第5話 過去の事件と未来への希望(後編)
* * *
暗雲社の男たちを拘束後、すぐに警察に通報して、その場で男たちを引き渡した。
警察の人たちは、ピースの的確な魔法の使い方に驚き、そして感謝していた。
アリッサたちだけでなく暗雲社の男たちも、たいした傷を負うことなく、事を終えることができた。それはピースが隙を見て、早々に男たちを拘束したからに他ならない。
これから男たちは警察にて、厳しい尋問を受けることになる。だが、深手を負っていては直ちに尋問を始めることができないため、できる限り傷はないほうがよかった。
冗談か本気かはわからないが、警察組織に入らないかとピースは誘われていた。しかし、彼はやんわりと断っていた。
アリッサたちが警察からの事情聴取を終えた頃は、外は暗くなっていた。ここに入る前に降り始めていた雨は止んでいる。所々に水たまりができているので、それなりの量が降ったようだ。
警察が暗雲社の男たちを取り調べるのと同時に、指導課の方でも話を聞くことになった。処分場まで直通で運搬しなかったことや、帳簿の不適切保管などの指導。そして、ある一つの仮説を問うためだった。
指導課から応援がくるまで、アリッサとピースは廊下で少しだけ休憩をとっていた。
アリッサはピースに改めてお礼を言う。
「さっきは本当にありがとう。あの膜みたいなの、ピースでしょう? その後の男たちの拘束も」
「はい。土属性の魔法を使いました。といいますか、僕は土属性しか使えないんです」
頭を軽くかきながら、恥ずかしそうに言う。魔法使いは人によっては、複数の属性を使いこなせる者もいる。アリッサはそんな彼に向かって、首を横に振った。
「ピースの魔法が私を助けてくれた、それは事実よ。ピースが一緒に来てくれて、本当に良かった」
「僕も一緒に行って、良かったと思っています。アリッサ先輩を守れたので。……次も危なそうな現場に行くときは、一緒に行きます」
ピースが真顔で言ってくる。アリッサはにこりと微笑んだ。
「ありがとう。でも、もうこんな怪しそうな現場には、行かないと思うよ」
身に危険が及ぶ現場など、二度と行きたくない。それをしっかり心に書き留めた。
やがてジェイドの上司や同僚らが現れたため、彼に呼ばれて場所を移動した。
警察の取り調べが一段落したところを見計らって、一同は部屋の中に入る。中にいたのは事業所の代表者だった。
ジェイドの上司は男に詰め寄ると、間髪置かずに口を開いた。
「細かい話はあとでする。単刀直入に聞こう。あの廃棄物はどこに運搬するつもりだった? まったく分離していない、四大元素の属性の物を処分できる場所は、ここから数時間車を走らせたところにある処分場のみだ」
上司は両手を机でつきながら、顔を背けている男に近づいた。
「もしかして、あの廃棄物をそこら辺に棄てるつもりだったのか?」
警察側がざわっとざわめいた。部屋の隅で話を聞いていたアリッサとピースは眉をひそめる。
周囲が騒がしい中、男は顔色一つ変えずに、黙秘を貫いていた。
廃棄物の不法投棄は犯罪行為だ。ここで頷けば、傷害未遂だけでなく、投棄未遂という罪名も乗っかることになる。
頷かないことは想定済みだ。ここからどうにかして頷かせるかが、指導課の腕の見せ所である。上司の横にいたジェイドが口を開く。
「魔法を扱える人間が、あのトラックには様々な属性が混ざった道具を運搬した形跡があると言っていた。もしかして今までも収集しては、処分場に持っていったものもあったが、他は適当な場所に捨てていたんじゃないか? そう、十年前から――」
男の眉が僅かに動いた。動きに気づいた上司が畳みかけるように続ける。
「十年前といえば、大雨によって廃棄物の山が崩れ、そのせいで土砂崩れが起き、多数の人が亡くなった事件があったな。未だにその山を作った人間たちは捕まっていないというが……もしかしてお前たちか?」
「でたらめ言ってんじゃねぇよ!」
男が初めて言葉を発した。否定の言葉を発したが、表情は余裕がなさそうに見えた。
アリッサの隣にいたピースの手が震えていた。それを押さえ込むかのように、彼は腕をぎゅっと握りしめる。
ジェイドは目をすっと細めた。
「でたらめかは調べればわかるだろう。話を戻す。廃棄物をいったいどこに捨てようとしていた? 運搬の依頼者から金をとり、予定した運搬先に払うはずだったお金を懐に隠し、不法に投棄しようとしたんじゃないか? 一部処分場に捨てていたのは、やっている風を装うため。そして、必要以上に契約期間が長かったのは、帳簿を偽造する時間を作るため」
