3 アデストライ姉妹
L2方面とは、月の近海、旧コロニー群があった場所である。ここもかつての戦争において戦場になった影響で多くのコロニーが廃墟化した。ここで生まれた難民は地球圏コロニーに散らばり、やはり火星政府への反感となっていった。
現在のL2方面は、通称【アデストライ姉妹】と呼ばれる、宇宙海賊の巣窟となっている。
「アデストライ姉妹は、これまた計画戦争の犠牲者でな」
スレイプニールの月からの出港後、格納庫でパイロットスーツのウィナードが説明する。
「L2という場所は用事がなければ立ち入らないコロニーの墓場。誰もいないから、火星の偉いさんとコロニー連合の偉いさんが密談するのに持ってこいだったんだ。そのために密談する環境を完全に確保した。それが元々の娼館の戦艦、つまり娼艦アデストライだ。」
「最悪じゃねっすか!」
同じくパイロットスーツを来たロークが嫌悪を示す。こうしているのはオルトスの実践訓練のためだ。ウィナード用のオルトス、トールのいったんの調整終了直前で、ウィナード隊4人が待機中なのだ。
下世話な女の子の話にも関わらず、ラルヴァは話に乗っていかない。難しい顔をしている。1人だけパイロットスーツを着ていないリースは、彼の様子を横目で見てから無視することにした。
「声明以前、前の戦争あたりから、どちらの勢力の管理下からも離れてるらしくてな。生きるためにどちらの勢力の物資輸送機を襲ってる状態だ。それが宇宙海賊と呼ばれる所以だ。」
「体制の悲しき犠牲者。思う所もあるな。」
「うるせぇ」
本来は言わなくていいことをリースは口にして、ロークが制止する。
「つーか、リースター、お前は!?」
「アサルトのパフォーマンスセッティングの途中だ。訓練中に敵が出たら行ってやる。」
話していると、格納庫の整備員がトールの側から離れていく。とりあえずの準備は完了したようだ。リースは話の通り、アサルトのコクピットに入り、作業を再開し始める。出港前と違い、アサルトの装甲板は元に組みつけられている。細かな違いだが、スラスターが以前より増設されている。メリルは依然としてアサルトの足元でモニターとにらめっこをしている状態だ。
「うっし、それじゃあ行くか」
ウィナードは白いオルトス、トールへ乗り込む。火星の第一号オルトス。ゲイルよりも鎧を着た騎士という印象が強い。何より、発進前に装備される大型背部スラスターが特徴的だ。あれはウィナードが今まで乗っていた戦闘機、ホークのブースト機関を流用したものである。これにより戦闘機並の加速を実現させている。
なによりそれだけの加速をしても、トールは分解しない頑丈さを持つ。というより、宇宙作業用アームスーツが出発点であるゲイルと違い、トールは最初から戦闘用が主眼の為、頑丈に作られていて当然なのだ。
スレイプニールの格納庫からオルトスはまず横にリフトがシフトチェンジする。発進口が2つあるためだ。発進前に武器を装備、その後カタパルト発進を行う。トールの両腕にガトリングが仕込まれたシールドが装備され、信号が発進許可へと変わる。
「ウィナード・ワイズマン、トール、出る!」
カタパルトをスタートさせて発進、その後、背部スラスターを始動させる。
「ぬ、ぐっ!」
オルトスのシートは耐重力機能がある。戦闘機乗りであるウィナードにとって、重力加速に対する耐性、いわゆる耐G能力は高い方だ。しかし、枕が変われば感覚が違うようなもので、彼にとってオルトスのシートで感じる耐Gは違っていた。
顔のみならず体で感じる重力によってシートに押し付けられ、一瞬レバーを握る力がなくなる。脳裏に危険意識が閃いて、レバーを握り直す。その時に、正面モニターの速度表示が最高速を出ているが見えて、加速を緩める。
「ふぅぅぅ、はぁ」
速度を緩めて、ウィナードは息を吐いた。
『少佐!少佐!応答できますか!?』
ここでようやく、ブリッジオペレーターの声が耳に入る。おそらく十数秒前から応答確認を取っていたのだろう。通信オンラインにはなっている。ウィナードが聞こえてなかっただけだ。
「悪ぃ、ちょっと加速Gにびっくりした。こんなのは木星から帰ってきた以来でね。」
木星の高重力下のマニューバは緊張感の連続だ。それから解放され、地球圏に戻ってきて戦闘機に乗った時、思ったよりも加速して驚いたことを思い出す。
そしてそれを考えて、額から冷や汗を感じた。彼にとっては、ちょっと危なかったのである。
オペレーターのクローネ伍長に対し、おどけて応答してから、脚部スラスターを確かめるようにその場で反転し、スレイプニールの元へと戻る。
『ウィナード少佐。貴方は士官として意識と自覚が足りません。戦闘部隊の隊長として、もう少し慎重な行動を心掛けてください。』
「へいへい」
艦長の苦言については聞き流す。
「ふむ」
加速については想定以上に驚いたが、機動に関しては実は心配していた。リースとやったシミュレーションでは、人型での機動に慣れなかったのだ。だが実際には、むしろ直感的に動かせた。戦闘機と同じで実際のGと違うせいでもあるだろう。
スレイプニール付近にはすでに2機のマーガムが待機している。
「おっしゃ、それじゃあ俺の機動開始5秒後に模擬戦開始でよろしくな」
武装を安全ロックし、模擬戦設定に変えてから、2機に通達する。
『いや、勝負にならないんじゃ?』
「すぐに当てられたら設定変えるわ」
ロークの侮った言葉に、ウィナードは苦笑する。
「それじゃ始めるぞ」
そう言って、ウィナードは再びトールに加速を行わせた。
リフトに乗って、スレイプニール格納庫に出撃した3機が戻ってくる。
「各作業員はトールの方にまわれ。最終調整だ。」
3機が戻る少し前にアサルトのセッティング変更で調整を終わらせたリースは手空きになっている。模擬戦の様子は片手間に見ていた。
アサルトの面倒を終わらせたメリルが作業員に指示をしてから、トールの方に向かう。トールの最終調整は多くが、加速の調整であろう。
オルトスドライブと既存の宙艦戦闘機ブースターを合わせるのは恐れ入ったが、それぞれの規格は違う。慣れてない人間で同じ加速を行ったら、視界が即ブラックアウトするに違いない。
