第3話 魔法を扱える者と魔力を感じる者

 アリッサが書庫で調べ物をしていると、扉が音を立てて開いた。古い扉のため、少し動かすだけでも音が響いてしまうのが、気になる点である。

 廊下から現れたのは、書類を何冊か抱えたピースだった。


「お、お疲れさまです、アリッサ先輩」

「お疲れさま。ごめんね、すぐに退くから、ちょっと待ってて」


 ピースが首を横に振ろうとしたところを遮って、アリッサは書類を何冊か抱えて廊下に出た。少年の視線はアリッサの書類に向けられる。


「調べ物ですか?」

「ええ、ちょっと気になることがあって」

「僕でよければ、調べ物、お手伝いしますよ」

「とりあえず大丈夫、書類は一通り揃えたから。気持ちだけ受け取っておく」


 ピースはうなだれながら、自分の書類を書庫の棚にしまい始める。執務室だけではすべての書類を保管できないため、許可を出し、ある程度月日がたった書類については、こうして書庫にしまっているのだ。

 アリッサが取り出した書類は、処分用の魔法道具を運搬する、ある業者の過去の申請書と実績の記録の一部である。ふと思い出した、とある業者が気になったのだ。

 申請書をパラパラと見る限り、問題はないように見える。不適切な記述があれば、申請書を修正させ、それから許可を出しているため、問題はなくて当然だ。

 もし、気になる点が出てくるとすれば、実績の方――。

 書類を抱え直していると、ピースが申請書をしまう時、俯いているのが気になった。


「……その書類から、何か感じるの?」


 言葉を漏らすと、ピースははっとした表情でアリッサのことを見てきた。彼の顔を見て、アリッサはとっさに口元に手を当てる。


「ご、ごめん……」


 ピースはふるふると首を横に振った。


「どうして謝るんですか?」

「えっと、ピースが意図的に隠していると思ったから……その……」

「言う必要もなかったから、言ってないだけです。魔法を扱える人間ということを」


 ピースは書類をそっと棚にしまった。そしてアリッサに体ごと向ける。


「そういうアリッサ先輩も、魔力をある程度感じられる人間ですよね? だから僕のことを当てられた」


 若干間を置いてから、アリッサは観念したように頷いた。



 魔力をまったく感じない人間、魔力を感じ取れる人間、そして魔力を感じ、扱える人間―いわゆる魔法使いと呼ばれる者の三種類に人々は分けられる。

 魔力を感じない人間は人口の四分の三ほど、感じることができる人間は二割程度、そして魔法使いはその残りだ。

 魔法は人々の生活をより豊かにする。そのため、魔法使いは世間的に重宝されることが多く、仕事内容も多彩であった。しかし、幼初期にその力を気味悪がられることもあり、成長した今でも意図的に隠している人は少なくなかった。

 アリッサは魔力を感じ取れる人間で、物や人からぼんやりと感じることができる。

 例えば、申請書をめくっていると、その業者が運搬していた魔法道具の魔力の残りを感じることがあった。また、店舗で売られている魔法道具についても、魔力がたくさん込められているか、そうではないかの判断もできていた。その延長で、魔力を内在する魔法使いについても、薄々察することができるのだ。



 ピースと出会ったときは魔力を感じることはなかった。おそらく意識して隠していたのだろう。しかし、彼が申請者と対応しているとき、申請書の魔力を感じ取るためか、彼の魔力も一緒に漏れてくることがあった。それで彼は魔法を扱える人間なのだと、予測ができたのだ。


「僕、これでも魔力を隠すのは上手い方だと思うんですが、まさかアリッサ先輩に当てられるとは思いもしませんでした」

「課の中では、他に気づいている人はいないと思う。私は感じられる人の中でも、割と鋭い方だから」


 正直に言って、今日この場で尋ねるまでは半信半疑であった。なぜなら――


「魔法が扱えるのに、どうしてこんなところに就職したのか、っていう顔をしていますね? しかも指導課ではなく、審査課を希望して」

「……ええ。審査課では基本的に魔法を使う仕事なんてないもの。能力があるのに、宝の持ち腐れだと思う」


 申請者から魔力を感じ取れれば、多少物事を有利に運べるときはある。話の展開として、魔力のことを具体例にあげれば、話が通じやすいからだ。だが、感じられなくても何も問題はない。

