第三十四話  碧玉の首飾り

 その夜。

 真比登まひと玉造団たまつくりのだんで夕餉を終え、佐久良売さくらめさまの部屋へいそいそ歩いていると、


「話がしたい。できれば部屋で。」


 と酒壺を持った三虎につかまった。真比登は眉根を寄せた。


「あまり長い時間はとれないぞ。」


 三虎は苦笑し、


「お盛んなことだな。まったく、隅におけない……。大丈夫、佐久良売さまに怒られる前に解放してやるさ。」


 とおかしそうに言った。


「そうしてくれよ。佐久良売さまがねると、オレは大変な目にあう。」

「はは……。」

「冗談じゃないんだぜ?」


 軽口をかわし、兵舎の真比登の部屋についた。


 三虎が、持参した浄酒きよさけを真比登のつきに注いでくれる。


「どうだ? 花麻呂はなまろ古志加こじかは?」

「ああ、さすが上毛野かみつけの衛士団えじだんだな。良い腕前だ。」


 浄酒きよさけの辛さを、うまい、と思いつつ、真比登は答える。


「それは光栄だな。花麻呂は古志加を守る。戰場でも一緒に配してくれ。」


 と、三虎は無表情に、自身も浄酒を呑みつつ、言う。


「……これは、大川さまのご意思ではなく、オレのままみたいなものでな。二人を鍛えてやってくれ。オレはお前の腕を見込んでいる。」

「おっ、悪い気はしねぇなあ!

 何……? 吾妹子あぎもこ(愛人)なの? お前の?」


 古志加こじかは化粧っけはないが、紅珊瑚べにさんごの耳飾りが良く似合う、美しいおみなだった。

 真比登はカラカラと笑いつつ、浄酒を呑む。

 三虎は、じっと真比登を見つめ、声をひそめ、


「ちがう……。誰の吾妹子あぎもこでもない。あいつは清童きよのわらは。」


 と言った。つまりおのこを知らないおみな、という事だ。

 真比登はむせた。


「げふっ! げふげふ……。ええ? だって、あいつ、ずっとおのこのなかで剣を磨いてきたんじゃねぇの?」


 古志加はおみなだが、おのこの剣だ。

 烈しさ、剣の当たりの強さが、おのことぶつかり慣れてる。

 おのこと距離が密着する技を仕掛ける時でも、ためらいが一切ない。

 剣の指南を誰に受けたかは知らないが、必ず、おのこ

 そして期間も、一年、二年の短さではない。

 あれだけの美女が、それだけ長期間、おのこから剣や体術を教えてもらったら、師であるおのこが手をつけてしまうのではないか?

 真比登のまわりにおみなの兵士はいないから、想像でしかないが、そう踏んでいた。


「わかるか。十歳から、卯団うのだん……、上毛野かみつけの衛士団のなかの、十六人の団のなかにいれて、教えた。親無しのあいつを拾ってきたのは、オレだ。卯団うのだん皆で、古志加を猫のように可愛がっている。」


 と三虎は淡々と言った。


厄介やっかい! こいつは厄介!)


 と真比登は思いつつ、


「可愛がっているのね! あっそう! それは良いけど、おまえ本気か? ここは戰場だぞ。」


 と困り顔で言った。

 おみなの身で賊に捕まってしまえば、おのこより酷い目にあうのは明らかだ。


「ふむ……。」


 三虎が浄酒を呑み、答える。


「オレは今まで二度、古志加を手折ろうか迷った事がある。

 一度目はうらぶれを治すため。

 二度目は今回……。清童きよのわらわのまま賊の手で死ぬことになれば、あまりにも哀れだ。

 だがおまえが、死なさない、と言ってくれたからな。

 オレはおまえに賭ける。」


 そこまで無表情に言い、ギラリ、と剣呑に目を光らせた。


「多少の怪我はかまわない。だがおみなとしての怪我からは、あいつを守ってくれ。仲間からも……。あいつに何かあれば……。オレは許さない。」

「怖えな! それってオレも入ってるのか。」


 真比登はつい渋い顔で言ってしまう。

 三虎は目を細め、冷たく笑い、


「手を出したヤツは殺す。おまえだったら……おみなと全く同じ目にあわせてやる。オレので。」


 と声をひそめて言った。


「やっ、やめろぉ! おまえ、本当、そういうのやめろよな……!」


 真比登は両腕で己を抱きかかえ、首をふりつつ言った。

 三虎は、はは……、と無表情に乾いた笑い声をあげた。


「冗談だ。」


(こいつ怖ぇ。)