先のシミュレーションでもその気はあったが、リースはラルヴァとロークに対して黙っていたのだ。話したら模擬戦にならない。
それぞれのマーガムから降りた2人が、リースの姿を認めると真っすぐに向かってくる。こういう時無重力空間というのは話が早い。
「聞いてねぇぞ、なんだアレ!?」
「リース、無理だ、アレは」
ロークは半ベソ掻いてるし、ラルヴァは珍しく弱気の虫が鳴いている。当然ながら、それらをリースに言うのはお門違いなのだが、彼は無邪気に情報を明かす。
「教科書に乗るエースパイロットなんだから当たり前だろう。月面での戦いでも、超加速からのマニューバを行ってゲイルの脚を吹き飛ばした。ああいうことを平気でする。シミュレーションでも。」
「言え!言えー!!」
意外にロークがしつこい。反対にラルヴァは屈んで、トールを仰ぎ見ている。
無理もない。
射撃が得意なロークをして、撃っても撃っても当たらない体験をしたということは観戦していたリースが分かったことだ。ウィナードが人型機動兵器を得たということで、人型機特有の姿勢制御を行えることとなった。戦闘機ではできなかった、物理学、空力特性に因らぬ、直感的な機動をできるということである。
昔の諺で、鬼に金棒とはこういうことを言うのだ。リースとしても、シミュレーションで厳しいと思ったほどである。実際模擬戦をしていて、彼らが対応しきれないと今思うのは仕方ないことであろう。
「いくら機動しても、所詮は真っすぐにしか飛ばない。要は、目で追えるかどうかだろう?」
襟首を掴んで来るロークに対して、やんわりと腕を掴んでから言う。
「ぐぬぬぬ」
正論をぶつけられたロークは、リースから手を離して、ようやく諦める。よほど悔しかったと見える。こんな彼は、士官学校で一番初めの頃、ラルヴァに学科成績で負けたのを悔しがっていた頃のようだ。
その時、リースはまだ2人との距離がそれほど近くなかった頃のことだが。
「ラルヴァ」
「何かな。珍しいね。」
珍しいのは気落ちしているラルヴァの方だ。リースの声掛けに、彼は天邪鬼的に突き放してくる。
「戦争で偉くなるのに戦果はそれほど必要ないと思うが?」
「分かった風なことを」
リースの言葉に、彼は歯噛みする。図星。ラルヴァは、痛いところを突かれると、片目だけで睨んで来る。そういう癖だ。
「お前はこの後、いくらでも功績上げられるだろ」
「はいはい」
睨みつけても微動だにしないし表情も変えないリースに、ラルヴァは視線を外し、舌打ちしながら生返事をする。
そうこうしてる間に、スレイプニール中に警報音が鳴り響く。
『三時方向に不明オルトス部隊展開中。総員第一種戦闘配置!繰り返す、第一種戦闘配置!ワイズマン小隊は直ちに発進準備!』
緊迫感のある艦内放送が響き渡る。それを聞いて、ラルヴァもロークもマーガムの元に戻る。リースもアサルトに乗り込む。
『こちらワイズマン。まだ細かな調整が終わってない。敵先鋒迎撃よろしく。』
「了解」
リースがすぐさま返事するが、ラルヴァとロークの返事が遅れている。
『俺のコードはホーク1で登録してるが、お前らはブラックナンバーで登録している。シーゼン、ブラック2。お前が迎撃の指揮を取れ。』
『了解です』
未だに声が拗ねているような気がするが、ラルヴァはようやく返事をする。
『俺が3番手か。癪だが、譲ってやる。』
『ありがとよ。ブラック1、敵オルトス部隊の牽制よろしく。』
「了解した。アサルト、ブラック1。先行する。」
ロークの軽口にラルヴァが真面目に感謝するという、いつもとは逆の受け答えだが、役割は何も変わっていない。リースは無意識の内に微笑みながら、発進カタパルトへ移動していく。
「ブリッジ、不明機の展開状況は?」
『先行、数6。望遠でゲイルと認む。』
「了解。ブラック1、アサルト。発進する。」
『発進口開放。ブラック1、発進どうぞ。』
情報として足りるかどうかは分からないが、ゲイルだと分かると、やりようはある。リースは発進許可を得て、初の宙間戦闘へと突入するのだった。
*****
ゲルミール級重火力戦艦。旧火星政府主力戦艦として君臨してきた戦闘艦。
彼女らアデストライ姉妹にとっては、重要な家の一つである。
アデストライ姉妹とは、頭目であるミラ・アデストライを筆頭とする、4姉妹のことである。長女ミラ、次女ミリアム、三女ミル、四女ミレイ。とりわけミラとミリアムが中心となって戦闘と略奪を行ってきた。
今回もそのつもりであったし、今までと違いオルトスを用いる戦闘であった。略奪や独自取引によって増やしたゲイルが15機。中隊規模の戦力がここにあった。
「ミリアム、先行した奴らは?」
独自改造した専用ゲイルの中から、赤のパイロットスーツに身を包んだショートヘアの女性がブリッジに聞く。彼女がミラだ。
『今しがた全滅。脱出を確認しています。』
答えたミリアムはダークグリーンの制帽と趣味的な改造制服のロングヘア女性。
『だらしねぇ。姉貴、オレたちも出ようぜ!』
まるで男のような口調で話すのはミル。大柄で筋肉質な女性だ。
『ミル姉の言う通り! 他は護衛に回しましょう!』
ミルに賛成する少女はミレイ。次女や三女と比べると幼く見える赤目の女の子だ。
「相手の出方が気になるけれど、いいでしょう。私たちで様子を見ます。ミリアムはここで待機。」
『了解ですわ』
「では出撃。ミル、ミレイ、入れ込み過ぎないように。」
『了解だぜ!』
『りょーかい!』
三者三様。戦闘意欲旺盛な3機が改造されたカタパルトから順次発進していく。
この宙域を拠点とするアデストライのほうが地の利がある。散逸する廃コロニーや艦の残骸。これらはオルトスのみならず大型のゲルミール級の身を隠すのに最適である。
それらを盾に宙域を進む彼女らの前に光線が1つ、2つと瞬く。
「狙撃!?」
視認距離からでないビームの射撃に驚きつつも、めくら撃ちと気付いて、妹たちにゲイルの手で制す。
「派手に動かなければ、こんな弾には」
虚仮脅しの射撃と見切って、戦闘機の残骸に身を隠していると、その残骸が斬り散らされ、残骸の向こうから黒いオルトスが姿を現す。
「!?」
