第四十三話  ひぃ……、なんでこうなるの。

 ※麗閑れいかん……美しくしとやかなこと。

 ※蓬瀛ほうえい……蓬莱ほうらい瀛州えいしゅうの二つの神仙。

 ※妙趣みょうしゅ……すぐれたおもむき。



    *   *   *




「佐久良売さま、紫草むらさきの衣を賜り、ありがとうございました。」


 と、佐久良売の部屋で、たどたどしく礼の姿勢をとったのは、ふっくら顔の可愛い小鳥売ことりめだ。

 地味な郷の女の装いである。


 佐久良売は笑顔で頷く。


「先日、五百足いおたりと真比登が開いてくれた、婚姻の祝宴では、皆が綺麗な衣だと褒めちぎってくれました。あたし、幸せです!」


 小鳥売ははちきれんばかりの笑顔だ。

 佐久良売は心から良かったと思う。


 若大根売わかおおねめ



「良かったわね、小鳥売。

 ……ね、古志加こじか、あなたもこのように幸せをつかむと良いわ。」

「ひぃ……。」


 佐久良売のものである若葉色の衣を着せられ、髪を美しく結われた古志加が、困って細い悲鳴をあげた。小鳥売が、


「これは……?」


 と質問をする。佐久良売は、にっこり微笑む。


「うふふ。

 小鳥売にも見せてあげようと思って。

 これから、ここに、古志加の想い人が来るの。

 このような楽しみ、見逃せないでしょう?」

「はいっ! ありがとうございます!」


 小鳥売の目がらんらんと輝いた。


「ひいぃ……。」


 古志加が頬を赤らめ、両手で顔を隠そうとする。

 佐久良売はそれを見逃さず、素早く手をつかみ、しかった。


「おやめ! 顔を手でさわったら、化粧が落ちるじゃない! 化粧紅けしょうべにの価値を知らないの?」

「ひっ、すみません!」


 古志加はおびえた声をだした。佐久良売は声音を和らげる。


「ねえ、古志加、鏡を見た? 

 鏡に映るあなた、見事なくわよ。

 これがあなたなの。

 あなたは普段化粧しなくても可愛いけれど、おみなは玉。

 磨けば光るのよ。

 自分に自信を持ちなさい。」

「…………。」


 古志加が鏡にうつる自分の顔を、しげしげと見た。

 ぽつりと、


「……似てる。」


 と一言、口にした。


「なあに?」

「なんでもありません。」


 小鳥売が、


「佐久良売さまは、なんでこんなにお優しいんです?」


 といた。佐久良売は、にっこりと笑う。


「ほほほ、だって可愛いのよ、古志加。手助けしてあげたくなっちゃうわ。

 見ててごらんなさい。

 ねえ古志加、あなたは三虎を恋うてるのよね?」


 古志加が顔を、顎から額の上まで真っ赤にした。


「こ、恋うてます。」

「幼い頃から、ずっと恋い慕っているのよね?」

「は、はい。」

「弓が強くて、あなたには優しくて、かっこいい立ち姿が良いのよね?」

「そ、そうです。」


 古志加は恥ずかしさでぷるぷると震えだした。


「もう告げなむ(告白)しなさい。」

「ひー! できませんー!」


 悲鳴をあげた古志加が顔を両手で隠そうとする。


「バカ! 顔を触らない!」


 佐久良売は一喝する。

 蘭薫らんくんの美女が息もえに恥じらう様は、色気を増すばかりだ。

 小鳥売に、どう? と目線を送ると、小鳥売は頷き、


「これは可愛いですね。」


 と、うんうん頷き、


「……楽しみですッ!」


 目をくわっ、と見開いた。

 佐久良売も若大根売わかおおねめも頷く。女三人は同志となった。


「ひぃ……、なんでこうなるの。」


 と古志加は床に両手をついて、がくっとうなだれた。



   *   *   *



 佐久良売の部屋に、真比登に案内されて、副将軍、大川と、その従者、三虎がやってきた。

 三虎はいつもの可愛げのないムスッとした顔である。

 佐久良売は、紙の巻物を机に広げた。





 安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等理天 可射之都良久波 知等世保久等曽





(※あしひきの 山の木末こぬれ


 ほよりて


 かざしつらくは  千年ちとせ寿くとぞ


 山の木のこずえに生えているほよを取り、髪飾りにするのは、千年も続く長寿ちょうじゅを祝ってのことです。)


