第四十二話 だから今日は、気晴らしで。
戸惑う
「もう三ヶ月以上、
「それはそうよ……。だって戰場ですもの。危ないでしょう? 仕方ないわ……。」
「だから今日は、気晴らしで、馬で遠乗りしますよ!」
「えっ! 危ないわ……。」
「ふふ、オレと一緒なら平気です。さあ、陽が落ちないうちに。」
と真比登が元気な馬を選んでいると、ぶふふんっ、と、真比登の愛馬、
真比登が自分以外の馬の手綱をとろうとするのが、嫌なのである。
「可愛いヤツだなあ。でも良いのか? 二人乗りで走るぞ?」
真比登は優しく
「佐久良売さま、オレの愛馬、
と
「オレにつかまってください。馬を走らせている間は、黙っていてくださると助かります。気配を探りながら走りますので。」
と、左手に弓。右手に手綱。背中に
馬が通れるように整備された道。
ここは、神社へ続く道なのだ。
秋の晴天。
木々は黄色や紅に色づき、
チ───イ……。チ───イ……。
ツツピン……、ツツピン……。
山鳥が鳴く。
木漏れ日が気持ち良い。
振り返れば
ここまで人の気配はなかった。何人で襲ってこようとも撃退できる自信はあるが、敵に出くわさないに越した事はない。
「
「そうです。」
「…………。」
「蝦夷の奴らにやられましたね。さすがに、
「これは戰なのね……。」
真比登は頷く。
「佐久良売さま、こちらに来てください。ほら、見えますか……。」
真比登は、遠く、
黄色に色づいた山の向こう、広がる平地、大きな湿地があり、その向こうに、人々が住んでいる郷が見えた。
煮炊きの煙が、土の盛り上がった家々から、空へ昇っている。
「蝦夷の郷。トイオマイです。
オレたちは、どこと戦っているのか、見た事はありましたか?
オレたちは、あそこと戦っているんです。これを、佐久良売さまに見せたかったんです。」
「……小さい。」
「そうですね。
見えない敵、というのは、やけに大きく、得体の知れないように思えるものです。
敵を正しく見ること、そうすれば、余計な不安はなくなるものです。」
「……あそこにも、暮らしている
「うっ!」
真比登は答えにつまった。
(しまった、戰の相手なんて、
自分の考えの至らなさに、真比登から汗が吹き出す。
「あー、うん、そうですね。すみません、連れて来る場所を間違えたかもしれません。
オレ、前にここに来て、良い眺めだったから、
もっと、戰から離れた場所を選べば良かったです。」
戰から離れた良い場所など、真比登は全く知らないのだが。
佐久良売さまは、くすっと笑った。
「たしかに、良い眺めね。」
小高い山の頂上からは、あたりが見渡せる。
さあ、と、十月の涼しい風がふく。
「佐久良売さま。残念ながら、冬の前に、蝦夷の征討はかないませんでした。」
真比登は、征夷大将軍、
───冬になれば雪に阻まれ、敵も味方も戦どころではなくなります。結果、
雪に閉ざされる前に、半数の兵士を解放し、雪解けとともにまた兵士を集めるべきです。
彼らは、兵士ですが、郷に帰れば
と提案したが、
───そのように解放した兵士を、再び簡単にかき集める事はできぬ。
そもそも、五千人の兵士を、足りない、と、千人増やしてもらったのだ。
これ以上
と一蹴されてしまった。
征夷大将軍殿は、陸奥国の冬の厳しさを、知らないのだ……。
「長い冬ごもりになります。しかし、最後は必ず、我々が勝ちます。
戰が終わったら、オレは
戦うことしかできないオレですが……。」
「嬉しいわ。あなたの武勇は特別よ。
佐久良売さまは長女であるが、平城京の
次女である
真比登は佐久良売さまから、
「跡取りは寺麻呂さまで変わりはない、そこは含みおいてね。」
と事前に言われていた。
もともと
寺麻呂さまと始めて会った時、彼は、真比登の
佐久良売さまが笑顔で、
「真比登は、あたくしが選んだ
と言ってくださったので、寺麻呂さまは慌てて頷いて、
「佐久良売さま、真比登さま、
と礼をしてくれた。
「ありがとうございます。
オレは今は征討軍の
オレは戦う事しかできない
と真比登も礼をかえした。
寺麻呂さまは、にっこりと人の良さそうな顔で笑い、
「
と
寺麻呂さまは、きっと、良い人だ。
真比登は上手くやっていけると思う。
佐久良売さまは、トイオマイの郷を見るのをやめ、遠く
「ずっと
佐久良売さまは麗しく微笑んでくださった。
(や、やったー!)
真比登は、佐久良売さまに喜んでもらえて、嬉しくなる。
「そう、雪が降る前に、一度、佐久良売さまを連れてきたいな、と思っていたんです。それで、こ、ここなら誰も見てないですから……。」
たくさん、皆の前で、佐久良売さまから口づけされて。
いつも恥ずかしい、恥ずかしい、とばかり思うのだが、こうやって静かな森のなかで二人きりになると、したくなるのは口づけなのだから、不思議なものだ。
真比登がねだる表情で佐久良売さまに顔を近づける。
「まあっ!」
くすくす笑った佐久良売さまは、目を閉じ、くい、と顎を上にあげた。
(えへへへ……。)
佐久良売さまがいつも、月光と蝋燭の灯りのもとで見せてくれる、口づけを待つ顔。
このように明るい下で見るのも良い。
桜色の頬。
長いまつげ。
きめ細かく白い肌。
全てを真比登に委ねる、隙だらけの表情。
全てがはっきり見える。
真比登はうっとりと美貌の妻を眺め、
(愛おしくて
唇を重ねた。
抱きしめ、長い長い、口づけをする。
↓私の挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077794807124
↓かごのぼっち様から、ファンアートを頂戴しました。
かごのぼっち様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093086989631818
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