先ほどの射撃は牽制かと考える前に、彼女は専用ゲイルをフルスロットルで下がらせた。敵のオルトスは残骸こと二撃目を放ち、先ほどまでゲイルがいた場所を剣が空振っている。
「ミル、ミレイ、気をつけろ! こいつら並じゃない!」
ミラは背筋から後頭部に掛けての寒気と恐怖感から、妹たちに声をかけていた。その脅威の予感を象徴するように、彼女らの3機の頭を取りつつ接近する別の黒のオルトスがいた。
それはビームを撃ち下ろし、彼女らの反応力を奪う。
『くそがぁ!』
ミルが足を止めて反撃に転じようとすると、射撃するオルトスのほうは視界から消え、接近戦をする黒いオルトスのほうが一気に距離を詰めてくる。
「ミル!」
ミルのオルトスのライフルが肩ごと斬られる。ミルは死んではいないが、戦闘不能になったようなものだ。黒いオルトスはミルのゲイルを踏み台に方向転換して、ミレイのゲイルに接近しようとしている。簡単に背中を見せた敵機に対し、反射的に撃とうとして、衝撃と共に正面モニターが落ちた。
「頭をやられた!?」
狙撃機の存在をすっかり忘れていた。それだけでなく、視認距離でないところで、頭を撃ち抜かれた。今まで会ったことのない狙撃手である。
「くっ、サブモニター切り替え!」
オルトスは頭部がメインカメラの、人間と同じ視点だが、それ以外のサブカメラもある。視界と視点が違うので周りが見えればいい程度の視認距離しか映らない。
だが、モニターを切り替えるタイミングで強い光が走った。機体の爆発ではない、と思った束の間、救難チャンネルを通じて女性の声がする。
『こちらは火星統合府所属艦スレイプニール。戦闘は決しました。こちらはあなた方と話し合いの機会を持ちたいと考えております。』
(火星統合府)
ミラは新火星政府の名を脳内に反芻させる。アデストライ姉妹は、いやゲルミール級を一隻与えられ、コロニーと資源衛星を繋ぎ合わせた場所に押し込められた。それを仕向けたのは、旧政府の高官たちだが、利用するのは火星側だけでなく、コロニー側もだった。
新統合府が彼女らについてどのように考えているかは図りかねるが、仮に臣従を強いて来ても、死よりはマシである。
ミラというリーダーが前線に出てくるぐらい、戦闘意欲は旺盛である。むしろ話し合いの場であれば、よほど暴れられるというものだ。
「ミリアム、貴艦の申し入れを受け入れると返信しろ」
『はい、姉様。ところでこの部隊、どうやら白鷲のようです。潜伏位置を読まれて、一気に鼻先を抑えられました。』
ゲルミール級【ヒメ】から送られてきている映像は白いオルトスにブリッジを狙われている映像だ。こちらを一気に倒せるぐらいのオルトス部隊で陽動されて、白鷲単独でヒメを抑えられてしまった、ということであったらしい。
「ミレイ、ミルを回収だ。それと、どうせ救難チャンネルを利用しているんだ。こいつらに仲間の救助を手伝えと言え。」
機体のダメージがほとんどないミレイに伝言を伝えると、ミラはため息をついた。
*****
海賊との一戦を終えて、1時間強。ゲルミール級戦艦の威容が良く伝わるまでスレイプニールへ接近を許しつつも、スレイプニール側で救助した海賊のパイロットと引き換えに、海賊の頭目が先ほどの戦闘でダメージを受けていないゲイルと共にスレイプニールへ乗艦する。
この戦闘で死者は出ていない。戦闘になると一切容赦がないリースですら、パイロットを殺さないようオルトスを戦闘不能で済ませている。
『それぐらいの聞き分けぐらい持ち合わせている』
と、リースは事も無く言い、救助も無言で手伝った。今は、機体パフォーマンスについて、再びメリルと議論している。月面での戦いよりも更に動きが良くなっていると目に見えて分かるのだが、最適化は未だならずと言ったところだろうか。
ラルヴァはスレイプニールの格納庫に入ってきたゲイルのパイロットを見るや、速攻で声を掛けに行った。戦闘前は嫌な顔をしていたくせに、今はニヤニヤと笑っている。だが、パイロットはかなり小柄で、子供と言っていい幼い横顔をしていた。あれではラルヴァの趣味ではあるまい。
ロークはなんとなく頭目の姿を追って、ついて行く。彼女は保安要員の先導に従い、艦長と接見をするのであろう。
頭目はヘルメットから覗く横顔から、同い年か少し上という印象を受けた。背丈は女性にしては高く、胸の凹凸はパイロットスーツから分かる豊かな膨らみで、病的かと思うほど腰回りはくびれている。そして尻は丸みを帯びていてセクシーに見える。恐らくはだが、理想的な遊女として遺伝子改造されているような美人ではないかと思う。ただその要素を抜きにしても、ロークがまじまじと眺めてしまう体つきをしていた。
ロークはラルヴァほど女性に対して雑食ではないと自負している。誰もが好きというわけではなく、相手は選ぶというだけであって、明確に違いなどない。
「よお、お嬢さん」
「どうも、白鷲」
保安要員に連れられてきた女性の行先にはパイロットスーツのままのウィナードが待ち受けていて、顔見知りの如く挨拶をしている。居住区角の何のためにあるのか分からない1対1の会議室が彼女を案内したところだった。
女性はそこでパイロットスーツのヘルメットを脱ぎ、ショートヘアの髪型と真っ赤なルージュを引いた唇を見せた。
そこで気付いたか、あるいは今までジロジロ見ていたロークに対する意地悪だったのか、ロークを横目で見てからウィンクする。その後で、彼女は部屋内に入って行った。先導していた保安要員は部屋の出入り口に張り付く。ウィナードは部屋内に入らず、中を覗いて待っているだけのようだ。
「別に見学禁止ってわけでもねぇよ」
ロークに気を遣ってか、付いて来たことを責めようとはせず、近寄ることを許してくる。ロークはその通りにして部屋へと近寄る。
「我々、火星統合府は君たちとは基本不干渉でいたい」
丁度話を切り出しているタイミングだったらしく、スフィーナが最初に話をしていた。
「先の声明通り、新統合府の方針は地球圏コロニーの独立を認めるということだ。そのための戦乱を片付けたいというのが月のアンリ基地の意志になる。」
前地球再生員会の歪な策定は、そもそもが火星からの地球圏支配である。それを断ち切る大胆な方針である。