「何を根拠にそういうことを言うんだ。証拠を出せよ」
「証拠なら、ここにある」
ポケットから出てきたのは、手のひらサイズの石ころだった。男が鼻で笑った。
「それが証拠とは笑えるな」
「じゃあ、聞いてみるか」
ジェイドが部屋の端っこで待機していた青年に石を手渡す。アリッサが先日処分場に一緒に行った魔法使いの青年だ。
彼が石を握りしめると、なにやら話し声が聞こえてきた。
「……このゴミを……の土地に捨てて……土をかぶせれば……かれない」
男が目を大きく見開く。青年は石を優しく撫でた。
「この石は録音する機能がついている魔法道具です。トラックに乗っていた他の廃棄物と一緒に埋もれていました。おそらく捨て損ねたものようですね。まだ完全には停止していなかったようで、よく音を拾ってくれました」
腕を組んだジェイドは、男の顔をのぞき込んだ。
「この声はお前だよな? ゴミ山を作るような口振りだった。それは決して許されることじゃねぇ。……お前たちが作ったゴミ山を探し出して、さらに厳しい罪にしてやる」
声音を低くして、きっぱり言い切る。それを聞いた男は固まっていた。
図星だったのかはわからない。これから調べればわかることだが、限りなく黒に近い印象だった。
* * *
あの事件の後、警察と指導課の協力により、暗雲社が作った廃棄物の山の一つが見つかった。その後、話を聞き出すうちに、いくつもの山を作っていることが判明。十年前の事故の原因となった廃棄物の山も作ったと自白した。
まさかアリッサの直感から、過去の事件に行き着くとは思いもしなかった。何がきっかけで、そこまでたどり着くかはわからないものである。
昼休みにアリッサが魔法道具管理局の廊下を歩いていると、珍しい組み合わせが立ち話をしていた。ピースとジェイドだ。二人は特に笑うのでもなく、淡々と会話をしているようだった。
二人がアリッサのことに気づいたので、ニコニコした表情で彼らに近づいた。
「お疲れさま。どうしたの、二人で」
「ピースに暗雲社の経過報告をしていただけだ。廃棄物の山は一通り撤去する方向で動いているってな」
「十年前の事件についても、賠償金を支払わせる方向で動いているらしいです。お金はさておき、事件が解決して良かったです」
以前よりも、ピースは柔らかな表情をするようになった。長年心の中に引っかかっていた事件が解決し、付き物が落ちたのかもしれない。
アリッサは二人の話を聞き、うんうんと頷いた。
「そう、それならよかった。このまま捕まらないで、あの人たちに繰り返されたら、また十年前の悲劇が起きるかもしれないからね」
アリッサは遠くに見える、煙突から伸びている煙を眺めた。あの方角にあるのは、処分場にある焼却施設だ。今日も変わらず廃棄物は処分されているようだ。
しかし、その一方で処分されない廃棄物もあったと最近知った。
「――どうすれば廃棄物を不法に捨てる人を減らせるのかしら」
今まで溜めていた思いを漏らす。
許可を出している人間側からすれば、悪質な行為をしていた業者に対し、何も知らずに許可を出してしまったことは、大変悔しい。
しかし、今の許可の出し方――書類を審査し、許可前に運搬業者が書類に書かれている車や容器などを確認するだけでは、許可後の様子がわからない。もし、許可後の確認をするならば――
「指導課の人数を増やしてもらって、連携を強化してもらったらどうでしょうか。どうですか、ジェイド先輩?」
ピースが口元に笑みを浮かべながら視線を送る。ジェイドは頬をぴくぴく動かした。
「お前に言われなくても、その方向で動いている! 今回の件は指導課の落ち度だからな。二度と同じことは繰り返させない。――もし、そうなった場合、合同での立ち入りが増えることになる。二人とも仕事が増えるから、覚悟しておけよ」
ジェイドは二人に向かって、にやりと笑みを浮かべた。どうやら前向きに事が進んでいるようだ。
アリッサはにこやかに首を縦に振った。ピースも渋々頷いているようだった。
今日は空が青い。煙もよく見える。
雨が降る心配はなさそうだ。
了
魔道管局の処分許可 桐谷瑞香 @mizuka_k
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