ライトノベルとジャングルジム

フィステリアタナカ

ライトノベルとジャングルジム

「カナタ! あそこの国旗こっきぼうのところまで、競争きょうそうな。よーいドン!」


 ぼくには三さいまでの記憶きおくがない。赤ちゃんのころなにをしていたのだろうとおもったけれど、保育園ほいくえんかよっているとき記憶きおくはあるので僕はあまりにしなかった。保育園ほいくえん近所きんじょむカナタと出会い、園庭えんていでよくけっこをしていた。彼女かのじょとのけっこは小学生になってもつづいていき、僕は彼女とその時間じかんごすことができて、とにかくたのしい気持きもちでいっぱいだった。


「ずるいよ、ずるい! いつもスタート言ってる!」

「だって、そうでもしないとカナタやらないだろ」


 やす時間じかん放課後ほうかごにグラウンドへ行って、雲梯うんていをどっちがはやわたれるかとか、鉄棒てつぼうを何回転かいてんできるかとか、とにかく彼女とあそんでいた。


「なあ、あそこのジャングルジムどっちが早くのぼれるかやろうぜ」


 ジャングルジムでもカナタと競争きょうそうするが、ジャングルジムが大きすぎて当時とうじの僕らは天辺てっぺんまでのぼれなかった。そのときカナタに「カナタさぁ、パンツ見えちゃうからスカートじゃない方がいいよ」と言うと、「馬鹿ばか、エッチ!」とスカートをさえた彼女から言われてしまう。それでも僕は彼女の下になると気まずくなるので、どうしても彼女にそれをつたえたかったのだ。


 小学三年生の春休み。小学校のグラウンドのまわりにある桜がく。グラウンドのとなりの道では、ねこ補助輪ほじょりんを付けた自転車じてんしゃかれそうになっていたので「あの猫タイヘン!!」と僕は大きな声を上げた。ビックリした猫は自転車からのがれどこかへと消えていく。その後カナタとしばらくあそび、僕らが学校から出ると、目の前にある車からりてきたおじさんに声をかけられた。


「そこの君。お母さんが大変なことになっているから、おじさんとお母さんのところまで行こう。それとお腹すいてないかい? 何か食べるか?」


 「お昼はまだ食べてない」とカナタが言うと、おじさんはその場でピザをたのみ「ピザがお母さんの所に届くようたのんだから、じゃあ行こうか」とカナタのうでを引っった。

 僕はマズイと思い「この人!! ヘンタイ!! だれたすけて!!」とさけんだが、カナタは車へときずりまれる。彼女を一人にさせちゃダメだと僕も車にみ、正直しょうじきどこにれていかれるのか不安ふあんになったけれど、さっき逃がした猫が車の前にいてくれて車はうごかなかった。

 おじさんが目の前の猫に戸惑とまどっていると、僕のさけび声を聞いてけ付けた先生達が僕らのった車の目の前に立ちはだかる。

 先生がおじさんをつかまえて警察けいさつし、僕らはことなきをたのであった。


 ただ、この事件でカナタは家に引きこもるようになる。


 僕は母さんにじゅくに行きなさいと言われたが「いや、勉強べんきょうはうちで頑張がんばる」と言って、放課後ほうかごはいつもカナタの家にあそびにいった。

 カナタの家に上がり、僕が彼女の部屋の前まで行くと、彼女はずかしそうにしながらも部屋の中に僕を入れてくれる。彼女とゲームをしたり、ライトノベルをんだりして、いつも一緒いっしょに楽しくごしていた。

 特にネットゲームは、カナタとコンビを組んであそびまくった。そのせいもあってなのか、小学六年生のころにはそのゲームの世界ランキング二桁台けただいに入る日もあり、彼女とよくハイタッチをした。

 カナタの手にれるたびドキドキして、僕は彼女に恋をしてしまったのだと気がつく。彼女は引きこもっていたけれど、彼女の笑顔えがおを見るたびに僕の心があたたかくなっていくのをいつも感じていた。


 小学六年生の宿泊学習しゅくはくがくしゅう。僕はカナタに「おそろいのトレッキングブーツおうぜ。だから一緒いっしょに行こうよ」と宿泊学習に参加さんかしてくれるようおおねいしたが、やっぱり無理むりだった。

 宿泊学習で見た夜の空。僕はカナタのことをおもいながら、ながぼしさがしていた。彼女が部屋から出れますようにと。


 クリスマスにはカナタの好きなチーズケーキを買い、家にお邪魔じゃまして、彼女にチーズケーキを渡した。彼女に「クリスマスはショートケーキだよ」と笑われてしまったが、その笑顔がとても可愛かわいくて、僕はチーズケーキを買って本当に良かったと思った。


 お正月、バレンタインデーとつづき、三月のホワイトデーがやってきた。バレンタインのお返しに「カナタがしいと言っていたライトノベルをわたしたいから、ジャングルジムの所まで来てよ」と言い、僕は小学校のグラウンドでカナタが来るのを待つ。正直しょうじきけだったが、カナタは頑張がんばってきてくれたので僕はうれしかった。


「来てくれてありがとう。なぁカナタ、ネットゲームめてさ、その分むかしみたいに外であそばないか?」


 彼女からは戸惑とまど表情ひょうじょうが見える。だから僕はカナタをさそった。


「外であそぶのも楽しいぞ。むかしみたいにジャングルジムをのぼってみようぜ」


 あのときカナタととものぼれなかった、ジャングルジムの天辺てっぺんに僕らは行くことができた。天辺てっぺんに着きそこから見える景色けしきながめ、僕はポケットの中に入れていたイチゴ味のチョコレートもカナタにわたす。


「これ頑張がんばったご褒美ほうび

「……ありがとう」


 カナタは泣いていた。


 大好きなライトノベルとチョコレートを僕からもらい、彼女はほほらしながら、めいいっぱいの笑顔えがおを僕にける。その姿すがたを見て僕はめた。


「僕、ライトノベルをカナタのために書くよ。カナタはどう?」


 僕がそう聞くと「頑張がんばって中学に行く」とカナタは答えてくれたので、僕は自然と彼女の頭をでていた。


 ◆


「おばさん。カナタまだ? あっ、カナタ!! 早く食べてよ。じゃないと中学校に遅れちゃうよ!」

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