ロークもこの声明を聞いた時には、コロニー側への大胆な懐柔策かと思ったが、どうやら懐柔ですらなく、本気で地球圏を隣人として認め、また見放すつもりであるらしい。
火星旧政府が地球圏支配を強硬していたのは、地球の監視が強い。地球再生員会などと言って、本気で帰還できるとも思っていた節もある。論理的に、火星が地球圏を支配する道理はないのである。
「ただ君たちに、自分たち以外へのわだかまりもあるだろうし、安全を担保できるだけの確約が必要。そうではありませんか?」
火星の新政府がどう言おうと、彼女ら海賊にはあまり関係がないだろう。歪な支配体制の下で生まれた、歪な従属組織。醜悪な傲慢から人生を踏みにじられていた人間たちからすれば、急に勝手な事を言い始めた、だろう。
ロークにもそういう経験がある。彼は火星のスラム街のストリートチルドレンだ。年少の孤児を暴力で支配するのでなく、身を寄せ合い助け合いをしながらの生活を選んだ。彼らを食わせるために、他から奪うことを選ばなければならなかったが、受け皿になる社会体制に対して恨み言を吐いて生活を存続させていた。
今でもローク自身は間違ったことはしていないと考えている。遺伝子改造によるデザインベビーの急増は、結果的に望まない子供も急増した。動物のペット同然に捨てられる孤児たちは女なら娼館に連れていかれ、男なら健康な臓器か安価な労働力にされた。文字通り代わりがある売り物になった。
人権が保障されるのは役に立つのと、承認アピールになる時だけだ。そういうことを少年時代にロークは知った。孤児たちを保護しようと考える者たちは、ほぼクソだったのである。だが保護下にならない孤児は、結局噛みつきたがる犬猫と同じである。そういう獣を殺処分しようとする勢力とかち合って、ロークは一人だけ生き残ってしまった。平時は人の身体をマテリアル扱いするというのに、その時だけは足を潰され、腹を打たれ、頭を殴られ、子供たちを無惨に殺された。
ロークの狙撃術は、もともと射撃の名手だったからだ。この時の孤児たちの皆殺しへの復讐心から、狙撃を鍛えた。皆殺しを命じた資産家の人間を片っ端から狙撃して皆殺しにし、使える金を奪った。
ただ奪ったところでもはや使う先も無し。この後を生き抜く算段もなかったため、金で買った身分証で士官学校を受験し、卒業、今に至る。
新統合府が戦争を止め、社会制度の見直しをしてくれるなら、ロークとしては文句が無い状態である。それを簡単に信用していいかどうかは、まだ分からない。さりとて信用するほかない。
しかし、彼女らは違うのである。今こそ生きる権利が認められるか問われているし、今後健やかにもなれる分かれ道である。スフィーナやウィナードは善良であろうが、彼女ら海賊の生存を保証しきれるかどうかは別の話である。
「必要な物資はすでにリストアップしてある。これだけくれれば、貴方がたを信用しよう。」
ロークやウィナードからは、頭目の、ミラ・アデストライの表情は見えない。彼女はメモリーチップを出し、スフィーナに渡す。艦長は渡されたチップからデータを読み込ませる。宙に浮き上がるようにリストが表示されていく。ロークたちの視点では小さな文字で、しかも鏡文字になってしまうため、かなり読みにくい。
またリストアップされているにしては量がある。総数10ページに及んでいる。つまり、吹っ掛けられているのだ。
「多いですね」
「同じ女性ならば、分かりますね?」
斜め読みしても多い要求量にスフィーナは眉をひそめるが、ミラは当然のような声で様子を伺っている。
「艦長」
答えに窮しているように見えたロークが、唐突に手を小さく上げて声を上げた。ドア側にいる保安要員がロークをジロリと見る。
「何か」
スフィーナが部屋内からロークの発言を許す。会話を切って、考えをまとめるためであろう。
「要求通りに事を為すことは必要ありません」
ロークの言葉に、ミラは振り向く。美人が見つめてくるが、彼は話を続ける。ロークの知らぬところではあるが、ウィナードが口元だけ笑っている。
「まず女性だけの集団に必要なものと、医薬品、食糧に絞るべきです。他人の寝首を掻こうとするテロリスト一歩手前の集団と、正直に交渉するべきではありません。」
ロークの讒言めいた言葉に、艦長は思い直そうとするが、面白くないのはミラのほうである。
「何を言い出すかと思えば。そちらの信用力を試したいのだよ? ならば要求は通して欲しいね。」
ロークを値踏みするように微笑む彼女に、彼は一切動じていない。
「で、あれば艦長を人質にとって要求を通せばいい。それをしないのは、そこまで君たちが今は窮していないし、火星統合府側の方が信頼に足ると言ってるようなものだろう?」
部屋の区画越しの会話は境界線が引かれているような気もする。
「やれやれ弱ったな。いちパイロット風情にそこまで言われるとは。白鷲の部下は無鉄砲が自動で生えてくるのか?」
「俺は関係ねぇ、と言いたいところだが、反論材料は薄いな」
ミラは小さくため息をついて意地張りをやめたようだった。付随した憎まれ口も、ウィナードははぐらかしてしまう。
「無茶を言ってすまなかったな、艦長さん。あんたたちが善良なことは分かった。彼がさっき言ったものを早急に寄越してくれ。正確な数量は送信する。約束、破らないでくれよ?」
ミラの試しは終わってしまった。言いたい事だけをさっさと言ってしまい、再び彼女はロークに向き直り、ゆっくりと近づく。
「君、名前は?」
「ローク。ローク・オレント。」
無重力で慣性に従い、近づいてきた彼女はロークの顔に手を触れ、まじまじと見つめている。彼女の赤の眼を見つめながら、ロークは彼女に自己紹介する。
実のところ、ロークは自分の名前に納得していない。ファミリーネームも。自分の名は捨てられていた時のベビーバスケットに付けられた、かすれた名前が書かれた名札から付けられたものだ。だから本当はロークという名前でも、オレントなどという姓でもないのかもしれない。
「ローク。覚えやすいいい名前だ。私はミラ。ミラ・アデストライ。」
だからミラに初めて名前を褒められた。彼女にとっては世辞だったかもしれないが、悪い気はしなかった。
