エピローグ 黒騎士と新たな魔女
停戦条約締結のため、外交交渉が続けられる中、リースにも休日が与えられた。月面都市という全然知らない街に放り出されて1日休めというのは無茶な話である。
制服の上にロングコートを羽織っただけの、休憩中という体は装って基地を出ている。ただ宛がない。
「理由があればいいんでしょう?」
リースの背中を叩いて、私服のキョウカが後ろから現れる。彼女も休みとは聞いていないが、どうでもいい話だろう。
彼女はいつもの白衣ではなく、真逆の黒ずくめだった。それにヘソ出しだし、彼女の体のラインが丸分かりのパンツスタイル。ジャケットは羽織っているが、慎ましやかながら胸の谷間を作ってきている。
「綺麗だな」
「ありがと」
ストレートな感想を言うと、こんな彼女でも照れ臭そうに髪をかき上げている。
「私服、ないの?」
「よく、分からなくてな」
「それじゃあ選んであげましょう」
と、自分の腕をリースの腕に絡ませて、いかにも仲良さそうに進み始める。なおこれでも付き合っていないと言う。
キョウカは、元犯罪者である。生まれながらにして孤児であったが、子供のいない家庭の里親が見つかったために、慎ましいながら貧しくはない生活をしていた。そんな血の繋がらない町医者の両親が10代前半で他界すると、受け継いだ財産を元手に、闇医者を始めていた。人体を切ることに異常な興味があった。それがそれなりに成果を上げていたことから、ケチが付き、密告されて逮捕された。
すでに成人年齢であったキョウカは、軽犯罪の前歴を付くことを嫌い、戦時特例に飛びついた。司法取引による軍隊入りである。
そしてクレマル号に乗ることになったのだが、船に乗る際に身体を触られ、本を読んで過ごそうと思ったら同室の人間が絡んできてうるさい。そうして出会ったのがリースであり、その後、助けてきたのも彼であった。
人殺しを厭わない彼のことを特別視していた。本読みの趣味が合ったのもあるが、惹かれていた。
「どうかしら」
「よくは分からないが、君がこれでいいと言うなら」
メンズブティックから出てきたリースとキョウカ。リースは制服ではなく、ギリギリフォーマルでないスーツに身を包んでいた。これで刀を腰に差しているので、妙なファンタジックさすらある。
「してもらっているのだ。返さなければならないな。何かできることはあるか。」
律儀に返礼の提案をする。自然に出てきた彼の微笑みに、彼女の答えは照れとかなかった。
「その刀、抜いてみたいな」
「構わないが」
一般の人間が行き交う天下の往来で物騒な話をしているものだが、2人にその認識はない。
またリースは普通刀を他人に触られるのを嫌がるが、キョウカには許している。危険物持ち込み検査の際に調べられるのはいつものことだが、いずれの時にも刀身を抜くことはできないので、実はあまり心配がない。
彼の守り刀は抜くコツがいる他、一般人には重量感があるようだ。それが不慣れなのか、ある種の呪いのようなものなのか、彼自身知る由はない。
腰に差した刀をキョウカの両手に出し、彼女が細腕で持てないことを予想して身構えもする。だが、彼女は重そうに思わず、目を輝かせて間近に刀を観察している。
「重くないのか?」
「思ったよりも」
彼女の答えにも少し驚きがあったのが伺える。その反応もさることながら、彼女が簡単に鞘から刀を抜きにかかったのも驚きだった。
教会時代にも、刀を抜こうとした子供たちがいた。ジェニスもそうだった。しかし、彼らには抜けなかった。重さもそうだったが、錆びついたようにテコでも動かなかったのをよく覚えている。
キョウカは鞘から刀身を抜いた時の自分を映し出すかのような鏡のような刀身の輝きに、別の女性の姿を見ていた。
どこかの宗教の尼僧の姿をした金髪の女性だ。
『人でなしの目をしている』
刀身の光で唇だけしか見えない女性が言っている。いきなり失礼な話だが、キョウカは気にしていない。
『ここよりは永遠の道。退くなら、今ぞ。』
そして不穏なことを言っている。ただはっきりと聞こえる声に、現実味がある。
「なら、これから愛するわ」
『よろしい。あの子を頼む。』
「キョウカ?」
彼女の真摯な言葉に、向こうの女性は妖しいほどに口角を上げて笑った。それが終わりだったように、リースの言葉で現実に引き戻される。いつのまにか消えていた街の雑音が戻っていく。まるで白昼夢を見ていたようだ。
キョウカは刀身を鞘から半ば抜いた状態で止まっていたようだ。彼からはいきなりぼぅっとしたキョウカが見えたのだろうか。彼は彼女の頬に手を添えている。優しく触れられる温かみが彼女の肌で感じられる。
「気にしないで」
ゆっくりと、刀を鞘に戻す。自分にも言い聞かせるように、彼女は呟いた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
納刀した刀をリースに返し、微笑んで礼を言う。その表情に彼は怪訝な顔をしながらも、返答した。
「貴方はこれから永遠を生きるのかしら?」
唐突に彼女は意味深なことを問うてくる。彼はどんなつもりなのかと彼女に聞くよりも、答えを返してしまう。
「考えたこともない。だが戦いある限り、それが運命ならば。」
永遠を生きる。それがいかなる意味を示すのか。永遠に戦い続けるのか。永遠に生きるのか。今はまだ考えられないことだ。しかし、戦いの中でしか生きられないというなら、永遠に戦い続けなければならないだろう。
「そう。私もそれについて行こうかしら。」
「なぜ?」
「貴方を愛していきたいから」
彼女は通常告白とも言える言葉を涼やかに口にした。リースは驚いて目を丸くした。その言葉は、彼の気を引こうとするものではない。決意のようなものを感じる。
刀を抜いてみて何かを見たのだろうか。それがまったく想像がつかないし、愛されることも分からない。
「俺は他人を愛する方法を知らない」
リースは人間的な思慕が良く分かっていない。その情緒を教えられてないこともさることながら、異性に対するあり方も育っていない。
ストレートに言えば『好き』が分からない。
「それは私も知らないわ」
彼女はあっけらかんと言った。ずっと雰囲気だけで言っている。なんともストレートで、向こう見ずであろうか。
ただキョウカの場合は、医療的にどうすれば子供ができるかとか、男女のまぐわいがどのような性感を起こすかとか、学術的にしか知らない。
好きになること、愛することが、男女の関係にどのような影響を及ぼすか、恋愛小説でしか知らない。自分でやったことがないので分からない。ほぼ好奇心でモノを言っている。
「口の中まで吸い合うような行為は愛し合う人間が普通にする行為なんですって。私達は女と男なんだから、それ以上のこともできるはずでしょう?」
「なるほど」
道理だ、とリースは頷いた。彼は男女の営みについて知らぬわけではない。スラムに娼館はいくつもあるのだから当然である。ただ、男女間の行為について理解が及ばないのは確かだ。
知ることは重要である。分からないから、分からないままにしておくのは恥じることだと知っている。
「それなら」
彼女は微笑みながら言って、リースの剣ダコができた温かみのある右手に、自分の左手を絡ませる。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
「二人きりになれるところに行きましょう」
「ふむ。ホテルか?」
「ええ。行ったことがあるわ。訪問手術で。」
「任せよう。俺は不法侵入しかしたことない。」
おおよそ男女の会話と思えない役割分担の話に呆れそうだが、2人は大真面目である。
なお、キョウカが請け負った訪問手術は、勘違いした客が行為に及ぼうとした。彼女は冷静に致死量の麻酔を行い、客は昏睡死した。その時の1回だけで訪問手術は止めている。あまりにも面倒だったからだ。
「今まで斬った中で抵抗した人はいた?」
「抵抗させたのはこの前のジェニスが初めてだ」
「生きながら首をゆっくりと切られると、あんな顔をするなんて始めて見た」
「そうか。これから死ぬ人間はだいたいあんな顔だと思ったのだが。」
手繋ぎデートで話す会話ではない。通じる会話であることもさることながら、想像してしまうと血生臭い。こういうところがお似合いなのだろうか。
「私も剣術学ぼうかしら。オルトスも。」
「君は嗜む程度にしておいた方がいい。これ以上、周りを怖がらせても良くないだろう。」
2人からすれば他愛の無い会話。表情も自然に笑みが出てくる。彼らを知る者からすれば異様さしかない。
「なんなんアレ!? なんなん!?」
「知るか」
出歯亀には定評のあるラルヴァが離れたところから尾行しつつ、感想を漏らす。今回、ロークはついてこさせられた。それにミルがついて来たのだが、彼女はラルヴァと対照的に目を輝かせている。
「これが男女の繋がり始めるおデート!」
「違う」
ミルの胡乱な言葉に、ロークは冷静にツッコミをする。
リースの見たことのない一面を見せられているのは確かだ。それ故に、ロークはこれ以上を覗く必要はないと考えている。
「帰るぞ。もういいだろ。」
「お義兄ちゃんは、姉様との予行演習しておかなくていいの!?」
「男女のデートに練習はないだろ」
冷静かつ呆れて引き返すように言うものの、ミルは興奮状態である。ミラとのことを引き合いに出して、食い下がる。
しかし、ロークは限りなく冷静だ。今回のことでクールと言ってもいい。他人を俯瞰するからこそ、泰然とできるかのようだ。
「それに、付き合い方は千差万別だ。ヤればカップル成立なら、恋の駆け引きに意味はないだろ。」
「確かに」
「お互い弱みを知ることは必要だから!」
ミルは頷いて納得してくれるが、ラルヴァは自分がやりたいからって会話に入ってくる。非常に面倒くさい。
そうこうしてるうちにリースとキョウカの2人は何処かの建物に入っていったようだ。
つまり尾行は終わりだ。もはや野暮も必要ない。
「ついて行こうとするな!」
目を少し離した隙に尾行続行しようとした、2人の男女の後ろの襟首を掴んで止める。似た者だが、多分ラルヴァとミルは似てはいない。ラルヴァは面白がって、ミルは後学のためであろう。お互い一緒にされたくもないだろう。
「戻るぞ。暇なら新兵の面倒見てやれ。」
「必要ねーよぅ。戦争終わるんだぜ〜?」
「始めたのは連合じゃないし、終わると思うか?」
ラルヴァはため息を吐いて、サボタージュを続行しようとする。それに対し、ロークは不穏なことを言う。
「それに気付いてないリースでもなかろうよ」
ロークはミルの腕を強制的に引いて、振り返る。
ラルヴァは不満げな顔で、ロークに遅れて基地へ戻る道につく。
戦いは終わるのか、続くのか。恋愛にうつつを抜かせるのは今だけなのか。それはまだ分かってない。
ただ分かることは、リースター・ヴェルジェムが生き続けることは戦い続けるということである。
黒騎士物語 赤王五条 @gojo_sekiou
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