 美貌の佐久良売はしとやかに微笑んだ。白い肌は雪のように冴え、桜色の唇が麗閑れいかんあでやかさを生む。


「戦勝を願い、文字を書きましたの。副将軍殿に進呈したく存じますわ。」


 微笑み返す大川もまた美しく、みやびやかな微笑みを見せた。

 なぜか温度を感じさせない微笑みは、清秀せいしゅうたるはちすを見るようである。


「これは峻抜雄健しゅんばつゆうけん(書画の抜きん出て素晴らしいこと)。大伴家持おおとものやかもちですね。」

「ええ。」

「感謝いたします。さっそく、兵舎の部屋に飾らせましょう。」


 美貌の二人が向かい合い微笑むさまは、この世のものとも思えない。ここは蓬瀛ほうえい妙趣みょうしゅである。


 そこで、古志加が淡竹葉たんちくようのお茶と、米菓子を持って部屋に入ってきた。

 うつむきがちに、机に土師器はじきの皿を置いてゆく。


「…………。」


 一同、黙る。

 佐久良売と、その後ろに立つ若大根売わかおおねめ、部屋のはじに控えた小鳥売は、三虎の反応を食い入るように見る。

 真比登は、佐久良売さまの気晴らしに仕方なくつきあっている、という微笑みで、古志加と三虎の顔を見る。


 三虎は、古志加を見ても、無表情を変えない。

 まったく、変えない。


 皆、三虎と古志加に注視をしたので、古志加を見た大川の目がわずかに見開かれ、口元の笑みが微妙にまろやかさを増したのに、誰も気が付かなかった。


 古志加は机に土師器はじきを置きおわり、佐久良売の後ろ、若大根売わかおおねめの反対側に控える。


 佐久良売は、信じられない、というように、まじまじと三虎の顔を凝視した。


(なんでよ、なんで無反応なの? 

 あたくしの衣なのよ? 

 こんなに美しく着飾ったのに───!!)


 若大根売わかおおねめは、


擬大毅ぎたいき殿どのの時は、それはもう面白い反応だったのに! 

 まさか無表情のまま、一言も発さないだなんて!

 にぎゃ───っ!!)


 と心のなかで不満を叫んだ。

 小鳥売は、


(なんなのこの従者。タコなの?)


 とあきれて三虎を見た。







 大川と三虎は、佐久良売の部屋をあとにした。






 佐久良売は、食事の香り付けに重宝する、橙の皮を干したものを古志加に持たせて、簀子すのこ(廊下)を追わせた。


 人気のない簀子すのこで、もし三虎にその気があれば、美しく着飾った古志加に言寄ことよせ(ナンパ)できる隙を作る為である。


 古志加はすぐに佐久良売の部屋に帰ってきて、礼の姿勢をとった。


「佐久良売さま。大川さまから、巻物と、橙、重ねて感謝します、とのことです。」

「ありがとう。……古志加、従者殿からは、何か?」

「ご苦労、と。」

「他には?」

「他に? ……何も。」

「…………。」


 まさかそんな、と、同志たる女三人は、無言で目線をかわした。

 古志加はうつむき、寂しく笑った。


「あたしはここには、戰をしに来たんです。……三虎の、心に決めたたった一人のおみなは、他にいるんです。

 あたしは、おみなとしては見られていません。」


 顔をあげ、ふっきれたように笑い、


「佐久良売さま、おみなは玉、磨けば光る、と言ってくださり、ありがとうございます。

 昔、他の人からも、同じ言葉を言われたことがあります。

 懐かしくて、嬉しかった。

 ……ありがとうございました。」


 と礼の姿勢をとった。






   *   *   *





 ※万葉集  大伴家持おおとものやかもち


 あしひきの……山を導く枕詞。

 こぬれ……梢。

 ほよ……ヤドリギ。冬でも緑である生命力を寿いだか。






 挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077851894253







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