「それじゃあね、ローク」
彼女は慣性に任せてロークの頬に触れるか触れないかのキスをしてから言い、その場を移動した。動くタイミングを逸したらしい保安要員がミラの後を追っていく。
「入れ込むなよ~?」
「無茶言わないで下さいよ」
ウィナードの茶化しに、ロークは俯いて答えた。まったく反応のできなかった出来事で、今になって経緯が頭の中でぶり返している。やけに心臓の音が脈打つように聞こえており、深呼吸する羽目になった。
*****
妹のミレイと共にヒメへと戻ったミラ。艦橋からは、宙域を離れていくスレイプニールが見える。
「ミリアム、向こうにこのリストを送れ」
「はい、姉様」
次女のミリアムは軍服姿のスレンダーな女性だ。病的なほど青白い肌で、目が細い。アデストライ姉妹などと名乗っているが、実は血縁上の姉妹であることがよく分かる顔の似てなさである。それぞれがデザインベビーで、男の好まれることを体現しているため、顔つきが初めから似ていないのだ。
スレイプニールの艦長に渡したものとは別のメモリーチップをミリアムに渡し、送信させる。
「姉様、信用できる奴ら?」
フェイクでないチップデータを送信したことに、末の妹はニヤニヤしている。それを送信することは、相手を多少なり信用した形になるからだ。
「艦長は向こう見ずだし、あの白鷲がいるから分別がある。それよりも。」
不良軍人のお手本の白鷲はいい男だが趣味ではない。向こうもこちらを付け焼き刃の商売女だと思ってはいない。
ミルは、それよりも艦内で口出しできたパイロット、ロークを思い出していた。目付きが左右で違い、ポーカーフェイスなまだ幼さの残る男の顔つき。直前の戦闘で見事、ゲイルの頭部を撃ち抜いた狙撃手に違いない。利き目があるせいで付き方に偏りが出ているせいだ。
「それよりも惚れてしまった男がいてな」
「へぇっ!?」
「まあ」
長姉から出てきた唐突な惚気にミレイは素っ頓狂な言葉が出る。反対にミリアムは顔を明るくする。
「死んでほしくはないな」
宙域を去るスレイプニールを遠い目で見つめながら、彼女は小さくため息を吐いた。
*****
「海賊のお頭とフラグ立てたって? ロークやるねぇ〜!」
食堂中に響き渡る大声でラルヴァが言う。8割嫌がらせである。それでいて彼の表情は明るい。食堂にいる他の休憩クルーの視線が彼に集まるが、すぐに思い思いの方へと戻る。
パイロット連中の話であることが一つ。ラルヴァの話であることが一つ。
彼はすでに名物である。表向き人懐っこく誰彼も話しかける。気の向くまま話しかけては去るということを繰り返しているため、また誰かに絡んでるのかと思ったのである。
また、食堂にはリースとキョウカの姿もある。2人は、栄養サプリを飲みながら本1つで語り合っている。ビブリオバトルのような何かである。
止せばいいのに通信オペレーターのクローネが、その男女に話しかけようと近付く。
「あのう、お二人は付き合ってるんですか?」
クローネは下世話な話題を振る。リースとキョウカは話題を止め、お互いの顔を見合わせてから答える。
「付き合ってないわね」
「特別ではない」
客観的にそうであろうに、2人はあっけらかんと言う。ただ読書の趣味が合うために、話題を振り合えるという関係にすぎない、というわけである。
「昔の小説だと傷病兵が看護婦と恋に落ちるなどあるが」
栄養サプリを水無しで飲み込みながらリースは言う。
「俺はそんなものには無縁だ。戦場の死が俺の力だ。」
と、物騒なことを言う。クローネが愛想笑いをしている。キョウカはそれを聞いて、一瞬何かを考える。それから口を開いた。
「ふうん。それじゃあ私の血を吸うとかどう? なんか怪奇小説の吸血鬼みたいな。」
「嬉しいが、そこまで君に求める程ではない。君の体に何かあっては、こういう話もできない。」
話の内容には色気がないが、性向は合っているのだろう。クローネには理解できないし、ついて行けない。彼女の中で、割って入ってはいけない奴らにカテゴライズされる。
それに皿に並べられた栄養サプリのカプセルの数にげんなりする。
食事に拘りがないクルー用の最低限の栄養として配布されるのが栄養サプリである。カプセルや錠剤で出され、飲めばいいだけのものである。食事というより薬を摂っているようなもので、見映えは非常に良くない。緊急を要するクルー、とりわけ戦闘要員や医療スタッフが仕方なく時短で取るようなシロモノだった。
クローネはブリッジ要員であるが、交代休憩なら食事は普通にしたいほうだ。
先ほどのラルヴァやロークも普通の食事をしている。つまり言い方は悪いが、リースとキョウカは一般的には変人の部類なのである。
「お似合いね」
クローネは、ついつい呟いてしまうが、2人が聞いたような素振りはなかった。
スレイプニールはL2宙域を抜けて、大回りでL1宙域の艦隊戦に参加する。
廃コロニー群が多いL2に比べ、L1方面はというと宇宙進出初期の老朽化コロニーが多い。戦いの舞台になることが多く、コロニーとしてしっかり動いているのも少ない。そのため、状況としてはL2方面とさほど変わらない。
L1とL2の宙域境界はより混沌としている。古いコロニーと廃コロニーの区別がつきにくいためである。
そのため、敵軍が潜むには絶好の宙域である。音のない宇宙空間で敵を見つけるのは、己の目に頼るか、熱反応かである。電波反射で見つけようにもコロニーに阻まれてしまえば無意味である。
つまり待ち伏せの絶好のチャンスである。
「とはいえ、伏せるポイントは大体分かる。かくれんぼのタネは、自分が隠れていると思い込むことでバレるもんだ。特に、男の秘密の隠し場所はな。」
と、宙域図のタブレットにポイントマーカーを付けながら、ウィナードは笑う。
スレイプニールの格納庫の整備員の作業の邪魔にならない作業用通路の端っこ。
第二種戦闘配置の待機ブリーフィングである。偵察のために周囲をオルトスで探る。伏兵を配置するならば、敵方のオルトスの展開が遅くなる。そうなった場合は、オルトス単騎でも、よほどの戦闘艦でなければ始末可能である。
