第三十五話 あの子はたゆらちゃん、其の一
見まく
枝もしみみに 花咲きにけり
見たい見たい、と恋いしく待っていた秋萩は、枝に隙間なく花を咲かせました。
※見まく欲り……見たくてしょうがない。見たい見たい。
※しみみに……びっしりと。隙間なく。
万葉集 作者不詳
* * *
午後は、古志加だけ、女官の仕事を教えてもらった。
* * *
「
戰場から帰った
すると、道端に、ちらりと
(なんだろう?)
拾い上げてみると、撫子色の粗末な……、いや、一般的な布地の袋。
なかみは、女物の、素朴な
梅の花の一つだけ、金色に塗ってあり、傾き始めた日差しに、きらり、と光っていた。
(女モノの櫛だな。持ち主に返してあげたいけど……。)
立ち止まった嶋成に、遠くから話し声が聞こえてきた。
「あれ? いつもの
低めの
「
道の先を見ると、新入り、
花麻呂はこちらに背を向けている。
(あの子の落とし物かな? それにしても、女官姿のあの子、可愛いな。)
大きな目、小さく可憐な唇、すっと通った鼻梁。美しい顔立ち。
そして胸がでかかった。
でかかった。
神が
(おっと、胸に見とれている場合ではない。声をかけるか……。)
「おまえ、
「戦えるよ!」
「じゃあ、この場で何回か飛んでみ?」
(はっ? なんだと? 飛ばせる気か? その格好で飛ぶってことは……!)
これから見られるかもしれない奇跡の瞬間にそなえ、嶋成はさっと木陰に身をひそめ、息を殺し、目をかっぴらいた。
(見まく
古志加は、
「わかった!」
と、ぴょん、ぴょん、とその場で飛んだ。
恵みの象徴である二つの丘が、
たゆら。
たゆら。
と揺れた。
(バカ野郎───! 何やらせてんだよ───! 古志加もなんの疑いもなく飛んでんじゃねえよ!)
たゆら。
たゆら。
春ですね。(今は十月)
素晴らしいですね。
豊かですね。
揺れますね……。
嶋成の頭のなかで不可思議な言葉たちが浮かび、
花麻呂はさっと口元を押さえた。
多分、にやけ顔を隠す為にちがいない。
(おまえ、わかってやってんな……。)
花麻呂は古志加の肩を叩き、
「おまえがその格好でも戦えるのが、充分わかった! だが他の
「はあ? わけわかんないよ花麻呂。」
「まあ、良いってことだ……。」
(何も良くねえ!)
二人は、去って行った。
嶋成はしばらく、その場に立ち尽くした。
瞼の裏に、可愛らしい顔と、豊かな胸が揺れるさまが、繰り返し浮かび、鼻の下がのびた。
(あの子はたゆらちゃん。
これからは、心のなかで、そう呼ぼう。それ以外には考えられない。)
嶋成は、もともと、ふっくらした体型の女が好みだ。
たゆらちゃんはふっくらした体型ではない。大柄で筋肉質、
でも可愛くって豊かだ……。
それって……。
良いよね……。
嶋成はすっかり、落とし物の存在を忘れていた。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077303591336
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます