第46話 花束

 早朝の冴えた空気の中、ベリガン・フラット2号室の呼び鈴が鳴る。プリムラが扉を開けると、ハンウェーの姿があった。


「プリムラ、おはよう。朝食は済ませた? まだ? それは良かった。三人で食べようと思って色々持ってきたんだよ」


「おはようございます。ハンウェーさん。こんなにたくさん! ありがとうございます。すぐにテーブルの用意をして、リュウを起こしてきますね」


 ハンウェーの持参した籠にはパンと総菜が二種類ずつと、ブドウが一房入っていた。プリムラの知る限り、朝食をこんなに摂るのは変わったことだった。


 白茶をいれて食卓に皿を並べ、二人が椅子に座る頃に、眠い目をこすりながらリュウがやってきた。


「よお、リュウ。元気そうだな。君に良い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」


「悪い知らせ」


「即答だな。いいかい、これを聞いても気を落とすなよ」大きく息を吐いてからハンウェーは続けた。「メッシー・モアはそんなに先が長くない。あの通り身体改造しまくってるから、手の施しようがないそうだ。俺の店に出入りしてる医療系の魔道士から聞いた話だ」


「そう、ですか……」


 悪い知らせだけを運んでくるのはよろしくないと思ったハンウェーは、せめて食卓を賑わせようとして大量の朝食を運んできたのだった。その気遣いも効き目がなく、ベリガン・フラット2号室のリビングは沈黙に包まれてしまった。三人とも黙って食材を口に運ぶ。


(うまい)

(おいしい)

(……)


「良い知らせの方を聞きたい」


 食卓の片付けを済ませたリュウが切り出した。気まずさに耐えかねていたハンウェーは、喜んで語り出した。


「メッシー・モアの部屋にあった二冊の手記な。一冊は解読が進んでる。モアの言っていた通り、彼の身の回りのことや彼の行動目的について書かれていたよ。全てを忘れた彼は、そのノートをもとに行動していたんだな。で、もう一冊。これがやっかいで解読できない。なんとカークランド語じゃないんだよ。十中八九、俺たちの世界の言葉なんだ」


「僕たちの!?」

対抗世界カウンターワールドの!?」


 リュウとプリムラの驚きがきっちり重なった。


「仲いいなおまえら。で、その言葉ってのが英語でもドイツ語でも日本語でもなくて、俺もツツ様も読めないんだわ。リュウも日本語しか読めないだろ?」


「他の異邦人を探せば読めるかもしれないってことですか?」


「デタラメな人工言語とかじゃなければな。つーか、たぶん、西洋の言語ではあるんだ。タイトルは俺にもうっすら読めた」


「教えてほしい!」


 リュウが身を乗り出して食いついた。重い空気はすっかり消えてしまったようだ。


「『真世界創世記オーセンティック・ジェネシス』」


「え、この世界に創世神話はないって聞いてるけど……」


「だから女王陛下が目の色変えて大騒ぎよ。たぶんお前、また召し上げられるぞ」


「日本語しか知らないし。あと、僕、もう女王陛下付きの王宮魔道士の身分に戻ってるんだ。士官じゃなくて、平だけど」


(でも成り立ちが分かれば、この世界の形がわかるかもしれない。そうしたら脱出の経路も見出せるのか)


「あ! 今日お花屋さん来てる! あたしちょっと買い物行ってきますね。ハンウェーさん、ごゆっくりどうぞ」


 プリムラが指さす窓の先には、花屋の行商が店を出している様子が見えた。プリムラがそそくさと外出するのを見送ると、ハンウェーはふと真剣な表情になった。


「リュウ、おまえさ、元の世界へ戻ってどうすんの? プリムラ置いてくの?」


「僕は戻りたいから戻るんだよ。その先のことはまだ考えられない。でも、来た道があるなら帰る道もあるはずで、それを貫通させたら行き来できるようになるんじゃないかって考えてる。資金については目途が立ちそうなんだ。マロリーと癒着していた魔道士会AFSはいったん組織を解体されて、魔道省の下で再構築される。そこに僕とメッシー・モアの研究室ができる。僕は新しい魔道士会AFSで後進の育成を行う見返りとして、資金とマナの提供を受けるんだ」


「おまえ、師匠と仲直りできんの?」


「……別々の研究室だよ。僕は彼の身の回りの世話はするけど、いっしょに何か魔道がらみのことはしないと思う。それはもう、変わらない気持ちだ」


 リュウは力ない笑みを浮かべた。


「そうか。おまえがそうしたいんならそれでいいんじゃないか。もっと自信持てよ」


 邪魔して悪かったなと言い残して、ハンウェーは帰っていった。出資者であったマロリーが収監された今、図書館通りの傘の店はハンウェー単独のものとなっている。魔道士会AFS最上階での作戦にハンウェーの傘が使用されたことが世間に知られ、今まで以上に店は繁盛していた。今日も忙しく働くのだろう。


 リュウは恩赦を与えられ自由の身になったものの、宛先不定の転送魔術を行使した事実が後を引き、あまり大っぴらに活動できる状態ではない。『対抗世界カウンターワールドクロスオーバー』の続刊の出版は立ち消えとなり、続きはプリムラのためだけのものとなった。


(あれ? プリムラの本棚、『カンクロ』の四巻だけなくなってるな)


 リュウが本棚を眺めていると、大きな花束を抱えたプリムラが帰宅した。花束は大きさも色もまちまちの切り花の寄せ集めで、店頭にある限りの花を買い占めてきたのではないかと思うほどの量だった。


「じゃじゃーん! これは私の気持ちです! 百八本あるんですよ!」


(煩悩の数?)


「リュウと出会った日に、あたしが拾い集めた原稿用紙の数です! 元気出してほしいんです! 花束みたいに楽しいこと、これからたくさんしましょう!」


 まっすぐな好意が惜しげもなくリュウに注がれる。

 リュウは花束ごとプリムラを抱きかかえて、いつか故郷の景色を見せることを彼女に誓ったのだった。


~カウンターワールド・クロスオーバー 完~


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カウンターワールド・クロスオーバー 土井タイラ @doitylor

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