「前回のこともあって、トールでお前たちのオルトスのスピードと合わせるのは不可能だ。手分けしての探索はお前たちの腕を信じてのこと。頼むぞ?」
名高い白鷲の信頼を得たら、普通は緊張するものだろうか。敬礼でもして見せれば殊勝だったかもしれない。
「了解」
「了解す」
「了解でーす」
リース、ローク、ラルヴァが口々に言う。相変わらずリースがパイロットスーツを着ていない。
もはやベテランのパイロットのような風格もある。
「ん、よろしい。では各自、搭乗だ。」
ただウィナードは気にした様子はない。彼も歴戦のパイロットである。1、2回のオルトス搭乗でスピードを乗りこなしている。それだけのことで、3人の実力も読めている、ということなのだろうか。
今回が初めての同時の出撃。
しかし、彼らに緊張した様子はなく、砕けた様子であった。
*****
「オルトス部隊が展開した?」
「はい。オーキッドからです。」
コスモスのブリッジでリカルドはラフィアの報告を聞いて、唸って考える。
コスモスには、オルトスを2機づつ甲板駐機させている駆逐艦オーキッドと駆逐艦カメリアの2隻が帯同している。敵新造艦の進路を予測して、コスモスで進路を塞ぎつつ、2隻で追い込みをかける作戦であった。
良く言えば確実に勝てる、悪く言えば教本通りの包囲戦である。それ故、気付かれたとして、敵が何を考えたか、が問題である。
廃コロニーを盾に伏せさせている駆逐艦を発見したのなら展開する必要はない。敵新造艦は、ゲルミール級に比する火力型戦艦だということが判明している。回頭なり、奇襲なりすれば話は早く済む。
相手の思惑を察するには、消去法で絞り込むしかない。その中でリカルドが選び取ったのは二つだ。
一つはこちらを発見していて各個撃破をする場合。もう一つは発見できないからオルトスで索敵をしている場合だ。
オルトスは機動兵器である。母艦の護衛機としての任も果たさなければならない。オルトスを展開、散開させるのは護衛を捨てることになるが、索敵も護衛の範疇にある。
両駆逐艦やコスモスが狙われるにしても、伏兵を見破られるほうが不利になる。しかし、今浮足立って合流を急いで見つけられても悪手だ。
リカルドはしばし考えて、答えを口にする。
「オーキッド、カメリアは合図あるまで待機。コスモス、第一種戦闘配置発令。」
「了解。全艦に通達。第一種戦闘配置。繰り返す。第一種戦闘配置。」
リカルドの命令に従い、ラフィアが艦内に命令を伝える。
「オルトス部隊展開の後、コスモス、面舵10、戦闘速度へ。敵艦主砲の正面だけは避けろ。」
リカルドは艦長に指示を伝え、ブリッジを出る。ブレイズの改修は終わっていないが、単体でも対空砲火の弾幕要員にはなる。
彼は前線での戦いを好むタイプではない。ただ、プライムでの不甲斐なさを取り返したい気持ちだけがある。
パイロットスーツを着用するため更衣室に立ち寄ると、入れ違いにラフィアの弟、レインが白と緑のツートンカラーパイロットスーツで出てくる。その色のスーツは、民間協力員であるという身分を示すものである。
レイン・ザークアントはあくまでプライムからの協力で参加した私兵だ。本来は戦闘参加しなくてもよい。
「レイン君、行くのか?」
「はい。僕には責任があります。」
まだ幼い少年の顔をした子が、一人前のような口を利く。それは心強く、そして危ういものだ。誰がいつ責任を押し付けたのか。リカルドとて、責任はあるのではないかと。
「無理強いをするつもりはない。これは戦争だ。その責任のために、君はみすみす命を捨てることになるぞ。」
同僚の弟で、本来は言う筋合いではないかもしれない。だがリカルドは言いたかった。
コロニーは独立のための戦いをしてきた。今はその軸がブレている。もはやリカルドやレインにあるのは私怨を晴らすことなのかもしれない。
あのプライムコロニーに被害をもたらし、オルトスを奪って見せた一団への恨みの八つ当たりだ。それがお互いを曇らせている。
とはいえ、リカルドは踏みとどまって見せた。レインに絆されたのだ。
「いいえ、僕は行きます。与えられるのではなく、戦って独立を勝ち取ったのだと見せてやります。」
少年の顔は熱意に満ちていた。彼は、格納庫の方角へ向かってしまった。
「独立、その責任か」
リカルドは子供だと侮ってしまっていたことを反省した。思い違いをし、彼の矜持を疑ってしまっていた。
「確かにそうだ。俺も行くぞ。」
コロニー宇宙軍軍人となった理由、コロニーの民のために独立のために戦う初心を思い出し、リカルドは自分のパイロットスーツを部屋から引っ張り出した。
「いよいよってところか」
イシュターの連れてきたパイロットの内の1人、ジェニスが言う。軍艦内をダメージのあるジャケットでうろついていた彼も、今はパイロットスーツだ。目をギラつかせており、周りにいるパイロットスーツの2人も相まって、コスモスクルーは彼らを避けている。
「連れてこられた時は、とんだ辺境にって感じでしたが」
1人が言う。戦闘配置を命じられている緊張感のあるパイロットの様子ではない。
「戦って敵を撃てば賞賛と金が手に入るなんて俺らにはボロい商売ですね!」
3人の内、もっとも小柄な男が言う。彼の言う通り、3人は専業軍人ではない。そして、プライムの団員でもない。
「おうよ、トニー、カーム。しみったれた火星のスラムでマフィアを小突き回すよか安全でちょろいぜ。それにあのイシュターって野郎、敵のオルトスを捕まえれば報酬はさらに上乗せと来てる。ぬかるなよ?」
『ヘイ、ジェニスの兄貴!』
手を合わせて意気を合わせた3人はオルトスに乗り込む。
オルトス、【ボルク】。彼らは知らないが、コロニー連合の企業、アルトシュタイン社が製造した次世代オルトスである。そして、アサルトとマーガムを奪われたために、彼らに用意された機体でもある。
「オラオラ、行くぜぇ!」
新型のオルトス3機がコスモスを発進する。それらに遅れること2、3分。
「レイン、キマイラ、発進します!」
トリコロールカラーが派手なオルトスがブレイズのバスター砲を所持しつつ、続けて発進する。
「ブレイズは出られるか!?」
