、そんなものを感じていられるほど心理的な傷は小さくなかった。

 自身の体や顔を掻き毟った。掻いて掻いて掻き毟った。血が出ても掻いた。一種の錯乱状態だった。

 あれほどなりたくなかった、あれほど嫌っていた、そんな姿になった事実をただ受け止めたくなかった。


 「まずい。まずい。俺、異形なんのか?早すぎるだろ。」


 掻き毟ったが、それに回復が追いつく。無慈悲にも異形化は進み、そこには1人の人狼がいた。少年は諦めた。まだ人間の部分もあったが、この先を考えると絶望的だった。将来の目標だった画家も無理そうだ。


 そんなことを思っていた時、目の端で川に一つの波紋が広がったのが分かった。魚だった。

 自分の中に異変を感じた。違う、誰かが自身の中に生まれたようだった。自我が薄れていくのを感じる。

 抑えられない狩猟本能。思わず川に飛び込み、魚を追いかける。それはまるで狼そのものであった。少しして川に血の煙が広がる。魚を口に含む。その血が口に広がる。血が喉を通る。思ったよりもなめらかな液体だった。


 「ギャハハハ!最高の気分だ!」


 その瞬間、人狼としての食事に気持ちが昂る。今までにない夢のように体が浮く感じがする。少年は新しくなった世界をもっと知りたいと思い、周囲を見まわした。

 そして、おそらくこの瞬間で最も見てはいけないものを目に入れてしまった。

 子猫だ。

 具体的な恐怖の対象がこちらを見ているゆえに先ほどより明確に震えている。


 顎を開き、爪を立て、襲いかかろうとする。しかし、急に第三者に体を押さえ込まれるように地面に倒れた。そして、自身の中の狼が伏すように消えていった。

 我を取り戻す。


 (俺はこのままだったら人もコイツも見境なく喰っていたのだろうか。)


 そう思った時、体から狼の毛が抜け落ち、少年は人間に戻った。

 しかし、子猫はまだ震えていた。

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