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 あれから更に時が経ち、校庭の桜の蕾も膨らみ始めてきた。

 噂話によると、芹沢は全身のいたるところに骨折が見られたものの命に別状はなく、その後も順調に回復しているらしい。毎日足繁くお見舞いに通う女子生徒が後を絶たないのだとか。

 学校側も今回の一件はさすがに看過できなかったとみえて、須貝たちも相応の制裁を受けることになった。

 須貝は学校に呼び出された母親から、教師たちの面前で烈火の如く叱られたそうだ。泣き喚き顔をぐしゃぐしゃにした母から繰り返し詰られ殴られ、そのバツの悪さからかその後学校に姿を見せなくなった。

 彼の後ろ盾を失くした伊藤は元々あまり評判が良くなかったこともあり、今では新たなスケープゴートの役目を科せられている。

 因果応報とはいわないが、運不運とは不思議な巡り合わせである。自分だけが周りの人間から抑圧されていると思いきや、彼らもまた他の人間から抑圧されている。まさに世界そのものが相互監視社会なのだ。

 僕はといえば、相変わらず屋上でひとり、佇んでいる。

 もはやこの地に留まる理由もないのだが、そう簡単に世界から解放されるわけでもないらしい。ただ少しずつ、この地のしがらみが薄れ始めている実感はあるのだが。

 僕はこのまま、この場所で、いつか訪れるであろう救済を待ち続けよう。雲の切れ間から柔らかな陽の光が全身を包み込んでくれるそのときまで……。


 ふと、校舎内へと通じる扉の鍵を外す音がした。

 ゆっくり視線を向けると、中から姿を見せたのはなんと伊藤であった。

 彼は疲れ切った表情をし、虚ろな目にはうっすらと涙が滲んでいる。

 ここは、監獄に残された唯一のサンクチュアリ。僕がそうしたように、この場所で思う存分に傷を癒せばいい。

 僕は心からの慈愛の眼差しで、かつての親友を見つめた。

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蒼のサンクチュアリ 由上春戸 @yugamiharuto

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