パイロットスーツを着て、ヘルメットを被って、リカルドも格納庫に到着する。自身の機体、ブレイズは重量増加やエネルギー配分の原因となっていた背中の砲門を取り外され、少々威容さに欠ける姿になっていた。
「少佐、背部バスター砲ははずしましたが、機体バランスの調整は不十分で」
戦闘配置中のため、宇宙服を着た整備長が言い訳がましく制する。自分らの隊のリーダーである。できれば出撃させたくないのであろう。
「前に出られずとも戦える。調整は乗りながらでもできる。」
本当はそんなことはできないのだが、リカルドはもはや居ても立っても居られない。
「いいか、ここが正念場である! 火星に与えられた独立ではなく、この場を切り抜け、独立を勝ち取るんだ!」
少年に教えられた言葉を引用して、リカルドは叫ぶ。すると、現金なもので周囲は奮い立たせられる。
「少佐、ご武運を!」
「無論だ!」
整備長は根負けしたように、止めるのをやめ、敬礼で上官の出撃を見送った。
「ブレイズ、発進するぞ!」
背部から取り外した砲をブレイズも手持ちにして、コスモスから発進する。発進した先の宇宙では、すでに遠目で光が瞬いており、戦闘が始まっていることを確信させた。
*****
リースのアサルトがコロニー残骸を右手に臨みながら進んでいる。残骸を目視で確認しながら、伏兵を警戒して進む。反応のないものを探すのは骨が折れる。残骸かどうでないものを見分けることは、結局目に頼る事しかできない。
索敵を行うこと数分。逆方向で信号弾が上がる。信号弾を積んでいるのはスレイプニールとトール。かなり前方で上がった信号弾なので、恐らくはトールから飛んだものであろう。
白の光に続き、赤の光が瞬く。事前に光の意味は説明されていない。敵を発見したが、単機では手に負えないとか、進行に注意とか、そんなところだろうか。
敵の部隊がそちらの方向に展開中であれば、そちらに向かわなければならない。リースは反射的に動こうとしたが、手をすぐに止める。
過去に感じた吐き気や胃のむかつきで息苦しく感じる。彼は珍しく眉間に皺を寄せ、周囲を注意深く見る。そして、一瞬瞬いた、前方の光に反応して、オルトスの機を上方に向けて動かした。
センサーが数秒後に、未確認のオルトスを3機補足する。しかし、その直後に警報も鳴り響く。コロニー残骸に身を潜めていたゲイルが2機と、巡洋艦艇が1隻、マップに光点を示す。
「チッ」
もう少し探していれば見つけていたかもしれない伏兵の存在に舌打ちする。挟み撃ちになった状況を、彼は迷うことなく、オルトスを宙返りさせて、反転させた。
リースのオルトスを発見したゲイルは手持ちのライフルを一斉射している。その射線を、姿勢制御スラスターでトリッキーにかわし、撹乱して、撃ってもまるで当たらないような錯覚をさせる。
そこからはオルトスを自分の手足のように扱う微細な操縦の賜物だ。宙に浮かぶ残骸を足場に、ゲイルと艦艇からの弾幕を逃れ、アサルトの持つブレードで1機のゲイルを横薙ぎに両断する。
瞬く間に撃破された僚機に、臆病風を吹かれた残りの1機は爆発した方向に射撃するが、弾丸は宙を飛ぶだけだ。
背後に回ったアサルトに気付くことなく、頭部を斬り散らされ、背部オルトスドライブを串刺しにされる。運良くパイロットはそれで死ななかったが、ドライブは数秒で爆走する。
爆発する前に、アサルトはゲイルを艦艇方向へ蹴り飛ばす。ゲイルは艦艇にぶつかる前に爆発してしまうが、その爆炎が収まるまでに1分は要している。そんな時間があれば、アサルトは巡洋艦の艦橋に肉薄している。
リースはアサルトの肩に仕込まれた機関砲をフルオートで撃った後に、ダメ押しとばかりにビームソードで艦橋を袈裟斬りにする。直後その場を上方へと離脱し、最初に視認した敵機へと再び向かった。
すでに敵機はモニターで視認できる距離にまで接近している。それら3機はゲイルではない。マーガムとも違う、新型であるためにオルトスのコンピュータは照合なしを応答してくる。
「ぬ」
データがなく、何をしてくるか不明の相手だが、リースは臆することなくアサルトを敵オルトスに接近させ、肉薄する。ことここにおいては無謀でしかない。
アサルトの突撃は3機の散開により宙を切り、すれ違いざまに3機のオルトスから発射されたなにかが機体に巻き付く。
「何を」
『ああ、やっぱりか』
ワイヤーのような何かがオルトスに巻き付いたせいで、違う周波数の音声がワイヤーを通して伝わってくる。
敵のオルトスのパイロットの声は、リースの頭の中で焦げ付くかのように響く。聞いたことがあるにも関わらず、名前も顔も思い出せない。それに、記憶よりも憎しみが勝る。
「お前は」
ワイヤーを力づくで引きちぎろうと、アサルトの機体をよじり、姿勢制御スラスターや主機動ブースターを吹かすが、動けそうにない。ワイヤーによる敵3機の抑えと拮抗してしまっている。
『用があるのはそのオルトスで、お前には用はない。』
敵の目的はアサルトの捕獲のようだ。恐らくはプライムの関係者なのだろう。だが、そうであるならこの声が聞こえるのはおかしい。
『だが今度こそ、魔女の子どもの悪魔は死ねぇぇ!!』
声と共に発せられたワイヤーからの電撃はアサルトの機体を跳ね回り、リースの意識をも明滅させた。
「がっ、あああああああ!」
滅多に出さない悲鳴を出し、リースは意識を落とした。
*****
「ガトリングファイヤ」
呟くようにトールの二門のガトリング砲を操作する。ウィナードは、高機動なのをいいことに器用に弾幕をすり抜け、トールの弾幕を敵巡洋艦にぶち当てる。
「じゃあな」
巡洋艦後方に回り込み、艦尾に対して、トールの胸からビーム砲をぶちかます。オルトスエンジン直結のエネルギービームであり、艦艇ビーム砲並の出力を持つ。
高い威力の代わりとして、足を止めて撃たなければならないが、必ず当たる時ならば問題は無い。
放たれたビームは巡洋艦のスラスターに直撃した後、火が入り、内部から亀裂が走って爆発していった。
(今後の戦争の花形はオルトスか)
今更、オルトスの強力さにため息をつく。ともあれ、待ち伏せか伏兵かの敵艦艇は潰した。トールをスレイプニールの方向へと機動させ、その場を離れる。
「こちらホーク1。伏兵は潰した。状況に変化は?」