 むしろこの課で必要な技術は話術だ。にもかかわらず、ピースは決して話術に優れているとは言い難い。どちらかといえば苦手そうな雰囲気はある。

 ピースは頭を軽くかいて、そっと視線を逸らした。


「確かに僕は魔法が使えますが、それを使って食べていこうとは思っていません。僕よりも優れた使い手はたくさんいますから。審査課に希望したのは、収集運搬している業者は、どういう人が多いのか気になったからです」


 彼は顔を上げると、儚げな表情をしていた。


「……僕の祖父母は、不適切に捨てられた魔法道具の山が崩れ、それがきかっけに起きた事故で、亡くなりました」

「え……」


 アリッサは目を丸くしながら、ピースの話に耳を傾けた。



 使用済みの魔法道具の不法投棄によって、あたかも山のようになった場所があった。

 そこが今から十年前、豪雨によって廃棄物の山が崩れたことをきっかけに、土砂崩れが起きた。土砂は下にあった家々を飲み込み、さらに川に流れ込んで濁流となり、川の近くに済んでいた家も流していった。

 ピースの祖父母はその川沿いに住んでいて、避難する時間もなく、濁流に飲み込まれたとのことだった。



「その土地の所有者はすぐに見つかりました。その人たちは、勝手に捨てられたのだから、自分たちに非がないと主張していました。しかし、土地の管理は所有者がすべきことですので、結局は捕まりました」

「そのニュースは覚えている。そして、肝心の不法投棄した人物たちは今も見つかっていない……」


 ピースははっきり頷く。本当に罰すべき人は、魔法道具を不法に投棄した人たちだ。投棄しなければ、土砂崩れの被害もここまで酷くならなかったはずである。


「その通りです。そのような事故を通じて、収集運搬している相手に対し、どういう風に許可を出しているのか疑問に感じ、さらにここに入れば、もしかしたら犯人たちと接触できるかもしれないと思い、こちらに希望を出しました」


 いつになくしっかりとした目で、こちらを見てくる。アリッサは胸元をぎゅっと握りしめながら、ピースを見返した。


「……私たちの許可の出し方は、問題だった?」


 彼は軽く目を伏せて、首を横に振る。その様子を見て、少しだけ胸をなで下ろす。


「……犯人らしき人は見つかった?」


 少しの間を置いて、やはりゆっくりと首を横に振る。


「数が多すぎます。許可がないと運搬できないとはいえ、更新も含めて毎年三百件近くあります。それに僕がそのすべての事業者の申請に目を通しているわけではないですから、可能性がある業者と接触できる確率はかなり低いです。そもそもそんな悪徳業者、許可を取っていることすら、疑問ですしね」


 彼の言うことはもっともだった。許可をとっていれば、その事業者の記録は魔道管局に残ることになる。何か容疑がかかれば、すぐに捜索の目がつくことになる。許可を取ることすら、避けるかもしれない。

 やるせない気持ちであろうピースに対し、どんな言葉をかければいいか思いつかず、アリッサは呆然と立ち尽くす。すると彼は書類を棚に入れると、少しだけこちらに歩み寄ってきた。


「そんな顔をしないでください。犯人探しはあくまでもついでです。純粋に魔法道具の管理に興味があったから、ここに就職しただけです。局内なら、希望を出せば他の課への異動もできます。申請者との応対は大変ですが、得るものは多いです。それに……尊敬する人も見つかりましたし」

「そうなの? いったい誰?」


 アリッサが知る限り、上司たちは誰もが頼れる人ばかりだ。ピースが特に尊敬する人はいったい誰なのか、気になる。

 彼は歯を出しながら、にかっと笑った。


「誰でしょうか。アリッサ先輩もよく知る人物ですよ」


 具体的な人物名を教えてくれない。つまり言いたくないのだろう。

 ピースはすぐ目の前にくると、アリッサが持っている書類に視線を落とした。

「‟暗雲社"? 人を寄せ付けなさそうな会社名ですね」

「そうね、この前処分場に行ったときにトラックを見たけど、濃い灰色で、近寄り難い雰囲気を出している車だった」

「そんな会社をどうして調べているんですか?」


 ピースの問いに対し、アリッサはいったん口を閉じる。

 トラックが目の前を通ったとき、どこか濁ったよくない魔力を感じたから、という理由は、感じない相手には伝えにくい。だが、魔法使いの彼ならば、この感覚的な魔力のことも、多少は通じるかもしれない。