「おまえ、それ、恋うてるんじゃねぇの?」

「む。」


 三虎は言葉につまり、眉が困ったようにゆがみ、


「……違う。オレは上野かみつけのくに遊行女うかれめがいる。身も心もとろかす良きおみなだ。」


 と言い、懐から白の麻の小包をだした。


「これを。」

「なんだ?」


 真比登が受取り、小包を開くと、おおぶりの碧玉に革紐を通した首飾りが出てきた。百姓ひゃくせいなら一生目にすることはないだろう、高価な品だ。


「これは……。」


 と真比登が目を丸くすると、三虎がにやり、と笑った。


「佐久良売さまに良く似合うだろう。おまえ、こういう贈り物、ちゃんと佐久良売さまにしてるか? 戰場だからって、胡座あぐらかいてちゃいけねえぜ?」

「…………。」


 佐久良売さまは、豪族の娘だけあって、物をいろいろ持っている。

 真比登は、贈り物をするという発想自体がなかった。


 真比登は赤くなり、うつむいた。


「時間をとらせたな。首飾りを用立てたのはオレって、わざわざ佐久良売さまに言うなよ。」


 三虎は空になった酒壺を持って、帰っていった。




    *   *   *




「遅かったわね?」


 佐久良売さまの部屋にむかった真比登は、相当、じれた顔の佐久良売さまに出迎えられた。


「すみませんでした! 許してください!」


 と、真比登はさっそく、小包を佐久良売さまに渡した。


「あら? 何かしら?」


 佐久良売さまは眉をひょい、と上にあげ、小包をあけ、


「まあ!」


 と嬉しそうに碧玉の首飾りを手にとった。


「さ、佐久良売さまにお似合いです。」

「ありがとう。で……、これ、どうしたの?」

「え……?」


 佐久良売さまの目がキラリと光る。


「あたくしと都々自売つつじめ桃生柵もむのふのきで一番たふときおみなだって事を、忘れてるようね? 

 商人が持ってきた装飾品は、まず、あたくしと都々自売つつじめが一番始めに見るのよ。

 これは桃生柵もむのふのきに持ち込まれた事はない首飾りです。

 さ、これをどうやって手に入れたか、言いなさい。」

「はい、わかりました……。」


 真比登は、がっくりうなだれて、全て話したのである……。





    *   *   *






「ふうん。従者殿がこれをねぇ。そこまでするなんて、従者殿は、古志加に恋してるのかしら?」

「三虎にそう訊いたら、違う、オレは上野国かみつけのくに遊行女うかれめがいるって言ってました。」

「そうなの……? 古志加は、従者殿に恋してるわ。可愛いのよ、あの娘が従者殿のことを話す顔。なんだか応援してあげたくなるわ。うまくくっつかないものかしら?」

「三虎、恋は否定しましたからね……。

 でも、古志加をすごく気にかけてます。

 古志加に手を出すおのこがいたら殺すって言ってました。多分、あれ本気です。」

「…………面倒くさいわね、あの従者。」

「オレもそう思います。」

「古志加はあんなに美人なのに。ねえ? とっても可愛い子よねえ……?」

「え? は、はあ……。」

「そんな可愛い子に太ももで顔を挟まれて、良かったわね! くらいなさい!」

「わっ!」


 はだかの佐久良売は、真比登の首に足をからませ、ぎゅう、ぎゅう、と太ももで真比登の顔を締め上げた。


「ゆっ、許すって言ったじゃないですか!」

「ええ、言ったわ。」


 衆目のなか、口づけを真比登からしてもらった。

 それで充分。許してる。

 真比登を責めるつもりはない。

 ───しかし、真比登の顔を他のおみなが太ももで挟んだままには、どうしてもしておけないのである!


「怒ってないわ。───でも、やるのよ。昇天するならあたくしの太ももになさい!」

「や、やめ、むぎゅううう……!」






 ……夜は更けてゆく……。









   *   *   *






 著者より。


 真比登は既に謝ったのに、佐久良売はちょっと酷いでしょうか?

 そんな事はありません。

 思い出してください。

 佐久良売は、内衣一枚で舞った時、「高くつくんですからね。」と真比登に言いました。

 でも、実際には真比登にその後、何も要求していません。

 佐久良売は真比登がある程度ワガママにふるまう事を許してしまっています。

 何も言わずに、恥ずかしい格好で特別に踊るのはしゃくだったので、「高くつく」と言いはしましたが、そう言いたかっただけです。


 今回は、真比登に謝ってもらっても、どうしても他の女の太ももに真比登の顔が挟まれた事実を忘れられなかったので、こういった行動にでました。

 嫉妬です。

 愛してるゆえ、です。

 佐久良売は、己の心のままに動く女です。











 ↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077197211060



 ↓かごのぼっち様より、ファンアートを頂戴しました。

 かごのぼっち様、ありがとうございました。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093085537093873

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