状況は刻々と変化している。この作戦は伏兵がいると見ての戦力分散である。分散状態で敵本隊にぶつかっては元も子もない。
『スレイプニールより、ホーク1、緊急!』
息を潜めての一撃離脱に拘った通信封鎖であったが、通信が復活するとすぐに叫びが飛び込んで来る。
『ブラック1反応焼失! ブラック2、ブラック3共に敵本隊と接触!』
「ホーク1、了解。敵本隊に突入する。」
状況は思ったよりもひっ迫していた。何より、リースのアサルトを見失っているのがよくない。ウィナードとて、彼がヤられたと思ってはいない。孤軍奮闘中で、反応を見失っているのかもしれない。
ともすればまずは生きているラルヴァやロークを援護するのが先だと判断した。
彼はトールのブースタースロットルを上げ、最大速度でラルヴァたちが戦闘していると思われる宙域へと向かった。
*****
「当たりを引いたのはいいんだがな!」
ロークの狙撃に合わせて、ようやくゲイル1機を撃って始末して、ラルヴァはぼやく。相手の動きは堅実で距離を詰めさせてくれない。何より手が足りず、後ろにも引けない。
というのもラルヴァとロークが抑えている防衛ラインを下げてしまうと、スレイプニールに敵本隊がなだれ込んでしまう。否が応でも、ここで敵部隊を足止めしなくてはならないのだ。
「下がれ、ラルヴァ!」
この宙域の希少な漂流物上に陣取って狙撃態勢を取っていたロークが叫ぶ。その通信音声で、ラルヴァは急速接近するモノに気付けた。
それは白いグリフォンタイプのオルトス。リースが奪い取った実体剣ではなく、現在ラルヴァのマーガムが持っている特別な意匠のライフルと同型のライフルを持って接近中であった。
『お前たちさえ!』
幼さが残る少年の声が別の周波数を拾って響いてくる。ライフルのビームソードモードが振り下ろされるが、ラルヴァのマーガムをそれを間一髪で下がって避ける。
『お前たちさえ来なければぁ!!』
だが白いオルトスの攻撃は終わっていなかった。続けざまに左手でビームソードを発振させ、下から上へ斬り上げてくる。
その気迫のある二段切りを読めず、ラルヴァはついに避けられず、反射的にライフルを盾する。ここでついにプライムから持ち出して来たライフルが両断された。
「ちぃっ!」
前のめりの気合に、もはやラルヴァはおちゃらけていられない。1つ武器を失ったが、マーガム本来のライフルはまだある。舌打ちしながら左手で構えると、白いオルトスは左に避ける。
怒りの感情で戦っているにしては、意外に合理的だ。ラルヴァから見て右側に動かれると、ライフルからの死角に入られる。狙うにはラルヴァのマーガムが回れ右をし続ければならない。
だがラルヴァはその上を行く。ライフルを構えたのはフェイントである。一回も撃たずに、空手になった右手でビームソードを引き抜いて、横薙ぎに払う。
ビーム同士の電磁波が干渉し合うビーム刃の鍔迫り合いとなるが、この一瞬だけで攻守は逆転した。ラルヴァの二段目、三段目の剣戟に防戦一方となる。
ただこれは、ラルヴァの側は優勢だと思っていない。ビームソードを使い続ければエネルギーの消費は深刻だ。ならば相手を倒さなければならないが、今一つ押しが足りない。
攻勢していなければ攻撃に隙間ができる。つまり、射撃はできないのだ。
「ジリ貧だなぁ!」
『そんなことはないぞ!』
ラルヴァが弱音を吐いた時、割って入るように音声が飛び込んで来る。
別方向で信号弾を上げていた本人、もう一つの白いオルトス、トールが戦闘宙域に飛び込んできたのだ。
『敵部隊への牽制を行う。態勢を立て直せ!』
「そうしますよ!」
ウィナードのトールが単機で敵中突破を図る。敵軍にとっては、初めて目にする高機動オルトスであろう。高速戦闘機と同等の速さで飛び回るオルトスに防衛ラインはいとも簡単に崩され、よそ見をした端から、ロークの狙撃が突き刺さる。
隊長の縦横無尽な動きに、ラルヴァは半ばヤケクソに言って、剣戟をやめ、敵の白いオルトスから距離を取った。
ラルヴァのマーガムが離れると、白いオルトスは追撃しようと迷って、その場を引き返した。
『ブラック3はスレイプニール護衛へ。ブラック2、指定ポイントに向かえ。』
そして唐突に、スレイプニールからの通信が届く。これはスフィーナ艦長の声だ。
彼らの後方にはすでにスレイプニールが迫ってきている。ウィナードの突入方向に敵の母艦がいるとすれば、このまま対艦戦になる。
『ブラック1が指定ポイント周辺で反応を消失させた。確認に向かえ。』
「行け、ラルヴァ。こちらは任せろ。」
彼女の指示を聞いて、ロークはすぐさま言う。ロークのマーガムは損傷していない。対して、ラルヴァは武器を失い、疲弊している。リースの無事を確かめるだけならば適任であろう。
「他人事だと思って、勝手に言いやがって! リースのフォローは2人でって交渉だったろうが! まったく! ちゃんと頼んだぞ!」
ラルヴァは不平を言いながらも、指示通りポイントへの移動を行う。フォローの交渉とは、士官学校のハグレ者三人組の中で、特にアウトローなリースに対する、ラルヴァとロークの取り決めである。
ラルヴァは仲良しこよしを装っていたが、3人組でいたほうが士官学校のお坊ちゃんたちにケンカを売られても買えるという算段からだった。リースもロークもケンカが強い。ラルヴァはあまり強くない。
ただそれは、ケンカは強くないがどういうケンカをすれば強いか分かっている、という意味の方でだ。自分の性根が良くないことは、ラルヴァ自身、自覚があった。
リースのオルトスの反応がないことで、彼が倒されたというのはあまり信じたくなかった。それは仲間や友としての信頼からではない。
火星の旧都スラム街に広がる都市伝説。魔女の存在。
宇宙移民という科学の時代でも蔓延する不可思議な存在は、子供に悪を咎める悪魔的に、大人には最期の死神の如く語り継がれていた。
リースター・ヴェルジェムは、その魔女に育てられた魔女の後継者だと語ってくれたのは、果たしていつ頃だっただろうか。
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