「そのトラックを見たとき、あまりよくない感じがしたの。うまく表現ができないんだけど、魔力が濁っている感じ? その運転手なのか、魔法道具なのか、どちらかはわからなかったけど……」

「濁る……?」


 ピースが眉をひそめながら、口元に手を当てる。


「ええっと、別の表現だと、ピースみたいな綺麗な魔力でなくて、色々なものが混じり合った魔力を感じ取ったの」

「綺麗……ありがとうございます」


 ピースは顔を赤くして、頭を下げる。アリッサは右手を軽く横に振った。


「事実を言っただけ。人柄が良いっていうのが魔力に出ていると思う」

「人のことをそう感じるなんて……、アリッサ先輩、並の魔法使いよりも直感が鋭いとか言われませんか?」

「それは言われたことがある……」


 指導課との立ち入りに行ったとき、その課の魔法使いよりも先に、違和感を察して、指摘することがあった。完全に見落としていたらしいが、それでもよく気づいたと誉められたことがあった。


「やっぱりそうですよね。魔力が濁っているなんて、僕でさえ、そういう表現のものを感じ取れるのは稀ですから」

「魔力が濁っているときって、一般的にどういうとき?」


 ピースは指を二本立てた。


「大きく二つに分類されます。一つが、その人物が犯罪や人を傷つける行為など、いわゆるマイナスの面で魔法を使用した経験がある場合」


 魔力の雰囲気というのは、その人物の性格や経歴に影響されるらしい。ピースは素直で真面目だからか、アリッサからは透き通ってさえ見えた。


「二つ目は、魔法道具が相性の悪い魔力同士で作られた場合、もしくは相性の悪い道具同士が接触している場合です。例をあげれば、水と火の魔法道具が隙間なく接しているときですかね。接しているだけでも反発するときがあり、その時、濁るっていう現象が起きるらしいです。濁りが濃くなると、爆発など外に影響を与えてくるらしいです」


 ピースは腕を組んで、首を傾げた。


「もし、その濁りが本当なら、どちらであっても良くはありません。アリッサ先輩がこの前行った処分場、土属性だけを受け入れているところですよね? もしかしたら、その事業者、風属性が混ざったものを持ってきた可能性があります。仮にその事業者が常習犯なら、話を聞いた方がいいんじゃないですか?」

「でも確信がない。書類を見返しても、特に問題はなかった」

「まったくですか?」

「あえて言うなら、実績の運搬量の割には、どれも契約期間が長いと思ったくらい」

「そうですか。では、魔力断ちをした魔法使いから、話は聞きましたか? それをした魔法使いであれば、バニッシュをした瞬間、別の属性が入っていれば、違和感くらい覚えていると思いますよ」


 ピースの助言により、アリッサのもやもやしたものは、徐々に形になってきた。

 妙な感じがしたから立ち入りをする、というのでは説得力は薄い。

 しかし、相反する属性を持ち込んでいたという話がでれば、むしろ立ち入りしなければならなくなってくる。

 事業所の場所などの必要な情報は、この申請書に載っている。行こうと思えば行けるのだ。アリッサの顔は明るくなった。


「ピース、ありがとう! まずは処分場に連絡を取って、その結果をもとに上司と相談してみる。それで了解が得られれば、指導課の人と合同で立入することになると思う」


 とある一人の青年の顔が思い浮かぶ。彼なら審査課の人間の頼みであっても、都合をつけて、一緒に同行してくれるはずだ。

 ピースは少しの間を置いて、口を開く。


「アリッサ先輩、もし行くのなら、僕も同行させてくれませんか?」

「ピースも、なぜ?」


 目を瞬かせていると、ピースはニコニコした顔を向けた。

「もし本当に悪徳だった場合、魔法使いがいたほうが何かと便利なときがありますよ」


 自ら進んで立ち入りをしたことがないアリッサにとって、若干不安がある立ち入りとなるはずだ。彼の実力がどの程度かはわからないが、直感力しか優れていないアリッサよりも、遙かに現場では頼りになるだろう。

 アリッサは彼の気持ちを受け取り、有り難く深々と頭を下げた。

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